第6場 人間の世界に戻って来た

     パンタ・ハルナ、駆け寄ってくる。


ハルナ クレノ君、ダメじゃない、マスクもしないで!

パンタ 早く! まだ間に合う、これを……!


     渡された注射器とアンプルを茫然と見つめるクレノ。


パンタ 早く打てよ! 死ぬぞお前!

ハルナ クレノ君が死んじゃったら、私……。


     ツクヨの手紙を突き出すクレノ。


パンタ え……? 何でツクヨさんいないの?

クレノ 何で気が付かなかったんだよ……全員に配ったんだろ。

ハルナ だって、最後の1本、ラブピだったし……。あ!

パンタ 回ったと思ったんだよ、ここ……悪い!

ハルナ で、ツクヨは? 何この手紙。ムカつく、クレノ君に?

クレノ 読んでみろよ!

ハルナ 嘘でしょ……(崩れ落ちる)

パンタ 何だって? おい、やめてくれよ、そういうの!


     沈黙。

     ブタを題材にした曲(4)流れる。


クレノ 何で……何で打っちゃったんだよ、お前ら!

パンタ お前だろクレノ、打てって言ったの!

クレノ それじゃあ、座れって言われて座るのと同じだろ!

パンタ なに人のせいにしてんだ! いいよなお前は、まだで!


     クレノ、パンタを殴る。


パンタ 効かねえな、全然……。(笑う)不死身サイコー!


     パンタ、クレノを滅多打ち。抵抗できないクレノ。


ハルナ やめて! パンタ君、やめて!

クレノ お前、そんなに強かったのかよ。ワクチンいらなくね?


     パンタ、崩れ落ちる。


パンタ 俺さあ……もう本当は、怖くも悲しくもないんだよ。

ハルナ あ、パンタ、アンタも?

クレノ ハルナさん?

ハルナ ああ、よかった! じつはね、私、楽しくもないの。

パンタ ツクヨにむかつくって言ったろ、さっき。

ハルナ そういうことにしとかないとさ、間がもたないでしょ。

パンタ 分かる! それ、すっごい分かる!

クレノ パンタ、お前……。(へたり込む)

パンタ オレだってさ、この2週間、怖かったんだよ。

ハルナ 私も。このまま船の中で死んじゃうの、いやだった。

パンタ でもさ、生き残ったって、楽なことばっかじゃないし。

ハルナ そうそう、帰ったら、学年末テストの結果来るんだった。

パンタ 怖くないよな。成績とか将来かかってんのに。

ハルナ 悩まなくてよくなったよね、去年と違って。

パンタ もしかして、ツクヨのおかげ?

ハルナ きまってるじゃない、ツクヨのおかげでしょ。


     遠くに向かって合掌する。


ハルナ 大丈夫? クレノ君。(抱き起そうとする)

クレノ (逃げる)触るな!


     パンタ、ハルナ、後ずさる。


ハルナ なに? あれ。どうしちゃったの? ちょっとひどくない? 私に。

パンタ ショック大きいと思うよ。あれ、遺書だし、ツクヨの。

ハルナ なによ、ツクヨツクヨって……早く立ち直ってもらわないと。

パンタ 頼むよ、リーダー! 早くワクチン打ってよ。


     パンタ、ハルナ、遺書を投げ出して去る。


クレノ ……(遺書を拾って)異世界。無敵。不死身。抜け道のはずでした。

    何をやってもダメだった俺。クラスでバカにされ、無視された俺。

    ここでなら、変われると思いました。でも。


     ブルーシートの奥から、ツクヨが現れる。


ツクヨ 私、後悔してないから。

クレノ ツクヨさん?

ツクヨ クレノ君が泣いていると、私も悲しい。

クレノ でも、君は、僕のせいで!

ツクヨ そんなふうに言わないで。死んだ私がバカみたいじゃない。

クレノ 怒らないでくれよ。今だけは、泣かせてほしい。

ツクヨ 泣いたら、立ち直ってくれる?

クレノ 立ち直る。立ち直るよ。

   

     スマホを手に取ると、マスクをつけたラブピが現れる。

     ツクヨ、ブルーシートの向こうに消える。


ラブピ (マスクを外して)で? 立ち直ってどうする? クレノ君?

クレノ 何で、それを?

ラブピ (スマホを取り出す)打たないと決めたら、肚が座ったよ。

クレノ まさか、それ!

ラブピ 現実見ろよ! 死んだ者が語りかけてくるわけがないだろ!


     クレノ、ラブピを殴り倒す。スマホの割れる音。


ラブピ 痛いんだよ、ワクチン打たないと。だから、これは貸しにしとく。

クレノ それ、ツクヨさんの……(歩み寄る)

ラブピ 触るな! (拾う)ああ、割れちゃったよ。電源も……入らない。

クレノ お前……おい! なに歩き回ってるんだ、ワクチン打たないのに!

ラブピ 見せてもらったよ、お前あての手紙。このスマホ拾ったときにな。

クレノ 打てよ。そうすれば、俺の言ってることが分かる。(差し出す)

ラブピ (迷うがアンプルを叩き割る)覚悟は決めてある。死ぬ気もない。

クレノ じゃあ、どうやって生き延びる気だ? ウィルスの中で。

ラブピ うがい。手洗い。あ、そうだそうだ、マスク交換しないと。

クレノ ふざけるな! そんなことで死なずに済むんなら、こんな……。

ラブピ 生きることは、現実そのものと向き合うことだ。


     ラブピ、割れたアンプルを見下ろして立ち去る。


クレノ きれいごと言うな! 抜け道があるんなら、使えばいいんだよ!


     スマホにメッセージが入る。パンタが駆け込んでくる。


パンタ おい! なんかゲームのSNS、トラブってたのか?

クレノ ……そういえば、異世界から帰れなくなってたんでした。

パンタ システムは回復しましたが、間もなくサービスは終了します、って。


     ハルナが駆け込んでくる。


ハルナ あ、いたいた! クレノ君! あ、ダメじゃない、片づけてよ!

    

     床のアンプルを拾う。


パンタ 何慌ててんの。クレノはワクチン、もういいんだぜ。

ハルナ ゲームで呼んでるの! アケチさんが!

    

     スマホを見つめると、パンタ・ハルナが去ってアケチが現れる。


アケチ ここで会うのも、これが最後です。クレノ君。

クレノ アケチさん! あなたは!


     クレノの指鉄砲を弾いたアケチの無形の剣が、喉元に迫る。

     

クレノ ……危ないところで、戻れました。安全な、人間の世界に。

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