ルルと一緒に、第2の人生始めます!

 はてなをいっぱい浮かべているうちに、日当たりのよいテーブルへ通された。

 流されるまま、そこにストンと座る。

 ルルはわたしの肩から降りて、テーブルの上で丸くなった。

 日向が好きみたい。

 ルーリーも目の前に座ると、ニコニコと微笑んだ。


「ここはね、今度新しく開店する喫茶店『銀のリボン』っていうの。わたしと旦那で営業するつもりよ。プレオープンは十日後の予定」


「!」


 どうやらまだ営業も始まっていなかったらしい。

 

「ギルドには食堂なんかもあるんだけど、食堂は少々騒がしいから、ゆったりくつろいで商談なんかができる喫茶スペースがほしいってシモンがいって。私と旦那がここでお店をやらせてもらうことになったの」


 なるほど。

 食堂と喫茶店で、どうやらその役割を少々変えるらしかった。


「それでね、実はまだここには……」


 ルーリーが何か言いかけて、やめた。


「あら、あなた」


 わたしの後方を見て、にっこり笑う。

 なんだろう、とわたしは後ろを振り返ると、びっくりしてしっぽの毛がぶわっと逆毛立った。


「ぬん」


 わたしの後ろに立っていたのは、ムキムキマッスルで、巨大な男性だった。

 短い茶髪を刈り込んでいる。歳は三十代程度だろうか。

 そのわりに可愛い刺繍の入ったエプロンをつけていて、なんだかちぐはぐだ。


「クーちゃん、この人がわたしの夫のダンよ。ダン、この子がいつもわたしが話していたクーナちゃん!かわいいでしょ?」


「え、あの、その……っ」


 わたしがあわあわしていると、ダンは目の前に何かを置いた。

 わたしはその音で飛び上がる。


「……さっき作った。温かいうちに食べるといい」


「……へ?」


 目の前に置かれていたのは、たっぷりのメープルシロップがかかったパンケーキと、熱々のミルクティーだった。

 思わず、目が輝いた。

 レイリア家では、甘いものは一切食べさせてもらえなかった。

 そのせいかわからないけれど、わたしは甘い物に目がない。

 ルルも鼻をひくひくさせて、パンケーキを見つめていた。


「あ、あの……ダン、さん。これ、食べていいんですか……?」


「ダンでいい。そのために作ったから食べるといい」


 ダンはそれだけ言って、のそのそとキッチンの方へ戻っていく。


「ごめんなさいね、あの人、すんごい無口なのよ。でもとっても優しくて、今日もクーちゃんが来るのを楽しみにして、パンケーキ焼いて待ってたの」


 そう言ってルーリーは苦笑した。


「食べてみて。ダンが作るパンケーキは、すごく美味しいの!」


 わたしは何がなんだか分からなかったけど、すすめられて、とりあえずフォークを握った。

 それからバターとメープルシロップのかかったパンケーキを一口食べてみる。


「!」


 耳としっぽがぴーんと立った。

 ふわふわ、しゅわしゅわとした不思議な感触が、口の中にゆっくりと広がる。

 ふんわりとした優しい味わいは、今までに食べたどんなスイーツよりも美味しかった。


 ……っていっても、わたしはレイリア家では、あんまり甘いものとか、豪華なものを食べさせてはもらえなかったんだけど……。

(獣人には味がわからないからって、言ってた)


 でもわたしにも、ちゃんと味が分かる。

 こんなに美味しいパンケーキ、食べたことない……。


「るうー!」


「ルルもほしいの?」


「る、る!」


 パンケーキを小さく切って、ルルにもあげる。

 ルルは小さな口ではぐはぐとパンケーキを食べていた。

 なんだか幸せそうな顔をしているから、きっとルルもわたしと同じ気持ちなんだろう。


 フォークを握ってパタパタとしっぽを振っていると、ルーリーは微笑んで言った。


「ね? 美味しいでしょ?」


 わたしはこくこくと頷いた。


「すごく、すごく美味しいです!」


「ダンはね、ギルドの食堂の料理長であるヤンと双子なの。ヤンもすっごく料理上手なのよ」


 ちなみに、と、ルーリーは指をたてる。


「クーナちゃんのごはんをいつも作ってくれていたのも、ダンなのよ」


「!」


 そっか。

 いつも美味しくて、お腹に優しい食事を作っていてくれたのは、ダンだったんだ。

 わたしはどうしようもなく嬉しくなった。

 どうしてここまでわたしに優しくしてくれるのは分からない。

 けれどその好意が、素直に嬉しい……。


「ねえクーちゃん」


「はい?」


「あのね、さっきも言ってたお仕事の話なんだけど。よかったら、わたしたちのこのお店『銀のリボン』で、働いてみない?」


 思わず目を見開く。


「簡単なことからでいいの。お皿洗いとか、そんなのよ」


「わたし、でも、あの……」


 不安になって、眉がふよふよと下がった。

 ここ、すごくいい場所だと思う。

 ダンのパンケーキも美味しかった。


 だけど……


「獣人、だし……」


 そう言うと、ルーリーは目を見開いた。


「どうして? ここではそんなもの、関係ないのよ」


「……」


 しょんぼりとしっぽを垂れ下げるわたしの前に、いきなり立ち上がったルーリーが膝をついた。


「あのね」


 ルーリーの綺麗な若葉色の瞳が、わたしを見つめる。


「獣人だからって、自分を卑下する必要はないのよ。そんな差別、この国にはないの。女も男も、人間も獣人も、宇宙人だって、誰でも職につけるわ」


 そう、なのかな……。


「クーちゃんはアルーダ国の出身なのよね?」


 こく、と頷く。


「アルーダ国は人間至上主義だと聞くわ。亜人の扱いがひどいって」


 ルーリーは悲しそうな顔をしていた。


「けれど、ここはグランタニア。自由の王国よ。そしてこの世界には、どの種族が上だとか、そんなものはないの。みんないいところも悪いところもある。ただそれだけの話なの」


「……じゆう?」


「そう、自由。あなたを縛るものなんて、もうないのよ。あなたは自分で働くことができる。働いてお金を得たら、なんにだって使っていいの。あなたは自由に暮らしていいのよ」


 最初、わたしはルーリーの言っていることがよく分からなかった。

 だけど、ちょっとずつ、乾いた土に水が染み込むみたいに、理解してきた。


 そうだ。

 わたし、本当にあの家から開放されたんだ。


 わたしを無視するお父様。

 ひどい折檻をするお継母様。

 意地悪な義妹。


 それにロイ様たち、みんな……。

 

 今まで獣人だからって、虐げられて生きてきた。

 獣人の女は、人間の男によく従わないと生きていけないって。

 わたしはそのための女だって。


 だけどわたし、今、何にも縛られていない。

 ここまで逃げてくれば、もうあの家の人たちだって、追ってこられないはずだ。そもそもきっと、わたしは死んだことになっているのだから。わたしはもう、すでに一度死んだのだ。ここからは、二つ目の人生が始まる。

 あの場所にちっとも未練なんて、ない。


 もしかして……。

 もしかしてこんなわたしでも、働いてお金をもらえば……自由に生きられるの?


 コルセットも、ヒールもやめて、町娘として自由に暮らせる?


「クーちゃん。クーちゃんはどうしたい?」


 わたし……わたしは……。


 最後の一歩が踏み出せないわたしの手に、ぽん、とルルが前足をのせた。


「るぅ〜」


「……ルル?」


「る!」


 ルルはやってみようよ! というように、頷く。

 なんだかそれに勇気づけられて、わたしは自然と答えを口に出していた。


「やって、みたい」


 獣人のわたしでも働いて自由に生きることができるのなら。


 わたしもここで働いてみたい。


 ルーリーたちに恩を返すためも。

 自分のためにも。


「やりたい、です」


 わたしはいつの間にか、はっきりと口に出していた。

 ルーリーがにっこりと笑う。


「じゃ、やりましょう!」


「るー!」


 こうしてわたしは、自立するため、ルーリーたちに恩を返すため、冒険者ギルドの喫茶店『銀のリボン』で働くことになった。


 もちろん、ルルと一緒にね。

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