88:見え方

「あらあら。自分の気持ちを知る方法ですか?」


 ラウラはにこやかな笑みを浮かべる。


 今日も彼女は長い袖と裾を持つ服を着ているが、身体のラインがよく分かり、胸元は大きく開けている。自身の身体の良さを理解しているからこそ着ているのだろうが、それがとてもよく似合っている。


「知る方法ならいくらでもありますわ。すぐにでも実践いたしましょう」

「……この衣装合わせは一体なんだ」


 ユナはげんなりした様子だった。


 先程からドレスの着せ替えが行われていた。ラウラが衣装部屋の中から様々なドレスを選び、それをユナに当てて確認している。彼女が選んだドレスの中には、実際着るようにユナに指示しているものもある。


 今ユナが着ているのは上品な、少し濃い緑色のドレスだ。スカート部分がふんわりと何層にもなっており、そこには煌びやかな小さい宝石が縫い付けられている。動くたびにキラキラと光るそれはダイヤモンドだ。金色の星のような刺繍も施されていた。


 胸元はハートカットで袖はふんわりとした同じ色のレース。肩から胸元にかけて大胆に開いているがデザインはとても大人びており、ユナが着るととても美しい。現にこの場にいるフィーベルも、ずっと見惚れていた。


 彼女の赤髪は珍しく左側に横流し、それを大きく三つ編みにしている。髪には小さい紫の花がいくつもついていた。一見すると妖精のような、いや姫としての高貴さを感じさせる。


 ラウラは満足そうな顔になる。


「我ながらいい出来ですわ。このドレスに致しましょう」

「……ラウラ。だからこれは一体」

「もうすぐユギニス殿下の戴冠式ですわ。妹姫であられる主も着飾る必要がありましょう?」

「戴冠式は臣下として出席すると伝えたはずだ。制服で参加することは兄上も了承してくれている」


 国奪還までユギニスとユナは国に対し、民に対し、誠意を尽くしてきた。せめてユギニスが国王となった瞬間は、側近であった頃の自分でいたいと、ユナは願ったようだ。ユギニスは快く許してくれたらしい。


「ええ、それは存じ上げておりますわ。その後に夜会がありますでしょう?」

「…………私は出ない」

「他国の方々との大事な交流の時間ですわ。欠席することはユギニス殿下から『却下』と言われております」


 途端にユナは眉を寄せた。


 どうやら戴冠式の後に他国の偉い方々を呼んで、懇親会を行うようだ。そこで互いの国の交流を行うという。その場では、王族としての立ち振る舞いをしなければならない。だからラウラによってドレス選びが行われた。


「とっても似合ってます……!」


 フィーベルははしゃぐような声を出す。

 だがユナはちょっと複雑な顔になる。


 ユナは誰が見ても絶世の美女なのだが、本人は着飾ることがあまり好きではないようだ。側近であった時は自分の見目を脅威に変換できると利用していたが、王族としてはあまり人前に出たくないらしい。


 どうしても赤い髪は目立つ。見目もいい。王族の中でユギニスやシュテイよりも目立ってしまうのが気になるようだ。同じ父の血は流れているものの、二人の方が正式な王族であると思っている。兄妹であり家族であると分かってからも、その思いは簡単に消えないらしい。


 クライヴの急な来訪の後フィーベルは、魔法具『伝書鳩』を使い、ラウラに手紙を書いた。細かく書くと長くなるので最低限のことだけ伝えると「すぐに遊びに来てください」と返事があった。そして来た途端、衣装部屋に案内されてしまった。ユナが急にドレスを着る羽目になったわけだ。


 ラウラに相談したのは、誰よりも色恋に詳しいだろうと思ったからだ。元娼婦なこともあり、女性の気持ちも男性の気持ちも理解できる。彼女ならば、自分の気持ちを知るにはどうしたらいいか、その方法が分かるのではないかと考えた。


 彼女はあっさり、いくらでも方法はあると言ってくれた。しかもユナとクライヴのことを応援してくれているようだ。これは頼もしい。


 ラウラはちらっとユナを見る。


「そういえば今、クライヴ殿下も滞在されておりますわね。ドレス姿をお見せするのはいかがでしょう」


 ユナがぎょっとする。


「!? い、いや、それは」

「ああご安心ください。私の魔法を使ってですわ。実物を見て欲しいですけれど、クライヴ殿下は主には滞在を秘密にしているみたいですし」

「別に、見せる必要はない」


 ユナは顔を赤らめたまま、ぷいっと顔を横にしてしまう。照れているのだろう。そんなところが可愛らしく、フィーベルは少しだけ微笑んでしまう。


 ラウラはとろけるような表情になる。


「ああ、そんな顔も素敵ですわ……。きっとクライヴ殿下のことですから、素敵に褒めて下さいますわね」

「だから、いいって」

「クライヴ殿下の反応、主も気になりますでしょう?」

「別に……」


 と言いながら少しそわそわしている。

 気にはしているようだ。


「クライヴ殿下の予定はバッチリ把握しておりますわ。頃合いを見て私からお伝えしますわね」


 フィーベルからの手紙の後、すぐにクライヴの予定を入手してくれたようだ。なんと仕事が早い。感心していると、ラウラはにこっと笑う。


「この時間なら……お二人共、移動しましょう」

「「?」」




 案内されたのは大広間だった。


 多くの使用人が行き来しており、バタバタと走り回っている。紙を広げて指示を出す人もいれば、飾り付けをしている人達もいた。今フィーベル達がいるのは大広間の二階だ。上からその様子を見ている。


「ここで夜会が開かれる予定ですわ」

「もう準備を行っているんですね」

「来賓の方もお見えになりますから、早めに準備しないと間に合わないのです。……ああほら。あちらにいらっしゃいますわ」


 二人は言われた方角を見る。


「!?」

「クライヴ殿下……!」


 なんとそこにはクライヴの姿があった。


 側近のエダン、そして今回の戴冠式の主役であるユギニスもいる。どうやらこの大広間の準備も手伝うようだ。今回はお忍びなのであまり目立たない格好をしているのだが、それでも彼が持つ王族の気品というのは消えない。遠目でもきらきらと輝いている。微笑みながらユギニスと話していた。


 フィーベルは首を傾げた。


「あれ、お部屋から出ないんじゃ……」

「主が偶然クライヴ殿下の来訪を知ってしまったようですから、ユギニス殿下にも先にお話ししておきました。隠す必要がないなら、目一杯こき使いたいそうです」


 なんだからユギニスらしい。

 ラウラは人差し指を自分の口に近付ける。


「もちろんクライヴ殿下には、秘密にしておりますわ」


 元々ユギニスは、来訪を隠しても隠さなくても、どっちでもいいと思っていたようだ。今までアルトダストは催し物を開催したことがなかった。王子としては先輩であるクライヴに、色々と助言が欲しいそうだ。


「最初クライヴ殿下は遠慮されていましたが、ユギニス殿下に『いいから手伝え』と、ほぼ無理矢理外に連れ出されておりました。苦笑しながらも承諾してくださいましたわ」


 クライヴは使用人とも朗らかな表情で話している。人当たりがいいから、きっとみんな話しやすいと思う。紙を見ながら何やら提案もしており、周りが感心するような声も聞こえてくる。


 クライヴはどちらかというと執務室で過ごすことが多く、外出するとしても城の外ばかり。こんな風に仕事をするのだと、なんだか新鮮な気持ちになる。それを伝えようとフィーベルはユナに顔を向けた。すると、彼女はじっとクライヴを見つめていた。


 ここは二階であまり人目がつかない場所なので、じっと見つめてもクライヴにはバレないだろう。真摯な眼差しが美しい。一体今何を思っているのだろうか。


「あら」


 ラウラが声を上げたので目線を戻す。使用人の子供なのか、一人の少女がクライヴに近付いた。


「すごーい! 王子様みたい!」

「こら。王子様達よ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 クライヴがにこっと笑う。

 少女に目線を合わせていた。


 そしてすっと、手を差し出す。


「姫。お手を取っていただけますか?」


 一気に周りからどよめきが走った。


 少女はきらきらした眼差しでクライヴの手を取り「うん!」と満面の笑みになる。周りも微笑みながらその様子を見守っていた。


 ラウラは頷く。


「さすがクライヴ殿下。子供にもお優しい方ですわね」

「はい。殿下は誰に対しても優しい方です」


 ユナさんもそう思いますよね、と言葉を続けようとしたが、フィーベルはユナの顔を見てぎょっとする。さっきより若干微妙そうな表情になっていたのだ。


「ユ、ユナさん? どうかしました?」

「え?」

「表情が……」

「え、いや、別に……」


 顔を背けてしまう。


 フィーベルは少しだけおろおろする。

 すかさずラウラが話題を変えた。


「主。真正面からではなく、こうして遠くからクライヴ殿下を拝見してみていかがですか?」

「……別に。よく顔が見えるなと思った」

「優秀な方であることは存じておりましたが、相変わらず人柄が良い方ですわね」

「……そうだな」


 全然良さそうに見えない。


 一体ユナにとって何が良くなかったのだろうか。フィーベルはさっぱり分からなかった。ひとまず部屋に一度戻ることになり、その道中、フィーベルはこそっとラウラに質問する。


「あの……さっきのは」


 ユナにはバレないように小声で聞いてみる。

 ラウラは少しだけ困ったような顔になった。


「クライヴ殿下の行為が癪に触ったのかもしれませんわね」

「なぜ……?」


 ラウラは苦笑する。


「いつもとは異なる角度でクライヴ殿下を見る作戦でしたが、あまり上手くいきませんでしたわ」

「もしかして、自分の気持ちを知るための?」

「ええ。実践の一つですわ」


 ラウラの作戦はすでに始まっていたということか。彼女はあまり手応えがなさそうな言い方をしたが、フィーベルはそう思わない。真摯にクライヴを見つめていたあの横顔は、彼のことを思っているからなのではと感じた。


 なぜかその後、顔が変わってしまったが。




 フィーベル達はユナの部屋に戻った。


 そろそろクライヴ達も一度部屋に戻り、休憩を取る予定らしい。どうやら部屋には複数の使用人がおり、ユギニスは一旦退席するようだ。ラウラはクライヴに用事があるらしく、今の時間に会いに行くと言った。ユナとフィーベルは頷く。ラウラは移動する際中、こそっとフィーベルに耳打ちする。


「先程のことを聞いてもいいかもしれません。主はフィーベル様の前では素直ですわ」


 にこっと微笑んで、彼女は行ってしまった。


 部屋に二人きりになり、フィーベルはちらっとユナを見る。口数が少なく、先程からなんだか元気がない。確かに先程まではラウラがいたから、言いたいことも言えなかったのかもしれない。フィーベルは意を決して、聞いてみた。


「あの、さっきはどうしたんですか?」

「え。……いや」

「今は二人きりですし、よかったら話してください。私、力になりたいです」


 そもそもユナからクライヴの件で相談された。その時点で、この二人の結末を見るまでは終われない。そんな気持ちもあって真剣に目を合わせると、ユナはぽつりと話し出す。


「……クライヴ殿下と、初めて出会った時のことを思い出した」

「それは」

「国同士の初めての交流会だな。側近として、ユギニス殿下と共に出席していたんだ。あの時のクライヴ殿下も、立ち回りが上手いと思った。愛想がよくて、人の懐に入るのが上手くて、参加している人は皆、すぐに彼に夢中になった。まるで、魔法でも使っているかのように」


 そんな彼の様子に、ユナは少しだけ疑心暗鬼だったらしい。あまりにも人の輪に入るのが上手すぎると、逆に警戒していたようだ。そう思っている時にクライヴが挨拶に来た。その当時のことを、ユナはあっさりと言う。


「そして急に口説かれた」

「え!?」

「瞳を褒められて……結婚してくれないか、と」

「思ったより直球ですね!?」

「最初はなにふざけたことを抜かしてるんだと、私は剣を抜いたよ」

「おおお……」


 ユナは苦笑する。


「ユギニス殿下と、その時一緒に来ていたマサキ殿が止めてくれた。あの言葉でよりクライヴ殿下のことは信じられなかった。絶対裏で何か企んでいると思っていた」


 実際色々考えており、それを実行に移す人なので、あながち間違ってはいないかもしれない。ユナは少しだけ遠くを見るような顔になる。


「……誰が見ても素敵な人で、誰に対しても優しい人だ。私に優しくしてくれたのも、彼なりの優しさからだろう。私の境遇は、けっこう重いしな」

「! 待ってくださいユナさん。確かに殿下は優しい人ですが、好きなのはユナさんだけですよ。あんな風に愛おしそうに語るのもユナさんにだけです」

「…………フィーベルもけっこうはっきり言うな。それは……分かっているつもりだ。でも…………その、女の子に、姫のようなことをさせていただろ。さすが王子だな。とても様になっていた」

「本物の王子様ですもんね」

「あんなことをされて惚れない女性なんているんだろうか。罪作りじゃないか?」

「多分小さい女の子だったからだと……もう少し年齢が上の方々にはおそらくしないと思いますよ?」

「どうだが」


 いつの間にか声が低くなっていた。

 というか若干怒っているようにも見える。


 フィーベルはそれを見て目をぱちくりさせる。


「もしかして、嫉妬ですか?」

「えっ?」

「自分以外の方に優しくしているのを見て、ちょっともやもやしちゃったとか」

「……そ、そんなことない」


 若干目が泳いでいる。

 これは図星なのでは。


 フィーベルは思わずにやけてしまう。


「……フィーベル。なんだその顔は」

「え? いやぁ」


 これはもう確定ではないのだろうか。

 にやけが抑えられない。


 するとユナにほっぺを引っ張られてしまう。

 「いひゃいです~」と言ったら離してくれた。


『主。フィーベル様、聞こえますか?』


 と、急に部屋に声が響いた。

 ラウラの声だ。


「ラウラさん?」

「なんだ、これは」

『イントリックス王国から譲り受けた魔法具ですわ。確か遠くの方の声まで運んでくださるんですよね』


 以前潜入の時に使っていたやつか。

 そして最近、アンネのためにも使ったことがある。


 まさかこの魔法具までアルトダストに渡していたとは。魔法具の交換もどうやら交流の一部になっているようだ。部屋にもその魔法具を置いてくれていたらしい。そこから声が聞こえていた。


『今から私の魔法を使って、クライヴ殿下に主のドレス姿をお見せしますわね』

「!? あれ本気でやるつもりだったのか?」

『あら。冗談なわけないではないですか。この魔法具でクライヴ殿下の声もお届けします。姿は見えませんけど、声色でどのように思ってらっしゃるかは分かるでしょう?』

「わざわざそんなことしなくていい……」

『クライヴ殿下からの主の賞賛は、一秒たりとも逃したくありませんわ』

「何の話だ……」


 ガチャっとドアが開く音が聞こえる。

 どうやらラウラが、クライヴがいる部屋に入ったらしい。

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