スマホの殺戮ゲームで異世界に転生したら無敵のブタになって無双してました

第1場 イノシシと変なオッサンが来た

　　　　幕が上がる前の静寂。

　　　　突然、大勢が一斉に叫ぶ。

声　　　いただきます！

　　　　　ブタを題材にした曲（１）と共に幕が上がる。

　　　　　曲が終わるとブタたち、一斉に空を見上げる。

　　　　　ラブピだけが逃げ去る。クレノはおたおた走り回る。

　　　　　パンタはモップを肩にかついで、狙いをつける。

パンタ　くらえ！　（指差して）……そっち頼む、ハルナ！

　　　　　ロケット弾の発射音と共に、ストップモーション。

クレノ　（動く）……これ、別に戦争やってるわけじゃないので。

　　　　　指差されたハルナ、空に向かってホウキを構える。

ハルナ　任せて、パンタ……落ちろ、人間ども！

　　　　　機関銃の音。再び、全員ストップモーション。

クレノ　……落下傘降下してるのは人間、といっても。

　　　　この世界では人を食う鬼みたいな空想上のものです。

　　　　人間たちが叫ぶ。再びクレノ、あたふたする。

　　　　「鳴らせ、鐘を！　吹け、風よ！　来たれ、破滅よ！」＊１　

　　　　反撃の銃声にパンタが伏せる。全員ストップモーション。

　　　　パンタの尻尾を眺めて、クレノが語る。

クレノ　……お察しの通り、全員ブタです。あ、俺以外は。

　　　　　戻ってきたラブピが境界線の間に椅子を並べる。

　　　　　全員座って独り言。

ハルナ　また逃げるの、ラブピは。それでも男？

ラブピ　あまり好きじゃないんだ、こういうの。ね？　ツクヨさん。

ツクヨ　ゲームのアバター使わないとチャットできないなんて不便。

パンタ　戦わないならゲームすんな、ラブピもツクヨも。

　　　　クレノが進み出る。

クレノ　……あ、棚井部　呉之（たないぶ　くれの）です。よろしく。

ラブピ　（歩み出る）通信手段ないし。部屋に缶詰で。

ハルナ　（歩み出る）何よ、船にウィルスかもって。

パンタ　（歩み出る）１人死んだらしいよ、行き先は。咳と熱で。

ラブピ　正解だったな、修学旅行中止して。生徒300人が助かった。

ハルナ　で、みんなで代わりに１泊２日クルーズ？　意味ない。

パンタ　この班だけで、こんな人間抹殺ゲームやりながらチャット？

ツクヨ　（歩み出る）何で他のＳＮＳ使えないのかな？

パンタ　過疎化してゲーム特化するしかなかったんでしょ、これも。

クレノ　……こういう事情です。

　　　　致死性ウィルス蔓延。海の向こうの島への修学旅行は中止。

　　　　急遽１泊２日クルーズに変更しても、ダメ。

　　　　島に降りてた船員が死んで、ウィルス感染のおそれがある。

　　　　だから部屋から出られません。なぜか外部とも連絡ができません。

　　　　俺が教えた、船で唯一使えるネットゲームでチャットの毎日です。

　　　　　再び銃声。全員空を見上げて身構える。

ラブピ　戻れても、僕たちの国は壁に囲まれてるがね。

パンタ　下りてきたぞ、人間どもが！

　　　　　全員ストップモーション。クレノの冷笑。　　

クレノ　……でも、尻尾のない俺だけは特別です。

　　　　　勇ましいＢＧＭと共に、指鉄砲を構える。

　　　　　ブタたち、クレノを取り囲む。

クレノ　地面に下りたお前らの弱点は分かってる！

　　　　　ゾンビウォークで襲いかかるブタたち。

クレノ　真っすぐにしか歩けないんだよな、ああ？　

　　　　　ブタたちを薙ぎ倒すクレノ、高笑い。

クレノ　……こっちではブタゾンビ抹殺ゲームなんで。

　　　　このゲームがあれば、俺はいつでも帰れます。

　　　　人間の世界に。

　　　　　クレノ、ストップモーション。

　　　　　「人間抹殺ゲーム」の警告音。

パンタ　本サービスは間もなく終了します、だって。

ラブピ　他のコミュニケーション考えた方がいいな。

　　　　　ラブピ、姿を消す。

パンタ　いっつも口ばっかだな、あいつ。

ハルナ　ラブピ、さっきもいなかったんじゃない？

ツクヨ　しかたないよ。嫌いなんだって、戦うの。

パンタ　じゃあ、何でここにいんの。

ハルナ　ログインしなきゃいいじゃない。　

ツクヨ　誰だって、１人でいるのはイヤでしょう？

ハルナ　何？　やけにかばうじゃない。

パンタ　あ、もしかしてタイプ？　ああいうの。

ツクヨ　そんなんじゃなくて……あ、クレノ君は？

パンタ　そういえば何にもしないよね、あの転校生。

ハルナ　いきなり現れたよね、ウチらのクラスに。

パンタ　修学旅行の班決めるタイミングだっけ？

ハルナ　ウチらの班だったよね？　何の係だった？

ツクヨ　でも、修学旅行自体なくなったわけで……。

ハルナ　何もしなくてもいい。運のいいヤツ。

　　　　　授業開始のチャイムが鳴る。

　　　　　ブタたち、椅子を研究発表の形に並べる。

　　　　　ラブピが戻って来て、発表に立つ。

ラブピ　これから、いわゆる豚コレラについて発表します。

クレノ　……人間世界に戻ったら、１日は戻って来られない。

ハルナ　ええと、ブタの、ウイルス性の、疾病です。

クレノ　……学校に行かなくちゃいけない。めんどくさい！

ラブピ　フラビウイルス科ペスチウイルス属。

クレノ　……こんなことばかりやらされる。訳も分からず。

パンタ　ブタとかイノシシの病気で、人には感染しません。

ラブピ　二〇一九年からＣＦＳ「豚熱」と呼ばれています。

ハルナ　クラシカルスワインフィーバー、の略と訳です。

クレノ　……どうでもいいよ、そんなの。知りたくもない。

ラブピ　二〇一八年九月に発生を確認。

ハルナ　二〇一九年に至っても、感染が拡大。

パンタ　豚やイノシシの殺処分が行われました。

ツクヨ　それを経験した公務員のお話を伺いました。

　　　　　子豚は袋に入れ、二酸化炭素で眠らせます。

　　　　　一頭目を薬で殺したとき、私は泣きました。

　　　　　何で？　こんなひどいことを、何で私が？

　　　　　でも、二頭目からは何でもなくなりました。

クレノ　……だから？　俺には関係ない！

　　　　　ラブピ、その場から消える。

　　　　　一同の視線がクレノに集中。

ツクヨ　クレノ君？

パンタ　（クレノを無視）旅行なくなったからってさ。

クレノ　ああ、修学旅行？　あれ？　沖縄だろ？

ハルナ　（クレノを無視）周り見て動くところだよね、今の。

クレノ　……毎日、こんな感じです。嫌になりました。

ツクヨ　あ、でも、このゲーム教えてくれたのクレノ君だし。

ハルナ　（クレノを無視）それはお手柄だったけどさ。

パンタ　（クレノを無視）確かにコレなかったら、な。

クレノ　……人間の世界でコレにハマったのは、こんなわけです。

　　　　　ドアがノックされる。

クレノ　……でも、コレがまさか異世界に通じているなんて。

　　　　　全員、慌てて椅子を元の位置に戻して座る。

パンタ　……またパン１個かよ。予算ケチりやがって、教師ども。

ハルナ　こんな人間のエサみたいな。自分たちは宴会やってさ。

クレノ　……人間？　帰れなかったのか、俺は？　人間の世界に。

　　　　　アケチが現れる。

ツクヨ　（歩み出る）クレノ君！　誰かいるよ！

アケチ　誰か！　誰かいないか！

クレノ　（歩み出る）ここの生徒じゃない？

アケチ　ああ、やっと見つかった。

ツクヨ　あなたは……。

アケチ　すぐログアウトしろ。電源を切れ！

クレノ　何で……？

アケチ　説明しているヒマはない。ここから出るんだ。

クレノ　いや、部屋から出るなって言われてるんで。

ツクヨ　出たら致死性ウィルスに感染しちゃうんです。

アケチ　そこじゃない、ここだ！　この空間だ！

パンタ　（歩み出る）何の騒ぎだよ。

ハルナ　（歩み出る）誰？　このオッサン。

ツクヨ　とりあえず、出ましょう。何か大変そうです。

クレノ　説明してくれないんなら、やりません。

ツクヨ　クレノ君……。

アケチ　お前な！

パンタ　そうそう、見ず知らずのオッサンに何で？

ハルナ　いるいる、チャットでナンパしてくる変態。

アケチ　理由は言えん！　だが、今すぐじゃないと！

クレノ　そうやって頭から言われるの、嫌なんです。