冒険者ギルドの喫茶店〜聖女様に冤罪で追放されたので、モフモフたちと第二の人生を謳歌します〜

美雨音ハル

第1部

序章 婚約破棄と謎のモフモフ

婚約破棄、そして…


「クーナ・レイリア。聖女への数々の非道な行いに、俺は失望した。俺とお前との婚約を破棄させてもらう」



 ──今日のパーティはバイキング形式だから、今のうちに食べられるだけ食べよう!


 なんてことを考えていたものだから、とうとう罰があたったのかと思った。


「へ?」


 わたし……レイリア伯爵が長女、クーナは、パーティ会場の中央に一人立たされ、この国の王子と、その側近候補たち、そして一人の甘い顔立ちをした少女と向き合っていた。


 本日は、王立貴族学園の、学期末パーティの日。

 この学園では、一年を三学期に分け、学期末ごとにお疲れパーティのようなものを開催する。

 そんな良き日にこのようなことが行われるとは思っていなくて、わたしはただただ混乱していた。


 わたしの目の前に立っているのは、そうそうたるメンバーだ。

 

 我がアルーダ国の王位継承権一位であらせられる、エルメキウス殿下。

 王立騎士団団長の息子であり、自身も騎士であるガルド様。

 現国王の右腕と言われる宰相の嫡男、ベルガ様。


 そして代々優秀な魔導士を排出するグラード家の出身で、すでに最高ランクの氷魔法まで使える優秀な魔導士、ロイ様。

 ロイ様は先程の婚約破棄をわたしに言い渡した張本人だ。

 他のお三方は、興味深そうにこちらをじっと見つめている。


「ロイ様……? いったいこれはどういうことですか?」


 パニックにならないよう、あくまで冷静に問う。

 それでも衆目にさらされ、体は震えていた。

 学生たちも皆、この雰囲気に圧倒され、じっとわたしたちのやり取りを見ている。


 ロイ様は一歩前に進み出て、言った。


「クーナ。お前には失望した。メルティアを影でいじめていたのは、お前だったのだな」


「メルティア様を、いじめる……?」


 な、なんの話……?

 ふと、ロイ様の隣で震えていた、栗色のふんわりとした髪の少女と目があった。

 彼女は怯えたように、わたしを見た。

 メルティア様を守るように、殿下たちが彼女を後ろに下げる。


 メルティア様、いや、今は聖女様と呼ぶべきなのかな。

 わたしも彼女のことは知っているけれど、直接話したこともなければ、お互いに認知もしていなかったように思う。


 ハイル男爵令嬢メルティア。

 最近学園を騒がせている少女として、わたしも数少ない友人から、その噂はきいていた。

 なんでも、メルティア様はハイル男爵が市井で作った妾の子で、今まで平民として街で暮らしていたのだという。けれど最近になって、魔を浄化する光魔術に目覚めた。鑑定士が鑑定したところ、何十年に一度出現するかしないかの、『聖女』だということが分かったのだ。


 聖女となったメルティア様は、その力を持って国を救うため、まずは基本のことを勉強するためにこの王立貴族学院の魔術科に転入してきたのだという。

 そしてそんな彼女をサポートするために集められたのが、今わたしの目の前にいる四貴人と言われる人たちだ。


 学園の人気者である四貴人たちを平民の子が独占するなんて、と嫉妬をする令嬢たちもいた。市井出身のせいか、失礼な言動なども確かに目立っていた。けれど、わたしは聖女様という尊い方が現れてよかったと心から思っていた。そして自分が聖女様に関わることなんてないだろうと、遠くから見ていただけだ。


 それなのに、今の状況は、いったい何……?


「ロイ様、どうされてしまったんですか……?」


 悲しくなって、本気でそう聞いてしまった。

 彼はいつも穏やかで、優しい人だった。

 わたしたちは親が決めた婚約者同士だったけれど、きっと将来、穏やかな家庭を築けるだろうと、信じていたのに。


「どうされたも、ないだろう。自分がやったことを、認められないのか?」


「わたしは、何もやっていません」


 震えながらもそう伝えれば、彼はため息を吐いた。

 反抗することはとても怖い。

 だけどわたしには、しなけれないけない理由が一つある。

 ここで罪を認めてしまったら、迷惑を被る人たちが、たくさんいるから。


「メル、ここでお前がされたことを言ってもいいか?」


「……はい」


「辛いだろうが、少し耐えてくれ」


 聖女様は涙目でこくんと頷いた。

 ……いつの間に、二人は愛称で呼び合う仲になっていたのだろう。


「メルが学園へ入学してからというもの、市井出身ということをネタにして、メルをいじめていたらしいな」


「だ、だからそんなこと、やってな……」


「嘘をつくな。ここに数々の証言がある」


 そう言って、ロイ様は全く見に覚えのないことを言い始めた。


 聖女様に学園から出て行けと何度も詰った。

 聖女様のドレスをわざとインクで汚した。

 聖女様のものを盗んだ。

 などなど。

 

「極めつけは、今年の学園祭の日、演劇の主役になったメルを人気のない階段でつき落とした。そのせいで、メルは大怪我をした挙げ句、演劇に出ることができなくなった」


 聖女様がずっと腕に包帯を巻いていたのは、そのせいだったのか。

 驚いて、目を瞬かせてしまった。

 なんてひどいことをするんだろう。怪我どころか、それでは命まで危ないじゃないか。


 ……って、わたしがしたことになってる!?


「ま、待ってください。すべて身に覚えのないことです! そもそもわたしたち、面識がないんです!」


 そう言って聖女様を見る。

 彼女は涙目になっていた。

 首をふって、こしょこしょと殿下に何かを話している。


 えええ、どうして肯定してくれないの?


「お前がやっていたという証言もある」


 ロイ様は静かに言った。


「……証言ですか? それはおかしいです。だってわたし、今年の文化祭には出席してないんです」


 そう言うと、少しだけ場が凍った。

 出席簿を確認すれば分かることのはずなんだけど……。


 わたしは学園をよく休む。

 それはわたしの母……いや、実母が病気で亡くなったあとにお父様が再婚した相手だから、継母っていうのかな。

 お継母様がわたしを激しく嫌悪しているからだ。

 お継母様の機嫌が悪い日は、いつも床掃除や、使用人たちがやることを全部肩代わりさせられる。

 使用人たちもそれが日常になっていて、わたしが家にいるときは、ほとんどの仕事を丸投げしてくるのだ。そのせいで学園での成績は最悪で、もともと頭もそんなによくないから、勉強にもついていけていなかった。


 今日だって、学校が休みになってしまったら、お継母様にいつ折檻されるか分からなくて、必死で食いだめするために登校していたようなものだ。


「……それをどうやって証明できる?」


「屋敷で荷物なども受け取っていましたから、集荷所の方にその日付の受け取り票を確認していただければ分かるはずです。それに、レイリア家の者たちだって、わたしが屋敷にいたことを知っているはずです」


 わたしの返事にも、ロイ様は動じなかった。

 ゆるく首をふると、衝撃的なことを言う。


「証人がいると言っている」


「そんな! 一体、誰が」


「アニエス!」


 突然、ロイ様が叫んだ。

 わたしはその名を聞いて、びく、と体が固まってしまう。

 その場にしずしずとやってきたのは、金色の巻き毛の、美しい少女だった。


 アニエス。


 アニエス・レイリア。


 わたしの義妹だ……。


「ここで証言してみろ」


「はい、ロイ様」


 その美しい少女は、はっきりと言った。


「……わたし、見たんです。お義姉さまがその日、学園を休んでいるはずなのに、こっそりメルティア様のあとを付けていたのを」


「な、何を言って……」


「お義姉さまは普段から家でも聖女様の悪口を仰っていました。お母様やお父様が止めたのにもかかわらず、です。お義姉さまは聖女様の出生をなじっていらっしゃいました」


 ちら、とアニエスがこちらを見た。

 その目は、半月型に歪んでいた。


「あの日。お義姉さまはこっそりメルティア様のあとをつけていました。わたしは嫌な予感がしていたんです。そうしたら、お義姉さまが、聖女様を階段から突き落としたんです!」


 会場がざわっと騒がしくなった。

 わたしは行き場を無くして、体がカタカタと震え始める。

 反論しなきゃ……。


「殿下、ロイ様、そしてここにいる皆様。お義姉様を止められなかったのは、わたくしたちレイリア家のせいなのです。罰なら、一家全員で受けます。ですので、どうか……」


 アニエスが震えながら、けれど口元に笑みを浮かべているのを、わたしは見逃さなかった。


「……いいえ、いいんです。アニエスさんたち、人間・・は関係ないですから。罪人というのは、罪をおかした人のことを言うのです」


 そう言ったのは、聖女様だった。

 彼女は一歩前に出て、言った。


「クーナさん。私は、あなたにひどいことをされて、悲しかったです」


「わたし、は……」


 息が苦しくなってきた。

 違う。

 やってない。


「生まれや身分で人を判断するなんて……それはとても悲しいことです。心が貧しいことだと、思うんです」


 甘い顔をした少女の演説に、周りはほうっと息をついた。

 聖女様はロイ様を見て、健気に微笑んだ。


「安心してください、ロイ様。私はどんなに批判されても、負けません。あなたをこの方の呪縛から、解き放ってみせます」


「……メル」


「それが聖女の役目だと思うんです」


 ロイ様は、少しだけ嬉しそうな顔をした。

 聖女様はそんなロイ様に、すり寄る。


 ……どうして。


 ロイ様は、ロイ様だけはって、信じてたのに。


「聖女様、本当になんて清い方なのでしょう!」


 アニエスは聖女様を褒め称える。

 周りもなんだか空気に飲まれて、聖女様を称える空気になっていた。


「そんな……わたしは本当に、やってないのに……」


 そう言えば、今度はロイ様ではなくエルメキウス殿下が前に進み出て、高らかと宣言した。


「人間よりも知能の劣る獣人・・の言うことなんて、信用できないねぇ」


「……っ」


 ああ、やっぱり。

 わたしはその瞬間、失望してしまった。


「狼の耳としっぽがついた女のことなど、信用できないと思うけど、違うかな?」


 殿下は、にっこりと笑ってそういった。


「ロイも、メルも、よく頑張ったね。こんな亜人相手に」


 優しげな風貌をした殿下は、その口から残酷な言葉を吐き出す。

 聖女様もにこにこ笑って言った。


「ロイ様を亜人との婚約から救うことができて、本当によかったです!」


 会場のみんなの視線がわたしに集まった。


 レイリア伯爵の娘、クーナ。

 わたしは、人間族じゃない。

 このアルーダ国で長年蔑まれていた、人間以外の種族──亜人だった。


 その中でもわたしは特に珍しい、白狼族の子供だった。

 見た目はほとんど人間だけど、真っ白な狼の耳と、しっぽを持っている。


 近年では発展した大陸文化に遅れを取るまいと人種平等を謳っているアルーダ国だけど、やっぱり貴族たちは血統を重視しているらしく、亜人を嫌う。お継母様や、義妹も人間至上主義者で、わたしのことを下位の生き物だと嫌っていた。


 今代のアルーダ王は親亜人派だったけど、その息子は差別主義者だったらしい。


「獣人と結婚だなんて、ロイ様がかわいそうだもの……」


 聖女様はそう言って、健気に微笑んだ。


 ──聖女様。

 あなたは今さっき、人を生まれや身分で差別するのは、心が貧しい証拠だとおっしゃったじゃないですか。


 それなのに、種族差別はいいっていうの?


 ここで言い負かされてしまったら、またアルーダ国での亜人の扱いがひどくなってしまう。

 だけど意気地なしのわたしは、声を失ってしまって、しっぽをぶるぶるふるわせることしかできなかった。

 

「この人には、何か悪いものがついているような気がします」


「は?」


「わたしには分かるんです! この人はきっと、悪い人なんです!」


 わたしがあっけに取られている間に、話はぽんぽんと進む。

 殿下が叫んだ。


「その獣人の娘を捕らえてくれる? 亜人は凶暴だからね。暴れるかもしれないから、厳重に封じてね」


「いたっ……」


 騎士であるガルド様が動いた。

 逃げる間もなく、わたしは彼の手にかかる。

 

「や、やめてっ」


「ははっ。じっとしてろよ、汚らわしい獣人め。何が貴族だ。人間でもないくせに」


 ガルド様はわたしを手荒く床に押し付けた。

 そのときに足をひどくひねってしまった。

 女性に対する扱いじゃない……。


 ショックを受けていると、ロイ様と聖女様がわたしの前へ来て、言った。


「……婚約は破棄する。今後、二度と関わらないでくれ」


 ほんのわずかに残っていたロイ様の気持ちが、ふっと消えてしまった。


 ……誰が、かかわるもんか。


 聖女様はわたしを見て、ふわりと微笑んだ。

 それから幸せそうに、ロイ様にすりよる。


 まるで、見せつけているみたいに。


「連れて行け! わたしの特権で、裁かせてもらう!」


 わたしはこうして、無実の罪をきせられ、罰を受けることになったのだった。

 

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