第6話 物欲しそうに見てる
その週末、井達くんに結構リッチなレストランに連れてかれた。カップルならプロポーズに使うような甘いシックな感じのレイアウトとインテリア。
「ねぇ、ここ下見? 領収書切る? 」
「ばか、そんな事するか」
「じゃ、今カノの予行? 」
こんなお店で恋人同士でもないのにワリカンなんて割に合わない。なんなら赤提灯な店でも良かったのに。
「……あのなぁ、お前はワリカンって言えば誘われるだろ? いつまでストップ掛けてるんだよ? 誘ったのは俺だし、奢るから安心しろよ」
「? ありがとう。そうさせてもらうわ」
気を遣わせまいと井達くんににっこり微笑んだら、井達くんはウエイターの案内に合わせて私をエスコートした。
井達くんは私の肩を後ろから軽く抱いて、新規ご来店の恋人みたい。欧米か!って頭の中の誰かが言ってる。
仕事の接待で星のある店まで体験済み。場数は踏んでるけど、プライベートで誰かと二人っきりでレストランに入るなんて……あ、要くんで更新されてたわ。
井達くんと私の同期たちは、地方に行ったり戻ったり独立したり。女性は寿退社やキャリアステップの転職をしてる子が多い。
同期で会う機会があるのが井達くんぐらいになっていた。
食事はお店の高級感に合ってとても美味しい。いい雰囲気。
「そういえば先日、塚原に会ったな」
「懐かしい〜」
井達くんと共通で知ってる人の話題で盛り上がる。歴史の長さを感じる。気兼ねなく話せるって、素晴らしい。
「井達くん同期で一番カッコ良かったけど、アラサーになって渋みも加わって男盛りね〜」
シャンパンが心地良くて、誘ってくれた井達くんに感謝の乾杯をした。
いいわね男はこれからって感じが。
「お前はどうなんだ、最近? 」
「わ、私? 」
一瞬、ほろ酔いが現実に引き戻される。
ギャグみたいに目線が横に流れる。私は生理がくる日を明日あたりと数えている。
「……なんか合ったって感じだな」
——鋭い! 昔っから! 私が新入社員の頃、井達くんに惚れてて元カレと別れた。何気に気がついていたはず。片思いで終わったのは、井達くんが速攻で年上の先輩に
「……尋問は勘弁して♡」
身につけた女の笑顔で鉄壁を作る。でも、井達くんには通用しなかった。
「好きな男でも出来たか? 」
「えっ? いないわよ」
好きな男なんていない……目が泳ぎそうになって、慌ててグラスの淵に視線を落とした。
「二日ぐらいしたら笑い話になるネタならあるけど? 」
「……聞きたくなるネタじゃなさそうだな」
尤もだわ。井達くんが私の目をじっと覗き込む。
「わざわざ傷口を広げるようなことはしないわよ」
「傷つくような話なのか? 」
「あれ? 私なんか変なこと言ったかしら? 」
傷付いたりしないわ……
溺れかけただけよ。
大丈夫、仕事という浮き輪が私にはある。
誰もいない海面にぷかぷかと漂って、
手の届かない月を物欲しそうに眺めている。
……今はそれで満たされてる。
その月の姿を思い出して、ちょっとニンマリしてしまった。
「お前、変わったな」
優しい苦笑いを井達くんに向けられて、心ここにあらずもバレバレ。
「……図太くなった? 」
開き直ったところを見せたつもりなのに、井達くんは鋭角に刺してくる。
「いや、またかわいくなったって言ってるんだ」
「んんんんんっ??? 」
どうしたの井達くん、私をそんなに煽てても何も持ち合わせて無いわよ。
ううん、嬉しい。
アラサーをこじらせて痛い様には見えてないって事で良いのよね?
「ありがとう、井達くん」
素直に感謝を伝えたい。
「……応援するつもりはないけど? 」
『なんで? 』って聞こうとして止めた。
井達くんこそ、また私を置いて誰かとゴールインでもするんじゃない?
「私は応援するよ? 」
——私はそれどころじゃない。
詰むかも知れないし。
「俺のは応援してくれなくてもいいぞ」
「あら残念。ごちそうさま」
井達くんは優しい苦笑いをしてため息をついた。それから井達くんは席で会計を済ますと駅まで送ってくれた。
井達くんと仲良く駅まで歩いているところを要くんが見ていた——と言うのは、後で知る話。
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