第8場 意外な知らせが来た

     椅子は取り除かれ、クレノたちは呆然と立ち尽くしている。


ハルナ 何で? 何で船から降りちゃいけないの?

クレノ 待って下さい! 汚染されている? 俺たちが?   

パンタ 逆だろ! 汚染されてるっていうなら、こいつらだろ?


     上陸するブタたちの列を眺めるクレノたち。

     その後ろからやってくる者がある。

     ブタの着ぐるみに似た防護服姿のラブピだった。     


ラブピ 笑えよ。こんな人間みたいな格好。

クレノ 人間?

パンタ 確かにな。

ハルナ 人間そっくりだ。

クレノ ……人間は、俺のほうです。ブタというなら、むしろ。

パンタ その格好で入院かよ。

ハルナ 絶対感染してると思う。検査するまでもなく。

クレノ うがいや手洗いくらいでどうにかなるウィルスか?

ラブピ ああ、このまま死ぬかもしれないな。

ハルナ ワクチンなしで3週間だからね。

パンタ ざまあ、教師ども! 全員、ウィルスにやられちまえ。

ラブピ 僕も、それでいい。後悔はしてない。

パンタ 負け惜しみだ。明日にでも熱が出るさ。

ハルナ そうよ。息もできないくらいに咳き込んで死ぬんだわ。

ラブピ それは、僕がブタだって証拠だ。

クレノ 死ぬことが? 死ぬのが何で、ブタの証拠になるんだ?

ラブピ 限りある命を持ってるからさ。

パンタ 悪かったな、不死身で!

ハルナ せいぜい3週間、病院で怯えてるといいわ。


     アケチがやってくる。マスクさえもしていない。


ハルナ アケチさん!(すがりつく)

クレノ アケチさん!(殴りかかる)

アケチ (かわす)ゲームの中とは違うんだよ。

ハルナ どう? 不死身の身体。ずっと若いままなんだよ、私。

アケチ 残念ながら、もう、住む世界が違うんだ。

ハルナ あ、そう!(離れる)

クレノ 降ろして! これじゃ、ツクヨさんは何のために……!

ラブピ 世の中が変わったんだ。君たちの居場所はもう、ない。

クレノ みんなのために戦うんだよ! 俺たちは、イノシシと!

アケチ 生きることは、イノシシと向き合うことだ。


     ラブピ、クレノ・パンタ・ハルナに見つめられて頷く。


アケチ あらゆるブタが、もう、そう考えている。

パンタ いつ、ウィルスがまき散らされるか分からないんだぞ!

アケチ 逃げられないのは、はっきりした。その中で、生きる。

ハルナ 戦えばいいでしょう! 倒せばいいのよ、イノシシを!

アケチ 次から次へと現れる。戦っているうちに、自分が死ぬ。

クレノ 不死身の身体になれば、怖くない! そんなのは!

アケチ つまり君たちは、怖いから不死身になったんだな。


     クレノ・パンタ・ハルナ、沈黙。


クレノ 怖くないんですか、マスクもしないで。

アケチ 死んでも着ける気になれなくてね。どうも似合わない。

ラブピ 言っておくけど、僕も怖くないからね。

クレノ 逃げてたじゃないか、ゲームの中では。イノシシから!

アケチ 彼は、ゲームの中でも立ち向かっていたよ。困難に。

クレノ 信じられません。彼は姿も見せなかった。

ラブピ 「人間抹殺ゲーム」のマップ上で、僕は味方を探していた。

パンタ いただろ! 俺たちが! お前が味方しなかっただけだ!

ラブピ 味方は、船の外にいたよ。

    マップの片隅に散らばって息を潜めるブタたちが。

アケチ その何人かは最初のイノシシに襲われて消えた。

    ウィルスだと察した君は逃げてきた。僕の前に。

ラブピ 残った船の外のブタは、他のSNSも使える。情報発信は楽だったよ。

クレノ なんて言ったんだ?

ラブピ 僕はたった一人でも、イノシシたちと向き合う。

    でも、怖くなんかない。信じてるから。僕の後ろの仲間を。

    いつもは黙っていても、絶対に世界を諦めないブタたちを。

パンタ 俺たちも信じてくれよ。何で自分だけそういういい格好するんだよ。

ラブピ 君たちはもう、ブタじゃない。

ハルナ さっき言ったじゃない、たとえイノシシとだって向き合うって。

ラブピ 命の限りを捨てたブタは、イノシシですらない。ただの人間だ。

クレノ 人間? だいたい、何なんだ? 人間って。

ラブピ 別れ際に何を……。そうだな、ブタを食うのが、人間ってとこかな。


     ラブピがブルーシートの向こうに消えると、船の汽笛が鳴る。


クレノ もしかすると、次に港に着いたときなら、俺たち……。

アケチ 永久に、それはないだろう。これが最後の出港だ。

パンタ ちょっと! じゃあ、俺たち、ずっと海の上ってこと?

アケチ ゾンビ化した船員は、操船も航海術も心得ているらしい。ご心配なく。

ハルナ そういう問題じゃなくて! 死ぬまで漂流してろってこと?

アケチ 死なないんでしょう? 君たちは。

クレノ 待ってください! (囁く)本当は俺、ワクチンを……。


     ラブピが戻ってくる。


パンタ とっとと降りろよ。

ラブピ すみません、これ、返します。(アンプルを渡す)

アケチ 困るなあ、ちゃんと届けてくれないと。数が決まってるんだから。

ラブピ え、そうだったんですか? (少し考える)

クレノ 数……? (少し考える)

ラブピ 大事に保管してください。最後に残った形見です。

アケチ え? ……そうか、分かった。約束する。

クレノ 俺のは叩き割ったくせに!

ハルナ え? 何のこと? クレノ君。

クレノ ……言えるわけがありません。言えば殺されます。ブタゾンビに。

アケチ それでは、失礼。残りワクチンと、降りた者の数が一致したので。


     アケチとラブピがブルーシートの奥に消えると、汽笛が鳴る。

     船が動きだすと、ブタたちは遠ざかる岸を目で追う。

     運び去られるブルーシート。

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