第6話 これだから、軍人は嫌いなんだ
その夜、中隊は新豊から十キロ離れた農村で野営した。村人が貯蓄していた僅かな食料を徴収して、盛大に酒宴が開かれる。
「こんな酒盛りを開いて、この村が毛沢東なんかを支持していたら、どうするのかね」
「何、中隊の装備と人数を見たら、逆らうことも考えないでしょう。反抗したら、皆殺しにするまでです」
岸は平然と言い放った。心持ち顔色が良いのは、歯痛から解放されたからだろうか。
半次は無関心を装ったが、彼の冷酷さに腹のなかを熱くした。自分は最低の詐欺師だが、進んで人を殺したことはない。軍人ってのは、人様の命を何だと思っているのだろう。
宴会場の中心では、近くの家を叩き壊して作られた薪が、盛大な炎を上げている。そこに大爆発が起こった。続けて東方向から銃声が轟き、何人かの兵士が倒される。
「敵襲! 総員、明かりから離れろ!」
襲撃自体はゲリラが行った、奇襲作戦だったらしい。中隊は効率的に、これを撃破していった。
戦闘終了後、半次は忙しく働かなければならなかった。負傷者の数は少なく、大半が銃創であったため、何とかボロを出さずに済んだ。
ふと見ると村民の母親が、被弾したらしい息子を抱えて、こちらに近づいてきた。それを岸が突き飛ばす。母親は必死に何かを訴えているが、彼は聞く耳も持たない。
「退んか! お前ら中国人より、俺たち神国民の治療が先だ!」
それを聞いて、半次は包帯を置き、立ち上がった。物も言わずに岸を殴りつけると、母親から少年を受け取った。
彼は肩に銃創を負っていた。十歳前後の華奢な身体に、三十八口径は大砲の玉のような物だったに違いない。
少年の口に余り布を噛ませると、焚き火の残り火で炙ったメスを突き立てた。半次の頭の中で、虎の巻のページが音をたてる。
銃弾は三角筋の真ん中に突き刺さっていた。着弾の衝撃による肩関節脱臼などは無いようだ。とにかく弾を抜かなければ、粗悪品の銃弾だから鉛毒が回って中毒死だ。
ピンセットで弾を引き抜いた途端、噴水のように鮮血が吹き出し、半次の顔を赤く濡らした。どうやら動脈の一部に傷があり、銃弾がそれを押さえていたらしい。
母親の顔色が蒼白になる。慌てて半次は肩に布を縛り付け、止血を行った。どこかに傷ついた血管がある筈だ。出血が治り始めた頃、破損した血管を発見する。
簡易手術用具一式にあった、洗濯バサミ状の物(鉗子)で、血管の両端を押さえ、何とか縫合した。
すでに失血のショックが始まっているのか、少年は青い顔で震え始めた。
「いいか。お前さんには未来がある。今はしんどくとも、生きてさえいれば、必ず良いことがあるさ!」
半次は少年の耳を掴んで、大声を出した。
傷口の縫合が終わるまで、少年の心臓は止まらなかった。子供は術後の感染症が恐ろしかった筈だ。半次は消毒薬を傷口に塗りつけ、新しい包帯を巻いた。
片言の広東語で止血帯は、時々緩めること、すぐに設備の整った病院へ連れて行く事を説明した。母親は何度も頭を下げ、暗闇に消えていった。
彼らの姿が見えなくなるまで見送ると、半次は溜息をついて、両手を挙げた。後ろに銃剣を構えた岸が立っていたからだ。
「敵兵を治療して、それを黙って逃すとは、とんだ非国民だ。中国側の諜報部員に違いない」
「女・子供じゃないか。非戦闘員だ」
「黙れ。逆賊め!」
多分、健康な奥歯の恨みも入っていたのだろう。半次は銃尻で殴り倒された。薄れゆく意識の中で、彼はニヤリと笑っていた。
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