特殊スキルへの指摘


 開店したばかりの頃は忙しかった喫茶店も、時間が経つにつれて、やがて落ち着いてきた。相変わらずいろんなお客さんが来るけれど、比較的まったりとした時間を過ごせる空間になってきたので、わたしの心にも余裕が生まれてきた。

 最初はカウンターの中にいるだけだったけど、ルーリーの接客の仕方を教えてもらって、注文をとる練習もしている。


「ルル、少し太ったんじゃない?」


「る〜?」


 本日は、雨。

 しとしとと雨粒が地面で踊る音が聞こえてくる。

 雨のせいか、喫茶店もがらがら。

 ひだまりの中でお昼寝するのが大好きなルルは、本日は窓際で灰色の空を見上げていた。どうやら雨が珍しいらしい。

 

 お店の中をモップがけしていたわたしは、ルルのそばにかがむと、そのもふもふの頭を指でなでた。ルルは気持ちよさそうにわたしに頭をすりつけてくる。


「体もおっきくなってるし……うーん、カーバンクルってこんなもの? そういえば進化って、どうすれば進化するのかなぁ」


「る!」


 ルルはふわっふわのしっぽをくるりとふった。

 太ったんじゃないよ、成長したんだよ、という具合に胸を張っているのが面白い。

 

 ルルはすっかり、銀のリボンの「看板カーバクル」になっていた。

 みんなルルが珍しいらしく、ルル目当てで喫茶店にやってくるお客さんなんかもいる。

 ルルが甘えた声で食べ物をねだるので、みんなデレデレになって、ルルにごはんをあげていた。

 一応、ルルにはお客さんの邪魔をしないようにね、と言ってるんだけど、どうやらルルはそれを理解しているらしく、動物が嫌いなお客さんには近づかない。


 自分によくしてくれそうなお客さんに甘えてるのが、非常にあざとい。

 でもみんなルルが可愛くて、構いたくて仕方ないみたいだった。


 みんな、わたしがルルを飼っていると思っているらしく、どこでルルと出会ったのかをよく聞かれる。

 でも別に、ルルがわたしのそばにいてくれるだけなので、飼っているとも違うし、『テイム』したわけでもないので、何気に返答に困ってしまうのだった。

(なぜか、わたしのことをすごいモンスターテイマーだと思っている人もいる……)


「あんまりお客様を困らせちゃダメだよ」


「るー」


「甘い物の食べ過ぎも」


「るん」


 ルルは果物をお砂糖たっぷりで煮たジャムが大好きだ。

 ジャムのパイをダンが焼いたら、絶対にねだっているんだもん。

 反対に辛いものは嫌いみたい。とうがらしとか、そういうの。


「クーナ」


「っあ、ごめんなさい」


 ルルをなでながら窓の外を見上げていると、後ろにダンが立っていた。

 モップがけをさぼっていたので、慌てて立ち上がる。


「いや、ちがう。すまないが、ヤンの店の方に用事があるんだが……しばらく店番を頼めるか? ルーリーももうすぐ帰ってくると思う」


 ダンは困ったようにわたしを見ていた。

 お客さんは、今はいない。

 けれど新しく来たら、わたしが困るだろうと心配してくれているのだ。


「すぐ戻ってくるから、もしも軽食系の注文が来たら、少し待ってもらえるか聞いてくれると助かる」


 一人でお留守番は、少し緊張するな……。

 でもダンは急ぎの用事があるみたいだし、ここはしっかり、店番するしかない。


「わたしとルルでちゃんとお留守番しますので、大丈夫です!」


 そう言って、ちょろりとしっぽをふる。

 するとダンはホッとしたような顔で、お礼を言った。


「ありがとう。それじゃあ、少し出てくる」


「はい。いってらっしゃい」


 ダンは喫茶店を出て、ギルドのホールの中へ歩いていった。

 雨のせいか、ギルド自体、人が少ない。

 これなら当分お客さんもこないだろうと、わたしはお店に引っ込んで、掃除の続きを始めることにした。


 ◆


「るん」


 雨の音を聞きながら掃除をしたり、ティーカップを洗ったりしていると、肩にのっていたルルが、ちょいちょいとわたしのほっぺをつついた。


「ん?」


 洗っていたティーカップを水切りのうえに置いて、顔を上げる。

 

「あ……」


 な、なんということだ……。

 ダンもルーリーもいないのに、お客様が来てしまった……。


 雨の日の喫茶店にやってきたのは、黒い衣装を身にまとった、スラッとした男性だった。

 一瞬身を固めてしまったものの、男性がきょろきょろしていたので、慌ててお出迎えする。


「い、いらっしゃいませ。お、お、お好きな席へどうぞ」


「ああ、どうも」


 近くで見ると、男性は驚くくらい、綺麗な顔をしていた。

 二十代後半ほどだろうか。

 艷やかな黒髪に、深い青色の瞳。角度を変えてみると、翠っぽい色にも見える、不思議な宝石みたいな瞳をしていた。

 アルーダ国の貴族たちは綺麗な人が多かったけれど、それでもこんなに綺麗な顔をした人は見たことがなかった。


 質のいい黒い服の背中には、二本の杖が交差した紋様のようなものが見事な銀糸の刺繍で縫い込まれていた。

 手には白い手袋をつけている。

 身につけているものすべてが、明らかに質がいい。

 きっと、身分が高い人なのだろう。


 アルーダ国での貴族のことを思いだして、少しふるえた。

 けれど今、お店には誰にもいないので、わたしが接客するしかない。


 男性は窓側の席へ座ると、メニューをちらっと見て、言った。


「コーヒーを一杯いただきたいのだが」


「はひっ」


 さっそく注文がきた。

 思わず声がひっくり返る。

 

「か、かしこまりました……」


 他に注文はなく、ドリンクのみだったので、なんとかわたしでも対応できる。

 わたしはギクシャクしながら、キッチンへ戻った。


 ◆


「び、びっくりした……」


 心を落ち着けてから、作業に取り掛かる。

 コーヒーミルで豆を挽きながら、ちらと男性の方を見る。

 彼は雨が降る窓の外をぼんやりと眺めていた。


「るー」


 ルルはといえば、全然気にしていないようだった。

 ちらっとわたしの手元を確認したあと、カウンター席のテーブルの上で、くわっとあくびをして、丸くなった。

 今回の注文はコーヒーなので、ルルはお気に召さなかったらしい。


 豆を挽いたあと、ダンに教えてもらった手順どおりにコーヒーを淹れる。

 サイフォン式なので、わたしでもなんとか一定の美味しさを保って、淹れることができた。

 抽出する時間を確かめたり、混ぜ方に若干コツはあるものの、ドリップするよりは簡単なのが嬉しい。


「だ、大丈夫かな……」


 カップへコーヒーを注いだあと、わたしはチラチラとお客さんの方を伺った。

 相変わらず、彼は窓の外を見てぼうっとしている。


「……大丈夫。ここはアルーダ国じゃないんだから」


 そうつぶやくと、わたしはカップをトレイへのせて、男性のもとへ移動した。


「お、おまたせしました」


 緊張して声がひっくり返る。

 しっぽがぶるぶるふるえているのが情けない…。

 

「ありがとう」


 それだけ聞き届けて、わたしは逃げるようにキッチンへと帰ったのだった。

 

 ◆


 なんだか気になって、遠くから男性を見る。

 どうしてかな。

 綺麗な人だけど……なんていうんだろう。

 窓の外を眺めるその姿は、ひどくさみしくみえるというか、孤独な雰囲気を纏っていた。年ももしかすると本当はもっと若いのかもしれない。

 けれどもっと年上の人が持つような、独特な落ち着きと、静寂さ、そしてどこか疲れたような雰囲気をたたえている。


 じっと見ていると、その人はカップに一口、口をつけた。

 それからふと、窓の外からカップへ視線をうつす。


「……」


 何か、ひっかかることがあるみたいな顔。

 一度目を細めて何かを思案した後、顔を上げてこちらを見た。


「!」


 びくっとして思わず目をそらす。

 

 な、なんだろう。


 わたし、何か変なこと、しちゃったのかな。


 オロオロしていると、手招きされた。

 

 え……うそ、どうしよう。

 一気に体にぶわっと汗をかく。

 ルルは相変わらず能天気そうに寝ている。

 わたしはどうしていいか分からなくなって、その場にかたまっていた。


 けれど男の人ははっきりとこちらを見て、言った。


 ──来なさい。


 と。


「……」


 わたしはどうしようもなくふるえながらも、仕方なくそちらへ出向いた。


 ◆


「あ、の……」


 耳としっぽをぺたっと下げて、男性の前に立つ。

 

「……君」


「は、はい」


 ぶるぶるふるえていると、男性は表情を変えずにわたしを見た。


「……このコーヒーに、魔術をかけたな」


「えっ!?」


 びっくりして、目を見開く。


「ま、まじゅつ?」


 魔術なんて、そもそも使えるわけがない。

 だって魔力がないんだから。


「……微量だが、なんらかの魔力が混じっている」


「そ、そんな……! わたし、なにもしてません……!」


 何か、わたしは大変なことをしてしまったのだろうか。

 冷や汗をかいて慌てていると、男の人は首をかしげた。


「……開花したばかりなのか?」


「?」


 ぶるぶるふるえていると、男の人はこちらを伺うようにじっと見てから、息をついた。


「……別に責めているわけじゃない。ただなぜコーヒーにこのようなことをするのかと気になっただけだ」


「わたし、本当になにも……」


 けれどふと、わたしが今まで作ったドリンクを飲んで、首をかしげていた人たちがいたことを思い出した。

 キリルさんもそうだし、クロナさんもそう。他にも何人か、何か言いたそうな顔をしていた人がいたような気がする。


「無意識なのか。それもそれで、少し危険だな」


「!」


 わたしは何か、危険なことをしているの……?


「シモンに相談しておこう」


 男性はそれだけ言うとコーヒーを飲み干して立ち上がった。


「お代はここに」


「あ……」


 な、何か言わなきゃ……。

 けれどなんだか冷や汗をかいたり、心臓がばくばくしたりして、うまく言葉を返せなかった。

 そんなわたしを見て、男性はぽつりと言った。


「元気になってよかった」


「えっ?」


「ごちそうさま」


 そう言って、男性は黒いコートを翻すと、喫茶店から出ていってしまったのだった。


 ◆


 呆然と男の人を見送ったあと。

 ぼんやりしていたら、ルーリーが戻ってきた。


「ごめんごめん、そこで知り合いにあっちゃって、話し込んじゃったわぁ。……あれ? クーちゃんだけ?」


 お店の中で突っ立っていたわたしを見たルーリーは、どうしたの? と首をかしげた。


「あ、ルーリー……おかえりなさい」


「ぼうっとして、どうかしたの?」


「……実は」


 わたしはルーリーに、先程あったことを話した。

 わたしの話を聞いたルーリーは、顎に手をあてて、考える。


「うーん、それはきっと、ギアね」


「ギア?」


「ええ。黒髪で、青い目、銀の杖の交差した紋章が縫い込まれたコートを着てるっていったら、杖騎士団のギアしかいないわ」


「杖騎士団……」


 そう言って、ルーリーはにっこり微笑んだ。


「ギアはね、もともとSランクの冒険者だったんだけど。今はその腕を見込まれて、『杖騎士団』っていう、この街を守る騎士団の団長をしているの。叙爵までされて、爵位持ちよ」


 やっぱり、貴族だったんだ。


「杖騎士……?」


 それにしても杖騎士って、初めて聞いた。

 普通の騎士と、何か違うのかな。


「ええ、主に魔術を使って戦う騎士のことよ。大体魔術師って、高度な魔術を使う人ほど、複雑な手順を踏まないといけないから、動きが鈍くなっちゃうの。でも杖騎士は、攻撃に特化した魔術を極めつつ、肉弾戦もできる、頭がよくて身体能力が優れた人しかなれないのよ」


「す、すごいですね」


 だけど、そんな人がどうしてここにいるんだろう?


「杖騎士団は結構ギルドと密接な関わりがあるの。杖騎士団で解決できないことはギルドも手伝うし、反対にギルドでできないことは杖騎士団が手伝ってくれる。今日もギアは、シモンとお話があったのね、きっと」


 うんうん、とうなずいたあと、ルーリーはニヤニヤとわたしを見た。


「あの人、普段はあんまり話さないのに。クーちゃんには話しかけたのねぇ」


「?」


 ふーん、とルーリーはうなずく。


「やっぱりあんな堅物でも、クーちゃんの可愛さにはひかれちゃうわよねぇ」


「あ……わたし……」


 あの人は何か、わたしが飲み物にいれてるって、言ってた……。

 あれは一体なんだったんだろう?


 その話をルーリーにしたら、目を丸くした。


「え? クーちゃんが飲み物に何かしてる?」


「はい……」


 ルーリーは首をかしげた。


「私もクーちゃんの淹れてくれた紅茶、何回も飲んでるけど……ただなんとなく癒やされるなって感じるだけで、他はなにも思わないけど」


「ですよね……別にわたし、魔術なんて……」


 自分の手を見る。


 わたしは、本来人が持って生まれるはずの魔力を、一切持って生まれてこなかった。もともと、獣人は魔力が少ないのだという説もある。

 けれどそれにしたって、0というにはあまりにもひどすぎるとお継母様に言われたっけ……。


 アルーダでは、「魔力は当たり前にもって生まれるもの」とみんなが思っていた。だから魔道具なんかも、魔力を使える人用しかなくって、わたしは何一つ使えなかった。


 こちらの国では、亜人も多く暮らすせいか、魔力は配給制になっていて助かる。多分、アルーダ国よりも優れた魔道具が多い分、消費する魔力もかなり多くて、一般の魔力持ちでも魔道具を動かすことができないからな気もする。


「まあ、ギアは絶対に悪い人じゃないから大丈夫よ。何かあったら、絶対彼なら守ってくれるわ。クーちゃんは思ってもいなかったことを言われて、ちょっとびっくりしちゃったのね。何か美味しいものでも食べましょ。ルルもお腹すかせてそうだし」


 ぼうっとしていたわたしの手を、ルーリーが優しく包み込んでくれた。

 それでハッとして顔をあげると、ルーリーは微笑んでいた。


「さ、ティータイムティータイム!」


 ルーリーはそう言って、るんるんとわたしの手を引いてキッチンへと戻ったのだった。




 

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