第35話 ジーザス
「映画の後は、アヤカとピザを食べたかったのに」
綾香が倉本と帰ってしまって、ジェシカは不貞腐れる。
部屋を真っ暗にしてホラー映画の続きを観るジェシカ。それに付き合ってさっきまで綾香が座っていたところに俺は座り込んだ。
「ホラーなんて胎教に悪そうだぞ」
ラグの上にジャケットもネクタイも放り出して、文句を言った。俺はホラーが嫌いだ。
「アヤカは、ホラー好きでしょう? 」
「あっそう」
ジェシカとは趣味も会話も噛み合わない。まぁ、合う人がいたら諦めもつくのにな……。運悪くお目にかかったことが無いのが、お互いの不幸なんだろう。
ジェシカは、バイセクシャルだ。誰とでもなく、好きに性別が関係ない。綾香は、まぁ、いわゆるノーマル。俺もノーマル。
綾香は女性同士の友情しかジェシカに求めていない。ジェシカが綾香よりも俺を選んだのは、得られない綾香と俺の間に自分が入り込めない故の打算だ。
綾香よりもジェシカに向いた俺がそれに気がついたのが、離婚の原因だ。「自由にしてあげる」なんて、身勝手なもんで。
綾香は何も知らない。
「要の事は、ジョークか? 」
「あー、ロスにって話? ジョークよ」
「じゃあ、要には興味も嫉妬もないのか? 」
「そうねー。かわいいからイイな」
ジェシカの中で、倉本には特別な執着が起きなかった。そんなもんだろうと予想はしていた。
「それなら、綾香には気が済んだか? 」
「…………」
ジェシカはホラー映画の音量を最大にして、俺に抱きついてくる。ムードもへったくれもないも噛み付くようなキスをして……洗ったばかりのラグが汚れるだろ?
クッションで腰を浮かせて通り魔みたいに激しく突いて、後は長い前髪を掻きながら何度も「愛してる」って言わされる。
ジェシカの歪んだ好みに合わせて応えて、もう何年も繰り返している。ジェシカの震えが治るまで抱きしめて長くゆっくり後戯をする。
トラウマのカウンセリングみたいなセックスだ。
失恋の慰めに付き合わされて時間が経つと、ジェシカはまた別のホラー映画を再生し始める。また一つ俺の繊細さが壊されていく。
一人先にシャワーを浴びていると、珍しくジェシカが映画を切り上げて入ってきた。
身体を洗えと催促されて一緒にバスタブに浸かると、ジェシカはまたかと思うような事を言い出した。
「そーだ、コウスケ。アヤカとカナメのベビーを養子にもらうなんてどう? 」
——そう来たか。
「……今までで一番難易度が高いやつだぞ、それ」
「仕方ないなぁー。自分でファミリーを作るしかないか」
ジェシカが俺の目を見つめて、首に手を回し抱きついてくる。
やっとか……
今度、ジーザスを飯にでも誘おう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます