第21話 子供たちの過去
翌日。長屋の中には治を除いた子供たち、銀次と半次が揃っていた。
「半次から話は聞いたよ。力になりましょう。その為には教えて貰わなければならない事がある」
子供たちは部屋の中に座り、銀次と半次は上がり口に腰かけていた。
銀次は6人の子供たちの名前、年齢、特技や肉親の有無などを聞き取った。彼らは全員、震災などで親を亡くした孤児院の子供たちだった。彼らが放り込まれた孤児院は、銀次でも名前を知るほど地域でも札付きの悪所で、寄付金や補助金は経営者が、ほとんどをピンハネしていた。
食べ物は劣悪で少なく、冬にも暖房や防寒具などは存在しなかった。彼らがそのまま孤児院にいたら、今まで生き残れなかったに違いない。
質問に答えているのは、主に年長者の美子だった。
「私の掏摸の師匠を知りたい? それが治を助けるのに、何の意味があるのよ」
「半次の
「……孤児院で一緒だった姉さんよ。実家が掏摸の名門だったの」
「それで躾の良い仕事をしていたのだね。子供が一から考えて仕組みを作ったとは思えなかった。彼女の名前は?」
美子が言った名前を聞いた瞬間、銀次は歯痛でも起こしたように顔を顰めた。
「銀さん。どうしましたぁ?」
「……そこの一門は、
「質の悪い警官って、もしかしてぇ」
「……白ヒルだよ。一人娘は吉原へ売り飛ばされた筈だ」
銀次は吐き出すように答える。ステッキを握る手に嫌な力が籠っていた。
白ヒルに吉原へ売り飛ばされた娘は、慣れない環境に身体が合わなかったのだろう。あっという間に労咳に罹り客が取れなくなった。役に立たなくなった彼女は花街から捨てられて、件の孤児院に転がり込んだ。先に孤児院にいた美子は、彼女から掏摸の技を学んだのだという。
空きっ腹を抱えながら必死に習練し、一人娘が驚くほどの腕前になった美子。掏摸で貯めた小金で、7人が住めるバラックへ転がり込んだのである。
「それで、姉さんはどうしたんですかぁ?」
「私たちと孤児院から逃げ出して、一息ついた後、死んだわよ。亡くなる直前まで、自分より私たちを心配しながらね。だから私が姉さんの代わりに、皆の面倒を見なければならないの」
美子は下を向いて、両手を握りしめていた。小さな肩を震わせている。
「私が治を守らなければならないの! だからお願い」
……助けて
美子の呟きを聞いて、銀次は天を仰いで顔を顰める。しばらくして首を振った老人は、飄々とした風貌の青年を睨みつけた。ステッキを強くタタキに突き付ける。
「こいつは参ったね。 ……おい半次! 抜かるんじゃないよ」
「へぇい、銀さん」
ヘラヘラ笑っている半次を見て、美子は心配そうに眉を顰める。
「一寸。この人、大丈夫なの?」
「心配いらないよ」
銀次は安心させるように、美子の肩をポンと叩いた。しかし、その手は僅かに震えていた。
「……半次は本当に怒ると、笑うんだよ」
幾つもの修羅場を潜ってきた、掏摸の大親分仕立屋銀次。彼が半次を見る目が、その時だけ怪物でも見るように怯えていた。
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