第7話 ここから仕事だねぇ
翌朝、半次が気絶している間に運び込まれた、トラックの荷台に、山本軍曹に付き添われた岸がやって来た。
「中隊長。さぁ、謝罪をお願いします」
「なんで私が軍医ごときに詫びを入れなけばならないんだ」
「トラックの外に、まだ怪我人が一杯いるからですよ」
二人を見つめた半次は、ポケットから階級章を取り出し、岸の目の前に置いた。黄色いラインに星が一つの紀章である。
「げぇ。高見医師は軍医少佐でありますか」
山本が驚いた声をあげる。岸は襟についた、赤いラインに星三つの紀章を左手で触った。
「私に謝罪できなくても、この紀章には謝れるのではないかね。岸大尉」
しばらくの沈黙の後、絞り出すようにして岸が口を開いた。
「……自分が悪くありました」
「前にも言ったが、私は軍人が大嫌いだ。その軍隊でも上官を殴ったら、軍法会議というルールがあるね。営倉入りぐらいでは済まないと思って欲しい」
岸の顔が蒼白になる。山本が何とか取りなすが、半次は聞き入れない。
「取り敢えず、私は上海に帰してもらう。君たちは中国の諜報員に触られたくないだろうし、私も治療する気にはなれない」
半次は白衣を脱ぐとベットに放り投げ、荷台から降りた。山本軍曹が慌てて追いかけてくる。
計算通りだ。入れ替わった林田が、岸より上位者で助かった。奴のようなタイプは、弱いものには強いが、強いものには弱いと踏んだ通りだった。何とか翻意させようとする山本軍曹を追いやると、半次は荷物をまとめ始めた。
……心残りは銃尻のお礼ができないことくらいか。
気がつくと豚汁が煮える、いい匂いが漂って来た。隊の朝食の支度が始まっているらしい。咳払いをして、炊事当番に近付く。
「あーキミ、君。今、この部隊に寄生虫病が、蔓延している事は知っているかな」
「はぁ。 そうなん?」
訛りの強い二等兵が、ポカンと半次を見上げた。
「寄生虫病は放っておけば、内疾患に繋がる恐ろしい病気だ。このままではいけない」
「どうしたらいいん?」
半次は勿体ぶって鞄を開けた。黒い薬瓶を取り出す。
「これを鍋の中に入れればいい。良く効く虫下しだから」
「そりゃ、どうも。この位入れれば良いん?」
「折角だ。全部入れてしまおう。君の所の中隊長は、特に虫が多そうだから、沢山食べさせてあげると良い」
彼はそう言って、薬瓶の中身を全て鍋にぶち込んだ。
直後に山本に呼ばれて、軍用ジープに乗り込んだ。数時間後、岸の部隊は集団食中毒に見舞われた。豚汁に混ぜられた強烈な下剤で、部隊は半日停滞を余儀なくされた。
この災難に関わらなかったのは、軍用ジープの運転手である山本軍曹と付き添いの開戦少尉だけだった。入港した船に高田半次陸軍医少佐などは、乗船していないことが判明した頃、半次は二百キロ離れた
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