第5話 最近かわいいよな

 同期のライバルだった(過去形)井達くんに声をかけられる。


「綾香」


「あら、井達くん。久しぶり」


 彼はどんどん出世して、社内のトップセールスマン。様々なプロジェクトを成功させて、幹部候補って言われている気鋭。


 体育会系の精悍さとセクシーボイスで、社内外男女問わず圧倒的支持率。


 バツイチなのも、女性陣の期待を誘い好評価になっているという……意味が分からない……でもないけど!!


「プロジェクト評判良いみたいだな? 」


 プロジェクトは順調。


 ……私がバリバリ残業して進めてるから。


 誰にでも出来る地味だが時間のかかる仕事を引き受け、部下には大きな仕事を任せている。


 勿論、プレゼンには細かいアドバイスを付けて取引先に出向させている。先方を想定した営業のリハーサルまでして。


 出向のメンバーには要くんを付き添わせている。彼も何気に有望株だから育てるのは私の重要義務。


 実を言うと、要くんを直行直帰させるために出向に出している。最寄駅が同じ私と帰宅時間を重ねない配慮。


——つまり避けている。


 これで、私の社会的信用に少しずつ安全牌が入る。出向者も私と動くよりも要くんを指導しながらの方が気合が入って、取引先にも喜ばれている。


『いい人材を揃えていらっしゃる』ってな感じで社のイメージも上々!


 要くんのわんこ系も老若男女に人気あるしね。


 建前と本音が上手く噛み合っていて、私はホッとしている。


 あの日以来、自分が矢面でやらなきゃの思い込みが外れた。裏方に回ったら返ってプロジェクトが順調に進んでしまっている。


 ——尖ってたかなぁ。


 何しろ良かった……あの日以来、私、こっそりひっそりこの会社に生息出来たらと思っていたけど、会社の中にいるだけでも成果ってあるのね!?


 デスクにしがみつくってこう言うのを言うのね?


 ガムシャラに孤立して外回りするだけが仕事じゃないのね!?


「牙が抜けた」

「角が取れた」


 ……なんて、そんな噂も無くはないけど。


 上手くいけば、要くんは色々なプロジェクトに引っ張りだこになるわ。


 ——そうやって巣立っていくのね……


 なんだか、お母さんみたいな気持ちに成れて和める。


 そんな風に実感してたら、井達くんに「最近、かわいくなった? 」と突然言われる。


「……誰の話? 」


 私のリアクションに、井達くんはピクッとして驚いた。


「お前だよ。そんな話もあるぞ」


「それ、丸くなったって事? 」


「(社内にいる時間が長くなったからだろ)」


 私はかわいいなんて表現で褒められるのに慣れていない。女子力はキャリアウーマンとして適性なぐらいは備えているけど、かわいいは別スキルって思っている。


「別に嫌味で言ってるわけじゃないけど。強いて言えば昔からお前はかわいかったぞ」


 バツイチ男は強いなぁ〜と、感心する。サラッと女心を掴む事を平気に言い放つ。ファンクラブもある色男の恩恵を賜るの……悪くない。


「そんなこと言っても何も出ないわよ〜 」


 美容以外にはやりくりして貯め込んでるとか散々言われてる私は、そう切り返した。


「じゃ、ワリカン飯でも食いに行くか? 」


「そうね、いいわね」


 私は井達くんの誘いに乗った。

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