モフモフ喫茶店、始めました?

「あーん、かわいい〜!」


「癒し! もふもふに、かわいい女の子! 最高!!」


 女性の冒険者さんたちが、喫茶店『銀のリボン』の一角に集まって、きゃあきゃあとはしゃいでいる。


「クーちゃんってばほんと、面白いもの見つけてくるのが得意よねえ」


「ご、ごめんなさい……」


 キッチンにいたルーリーが、女性たちが集まるエリアを見て、笑った。


「あら、いいのよ。かわいい精霊目当てに、女性のお客さんも増えてきたんだもの」


「精霊が人に懐くっていうのも、あまり聞かない話だしな」


 ダンもぼそりとそう言って、ルルのためにお皿の上で冷ましていた木苺のパイを切り分けた。

 いい匂いを嗅ぎつけて、ルルがたたっとこちらへやってくる。

 その背中には、三匹のモコモットたちが乗っていた。


 結局、あの大爆発事件のあと。

 三匹のモコモットたちはわたしのもとを離れることもなく、ずっと一緒に暮らしている。

 お仕事にいくときも、親にひっついていくみたいに、わたしにくっついてここまでやってくるのだ。

 部屋に閉じ込めているわけにもいかず、結局喫茶店に連れてきたところ、なぜかお店の人気者になっていた。

 

 かわいいかわいいと、みんなモコモットたちを眺めては悶えていた。

 モコモットたちも嫌がるそぶりを見せなかったので、ルーリーとダンに許可をとって、日当たりのいい場所にバスケットを置かせてもらい、その中にモコモットたちをいれている。

 モコモットって迷宮にしかいないから、冒険者さんたち以外も珍しがっていた。


「ぴ〜」


「ん? なんだ、お前たちも食いたいのか」


 ルルが待ちきれなくなったのか、ぶんぶんしっぽを振り回していると、ひっついていたひよこたちもぴーぴー鳴いた。

 ダンはひよこたちのためにも、パイを小さく小さく、食べやすいように切って、皿に入れてやる。もちろんルルには、しっかりと一切れ。


「お前たちもちゃんと働いてくれているからな」


「ふふっ。集客してくれてるの、この子たちよねぇ」


 ルーリーとダンは心が広い。

 わたしがお金を払うと言っても、ついでだから、とルルたちの賄いまで作っってくれるのだ。

 みんな精霊で食事がいらない割に、食いしん坊。

 ちなみに、それぞれ好物があるんだよね。

 

 ルルは木苺のパイ。

 リリ(黄色)はプリン。

 ピピ(ピンク)は桃のタルト。

 ララ(水色)はクリームソーダ。


 ほんと、贅沢な精霊さんたちだよね……。


 ぼーっと精霊たちが食べている姿を眺めていると、リリが慌てて食べたのか、喉にタルトを詰まらせていた。

 わたしは慌てて、小さなリリの背中を指で叩く。

 くえっとリリは食べかすを吐き出す。


「もう、ダメだよ。ゆっくり食べなよ」


「ぴ〜」


 リリは目をうるませて頷くと、小さなくちばしでまたタルトを突き始めた。

 食べる姿が珍しいのか、またお客さんがこちらへやってくる。


「それにしても、珍しいわ。モコモットが人に懐くなんて」


 赤髪の女剣士さんが、腕を組んで言った。


「あたしももう十年以上冒険者やってるけど、クーナみたいに精霊に懐かれている子、見たことないわ」


 モンスターテイマーじゃないのよね? とまた聞かれたので、こくりと頷く。


「すごいわね。モコモットをダンジョンの外に連れ出すことができるなんて。知ってる? モコモットって、進化したらきれいな鳥の姿になるのよ」


 ルルもそうだけど、モコモットにも進化というものがあるらしい。

 精霊の進化の特徴としては、その姿がみな、進化したらばらばらになるところにあるだろう。


 ルルはどんな姿になるか全くわからない。

 それはモコモットたちも同じで、だいたいが鳥の姿になるらしいけど、どんな姿をした鳥なのかは、まだ今の段階ではわからないそうだ。

 図鑑を見ると、炎のように揺らめく姿をした鳥だったり、美しい尾羽を持つ鳥だったり。七色の羽根を持つ鳥もいた。


「しかも! 役に立つマジックアイテムを封じ込めた卵を産んでくれるの!」


 女剣士さんは目を輝かせて言った。


「ね、クーナ! もしも将来、そのモコモットたちがマジックアイテムを産んだら、あたしにも見せてね!」


 そこまで大きくなる前にダンジョンに帰っちゃいそうだけど……もしも産んだら見せますね、と女剣士さんと約束した。


「ダン、注文入ったよ。ムグムグの卵とチーズのホットサンド一つおねがい」


 喫茶店の中に、軽やかな女の子の声が響く。

 視界の端で、水色のツインテールがぽんぽん揺れる。

 ソラリスちゃんだ。

 ソラリスちゃんはエプロンをつけて、注文票に何かを書き込んでいる。


「ありがとね、ソラリスちゃん。ほんと、かわいい女の子がいっぱいいて、助かるわ〜」


「いつも家のお手伝いをしてるから、問題ないよ」


 ソラリスちゃんは、照れたように笑った。

 なぜ彼女がここで働いているのか?

 それは彼女がここで働いてみたいと、ルーリーにかけあったからだ。


 結局、ソラリスちゃんはあのあとご両親からこってりと絞られたらしい。

 おまけにわたしに迷惑をかけてしまったから、としばらく喫茶店を手伝ってくれることになったのだ。

 わたしは自分で起こした問題なので大丈夫だよと何度も言ったけれど、ソラリスちゃんはふるふると首を横に振ったのだ。


「クーナお姉ちゃんには感謝してるから。それにわたし、どのみちギルドのどこかでアルバイトしたかったの。将来は冒険者ギルドで、鑑定士になりたいから」


 そう言って、ソラリスちゃんは笑う。


「それにここへくれば、モコモットにも会えるでしょ? この子だけじゃかわいそうだもん」


 ソラリスちゃんは、あの倉庫でモコモットに「マルモ」という名前をつけてかわいがっていた。

 そしてわたしにモコモットがひっついてくるみたいに、ソラリスちゃんの肩にも一匹、オレンジ色のモコモットが乗っている。名前はそのまま、マルモ。

 一人じゃかわいそうだから、とソラリスちゃんはバイトのときに、ここへ連れてきて、ルルたちと遊ばせてあげているのだった。


 こんな感じで、喫茶店のメンバーが一気に増えた。


「おーい、店員さん。できれば白狼族の女の子の方。こっちきてくんない?」


 ……そしてもう一つ。

 問題も増えてしまった。


 ◆


「あのう、ご注文でしょうか?」


 トレイを抱えて、恐る恐る呼ばれたテーブルへ近づく。


「ね、ね。すこーし俺たちとお話しない?」


 呼ばれたテーブルには、二人の杖騎士さんが椅子に座っている。

 一人はチャラそうな茶髪の男の人。

 もう一人はキリッとした女の人だった。

 あの事件のとき、わたしを杖騎士団へ連れて帰った方がいいのでは、と提案した二人だ。


「俺たちの名前、覚えてくれた?」


「……ヴィートさんとヘザーさん、ですよね」


 何回も来て話しかけてくるものだから、もう名前も覚えてしまった。


「そそ。それでさぁ、俺たちのところへ来てくれること、考えてくれたかな」


 ……またその話か。

 ため息をつきそうになると、女性……ヘザーさんが、鋭い目でわたしを見て言った。


「呪いの浄化の件もまだ聞いていませんし。そもそもあなたはどちらからいらしたのです?」


「……」


「もろもろとお話を伺いたいのですが」


「別に怖いことしようってんじゃないんだよ。ただ杖騎士団の本部があるところへ来て、話を聞きたいなってだけ」


 そう言われて、しっぽがしょぼんと垂れ下がった。


 ……結局。

 膨れ上がったモコモットから、あのどろっとした杭を抜いたことで、呪いが解除されたらしい。けれど本当は、呪いを解くのには強い浄化の魔術や、聖職者の祈りが必要になるんだって。そうでなければ、術をかけた本人が解くしか、呪いを解除する方法はないそうだ。


 だからわたしがあのとき、モコモットの呪いを解除できたのは、わたしが呪いをかけたからではないのか、と二人は疑っている……のだと思う。少なくとも、ヘザーさんは絶対そう。


 わたし自身は、あの杭を引っ張っただけで、本当に何もしていない。

 多分あの杭を浄化したのは、ルルだ。


「……わたしじゃなくて、ルルが浄化してくれたんだと思います」


 たぶん。

 自身なさげに言うわたしの話を、やっぱり二人は信じてくれていないのだろう。

 それどころか、険しい表情でヘザーさんはわたしを見ていた。


「……今、本部の方で呪いの解析をしてもらっています。隠しても、必ずばれますよ?」


 だからわたしじゃないんだよぅ。

 そんな魔力も勇気もないんだから……。


 耳をしょぼしょぼさせて黙ってしまうと、ちゃらい雰囲気を醸していたヴィートさんが、探るような、鋭い視線で聞いてきた。


「あのカーバンクルも、どうやって言うこときかせてるの? もしかしてさ、無理やり連れてきたんじゃないよねぇ。貴重なモンスターの売買も、違法なんだよ?」


「そうだとしたら、私たちはあなたを捕縛せねばなりません」


「なっ!」


 ルルとわたしはそんな関係じゃない。

 どちらともパートナーであることを嫌だなんて思ったことないもん……。

 びっくりして口をぱくぱくさせていると、突然わたしの目の前を、ピンク色の残像が横切った。


「うわっ!?」


 そのままびたーん! とヴィートさんの顔にぶつかる。

 ヴィートさんはそのままひっくりがえってしまった。


「るううう!」


「あっ、こらルル!」


 ピンクの残像はルルだったらしい。慌ててヴィートさんからルルをひっぺがす。


「だ、だめだよルル! なにやってるの!?」


「るんっ!」


 ふんっと鼻を鳴らして、ルルはそっぽを向いた。

 なんだか機嫌が悪そう。

 モコモットたちもぴよぴよと飛んで、わたしの頭に着地した。


「いたたた……」


「大丈夫ですか!」


「あ、うん……いでぇ!?」


 ヴィートさんが立ち上がったら、今度はばーん! と盛大な音がなった。


「あななたちねぇ、さっきからクーちゃんに何してくれてるの?」


 ルーリーがトレイでヴィートさんの頭を叩いたのだ。


「うちの従業員に手を出さないで頂戴!」


「人には話したくない過去の一つや二つ、あるものだ。俺たちがこの子の身分は保証する。シモンもそういうだろう。だからもう、傷つけるようなことを聞くのは、やめてくれ」


 そう言ってくれたのは、ダンだった。

 二人とも怒っている。


「どーせ、クーナちゃんの可愛さに夢中になってるだけでしょ? 素直に言えないんだ、お友達になりましょって」


 女騎士さんがケラケラ笑いながら、言った。


「あんたたち、頭が硬い人ばっかだもんねっ! でもクーナちゃんの独り占めはだめよ。クーナちゃんはみんなのアイドルなんだから」


 べー、と舌を出して、そう言ってくれる。


 何事かとぞろぞろと他の冒険者さんたちがやってきて、杖騎士さんたちを取り囲んだ。笑顔でバキボキと指を鳴らしている。

 なんて怖い笑顔なんだ……。


「クーナちゃんに何かしようってわけじゃないだろうな?」


「……」


 ヘザーさんが深い深いため息を吐いた。


「ヴィート、帰りましょう」


「んー……そうだな」


 立ち上がってお金を置く二人は、わたしをちらっと見て言った。


「その力、いつか必ず暴かせてもらいますからね」


 だから力なんてないんだよぅ。

 

「あ、ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 とりあえず、ぺこっとしておく。

 なぜかお店にいたみんなは、がくっとなっていた。


「クーナちゃん、嫌なお客さんだったら、もうきてもらわなくていいのよ」


「え? そうなんですか?」


 まあ別に嫌というか、取り調べが怖いだけなので、食事をしてもらう分には全然かまわない。というか、それはわたしが決めることじゃないしね。


「みなさん、ごめんなさい。ご注文がある方は伺います」


 とりあえずお客さんにも頭を下げておく。


「だったら、クーナちゃんの淹れてくれた紅茶が飲みたいな」


「……はい!」

 

 まあ、なんだかんだあったけど。

 お客さんも増えたし、一緒に暮らす仲間も増えたし……。


 これはこれで、よかったのかもしれないね。


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