第5場 残された手紙が来た

     ヘリコプターの音。

     ブルーシートの奥から、アケチが無線機を手に現れる。

     パンタとハルナが、座るクレノに耳を寄せる。


アケチ (無線)悪いね、クレノ君の分だけ間に合わなかった。

クレノ 構いません。僕は、その……。

ハルナ (アケチにささやく)リーダーだから。

アケチ (無線)分かってるよ。ゲームの画面はちゃんと見てた。

クレノ (無線)アケチさんのボスは……?

アケチ (無線)ワクチンは完成した。極秘任務でも何でもない。

パンタ 船員さんと先生は……?

アケチ (無線)まず、生徒が感染しないことが最優先だから。

クレノ ほかのみんなは打ったんでしょう? ワクチン。

アケチ (無線)ところが本土でも、ウィルスが広がっている。

クレノ この船の中だけじゃなくて?

アケチ (無線)感染経路がさっぱり分からないんだ。

パンタ イノシシかよ、やっぱり……。

ハルナ どこから湧いて出るのよ、あいつら。

アケチ (無線)それなのに、ワクチンを打たない生徒がいる。

クレノ 何考えてるんだよ! 本土がこんなことになってるのに!

アケチ (無線)理由は分からない。でも、打たないと降ろせない。

クレノ 分かりました。頼む、パンタ。ハルナさん。

パ・ハ イエッサー! 任せて、リーダー。


     パンタとハルナが駆け去る。

     アケチはブルーシートの向こうに消える。


クレノ あ……ツクヨさんは? ツクヨさんは打ったんですか?


     パンタ・ハルナが戻ってくる。


パンタ バレてるよな、あの話。アケチさんには。

クレノ チャット見てたんなら。高校生の世迷言だと思ってんだろ。

ハルナ バカにすんなっていうのよね。今に思い知らせてやる!

クレノ で、みんな、何て言ってた?

パンタ そんなこと、考えたこともなかったって。

クレノ ……まあ、そうでしょうね。異世界ってところは。

ハルナ だから、みんな感動してた。クレノ君は救世主だって。

クレノ 大袈裟だよ。

パンタ それが、大袈裟じゃないんだな。ハルナ。

ハルナ うりゃ!(パンタに顔面パンチ。凄い音)

クレノ 何したの? まさか、副作用? それ。

パンタ なんかリミッター外れたみたいでさ。すごいパワー出んの。

ハルナ あと。(パンタを包丁で刺す。凄い音)

クレノ 刺した? 何か刺した?

パンタ 痛くないです、死んでないです、ってやってみせたのさ。

ハルナ それでもう、みんな、帰ろう、帰ろうってワクチン打って。

クレノ じゃあ、ワクチンは全部ハケたの?

ハルナ 残った、1本だけ。

クレノ ラブピだろ、どうせ。

ハルナ そう。

クレノ じゃあ、ちょっと頼まれてくれないかな。


     パンタ・ハルナの「イエス・サー!」と共に、対決の場。

     睨み合うクレノとラブピ。空いた椅子にパンタ・ハルナ座る。


パンタ え~、船内映画館兼大会議場特設ステージから。

ハルナ 司会は私、ワクチンで爽やかな色気に磨きがかかったハルナと!

パンタ ワクチンで3倍速く、3倍頑丈になったパンタでお送りします……。

パ・ハ 「救世主クレノ・反逆者ラブピ頂上決戦討論会」!

パンタ クレノ君とラブピにはお互いの主張をぶつけあってもらいます。

ハルナ 判定するのは、お集まりの皆様。

パンタ お手元の、評決ボタンを押してください。

パ・ハ では、始め!(ゴングの音)

クレノ 君がワクチンを打たない限り、この船は本土に戻れない。

ラブピ 戻って何をするつもりだ? 元の生活には戻れないぞ。

クレノ そうだ。俺たちは、本土を荒らすイノシシと戦う。(歓声)

ラブピ 誰がイノシシか、どうやって見分けるんだ?

クレノ それは……ワクチンだ! イノシシが打つわけがない!(歓声)

ラブピ 本人に自覚がなかったら? イノシシには効かなかったら?

クレノ できることをしよう! ダメなら、他の手を考えればいい!

ラブピ 話にならない。君に従うくらいなら、このまま死んだ方がマシだ。

クレノ 死ぬなんて言うな、軽々しく! もっと命を大事にしろ!(歓声)

ラブピ 命だって? 今の君たちが、命? 随分と笑わせてくれるな。

クレノ 俺たちは、命を守るために戦う。そのためのワクチンだ!(歓声)

ラブピ 痛みも感じない? 傷つきも死にもしない? ゾンビと何が違う?


     罵声の中、胸を張るクレノの後ろに高々とゲージが積まれる。

     疲れ切った身体を引きずって去るラブピ。     


クレノ ツクヨさん! 見てるか? 勝ったよ! みんな、俺の味方だ!


     再び座るクレノ。

     その左右で感想文と票数を確かめているパンタ・ハルナ。


ハルナ 「……堂々としたクレノさんに、感動しました。」

    「今まで自分のことしか考えていなかったのが恥ずかしいです。」

    「早く本土に戻って、凶悪なイノシシから善良なブタを守りたい」

    大好評じゃない。これで生徒は完全に掌握したわね。

クレノ ツクヨさんのは?

ハルナ ありません! いいじゃない、全員提出じゃないんだから。

パンタ そうだよ。それに、ラブピの奴には一票も入らなかったんだし。

ハルナ 298対0でしょ?

パンタ ええと、300からお前とラブピ引いて……あれ?

クレノ 何票?

パンタ 297。

ハルナ 可愛くない。どこまでひねくれてんの? あの女。

クレノ (歩み出る)話、聞いてくる。

ハルナ まだダメよ! クレノ君!

パンタ お前のワクチン届いてから!


     ツクヨの部屋の前に立つクレノ。


クレノ (ノック)ツクヨさん! 開けて! 開けてよ! あ……。


     部屋の中に転がり込むクレノ。足元には一通の手紙。

     ブルーシートの奥から現れるツクヨ。


ツクヨ この手紙を読んでいるということは、もう大丈夫だね。

    ワクチンが完成して、みんな部屋の外に出ていると思う。

    私は一足先に、失礼させていただきました。ごめんなさい。

    謝りついでに白状します。私は、ブタじゃありません。

    イノシシがウィルスを運ぶのであれば、感染源は私です。

    どうか、許してください。誰か死ぬ前に、償いをします。

    あの暗号は、ワクチンの分子構成を示す方程式でした。

    私の頭がよかったわけじゃありません。

    イノシシの脳髄を使って作るものだから、読めたのです。

    もう、分かりましたよね。

    クレノ君の身体を駆け巡るワクチンは、私の脳髄です。

    どうか、その身体と命を大事にしてください。

    アケチさんが送った特殊急襲部隊が、もう迎えに来ます。

    泣かないでくれたら、すごく嬉しいです。さようなら。

  

     遠くから、轟音。ツクヨ、ブルーシートの奥に去る。


クレノ あれを……なんでおかしいと思わなかったんだ、俺は!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る