駆けろ!

 ギシギシと音をたてて、古びた倉庫の扉が開く。


 わたしたちは固唾をのんで、その様子を見守った。

 少しずつ、倉庫の中に光が差し込んで行く。


「……?」


 キリルさんは眉をひそめた。


「なんだ……?」


「グルゥ……」


 しっぽの毛がぞわっとした。

 何か、嫌なものが中にいる……。

 ルルも低い声で唸り声をあげている。


「え!? んだこれ!?」


 中に入っていったキリルさんが、ぎょっとした声をあげた。

 わたしたちも思わず中を見る。


 んん……?


 最初に目に入ったのは、太い木の枝みたいなものだった。

 陽の光をあびて、枯れた枝がゴソゴソ動いている感じ。

 けれどゆっくりと視線をあげていくと、黄色のモフモフとした毛。

 さらに顔を上げると、巨大な嘴と、ギラギラした目が……。


「ひええええ!?」


 隣でエレンさんが腰を抜かした。

 ソラリスちゃんもびっくりしたのか、わたしにしがみつく。


「嘘だろおい、なんだこれ……」


 キリルさんの目の前にいたもの。

 それはちょっとした建物くらいの大きさがある、巨大なひよこ?のような生き物だった。


 キリルさんは呆然としつつも、指をひゅっとふる。

 その瞬間、金色の光がふわっとあたりに広がる。

 一体何をしたんだろ……。


「な、なんなんですかぁこれ!」


「ちょっと待ってくださいですにゃ。えーと、鳥型、鳥型……あ、あった」


 唯一動揺していなかったクロナさんが、どこから取り出したのか、巨大な図鑑を広げて、パラパラとめくった。


「図鑑登録No.101……おそらく、モコモットですにゃ」


「え!? モコモット!? 人畜無害の、ダンジョンの精霊ですよね!? こんなバケモンじゃないですよ!」


 エレンさんが悲鳴をあげて、クロナさんにしがみつく。


「いや、確かに何かおかしいですけど……多分あってますにゃ」


 これですにゃ、とクロナさんは図鑑を呑気にわたしたちに向けた。

(肝座りすぎだ……)


 わたしは横眼でそれを見る。


 ほんとだ、確かに形はそっくり……。

 でもなんだろう、図鑑にのってるのは、もっと小さくて可愛いけど……。


 な、なんだか目の前の巨大モフモフは、ザ・モンスターって感じに目がギラギラしている……。


「ぐるう!」


「ルル……」


 ルルも唸り声を上げている。

 人畜無害って言ってたけど……あんまりよくないものみたいだ。


「おい、精霊だろうがなんだろうが、斬っていいんだな!?」


「まあ後で祟られるのはキリルさんですし、いいと思いますにゃ」


「え!? よくねぇえ!」


 キリルさんがそう叫んだ瞬間、じっとしていたモコモットが、突然叫び声をあげて、暴れ出した。


「うおっ、あぶねっ!」


 あやうく踏みつぶされそうになるところを、キリルさんはすんでのところで避けた。


「チッ、仕方ねぇ。瀕死にさせて、生け捕りにすっか!」


 そう言って、剣を抜く。


「ま、マルモ……!」


「!」


 けれどキリルさんの行動を見て、ぽろっと隣にいたソラリスちゃんが、わたしの腰をぎゅっとつかんだ。

 彼女は泣きそうな顔になっていた。


「マルモ、ごめんね……」


「……?」


 とうとうボロボロとソラリスちゃんの目から、涙が溢れ出す。


 ふと、目の前の巨大モコモットに視線を移す。

 すると何か、モコモットのおしりあたりに、黒い靄のようなものがかかっているのが見えた。


 何か、黒い杭のようなものが刺さっているように見える。

 あれ、なんだろ……?


 キリルさんはすでに戦闘態勢に入っていた。

 隙を見て、攻撃に入るつもりだ。

 けれど何しろ、倉庫の中は狭い。

 気をつけないと、建物は崩壊するし、この巨大モコモットも街の方へ逃げてしまう。


「あ……」


 そこまで考えて、ふと気付いた。

 さっきのキリルさんが放った金色の光は、このモコモットを外に出さないための魔法か何かだったのだろう。


「マルモ……」


 ソラリスちゃんの涙声。

 モコモットは、なんだか苦しそうな声をあげている。

 あの黒い杭が苦しいんだ。

 本能でそう悟った。


「待って」


 気づいたら、そう言っていた。


「待って!」


 自分がなんでそんなことしちゃったのか、よくわからない。

 でも気づいたら、体が勝手に動いていた。


「!?」


 誰かが息をのむ声。

 それを聞きつつ、わたしは倉庫の中に突っ込んだ。 


「クーナッ!!」


 キリルさんのぎょっとした声が、耳に届く。


 いろいろなものが降ってきたけれど、ぱっと避けて走れた。

 走りながら、ふと呑気にこんなことを思った。


 ──あれ? わたしこんなに本気で走ったの、いつぶりだろ?


 長い間、きついコルセットと小さなヒール靴のせいで、満足に息も吸えなくて、走ることだって、できなかった。

 でも小さい頃は、広い草原をたくさん駆けていたような気がする。


 ふわりと、お母様の声が脳裏に蘇った気がした。


 ──白狼族はね、何者よりも早く、この大地を駆け抜けることができるのよ。


 そういえばそんなこと、言ってったっけ。


 モコモットは何かが苦しいのか、暴れまわっていた。

 そんなに大きくない倉庫の中だから、暴れるたびに倉庫の中が埃りだち、さらにはなんかいろいろと降ってくる。

 でも不思議と、わたしにはそれらがスローモーションに見えた。


 全部、回避できる。


 誰かの悲鳴が聞こえて来る。

 けれど全然怖くなかった。

 むしろ、動き回れることが楽しい。


 落ちてくる瓦礫を避け、壁を蹴り、モコモットの背後に回る。


「これだ」


 そしてモコモットの体に打ち込まれていた黒い楔に触れ、しっかりと握った。

 その瞬間、何かどろりとしたものが手にまとわりついた気がした。

 ぞわっとしっぽの毛が逆立つ。


 けれどそれは一瞬でかき消えた。

 わたしの手から、パァッと光が弾けたのだ。

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