第7場 勝利の時が来た

     ラブピ、先生となって登場。


ラブピ 棚井部! 棚井部呉之! 着席しなさい。

クレノ は、はい! (椅子を持ってきて座る)


     パンタが駆け込んでくる。


パンタ すみません!(椅子を持ってきて座る)

ラブピ 遅い! お前ら1学期、2学期と赤点だろ! 来週で……。

パンタ はい、学年末はしっかりやります。な!

クレノ ……正直、不安です。でも、命の危険に比べたら。


     プリントが配られる。


ラブピ 棚井部、その漢字読んでみろ。

クレノ え? ええと、モノ? じゃなくて、シャ?

ラブピ イノシシ! 猪突猛進の「チョ」!

クレノ ……読めます。頭が、無意識に拒否してました。その単語を。

ラブピ もっとも、中国では豚のことだ。

クレノ ……どっちでもいいです。もう、関わりたくありません。


     パンタ、ハルナがやってきて、チャイムが鳴る。


パンタ よかった! 赤点じゃない!

ハルナ やった! 春休みだあ!

ラブピ はい、みなさん、よく頑張りました。また、終業式で会いましょう。


     パンタ、ハルナ、出ていく。

     ブルーシートの奥から、ツクヨが駆け込んでくる。


クレノ ツクヨさん……!

ツクヨ すみません、やっと退院できました。

ラブピ 大変でしたね。聞きましたよ。今度はお姉さんが?

ツクヨ 無理してたみたいです、豚コレラの殺処分。過労で倒れて。

ラブピ しかし、残念ながら、単位は保留します。

クレノ ちょっと先生、それは!

ツクヨ 分かってます。学年末考査、欠席したので。

ラブピ 棚井部くん、君もです。追認考査を受けてください。


     ラブピが出ていく。


クレノ よかった、……あ、また、一緒に文化委員!

ツクヨ 気楽ね。追認考査の心配しようか。私も家事で忙しいし。


     ツクヨ、椅子を戻してブルーシートの奥に去る。

     クレノ、元の位置に椅子を戻し、スマホを取り出す。


クレノ ……どうやら、ここに僕の居場所はないようです。


     大きなケースを抱えたハルナがやってくる。

     クレノは、座って船員と教員のリストを見ている。


ハルナ ラブピのところに置いてきたいんだけど、最後のワクチン。

クレノ 俺がやる。今度こそ、ガツンと言ってやるよ。

ハルナ お願い。船員さんや先生の分まで運ばされてさ、ツクヨを。

クレノ しかたないよ。ハルナも……俺も、重さ感じないんだから。

ハルナ アンプル一個が邪魔でしょうがないのよ、ツ・ク・ヨ・が。


     ハルナ去る。クレノ、受け取ったアンプルを見つめる。


クレノ ……この世界で生きていくには、打たなくてはいけません。

    でも、これはツクヨさんの脳髄でもあります。


     パンタがモップを担いでやってくる。


パンタ ラブピの奴、まだ打たないの?

クレノ 発症してないのか?

パンタ さあ……しぶといのか鈍いのか、うまく隠してるのか。

クレノ 検温は? 熱で分かるんじゃないの?

パンタ 船員がやってるからな。オレたちでは何とも。

クレノ 俺たちで仕切れればいいんだけどな、この船。


     ハルナの声で放送が入る。

     「船員の皆さんは大会議場へ集合してください」


パンタ こういう雑用は回されるんだけどな、船員並みに。


     パンタが去ると、クレノ、再びアンプルを見つめる。


クレノ ……使えるわけがありません。僕が死なせた人の脳髄を。

     

     放送が入る。

     「船員の皆さんは大会議場へ集合……じゃなくて」

     パンタがモップを手に駆け込んでくる。

 

ハルナ (放送)船員の皆さん、大会議場に戻って下さい!

パンタ 大変だ! 船員の半分くらいが、ワクチンを拒否した!

クレノ 何だよそれ、帰れないだろ、本土に!

パンタ 教師どもはみんな拒否した!

クレノ 現実見ろよ、学校は!

パンタ 思うんだけどさ……オレらが仕切ろうぜ、この船!

クレノ え……どうやって?

パンタ オレたちには、不死身の身体と、コレがある。

 

     モップを振るうパンタに、歩み出るしかないクレノ。

     戻ってきたラブピ、椅子に座る。


クレノ そういうわけだ。受け取れ。(アンプルを突き出す)

ラブピ 確認しておくが、お前は打ったんだな。

パンタ 当たり前だ。オレたちのリーダーだ。

ラブピ (受け取る)それなら、これは大事なツクヨの形見だ。

クレノ ここで打て。

ラブピ 使うか使わないかは、僕が決める。

パンタ お前……!(モップを振り上げる)

ラブピ ここで叩き割ってもいいんだけどな、アンプル。

クレノ やめろ。全員打たなきゃ、本土に帰れない。

パンタ じゃ、こいつ頼む。まだ、教師どもが。(走り去る)

ラブピ 君の立場も分かる。でも、僕はツクヨが好きだった。

クレノ 見れば分かる。バレバレだったしな。

ラブピ それでもいい。お前さえいなければよかったんだ。

クレノ 俺がいなくても、ウィルスは船内に広がった。

ラブピ ツクヨさんが、イノシシだったからか?

クレノ 認めろよ、現実を! 向き合うんだろ? 自分から! 

パンタ (放送)クレノ! ハルナが……ハルナがやらかした!

ラブピ 行けよ、リーダー。手下のお呼びだ。

クレノ よく考えておくんだな。最後の1人になるまでに。

ラブピ 僕は打たない。この海の漂流者になっても。


     ラブピ、立ち上がって悠々と去る。


     ホウキを手に、ハルナが駆け込んでくる。

     パンタがそれを追ってくる。


ハルナ 負けたくないのよ、ツクヨに! 身体の中の!


     ハルナ、剣舞のような鮮やかさで、ホウキを操る。


パンタ やめろハルナ! 大ケガさせたらワクチンが打てない!


     旋風のようにモップを振るって、牽制する。

     チェーンソーの音。


パンタ チェーンソー……緊急脱出用のやつか!

ハルナ パンタ! いくら不死身でもバラバラに……。

パ・ハ クレノ! 何とかして!


     クレノが現れる。


クレノ かかってこいよ……何で素手かは、分かるよな?

 

     睨み合いの末、チェーンソーが止まる。


クレノ ……ハッタリ成功。パンタとハルナの後だったからです。


     クレノ、まっすぐ正面を見据える。


クレノ 船長、敵はイノシシです。船を本土に戻してください。

パンタ え? できない? ……だって。それがルールらしい。

クレノ ルール、システム、命令? 自分で考えましょうよ!

ハルナ 船員の皆さんはどうですか?

パンタ 船長の命令じゃない! 自分がどうしたいかなんだ!

クレノ 見ろ……こっちに歩いてくる。

ハルナ 分かってくれたんだ!

パンタ いや、ハルナにびびってんだよ。

ハルナ それなら、私も役には立ったわけね……ツクヨ並みに。

パンタ なんだ、張り合ってたの? クレノのために?

ハルナ そういうの、どうでもよくなった。不死身になったら。

クレノ 先生方は、どうですか?

パンタ 手も挙げない。見上げたもんだ。

ハルナ これで生徒に自主性だの自発性だの言うんだもんね。

クレノ 好きにさせてやろう。イノシシと戦うのは、俺たちだ。

パンタ ま、指をくわえて見ていてもらおうか? センセイ方。

クレノ あ、船長さんが来る。

ハルナ え? 本土から指示が入ったって?

パンタ 帰還命令!

クレノ ……長い、長い抜け道でした。でも!

ハルナ 勝った! 勝った! 信じられない! クレノ君!


     ブタを題材にした曲(5)。ブタたち踊り出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る