第三章 新たなモフモフ現る!!

迷宮の街でお買い物をします


「クーちゃん、一ヶ月間お疲れ様! はい、これお給料よ」


 にこにこ笑って、ルーリーがわたしにお金が入った小袋をくれた。


 今日は、わたしがこの喫茶店で働き始めてから、一月がたった日。

 ルーリーは話があると言って、わたしを呼ぶと、この小袋をくれたのだ。

 

「お、お給料……!」


 わたしは思わず、ごく、と唾を飲んだ。


「わたしが働いて、得たお金……」


 なんだか、すっごく不思議な感じだった。

 ただルーリーたちに恩を返したくてお店をお手伝いしているような感覚だったのに、お金をもらってしまった……。

 ルーリーとダンには、お世話になりっぱなしだった。

 服や食事も用意してもたったし……。


「……あの」


「ん? なーに?」


 ルーリーはなぜかめちゃくちゃにこにこしている。


「わ、わたし、いっぱいよくしてもらったので、お給料はいらないです」


「えっ!? 何言ってるの!?」


 ルーリーはぎょっとした。


「クーちゃんのおかげで、お店は大繁盛したんじゃないの! それにクーちゃんは、お金をもらえるだけの働きをしたのよ」


「……ルーリーたちにはすごくよくしてもらったから。服も食べ物もくれて。だからわたしは、恩をかえしたくて……ルーリーとダンの役に立ちたかっただけなの」


 耳としっぽをしょぼんと下げて、ルーリーを見る。

 ルーリーはふるふると首を横に振った。


「なんて健気なっ! ……だけどね、クーちゃんにはわかってほしいの。クーちゃんがお金をもらえるだけの責任ある仕事をしてるって」


「……責任?」


「そう。美味しい飲み物をいれて、お客様をおもてなししているでしょう? それにはちゃんと価値があるの。労働に見合った分のお金をもらうことで、お仕事に責任と誇りを持ってほしいのよ」


 わたしは、お金に見合うだけの労働をしている。

 その労働には、お金に見合うだけの価値がある?


 ふわっと、心が明るくなったような気がした。

 そんなこと、初めて言われた……。

 レイリア家では、何をやってもありがとうとか、そういう言葉ももらえなかったから。


 わたしがふよふよとまゆを下げていると、ルーリーはわたしの手を包み込んで言った。


「だからもらって? それにクーちゃんには、かわいい小物とか、便利な魔道具とか、かわいいお洋服とか! いっぱい買って、毎日を楽しく過ごしてほしいの」


 ルーリーは心配性なので、数日の一回ほど、わたしの部屋を訪れる。

 そのたびに物が少ないと嘆いて、いつも何か持ってきてくれていた。


「ほ、本当にいいんですか……?」


「当たり前よ! それにクーちゃん、休んでっていっても全然休んでくれないし。好きな日にちゃんと休暇をとってね!」


 そう言って、ルーリーはそうだわ! と手を叩いた。


「街へお買い物にでもいく? 必要な物とか、そもそも街を案内してあげなきゃ。一度もおりたことないでしょう?」


 言われてみればそうだ。

 わたしはギルドの敷地から一歩も出ていない。

 部屋から街を見下ろすだけで満足していた。


 ……不用意に外へおりて、何か危険なことに巻こまれるかもって、警戒していたのかもしれない。


「今すぐには無理なんだけど……時間があいたら今度お買い物に行きましょうか」


 ぱたぱたとしっぽが揺れた。


「はい」


 初めてのお給料。


 初めてのお買い物。


 わたし、自分のお金で、好きな物を買っていいんだ……。


 ◆


 次の日。

 月初めのせいか、ギルド全体にお客さんが少なくて、喫茶店も空いていた。

 やることもなくて床の掃除をしていたわたしは、ふと、依頼受付カウンターに、小さな女の子が来ていることに気づいた。


 小さいっていっても、わたしより二つか三つくらい下の子だと思うんだけど……。

 ギルドに子供が来るのが珍しかったら、ついそちらを見てしまう。

 さらさらとした水色の髪の女の子は、どうやら依頼があったらしく、カウンターに書類を提出していた。高い位置で二つに結わえた髪が、ぽんぽんとはねる。


 それを見ていると、声をかけられた。


「クーナさんっ♪」


「こんにちはですにゃ」


 振り返ったら、エレンさんとクロナさんがいた。


「こんにちは!」


 思わず笑顔になる。


「あ……いらっしゃいませ、です?」


「ううん、違うの! 今日はね、実はクーナさんと街へ行こうと思って!」


「え?」


 わたしがぽかんとしていると、ルーリーが背後にやってきて、わたしの肩にぽん、と手を乗せた。


「クーちゃん、たまたまエレンちゃんとクロナちゃんが休みだっていうから、誘っておいたわ! 休んで遊んでいらっしゃいな!」


「え!? わ、わたし、お休まなくて大丈夫です!」


 突然言われて、びっくりする。


「何いってるの! 働きづめなんてよくないわよ! ほら、こんなに空いてて仕事もないんだし、いったいった!」


 そう言って、ルーリーはわたしのエプロンの紐を解いてしまった。


「お着替えして、お金ももっていくのよ」


「ルーリー……」


 話はとんとんとすすんでいった。

 ダンに助けを求めても、いってこいと頷かれてしまう。


「い、いいんですか? エレンさんも、クロナさんも」


「いいのいいの! わたしお買い物好きだから! 街にいったことないんでしょ?」


「案内しますにゃ〜」


 二人とも、職員の服を脱いで私服だった。

 今日は休みだったのだろう。


「ほら、いっておいで」


 ルーリーにぽんっと背中を押され。


「はい、レッツゴー!」


 エレンさんに手を引かれて、わたしは街へ降りることになった。


 ◆


「ルル、ジャムは持っていかないよ」


「る〜」


「るーじゃないよ。お買い物いくのに、ジャムはいらないでしょ?」


「るん!」


 一度女子寮へ戻って、荷物を整える。

 ルルももちろん一緒にいくんだけど、大好きなジャムの瓶をわたしのかばんに入れようとするので、それを防ぐのに必死だった。


「外でなら、もっと美味しいものがあるかもよ?」


「る!」


 そう言うと、ルルはぴーんと耳をたてた。


 ふう。どうやらやっと、納得してくれたみたい……。


「さ、いこ」


 ルルをつれて、わたしはエレンさんとクロナさんと一緒に、街へ降りることになった。


「あ、ごめんなさいですにゃ、私ギルドのカウンターに忘れ物しちゃって。寄ってもいいですにゃ?」


「もちろん」


 クロナさんの忘れ物をとりに、一度ギルドの中へ戻る。

 カウンターのそばで待っていると、見覚えのある男性がこちらへやってきた。


 ……んんん?


「……よぉ、クーナちゃん。エレンも」


 それはいつもどおり、だらっとした雰囲気のキリルさんだった。

 ただし。


 ほっぺに真っ赤なもみじマークがついていた……。


「もー、キリルさんってば、まぁたなんかやらかしたんですか?」


「……いやはや、モテる男はつらいよ」


「どーせ二股かけて、ばっちーんてやられたんでしょ、くだらない!」


 エレンさんは呆れたようにため息を吐いた。


「Sランクの依頼もシモンが片付けてって言ってますよ! 帰ってきたらすぐこれなんだから」


「あーあー、もうすんだ話だろ。なあ、なに、どっかいくの?」


 キリルさんは耳をふさぐふりをして、わたしを見た。


「あ……街へお買い物に」


 そう言って、嬉しくてしっぽをふると、キリルさんが笑った。


「えー、いいねぇ。お兄さんもついていってあげる」


「いやです! キリルさんは働いてください!」


 べー、とエレンさんが舌を出す。

 行きたい、来ないで、とキリルさんとエレンさんが口論しているうちに、クロナさんが戻ってきた。

 後ろにはシモンも一緒だった。


 あれ……? 

 シモンの後ろに、女の子がひっついている。

 さっき喫茶店から見た、水色の髪の女の子だ。

 近くで見ると、すごく可愛い顔をしている。

 耳が少しとんがっているので、彼女も亜人なのだろう。


「げ、シモン!」


「やっと帰ってきた。ダメですよ、女の子にしつこく絡んだら」


「街はあぶねーから、護衛しようと思ってたんですぅ」


 シモンはにこにこ笑って、キリルさんに紙を押し付けた。


「はい、お仕事です。ソラリスの家の納屋に、何かモンスターがいそうな感じがするので、退治してきてください」


 ソラリス、と呼ばれた女の子は、なぜかわたしをじーっと見ている。

 綺麗な金色の目……。


「はあ? こんなのDランクで十分だろ。俺はAランク以上の依頼しか受けねぇ」

 

「まだこの依頼のランクは決めてないです。じゃあSにしときますねー」


「は!?」


 あはは、と笑いながら、シモンはS、と依頼書に書いてサインした。


「これで心配ないよ。もう大丈夫ですからね」


 シモンの後ろにいたソラリスにそう告げると、ソラリスはありがと、と笑った。

 わぁ、美少女だ。


 それを見たキリルさんも、頭をガシガシとかいて、ため息をつく。


「ったく、仕方ねぇな。まあソラリスんところのパン屋には世話になってるからなー」


 そう言って、ソラリスを手招きする。


「ほれ、行くぞ」


「うん」


 クールな感じの子だったけど、笑うとすごくかわいい。

 ソラリスはなぜかこちらを振り返った。

 何か気になる様子……


 あ、ルルかもしれない。

 わたしが彼女らを見送っていると、クロナさんが言った。


「わたしたちも行きますにゃ」


「そーだね!」


 こうして、わたしたちは街へ降りることになったのだった。


 



 

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