第20話 余裕はないけど(要くん目線)

 こっちが勝負を仕掛けようとしてるのに、


 小鳥同士みたいなフレンチなキスでノックアウトされるとかあり得ないと思った。 


 自分からの方が早かったのを勝手にタジタジしてるし。かわいくて殺される。


 キスと肌を重ねてお互いの息づかいが荒くなってきてるのに、綾香さんが変な事を艶っぽく言う。


「ピザが冷めちゃう」


「……ダメです。熱々な僕の方が先です」


「え〜」


 この期に及んでピザがライバルとは情けない。


 どうしたら綾香さんが僕に夢中になるのか……僕は必死だ。綾香さんが甘美に震える瞬間を何一つ見落としたく無い。


 綾香さんは僕の裸が好きで、それを頼りにしてるなんて僕もかなりポンコツだと思う。


 自分の身体を綾香さんに押し付けて快感に溺れてしまう。綾香さんのしなる身体を追いかけて逆上せて、夢中なのはやっぱり僕の方だった。


 ——————————————————



 そんな後日、会社のエレベーターに乗っていると途中階で井達さんが入ってきた。二人っきりの気不味いタイムだ。


 井達さんに無言で拳を小突き合わさせられる。


 痛い、痛い!

 井達さんの拳、鋼鉄か何か仕込んでる?


 まあ、いいや、それぐらいならって済ますと「なんだ、わんこ。余裕かまして」なんて言ってくる。


 僕は、化け物をうっかり見ちゃったみたいに目を細めた。


「余裕なんかないです。邪魔しないで下さい」と、言い返した。


 内心ビクビクしながら、この人の挑発に骨髄反射してしまう。本来なら結構しっぽ振ってくっついて行きたいタイプなんだけど。


「おっ、なんかムカつくな」


 ニカッと手を広げてファイティングポーズで迫られて思わず肩をすくめると、エレベーターの扉が開いた。


 社の女性陣たちが立ち並んでて、僕たちを奇異な目で見て沈黙した。


 なぜか、井達さんが僕に壁ドンして「閉」ボタン押した。何気にタチが悪い人だ。


 そのせいで僕たちは社内の腐女さまたちの鉄板カップリングになったって、藤田が教えてくれた。藤田のアンテナがおかしい。


 お陰で綾香さんと井達さんの噂は霞んで消えたみたいだから良かった?


 綾香さんの言ってた『社会的に死ぬ』ってこれかと分かった。

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