喫茶店『銀のリボン』プレオープン!
「喫茶店なんて洒落たもの、ごりごりの冒険者たちは興味ないと思ってたんだけどねぇ……?」
困ったように、ルーリーが頬に手を添えて言った。
目の前には重装備した冒険者さんたちや、ギルドの職員と思われる人々、それから依頼のためにやってきた町人たちが、『銀のリボン』の店内で、わいわいと楽しそうに席についておしゃべりしていた。
ルルはあっちこっちのテーブルを練り歩いて、愛想を振りまいている。
るうるう甘えた声を出して、老若男女全員、籠絡していた。
どうやら愛想を振りまいて、美味しいスイーツをもらおうという魂胆らしい。
その狙い通り、お客さんたちはルルに自分の頼んだメニューを少しずつわけてあげていた。
あらら、木苺のパイのお客さん、ルルにすっごく狙われてる……。
「カーバンクルも珍しいだろうし、それに……」
ルーリーはわたしを見た。
「やっぱり、クーちゃんよねぇ」
さっきから、すごい視線を感じる。
こちらをみて何か言っている人もいる。
なにを言っているか分からないけれど、どうも獣人のわたしが珍しいようだった。
わたしは緊張して、身を固くする。
接客しているわけではないけれど、お客さんの席から普通にカウンターの中が見えるので、視線を感じてドキドキしてしまうのだった。
◆
本日は、喫茶店『銀のリボン』のプレオープンの日。
わたしたちは朝から一生懸命開店にむけて準備し、メニュー等に不備がないかをチェックしてから、ようやく看板を『Open』にした。
ワンピースの上から、エプロンをかけて、準備は万端。
いつでも接客できる。
ちなみに、この喫茶店に制服はまだない。
もともとルーリーとダン、二人でやろうと言っていた喫茶店なので、制服の必要性を感じていなかったらしい。
けれど今後、喫茶店員の人数が増えたら、おそろいのエプロンがほしいとルーリーが言っていた。
なのでわたしもルーリーも、ワンピースの上から貸してもらったエプロンをつけているものの、みんなバラバラ。また今度、三人で一緒にエプロンを選べたらいいなぁ。
と、そんなことを思いつつ、開店。
「ま、喫茶店なんてのんびりしたい人が来るんだから、お客さんもそんなにいないでしょ」
と能天気にルーリーが呟いたのもつかの間。
看板を『Open』にした途端、狙いすましたかのように、たくさんの人がやってきたのだった。
◆
「いやぁ、ずっと気になってたんだよなぁ。ダンがなんか店やるっていうからよ」
「ばーか、お前が気になってたのは、クーナちゃんだろうが」
「ばっ……ま、まあ、それもあるけどよ」
カウンター席。
わたしが作業をする目の前には、スキンヘッドの怖そうなおじさんと、眼帯をつけた怖そうなおじさん、そして顔に傷のある怖そうなおじさんがいる。
みんなそれぞれ武装を解いてはいるものの、どうみても悪に……いや、立派な冒険者さんたちだった。
「クーナちゃん。俺、ガントってんだ。岩砕のガント。冒険者ランクはA。よろしくな!」
「あーっ、お前ちゃっかり自己紹介なんかしてんじゃねぇ! クーナちゃん、俺は賢鷲マルーガ。冒険者ランクは限りなくSに近いA!」
「こいつ、三回試験落ちてんだよ。その点、俺はもうすでにSランクだ。名前はリッツ・アルドルド。焔龍のアルドルドっていや、この国でも有名なもんよ」
すごい……皆さん、ほんとに強い冒険者さんたちらしい。
開店してまずやってきたのが、三人でパーティを組んでいるという、この三人の冒険者さんだった。
彼らは一番にカウンター席にやってきて、それぞれ飲み物を注文してくれた。
わたしは簡単なドリンクを作る係だったので、その注文はわたしが受けることになる。緊張しながらもなんとか作ってお出しすると、三人とも喜んで受け取ってくれた。
そしてそれぞれ、自己紹介をしてくれたというわけだ。
「あ……クーナです。よろしくおねがいします」
ぺこっと頭を下げる。
緊張しすぎて、うまく話せない。
あわあわしていると、ダンが助け舟を出してくれた。
「クーナはまだ作業に不慣れだ。優しく見守ってやってくれ」
「もちろん」
「いやぁ〜クーナちゃんのいれてくれた紅茶、うまいなぁ」
うんうんとアルドルドさんたちはうなずいた。
「なんか俺、さっきまですごい疲れてたけど、クーナちゃんの淹れてくれた紅茶のんだら、疲れも吹き飛んだわ」
「そ、そんな……」
褒めてくれているのかな。
ふふ、すごく大げさだ。
でも嬉しかった。
──美味しい。
そう言ってもらえるのって、なんていうのかな……。
ちゃんと役に立って、ここにいてもいいよって、言われているような、そんな感じがする。
緊張したし忙しかったけれど、わたしはなんだか、すごくこの仕事が楽しいと思えた。
……仕事って言っても、簡単なドリンクを用意したり、洗い物したり、ダンのに頼まれた雑用しているだけなんだけど。
それでも、人に感謝されることは、すごく気持ちのいいことだ。
「クーナちゃんっ! ホットレモネード2つおねがい!」
「はい!」
ルーリーから注文を聞いて、はちみつ漬けにした果物を入れた瓶を選ぶ。
さらに初日からお客さんはどんどん増えていくのだった。
◆
「クーナちゃん♪」
お昼を過ぎた頃。
お客さんのピークが少し過ぎて、業務に慣れつつあった頃に、キリルさんがやってきた。
キリルさんはカウンター席に座って、注文したあと、にこにこと笑ってわたしに話しかけてくれた。
「ここのギルドのやつら、クーナちゃんに興味津々だったろ?」
「そ、そうですね……」
なんだかんだ、女性の冒険者さんたちや、ギルドの職員さんたちと会話した。
やはり皆、ルルと白狼族のわたしに興味があったようで、どこからきたの? 等、たくさん質問された。
ドリンクを作ったり、質問に答えたりでほんとに忙しかったけれど、だんだん慣れてきた。
──誰も、わたしを「獣人だから」と言って差別する人なんて、一人もいなかった。
本当は、かなり緊張していた。
獣人がお店で働くなんて、ダメなんじゃないかって。
アルーダ国では、亜人が働ける場所は限られていた。
強い魔力を持つ亜人だけが、名誉人間といって、人間と同じ扱いをうけることができ、いい職場で働くことができたのだ。
──亜人に接客してもらうなんて、不愉快だ。
よく貴族たちは、そう言ってったっけ……。
だけどここのみんなそういうことは何一つ気にしていなくて。
純粋に、お店や、ルル、わたしのことに興味をもって、話しかけてくれた。
今までルーリーとダンの気遣いもあって、二人を中心にシモンや、寮の人たちとしか交流を持っていなかったから、すごく不安だったけど、全然そんなこと、不安に思わなくたってよかったのだ。
──本当に、グランタニアの人たちは、獣人を差別していなかったのだ。
「……みなさん、すごく素敵な方たちですね」
にっこり笑ってそう言うと、キリルさんはへえ、と微笑んだ。
「よかった。お兄さんクーナちゃんのこと心配してたからさ」
「え?」
「みんな、怖い人ばっかだったろ?」
「あ……」
見た目のことを言ってるのだと分かって、笑ってしまった。
「なーんか冒険者って悪人面のおっさんが多いんだよなー」
ちらっと他の席を見てキリルさんがつぶやく。
するとどこからともなく、
「誰が悪人面だよっ!」
とキリルさんを叱責する声が飛んでくる。
「お前らだっつーの!」
べーとキリルさんは舌を出した。
ケラケラと笑う声が聞こえてくる。
みんな、顔見知りみたい。
「キリルさんは、パーティは組んでいないんですか?」
「ん? 俺?」
朝から接客していて気づいたけど、冒険者は基本的にパーティを組んでいる人たちが多い。というか、ほとんどがそうだ。それはお互いに足りない部分を補い合い、迷宮の深い場所に入るための、一つの手段なのだそうだ。
「俺はソロだよ」
「ソロ……お一人で冒険されるんですか?」
「そ。俺はつえーから、一人でじゅうぶん。昔はもうひとりとペア組んでたんだけど、そいつが別の職業に就いちまったからな」
「別の職業?」
「んー。そいつ強くてくっそ真面目だったから、杖騎士になっちまった。今じゃ団長やってるよ」
おもしろくねーの、とキリルさんはぶすくれる。
杖騎士ってなんだろう……?
「でも俺ぁ、冒険のほうが好きだからな。一人で最終階層までいけるし、ドラゴンだろうがなんだろうが、倒せるんだわ」
「えっ!? そ、それはすごいですね!」
素直にそう言えば、キリルさんはパチっとウィンクした。
「そうだろ? かっこいいだろ? じゃあさ、クーナちゃん、今度お兄さんとデー……いたっ!?」
「はい! うちの従業員をナンパしないの!」
銀のトレイでルーリーがキリルさんの頭をぼんっと叩いた。
「ってぇ。お前、マジでどうやって感知してんの?」
「私にはクーナちゃん守護センサーが備わってんのよ! ほら、どいたどいた! 端っこの席行って!」
「なんでだよ」
「二人連れの方がいらしてるの! あんたこんなど真ん中座らなくていいでしょ!」
キリルさんは端っこに追いやられてしまったのだった。
そしてかわりにやってきたのは。
「クーナさん! 来ましたよ!」
「来ましたにゃ〜」
「あっ!」
思わず笑顔になった。
「エレンさん! クロナさん!」
同じ女子寮のエレンさんとクロナさんだった。
二人とも、業務の休憩時間を縫ってやってきてくれたらしい。
「も〜、朝からすごかったですねぇ。今ちょっとマシになりましたけど。やっぱみんな、新しいものには目がないんですよね!」
「前から気になっていた人も多いと思いますにゃ。クーナさん、調子はどうですかにゃ?」
「忙しいけど、楽しいです」
そう答えると、二人ともホッとしたような顔になった。
「よかった! もう、うちのギルド会員、怖い顔した人ばっかでしょ?」
「みんな歴戦の冒険者たちですから、そうなりますにゃ」
「皆さん、優しい人ばっかりですよ」
レイリア家にいたときのことを少し思い出した。
わたしが淹れたお茶、まずいってよく床にぶちまけられていたっけ……。
それを拭いていたら、残りのお茶をかけられたこともあった。
すごく熱くて、辛かったのを覚えている……。
「クーナさん、この紅茶、とっても美味しいですね!」
ぽやっとしていると、先程淹れた紅茶を、エレンさんが褒めてくれた。
「香りもいいし……ん、なんだろ。これ、なんか他にいれてます?」
「いいえ……でもダンに、美味しい紅茶の淹れ方を習って、練習したんです」
茶葉にはそれぞれ、美味しさを引き出すための、最高の温度があること。
けれどカップへ湯をつぐ間にわずかに温度が下がって、適温状態でなくなってしまうことがあるため、わざと少し高めの温度で淹れることなど。
小さなことの積み重ねで美味しいお茶はできるのだと、ダンに教えてもらったのだ。
「なんか体もほっとします。あー、これはいいお店ができましたね。私もこれからいっぱい利用させていただきます!」
エレンさんがそういって、微笑んだ。
けれどクロナさんはカップを持ったまま、黙り込んでいる。
その様子に、少し不安になった。
「……クーナさん」
「は、はい!」
「これ……美味しいですにゃ。美味しいけど……」
けど?
「……いえ、なんでもないですにゃ。何か他に隠し味でも入っているのでは無いかと思って」
そういって、にこっとクロナさんは笑った。
よかった。まずかったわけではないみたい。
ほのぼのとおしゃべりしていると、今度は見慣れた白髪の男性がやってくる。
「あ、マスター!」
エレンさんが振り返って笑顔になった。
「こんにちは。初日から大繁盛ですね」
そう言って、開いた席に座る。
注文を伝えに戻ってきたルーリーがシモンを発見すると、困ったように言った。
「ねえシモン。シモンが目指してた、穏やかな喫茶店でミーティングっていうの、しばらくは無理そうね」
「あ〜、大丈夫大丈夫。最初はこんなものですよ。しばらくすればお客さんも落ち着いてきますから」
そうえいば、喫茶店を作りたいと言い始めたのは、シモンなんだっけ。
シモンはいつもどおりにこにこしながら、注文をしようとする。
けれどそれを後ろから邪魔する人たち。
「マスター! 俺をSランクにあげてくれよ!」
「この間、俺のスキル鑑定してくれるって言ったよな!」
「ねえシモン聞いてよ! あたしフェンダウの地域の依頼も受けたいのよ。あのへん魔法石多いじゃない! 依頼とってきてよ!」
「シモン!」
さすがギルドマスターといったところだろうか。
シモンが現れると、みんなマスターマスターといって、シモンに集まっていく。
「あ、ああ……そうでしたっけ……」
シモンは涙目になって呟いた。
「私の穏やか空間が……」
「そもそもこのギルドじゃ無理ですにゃ。みんな元気すぎますにゃ」
どこか呆れたような声で、クロナさんが言った。
なんだかおかしくなって、わたしは笑ってしまったのだった。
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