魔物の森に追放されました。
薄暗い森の中を、ガタガタと揺れながら馬車は進む。
森の奥深くまでやってきたところでようやく馬車は止まり、鍵のかかっていたキャビンの扉が開かれた。
「ほら、さっさと出ろっ」
「きゃっ」
手足に罪人を拘束するための特別な拘束具を嵌められたわたしは、御者に腕を引っ張られ、まるで地面に叩きつけられるかのように、外へ放り出される。
七日前、ガルド様に取り押さえられた時に挫いた足をろくに治療されなかったせいで、立ち上がることもできなかった。
痛みで顔を歪めていると、御者は下卑た笑みを浮かべる。
「ここは魔物の森だ。さぁて、あんたは何日で骨になるかな?」
「……っ!」
「あんたも人間に生まれてきたら、こんなことにはならなかったのになぁ」
髪を触られて、ゾッとした。
思わず身を引けば、舌打ちされる。
「せめて聖女様の"御告げ"がなければ、かわいがってやったのに」
残念そうに私を見て、御者は馬車へ戻っていく。
「来世では人間様に生まれてこられるよう、祈ってるんだな」
無情にも馬車は森の外へと帰っていく。
薄気味悪い森にぽつんと残されたわたしは、手足を拘束する魔道具のせいで、そのあとを追いかけることもできなかった。
「そんな……わたし、ほんとにここで死ぬの?」
こんなところで放置なんて、絶望しかない。
上を見上げれば、鬱蒼と生える木々に遮られて、空もわずかばかりしか見えなかった
「どうしよう……」
わたしは途方にくれて、その場でうずくまった。
◆
あの馬鹿みたいな断罪劇が起こったあと。
わたしはそのまま引っ立てられ、なぜか王城の地下牢に入れられた挙げ句、ろくな裁判もうけることができずに、この森への追放が決まった。
なんでも、聖女様がわたしには黒いモヤがとりついていて、いずれ「魔物憑き」になってしまうと王子に助言したらしい。
そこで王子は、わたしをこの森に捨てて、魔物に処分させようと決定したわけだ。
百歩譲って、わたしに黒いモヤがとりついてるとしよう。
だけど、聖女様をいじめたっていう、あの嘘の告白はなんだったんだろう?
どうして聖女様は、そんなことを言ったのか。
……やっぱり、わたしが獣人だったせいなのかなぁ。
わたしが住むこのアルーダ国は、未だに人間至上主義が強い。
大陸のほとんどの国は、人間も亜人も入り混じって発展してきたことに対して、アルーダでは人間が中心になって、文化を築いてきた。
現国王陛下はどちらかといえば親亜人派だけれど、高貴な血を持てば持つほど、人間族という種族に誇りを持ち、それが以外の種族は下等だと見下すようになる。
聖女様が。
第一王子が。
そして義母と義姉がそうだったように。
だからこの国の貴族は、ほとんど人間だった。
王立貴族学園も、亜人は一割程度しかいなかったのだ。
「この耳としっぽさえなかったら、こんなことにはならなかった?」
ふわふわとした耳に触れて、ため息を吐く。
けれど持って生まれたものなんだから、そんなことを言ったって、仕方ない。
わたしのお母様は白狼族という、白銀の髪と、狼の耳、そしてしっぽを持つ獣人だった。
当時、伯爵位を継いだばかりのお父様は、とても美しいお母様に一目惚れし、周囲の反対を押し切ってまで、結婚したらしい。
そして生まれたのがわたしだった。
わたしはお母様の血を濃く受け継いで、見た目がお母様にそっくりだとずっと言われていた。
けれどお母様は、早くに流行り病でなくなった。
そして今度こそ人間の妻を娶れと周囲にいわれ、お父様が無理やり娶らされたのが、高貴な人間の血を継ぐ、継母ゼノリアだった。
お父様は、お母様のことを忘れられなかったらしく、日に日に心を病んでいった。そしてお母様にそっくりなわたしを視界にれたくもないと、無視するようになったのだ。
継母はその間、やりたい放題。
当然、自分のほんとうの娘にしか愛情を注がなかった上、ひどい亜人差別主義者で、わたしのことはまるで召使いのように扱った。
「獣の混じり者の上、魔力0なんて、レイリア家の恥だわ」
人は生まれながらに、魔術を使うための魔力を持って生まれてくる。
量に程度こそあれ、必ずだ。
けれどわたしには、その魔力が全くなかった。
まさかの0。
逆にそんな人は珍しいんだって。
そういう事情も拍車をかけてしまい、いつの間にかレイリア伯爵家では、わたしを虐げてもいいというようなルールが出来上がっていた。
義母や義妹だけどじゃない。家の使用人たちにも、全員だ。
わたしは、レイリアの姓をもらっていたけれど、ずっとひとりぼっちだった。家にいたらたくさんの仕事をさせられてしまう。
だからこそ、ロイ様との婚約が決まったときは、すごく嬉しかったのだ。
それは家と家同士の、利益のための婚約だった。
ロイ様の家は、レイリア家の領地にある魔法銀の取引権利がほしかったらしく、わたしとの婚約のかわりに、その権利を得たらしい。
ロイ様は優しかった。
それは恋と呼べるような激しい感情ではなかったけれど、この人となら、きっと協力しあえると思える、立派な人だったのだ。
学園を卒業したら、あの家を出られる。
ロイ様と一緒に暮らせる。
それだけを心の支えに、日々を生活していたわたしだったけれど、本当に馬鹿だったと思う。
表向きでは、この国では亜人差別は撤廃されたことになっている。
大陸では、そういうものは時代遅れと言われているから。
けれど古くから根付いた価値観はなかなか変わらなかったらしく。
やはり今でも、この国は亜人を差別して、国の重要な決定ごとなどに関われなくしたり、亜人を下に見ることで、皆心の安寧を得ようとしているのだ。
どんなに辛いことがあっても、亜人に生まれるよりはマシって、ね。
◆
「わたし……このまま死んじゃうのかな」
日が暮れて、森は暗くなってきた。
足を怪我しているため、移動もできない。
ただ、わたしは夜目がきくため、真っ暗でもある程度周りは見える。
「寒い……」
夜になると、森の気温はいっきに落ちる。
わたしはぶるりと身震いした。
けれどどうしてかな。
今日一日ここにいるけど、魔物とか、変な生き物とか、全く見ない。
この国では今、『魔素』と呼ばれる、有害な気体が問題になっている。
魔素が濃く漂う場所では、獣が魔獣化して人を襲うようになったり、聖女さまがわたしにいったように、人間が『魔憑き』になって、暴力的になったりするのだ。
その瘴気を払えるのは、光魔法を使える聖女様だけらしい。
そしてこの森も、瘴気が濃く漂い魔物がたくさん出ることから、「魔物の森」として有名になっていった。
「うーん、ほっぺかゆい」
だけど魔獣なんて全然いない。
虫がかゆいなってくらいなんだけど……。
「!」
そのときだ。
ふいに、がさ、と近くの茂みが揺れた。
「な、なに……?」
とうとう、魔物が来てしまったの?
わたし、ここで食べられて、本当に死んでしまうの……?
恐怖で体がぶるぶるとふるえた。
しっぽが足の間に挟まる。
次の瞬間、ぶわっと激しく茂みが揺れ、何かが飛び出してきた。
「……ッ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます