第2場 戦いの時が来た

     動物の唸り声。「Blow, wind! 」*3


ツクヨ あれ……。

アケチ 言わんこっちゃない。

クレノ イノシシ? あれが?


     得体の知れないものに包囲される。


クレノ ……俺の知っているイノシシじゃなかった。

    どちらかといえば、そう、アレだ。

ツクヨ あ、に、人間?

クレノ ……鬼? 人を食う鬼。そう言っていいのかもしれない。

アケチ 見る前に、ここから消えてもらいたかった。

ツクヨ ウィルスみたいなものですか?

アケチ 想像にお任せする。逃げた後も、口外無用。

クレノ もう、遅いです。


     包囲が狭まる。


ツクヨ 間に合いません、ログアウト……。

アケチ 1つだけ教えておく。奴らはまっすぐ来る。


     獣たちが飛びかかってくる。


クレノ それだけ聞けば充分だ。

ツクヨ 逃げて! クレノ君!(かばおうとする)


     銃声と刃の音。

     獣の悲鳴。うずくまるツクヨ。


アケチ クレノ君、と言ったね。君は……。

クレノ 見くびってもらっちゃ困ります。


     襲いくるイノシシの咆哮。「come, wrack!」*4

     クレノの指鉄砲とアケチの無形の剣の音。


アケチ どこで習った?

クレノ どこだと思います?


     銃声と刃の音が続く。

     縦横に斬るアケチ。


クレノ ……生まれたとき、ゲーム機は手元にありました。

    小学生の頃も、それが当たり前でした。

    それだけのことだったのです。


     クレノの発砲を最後に、獣たちの声は消える。


ツクヨ どうしたの? みんな……。

クレノ 心配ないよ、たぶん……。

アケチ 全滅させた。クレノ君と、私で。


     クレノにすがりつくツクヨ。

     駆け込んできたラブピ、立ち止まる。


ラブピ ツクヨさん……。


     そこへ、ハルナが駆け込んでくる。

     クレノとアケチを交互に見比べて、


ハルナ 怖かったわ! オジサマ!(飛びつく)

アケチ (逃げてクレノを指差す)あっち。

クレノ まあ、ざっとこんなもんさ。

ハルナ (ツクヨを押しのけて)素敵! クレノ君!


     パンタがおそるおそるやってくる。


パンタ クレノがやったのか? 本当に?

ラブピ (冷笑)システムのエラーじゃないのか?

アケチ (遠くを見る)まだ来る! イノシシだ!


     ラブピに手を引かれて去るツクヨ。

     辺りを見渡して、パンタ、ハルナ、逃げる。


ハルナ 頼んだわよ! 頑張って!


     身構えるクレノ。


アケチ ウソだよ。人払いさ。

クレノ 何だよイノシシって。

アケチ 原因不明の出来事が起これば、そこにはイノシシがいる。

クレノ さっきのも? もしかして、このウィルスも?

アケチ かつては、ブタをゾンビ化するウィルスをまき散らした。

クレノ 俺もゾンビになるの?

アケチ ウィルスもイノシシも駆逐された。あの壁のおかげでな。

クレノ 壁? どこの?

アケチ ブタの世界は、巨大な壁でイノシシから隔てられている。

クレノ じゃあ、この海は?

アケチ 唯一の例外だ。あの島……中止になった修学旅行先も。

クレノ 何でそれ知ってるの?

アケチ 私の名はアケチ。イノシシ特別捜査官だ。極秘だがね。

クレノ しゃべっちゃったら極秘じゃない気が。

アケチ 君は特別な存在らしいからね。あ! ボスから連絡が!


     アケチ、姿を消す。

     パンタが戻ってくる。


パンタ クレノすげえ、またやったのかよ……あのオッサンは?

クレノ ……イノシシにやられた。壮絶な最期だった。


     ハルナが戻ってくる。


ハルナ やっぱり生きてたのね、クレノ君……オジサマは?

パンタ 死んだってさ。


     アケチが現れる。


アケチ クレノ君、緊急事態だ!

クレノ アケチさん!

アケチ ……じゃ、これで。(走って逃げる)

ハルナ 生きてたのね、えっと……アケチさん!(追って去る)


     沈黙。


パンタ 何でクレノだけ知ってんの? オッサンの名前。

クレノ さっき聞いた。

パンタ 何で逃げたの? 緊急事態って?

クレノ 誰にも言うなよ、実はさ……。


     ハルナ、戻ってくる。

     ラブピ、ツクヨを追って戻ってくる。


ラブピ 会ってどうすんだよ、あの男に。絶対怪しいって!  

ツクヨ どうしても聞きたいことがあるの。 

ハルナ クレノ君、アケチのオジサマ、いなくなっちゃった。

ツクヨ アケチ?

ラブピ 説明しろよクレノ、あの、アケチさんとの関係をさ。

クレノ いや……。

パンタ 誰にも言うなよ、実はさ……。

クレノ いや、もう全員だろ、これ!


     ノックの音。全員、椅子に座ってスマホをいじる。


パンタ あ、見回りお疲れ様です、船長さん。

ツクヨ はい、平熱です。

ハルナ まだ部屋から出られないんですか?

ラブピ 何で外と連絡つかないんですか?

クレノ 行っちゃった? 船長さん。


     全員、椅子から立ち上がる。


パンタ ……と、いうわけなんだ。 

クレノ 秘密だって言ったろ!

パンタ 困ってたじゃないか。 


     再びアケチが現れる。


アケチ 我々には独自に、イノシシの動きを探る権限がある。

ラブピ それとクレノの特別扱いと、どういう関係が?

アケチ 彼が突然転校してきたとき、何が起こっていた?

ハルナ 修学旅行が中止に……まさかクレノ君が?

ツクヨ (椅子に座る)そんなはずない!

アケチ 壁がイノシシを遠ざけてから、世界は平和だった。

ラブピ そこで正体不明の転校生に、正体不明のウィルス。

パンタ 出来過ぎてるよな、確かに。教師どもも気にしてないし。

クレノ (視線を気にして)いや、偶然の一致ってこともある。

アケチ 君を責めてるわけじゃない。むしろ、期待している。

ハルナ 何に? どんな力があるの? クレノ君には。

アケチ 混乱を起こすイノシシを、撃滅する力がある。

パンタ じゃあ、さっきのイノシシは?

アケチ ゲームのシステムに入り込んだ、一種のウィルスだ。

ラブピ すると、緊急事態とはウィルスのこと?

アケチ 本物のな。イノシシが媒介していることは判明している。

ツクヨ (おそるおそる歩み出る)それは、この船の中に?

パンタ ぱっと見では分からないらしいよ。

ツクヨ そうだ、ワクチン! ワクチンはないんですか?

アケチ (ツクヨを見つめる)それだ! それを伝えに。

クレノ あるんですか?ないんですか? 


     アケチ、がっくり膝を突く。


ハルナ オジサマ?

アケチ ダメだ、誰かがゲームのシステムに介入している。

パンタ まさか、またイノシシが?


     指鉄砲を構えるクレノ。


アケチ 私のボスだ。君たちに正体を知られてしまったからな。 

ハルナ パンタ! アンタ何でそう余計なことを!

パンタ いや、オレはただクレノが……。

クレノ 教えてください! ワクチンは?

アケチ ある! 作る方法はある! だが……。

クレノ 何ですか? その方法は!

アケチ ダメだ、これ以上はアクセスできない!


     アケチ、姿を消す。

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