大地の迷宮


「クーナさん、どうですかー? 迷宮全体が見渡せるでしょう?」


「は、はいっ! すごいですっ!」


「るー!」


 風になびく髪を抑え、眼下に広がる巨大な「穴」と、その中に広がる街を見下ろす。


「す、すごい……!」


 ダンジョンを見渡せる観光名所『空の塔』というとても背の高い建物につれてきてもらったわたしたちは、唖然として、目の前の壮大な景色を見ていた。


 グランタニアの東に位置する、この街フィーナルダットは、四大迷宮の一つ、『大地の迷宮』を有している。

 名前と説明だけ聞いていたわたしは、まさか大地の迷宮がこんなに大きいとは思わなかった。


「見て、ルル。おっきいね。街が入ってるんだよ、ここ!」


「る!」


「ルルの好きな迷宮ベリーも、あそこで採れるんだよ?」


「る? るうー!」


 すごいすごい! とルルもわたしの肩ではしゃぐ。


 わたしたちが見下ろしているのは、文字通り巨大な「穴」だった。

 穴の周りには建物が密集していて、ギルドも穴の外側にあった。

 けれど街の中心にはぽっかりと穴があいていて、そこにはもう一つの街のようなものがある。穴はさらにどこまでも深く、この世の果てまで続くと言われている。


「これが迷宮っていうんだね……」


 穴を覗き込んで、わたしはごくりとつばを飲み込んだ。

 ギルドにこもりっきりで分からなかったけど……迷宮って、こんな形をしていたんだね。

 ルルもびっくりして、しきりに耳をピクピクさせている。


 迷宮。

 それはこのグランタニアが繁栄するきっかけとなった、謎の空間だ。

 この空間からは、モンスターと呼ばれる人に害をなす生き物がたくさんすんでいる。さらに中には、まるで人が意図して設置したかのようなトラップがしかけられていたりする。

 けれどそれらを乗り越えてダンジョンを進むと、金銀財宝、それから珍しいアイテムなんかがたくさん手に入るんだって。


 その昔は迷宮から出てくるモンスターに対処できず、人が住む地と言えなかったこの場所も、人々が知恵を身につけ、魔術やモンスターに対抗できる力をつけた結果、迷宮から出土する遺物で、国が興り、大国にまで発展した。


 グランタニアには、代表的な四つのダンジョンと、それに付随するギルドがある。それは次の四つだ。


  地の底へと続く大穴『大地の迷宮』

  天まで届くと言われる、太い樹の形をした『天樹の迷宮』

  海の底へ沈む『深青の迷宮』

  この世とあの世の間、異空間にあると言われている『狭間の迷宮』


 わたしたちの住むフィーナルダットは、地の底へ続く『大地の迷宮』を有している。


「迷宮の第一階層までは、人が住んだり、商売が行われたりしていますにゃ」


 わたしの隣で穴を見下ろしていたクロナさんが、そう言って説明してくれた。


「あの大穴の中では、特別な果物や野菜が育ちますにゃ。それに地下にすむモンスターなんかも、調理すればとっても美味しいですにゃ」


「迷宮豚の丸焼きなんて、最高なんですよっ!」


 エレンさんがじゅる、とヨダレを拭って言った。


「あとで食べに行きましょう! 美味しいところ知ってますから!」


 わあ、楽しみだなぁ。

 ふわふわとしっぽを振っていると、塔にいた他のお客さんが、わたしたちを見てひそひそ話しているのが聞こえてきた。


「見て、獣人の女の子がいるわ……!」


「珍しいわね」


「獣人の子供って、あんなにかわいいんだなぁ」


 よくわからないけれど、街を歩いていたら、すごく見られたり、声をかけられたりする。

 ギルドで働いているのが広まっているのか、お客さんだったり、どこから来たの? と質問してくる人だったり。


 相当白狼族が珍しかったのだろう。


 わたしがそわそわしていると、エレンさんが笑った。


「みんな、クーナさんが珍しいんですよ! 獣人族なんて、もうめっきり見なくなってしまいましたからね」


 その昔、亜人差別があったこの大陸では、まっさきにヘイトが獣人に向かい、獣人はその数を減らしてしまったのだという。


「おまけに獣人の女の子はかわいいから、攫われちゃったり、事件に巻き込まれることが多くて」


「……」


 アルーダ国でも、そういうことはあったっけ。

 まゆを下げていると、エレンさんがぶんぶん手を振った。


「あっ! でも大丈夫ですよっ! この街は治安がいいし! それに穴の外は『杖騎士』たちが守ってくれているし!」


「穴の中の秩序は『冒険者』が、穴の外の秩序は『杖騎士』が守ってくれているので、平和ですにゃ〜」


 ああ、なるほど。

 ちゃんとその二つの職業は、うまい具合に役割が分担されていたんだね。


「この街、気に入ってくださいました?」


 エレンさんがそう聞いてきたので、わたしはにっこり笑って、うなずいた。


「もちろん!」


「るう!」


 わたしだけでなく、ルルも元気に鳴いて、みんなを笑わせたのだった。


 ◆


 エレンさんの宣言通り、わたしたちは迷宮豚の丸焼きが美味しいと言われる食堂でお腹いっぱいごはんを食べたり、迷宮で育った果物を使った甘いスイーツを売っているお菓子屋さんへ行ったりと、休暇を楽しんだ。


 お腹を満たしたあとは、お買い物。

 わたしの持っている服はルーリーのお下がりだったので、新しい服を何着か仕立てたほうがいいと、二人が服屋さんへ連れて行ってくれた。


 ガラス張りのブティックには、様々なシルエットの服が並んでいる。

 どうやら人間の服だけでなく、亜人の服もちゃんとあるようだった。


「翼があったり、しっぽがあったりするから、基本的にこの国の服は背中の装飾が少ない服が多いんですよね」


「誰でも着られるワンピース型が主流ですけど、ちゃんとズボンなんかもありますにゃ」


「さ、似合う服を探しましょー!」


 そこからはもう大変。

 エレンさんとクロナさんはわたしにどんどん試着するように進め、店員さんもノリノリで、わたしを着飾った。


「まあまあまあ! なんって愛らしい! 獣人さんなんて久しぶりだから、はりきっちゃうわぁ〜!」


 店主さんはとっても綺麗な女性で、あれやこれやとわたしに必要な服を聞いて、用意してくれた。

 結局、紆余曲折はあったのもの、フリルのついた水色のワンピースと、腰でリボンを結ぶワンピース、それから髪を結ぶためのリボンを買うことにした。

 こんなに可愛い服似合わないと思ったけど、絶対これがいいとみんなが押すので、勇気を出して買ってみた。

  

「まだまだ地味よ、もっと着飾りたい……!」


 店主さんはそう言って悶えていた。


「デートとか、パーティとか。何かあったらすぐに来るのよ! 私が全力で、着飾ってあげますからね!!!」


「は、はい……」


 そう熱く握手され、わたしたちは店を出た。

 あ、そうそう、ルルにも赤いリボンを買ってあげたよ。

 首の後ろで結んであげたら、るうるう鳴いてすごく喜んでいた。

 意外とおしゃれさんみたい。


「お揃いだね、ルル」


「るうー!」


 これからは、ルルのおしゃれ用品ももっと買ってあげよう。

 あ、そうだ。

 ルルが眠るための籠なんかも、いいのがあったら欲しいなぁ。


 こんな感じで、わたしたちは迷宮の街でのお買い物を楽しんだ。

 人ごみの中を歩くのにもだいぶ慣れてきたし、今度からは一人でも来られるだろう。


 三人と一匹で賑やかな通りを歩いていると、ふと、視線を感じた。

 いつもみたいに、わたしを珍しがるような視線じゃない。


「……?」


 思わず足をとめて、視線を感じたほうを見る。

 路地裏へとつながる暗い道に、黒いフードをかぶった男の人がいる……。

 

「っ」


 なんだかわからないけど、ぞくっとした。


「クーナさん!」


「あ」


 エレンさんに手を引かれる。


「疲れちゃいました?」


「い、いいえ、大丈夫です」


 もう一度、さっきの男が立っていた場所を見る。

 けれどもう、そこには誰もいなかった。














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