モコモットの大行進
「う……疲れたぁ……」
お風呂から上がって部屋着に着替えたわたしは、思わずベッドへダイブしてしまった。
もうまぶたが重くて仕方ない。
グランタニアへ来て、一番疲れた日かもしれない。
喫茶店で働き始めた日でさえ、こんなに疲れなかったぞ。
「はぁ。それにしても……」
眠い目をこすりながら、ベッドにおいていたバスケットを見る。
「ぴ〜」
「ぴよ」
「ぴゅー」
ベルルのパン屋さんでもらったバスケットの中で、何かが鳴いていた。
「るん」
バスケットの匂いをくんくんと嗅いでいたルルが、その上にどっしりと座る。
ルル、わたしが寝てる時も、顔に座ったりするから大変だ。
「ダメだよルル。モコモットたちが死んじゃう……」
どうやらこのバスケットが気に入ったらしい。
ちょっと甘いパンの匂いがするバスケット。
その中には、今日わたしが爆発させたモコモットたちが、三羽はいっている。
黄色はリリ
ピンクはピピ
水色はララ
一応、こんな感じで名前もつけてみた。
「ぴ〜」
モコモットって、ひよこっぽいけど、空を飛べるらしい。
小さな小さな羽をピチピチと動かして、わたしのもとへ飛んでくる。
「わっ」
ぽふん、とわたしの上に落ちてきた。
三羽とももふもふとすり寄ってきて、くすぐったい。
「るー!」
ルルも負けじと、体をすりつけてくる。
「く、くすぐったいよ」
もふもふたちに埋もれながら、わたしはベッドで笑った。
でも、なんだかさらさらふわふわ、あったかくて、気持ちいい。
思わず頬づりしてしまった。
「ああ……それにしても疲れた」
今はもふもふに埋もれてるからいいけど……今日は本当に大変だった。
「結局、君たちの黒い靄はなんだかったのかなぁ」
わたしはモコモットが大爆発した後のことを思い出して、ため息を吐いた。
◆
あの爆発事件のあと。
もうほんとに、ほんっっとに大変だった。
呆然とするわたしを無理やりひっぱって、キリルさんがわたしを外へ連れ出してくれた。
「クーナさんっ! 何してるんですかっ!」
倉庫をでて早々、泣きじゃくるエレンさんに抱きしめられて、びっくりした。
「もう、もう! 死んじゃったかと思いまじだ!」
「驚きましたにゃ……」
クロナさんもホッと胸をなで下ろしている。
「ご、ごめんなさい……」
わたしは意外と落ち着いていた。
むしろエレンさんが泣いていることの方に、動揺してしまった。
エレンさんはわたしを離すと、ちーんと鼻をかむ。
おろおろしていると、キリルさんにも怒られた。
「クーナ」
「は、はい」
「さっきのは実にいい動き……じゃなくて! お前、一歩間違ったら、死ぬところだったんだぞ。わかってるのか?」
「……ごめんなさい」
しっぽと耳をしょぼんとさせる。
……でもなんだろ。怒られてるけど。
すごい違和感がある。
おろおろしていると、キリルさんがずいっとわたしに顔を近づけた。
「お前は謝ってるが、その調子じゃ、全然わかってないみたいだな。あんな、俺たちはお前のことを心配してるんだ。お前が死ぬんじゃないかと思って、びっくりしてたんだ。わかるか?」
「……」
そう言われて、初めて気づいた。
エレンさんも、キリルさんも、クロナさんも。
わたしのこと、心配して、怒ってくれていたの……?
誰かを思うが故に怒るということ。
それは初めての体験だった。
「ご、ごめんなさいっ!」
心配をかけてしまった。
今度は本当に、誠心誠意頭をさげる。
じーっとしていると、ため息が聞こえてくる。
「ほら、怪我がないならもういいから」
恐る恐る顔を上げると、キリルさんは頭をかいていた。
「ったく、心配させやがって。こんなもん、俺に全部任せときゃよかったんだ」
爆発した倉庫を見て、キリルさんがつぶやく。
倉庫はたくさんの杖騎士さんに囲まれ、さっそく立ち入り禁止になっていた。
街からは、何事かとたくさんの人たちが集まってきている。
倉庫のそばで、ギア様がソラリスちゃん一家に話を聞いていた。
ソラリスちゃん、泣きじゃくってる……。
不安に思っていると、私たちも行きましょう、とクロナさんがソラリスちゃんのところへ向かった。
◆
「さ、最初はあんなに、大きくなかったの……」
ひっく、と嗚咽を漏らしながら、ソラリスちゃんは言った。
「モコモットなんて、ひっく、珍しいから……ただのモコモットだと思って、この倉庫で育てていたの……」
ソラリスちゃんの話をまとめると、こんな感じ。
まず、モコモットっていうのは、ダンジョンに住む精霊みたいなものなんだって。
人畜無害で、モコモットがいる階層は安全だと言われている。
さらに成長したモコモットはときどき、マジックアイテムを詰め込んだ卵を産んでくれるそうで、モコモットは冒険者たちから旅の安全の象徴として可愛がられている。
だからダンジョンから出てくることは滅多にないし、ダンジョンから勝手に連れ出すことも禁止されているそうだ。
けれどある日、ソラリスちゃんはいつも通っている道の影に、一抱えほどのモコモットがいることに気づいた。
なんだかしんどそうだったから、拾って、倉庫で世話をしていたそうだ。
「か、かわいくて拾っちゃったの……でも元気になったら、ダンジョンにすぐ返そうと思って」
「ばっか。かわいいからって、そんなもんつれてかえんなよ」
うへえ、とキリルさんはため息をついた。
ぐす、とソラリスちゃんは鼻を鳴らす。
拾った子犬を物置小屋で飼っている、くらいの認識だったのかな。
「でも……なんだかおかしくなっちゃったの」
ソラリスちゃんは話を続けた。
何日かして、モコモットは徐々に元気になっていった。
けれど突然、モコモットは膨れ上がり、噛みつくようになったのだという。
日に日に大きくなるモコモットを、ソラリスちゃんはどうすることもできなかった。
「なんだか……黒い靄がかかっていて。どうしてもそれが取れなかったの……」
あ……それってもしかして、わたしが見た靄と同じなのかな。
「だ、だから……冒険者ギルドに、依頼を……」
そう言って、ソラリスちゃんはもう一度謝った。
ギア様は黙って話を聞き、キリルさんはため息をはく。
「おい、ソラリス。いいか? Sランクの冒険者は、ただモンスターを退治すればいいってわけじゃねぇ。問題に対する最適解を答えないといけねぇんだよ」
「……」
「隠さず先に言え、バカ。俺が無理でも、シモンだったら、どうにかできるかもしれねぇから」
「ごめんなさい……」
ベルルのパン屋さんのご主人も、奥さんも、ぺこぺこと謝っていた。
でも誰も怪我しなかったし、それでいい……なんて思っていたら、じとっとした目でキリルさんに見られる。
うう、ごめんなさい……。
「それにしても、これは大変ですにゃ」
クロナさんが、街の方を見て呟いた。
先ほど空から降ってきた大量のひよこたち。
ぴっ
ぴっ
ぴっぴっぴっ!
爆発したひよこたちは、列をなして、ダンジョンの方へ歩いていく。
それは、モコモットの大行進だった。
街の人たちは、あっけにとられて、その行列を見ていた。
「モコモットは精霊みたいなものですから、死ぬとかはないのですにゃ。だから大きくなりすぎたら、ああやって、小さく分裂して、まだダンジョンの精霊として増えていくのですにゃ」
ダンジョンへと続く大行進を見ながら、クロナさんが説明してくれた。
「いやぁ、こんだけ増殖したら、まだダンジョンが繁栄しますねっ!」
エレンさんが目を輝かせてそういう。
モコモットはダンジョンにとっていい存在らしいので、増えたことは喜ばしいことなのだろう。
ピヨピヨとかわいい声で鳴きながら、もふもふたちが歩いていく。
その光景はなんだかファンタジーで、メルヘンで、見ていて飽きない。
けれど……
「ぴ!」
「あの……?」
ちょうど手のひらに乗るくらいのモコモットが、ぴよぴよ鳴きながら、わたしの頭にもふんと舞い降りてきた。
あと肩にも、それからわたしの手にも、それぞれ一匹ずつ乗ってくる。
ピンクに黄色、水色。
すごくカラフルでかわいいんだけど、なぜわたしの頭に……?
「あの、ひよこさん……?」
「ぴよ〜」
もっふもふと頭をすりつけてくる。
……どうしてか、黄色、ピンク、水色のひよこが、私から離れてくれない。
「みんなダンジョンに帰っちゃうよ。ほら、君たちも……」
そう言って地面へゆっくりとおろす。
けれどひよこたちは、なぜかわたしのもとへピチピチと羽ばたいてくる。
何回地面へ下ろしても、一緒。
「ううん……?」
「ぴ!」
「ぴよ!」
「むぴー!」
な、なんて言ってるんだろう……。
「るん!」
ルルまでこちらへやってきて、なんだかもふもふパニックになっている。
「ちょ……くすぐった……」
やたらとひっついてくるもふもふたちをどうにか地面へ降ろそうと四苦八苦していると、キリルさんがぼそっと言った。
「クーナちゃんってさ」
「は、はい?」
「もしかして凄腕のモンスターテイマーだったりする?」
「ま、まさか。魔力0なんですよ、わたし」
「迷宮の精霊に好かれるなんてこと、普通はないだろ……」
みんな、唖然としたようにわたしを見ていた。
杖騎士さんたちも、こちらを見てひそひそと何かを言っている。
「お姉ちゃん、ありがとう」
おろおろしていると、ソラリスちゃんがわたしの服のそでを引いた。
「マルモを助けてくれて、ありがとう。お姉ちゃん、何か特別なオーラがあるから、みんな、お姉ちゃんのことが好きみたい」
「オーラ?」
わたしは首をかしげてしまった。
オーラってなんだろう。
そういえばソラリスちゃんも、なんだかこのモコモットに、黒い靄が見えるって言ってたっけ。
「ソラリスちゃんは確か、鑑定士の卵なんですよね」
エレンさんが言った。
「鑑定士?」
それって、シモンと同じの?
ソラリスちゃんは恥ずかしそうにうつむいた。
「まだ……全然わからないけど。なんか、ぼんやりと、悪いものとかいいものとか、わかる時があるの……。お姉ちゃんは、いいオーラがあるよ」
ええっ、すごいね!
そっか、綺麗な金色の目をしていると思っていたけど、鑑定士の才能があったのか。
「でも、大きくなるまで、マルモに黒い靄がかかってること、気づかなかった……」
ぽつりとそう呟くソラリスちゃん。
「……どうも、呪術の類をかけられていたみたいだな」
ソラリスちゃんの話を聞きつつ、器用に杖騎士さんたちに指示を飛ばしていたギア様が、ぽつりと呟いた。
「呪術ですか?」
エレンさんが眉をひそめる。
「ダンジョンの精霊に呪術をかけるなんて……! 最低な人がいたもんですね!?」
「……精霊だけじゃない。貴重なモンスターを他のダンジョンで繁栄させようとする輩が、卑怯な手を使って盗むことも多い」
密漁みたいなもの?
「この件は、こちらでよく調べておこう」
そう言って、ギア様はその場を立ち去ろうとした。
けれど機を見計らったように、キリッとした女性の杖騎士さんがこちらを見て言った。
「この女性にもお話をうかがった方がいいのでは?」
「……」
「おそらくですが、かなりきつい呪術の跡が残っています。それを解除できるとなると……それに、見かけない顔です」
えっ……わたしのこと?
もしかして疑われてるのだろうか……?
「あ、あの、わたし……!」
あせあせしていると、ギア様は首を振った。
「いい。今はその必要はない」
「しかし……先ほどのこの子の行動は……!」
そういえば、杖騎士さんたちはさっきのわたしの行動を、どうも全部見ていたらしい。
わたし、やっぱり何か、おかしなことをしてしまっていたらしい。
気づけば、ひそひそとこちらを見て何かをいう杖騎士さんたち。
なんだか居心地が悪くなって、わたしは縮こまってしまった。
「団長ー、この子、連れてかえりましょうよ〜」
だらしなく杖騎士団の制服を着こなした男の人が寄ってきて、言った。
「俺も気になりますし」
ちらちらとわたしをみる。茶髪の元気そうな人だ。
わたしはすうっと血の気が引くのを感じた。
「おいおいおい、まーさかうちのクーナをお前らみたいな魔術バカどもの巣穴に誘拐する気じゃないだろうな」
キリルさんが割って入ってくれた。
「わかってんだろうな、ギア。杖騎士団とギルドの協定を」
ギア様は眉をひそめて言った。
「あなたに言われなくても分かってる」
どうも、ギア様はキリルさんには私情を出すというか、なんだか感情をすごく出す気がする。
「だったらさっさと解放してくれよな。こっちは疲れてんだから。どうせ俺はこれから始末書だぜ」
ギア様はため息を吐いた。
「団長!」
女性の杖騎士さんがなおも食い下がる。
「いいと言っている。必要なら、俺があとでクーナのところへ行こう。クーナ、君も今日は帰って、やすみなさい」
「!」
そう言って、ギア様はわたしたちのもとから去っていった。
女性の杖騎士さんは不満そうにわたしを見て、彼の後をついていく。
「ちぇ」
茶髪の男の人も、わたしをちらと見てから、去っていった。
あれ……そういえばわたし、あの人に名前、教えたっけ……?
「あー、もう疲れましたあぁ」
ぼーっとしていると、エレンさんがへろへろと地面に座り込んだ。
「今日はもう、帰りましょうか」
クロナさんもふわっとあくびをする。
気づいたら、空はすっかりオレンジ色になっていた。
ひよこの大行列はいつの間にか消えてしまい、街もいつものようになっていた。
けれど相変わらず、三匹のモコモットだけは、わたしのそばにいる。
「どうしよう……」
「精霊みたいなものですから、満足したら勝手に何処かに行くと思いますにゃ」
クロナさんがそう言った。
モコモットはぴーぴー鳴いている。
ルルがすんすんと匂いを嗅いでいた。
「る?」
「ぴー」
「る!」
なんかよくわからないけど、意気投合しているみたい。
「ま、腹も減ったことだし。いっぺんギルドへ帰るか」
「おー」
力なくエレンさんが腕をあげる。
こうしてもふもふ爆発事件は幕と閉じたのだった。
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