第15話 "rock and roll"(要くん目線)
「要、昼飯か? 」
「あ、藤田、一緒に行く? 」
久々に会社の近くで昼食を取ろうとエレベーターに乗ると、同期の藤田に会った。
「今日は女の子たちと一緒じゃないのか? 」
「……女の子たちって、先輩たちだよ」
藤田はニヤッとする。いつも下世話だけど嫌味のない性格で、僕は嫌いじゃない。
「最近、外回りが多いから約束しないようにしてるんだ」
「道理で要を社内で見かけないわけだな」
「いる時はいるよ、声かけてよ」
藤田と軽い雑談をしながらエレベーターが一階に着いてドアが開く。
——あっ……
エントランスで、綾香さんが誰かと喋ってる。
「あ、井達さんだ」
「井達さん……」
知ってる。滅多に見掛けないけど、綾香さんと同期の人だ。僕たちの同期には彼をスターみたいに憧れてるファンもいる。
後ろ姿の綾香さんは井達さんと話が終わった流れで社外に出て行く。井達さんは綾香さんが自動ドアの向こうに消えるのを見送っている。
僕は思わず彼の後ろ姿を睨んで、目に力が篭った。慌てて目をつぶって顔を振る。
「どうした? 」
「いや、なんでも」
井達さんが振り返ってこっちに向かって歩いてくる。藤田が愛嬌よく挨拶をする。
「井達さん、ちわっす! 」
ちわっす! じゃ、ないだろ藤田。
井達さんは、構わず気安く笑う。藤田と拳を突き合わせる。二人の中では日常の挨拶みたいだ。
"rock and roll"を後輩と合わせてくるなんて、カッコいいなって思ったら、井達さんは僕の方にも大きな拳を出して来た。
僕もそれに合わせた。
好い人なんだなと、思う。
「お前、綾香んところのわんこだろ? 」
綾香さんの事を下の名前で呼び捨てなのには、面食らった。この人、海外出張多いのに社内の事を何でも良く知ってるなって思う。噂は黙ってても人徳で集まってくるんだろうか。
「飼われてませんけど、そうです」
何について答えてるのか自分でもよく分からないけど、井達さんは目を丸くして僕の顔をマジマジと覗き込んだ。
「あの、何か? 」
「あぁ、悪い、ついな! 」と、井達さんは破顔で笑うと僕の肩をポンと叩いてエレベーターに乗り込んだ。
「またな」って、ドアが閉まる。
ほんの間を置いて藤田が「井達さんカッコいいなぁ〜」って、感心する。僕も納得だ。
その後、藤田が「綾香さんと井達さんがもしかしたらかもなぁ〜」なんて事を言い出すまでは。
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