冒険者ギルド『銀狼王の盾』へようこそ!


「ねえクーちゃん、うちのギルドで働いてみない?」


 ルーリーがそう言ったのは、わたしの体がもうすっかりよくなった頃だった。

 期間にして、十日日ほどだろうか。

 足の調子もよくなって、今ではちゃんと歩くことができるようになっていた。


「は、働く?」


「あ、もしよかったらの話なんだけど……」


 ルーリーの提案に、わたしは目をぱしぱしと瞬かせた。


 ……働く。


 それは、アルーダ国で暮らしていたわたしにとっては、驚くような提案だった。

 アルーダ国では亜人の地位は低く、基本的にしっかりとした職場には名誉人間しか採用されることはない。

 人種平等を歌っているけれど、ぜんっぜん平等なんかじゃなかった。


 わたしは魔力値もゼロだし、何より獣人だ。

 役立たずどころか、置いてもらえる可能性のほうが低いのでは……?


「わたし……役立たずだし……」


 一生懸命、わたしが普通の獣人で、何もできないことを身振り手振りで伝える。


「ああ、大丈夫よ。そんなに難しいことじゃないの。まずは簡単なことから、少しずつ、いろんなことを覚えていけばいいのよ」


 ルーリーはそう言って、微笑んだ。


「実はもう、シモンの許可はとっているの」


「!」


「シモンも、クーナちゃんに行き場がないのなら、ぜひうちで働いてみないかって」


 びっくりして、耳がぴーんと立った。


「もちろん、お給料も出るし、このままこの部屋も借りられるし」


「ほ、ほんとに!?」


「こんなところで嘘なんて言ってどうするのよ」


 す、すごい……。

 獣人のわたしでも、女のわたしでも、働いていいなんて……。


「まあ、そんなこと言っても想像つかないでしょうね」


 ルーリーは少し考えてから、ぽんと手をうった


「そうだわ! 今からギルドの中を案内してあげましょうか!」


「!」


 それはいい考えだ!というように、ルーリーは何度も頷いた。


「ね、そうしましょう。部屋にいるのも、退屈でしょう?」


 ルーリーはいたずらっぽく笑う。

 

「るう!」


 わたしがしょんもりと耳としっぽを垂れさせていると、そばにあったフルーツが盛られたカゴの中で林檎をかじっていたルルが、ぴょこんとこちらやってきた。


 行こうよ!!

 と言った具合に、くいくいとわたしの服を引っ張る。


「ルルも行きたいの?」


「るう!」


 そういえば、ルルってば部屋の外にいつも出てるけど、どこに行ってるんだろう?


「ふふ。ルルもね、今ギルドの注目の的なのよ」


「えっ? そうなんですか?」


「ギルド施設の中をたまにお散歩してるみたいなんだけど……ああ大丈夫よ、シモンが話を通してるから、誰も危害なんて加えないわ。カーバンクルなんて珍しいから、みんなすごいすごいって」


「るう〜」


「ねえルル、部屋の外は楽しいわよねぇ?」


「る!」


 ルルは得意げにこくこくと頷いた。

 わたしはなんだかおかしくなって笑ってしまう。


 ルーリーはわたしの手を引いて言った。


「大丈夫よ。私が、ちゃーんとクーナちゃんを守ってあげるから!」


 さ、いきましょ!

 と言って、ルーリーはわたしを立たせる。

 するろルルが、わたしの肩へのぼってきた。


 ふわふわのもふもふが、頬擦りしてくる。

 おひさまの匂いがして、心地いい。


 ルルがそばにいることに安心して、わたしはルーリーと一緒にギルドの中を見てみることにしたのだった。


 ◆


「う、わぁ……」


 初めて冒険者ギルドの中央ホールに立った時。

 わたしはその大きな空間と、賑わう大勢の人々に圧倒されて、思わずため息をもらした。

 そこにいるのは、人間だけじゃない。見たこともないほど大勢の亜人たちだった。

 頭に角を生やす者、竜のうろこを持つ者、立って歩く猫に、背中に羽の生えた小さな小さな妖精たち。

 老若男女問わず、様々な人々がそこにはいる。


 ギルド内には独特で軽快な音楽が流れていて、みんな音楽に負けないように大きな声で言葉を交わしていた。


「いらっしゃいませ。ここは冒険者ギルド『銀狼王の盾』。冒険に関するお悩みごとは、こちらですべて解決できます!」


「冒険へ出発のみなさん、もう保険には入られましたか? まだの方は必見! 我が社の保険『ハイ・ダンジョンコース』は最高利率を誇っていますよ!」


「冒険者ランク昇格試験の合格結果を発表しまーす! 受験者の皆様は二階の大会議室へ集まってください!」


「依頼掲示板更新しました! 二月ぶりに、Sランクの依頼が入りましたよ!」


「それでは皆さん、幸多き旅であらんことを!」


 大勢の熱気に押され、わたしはルーリーにぴたっとひっついた。

 ……すごい。

 こんなに大勢の人がいる場所へは、初めてきた。

 というか、このギルドって、こんなに大きかったんだ……。


「ふふっ。びっくりした?」


「……はい。こんなにたくさんの人がいたんですね」


 わたしが療養しているのは、ギルドの職員さんの寮の一室らしい。

 職員さんたちは結婚してる人が多かったり、自分の家から通ってる人が多いから、今はあの寮はあまり使われていないそうだ。

 だから静かだし、まさかこんなに人がいるなんて、思わなかった。


「ここはね、グランタニアが誇る四大ギルドの一つなの。ダンジョンへ潜ることを冒険っていうんだけど、冒険について回る問題は、全てここで解決できるのよ」


 そう言って、ルーリーはいくつかのスペースを手で示した。


「あそこは依頼斡旋窓口。あの依頼掲示板っていうところに貼ってある依頼書を持っていくと、依頼が受けられるわ。それから冒険者カードの申請窓口に、あそこはアイテム鑑定室。ドワーフの鑑定士がこれまたうるさくてね」


 まだまだあるわよ! とルーリーはわたしにいろんな場所を案内してくれた。

 とにかくこのギルドは、様々な機能を備えた巨大施設となっているらしく、一階から三階まで、様々なコーナーがあって、一回の案内ではすべてを覚えきれなかった。


 ひえ〜、こんなに大きな施設、アルーダ国にはめったになかったよ。


「少し疲れちゃった?」


「いえ、ちょっとびっくりしちゃって……」


 病み上がりだったせいもあるけど、何よりの人の多さに驚いて、気力をすり減らしてしまった。

 こんなに多くの亜人たちが堂々とやりとりをしているのを見たのは初めてだ。

 それにどうしてだろう、なんだか視線を感じるような……。


「おいみろよ、獣人の女の子がいるぞ」


「まあまあ、珍しい」


「それに見ろよ、あのカーバンクル!」


「おいおい、あの子が主人だったのか?」


 な、なんかヒソヒソ言われてる。

 

「るう?」


 肩に乗っているルルが、やっぱり珍しいのかな。

 ルーリーは手をパンパンと鳴らして、言った。


「はいはい、ジロジロ見ないの! クーナちゃんはまだ病み上がりなんだから」


「クーナちゃんっていうのか……」


 この視線は、やっぱりルルが珍しいからなのかな……。

 ドキドキしていると、ルーリーはわたしの手を引いた。


「ルルも珍しいんだろうけど、みんなクーちゃんがかわいくって、気になってるのよ。じゃ、休憩しにきましょうか」


 そう言ってルーリーが連れていってくれたのは、一階の隅の方にあった、人気の少ない場所だった。

 ギルドの端っこにあるそのスペースにはサンテラスがついていて、良く言えば使い込まれたアンティークな感じの、悪くいえば古くて傷の多い机や椅子が室内とサンテラスにいくつも並べられている。


 奥にはキッチンのようなものもあり、どうやらそこが飲食をするためのスペースなのだと分かった。

 けれどスペースを区切るように小さな鎖で中に入れないようになっていて、中には誰もいなかった。

 近づいてみると看板が立っていて『Closed』となっていた。

 どうやらまだオープンしていないらしい。


「はいどうぞ」


「!」


 ルーリーは堂々と鎖を外して、中へ入った。

 わたしは慌ててルーリーを止めようとしたけれど、彼女はいたずらっぽく笑ってわたしの手を引く。


「ふふっ、いいのいいの」


「でも……」


 恐る恐るルーリーのあとに続くわたしを見て、彼女は言った。


「ここ、わたしと旦那のお店だから」


「えっ?」


 ルーリーと旦那さんのお店?

 ルーリーって結婚してたの?

 っていうか、ルーリーのお店って何?

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