81:協力
「仕事に行こうとしていた時、二人を見かけたんです。アンネが待っていたところにイズミさんが来て、待ち合わせされてたんだなって思ったんですけど」
フィーベルはその時、微笑ましい気持ちで様子を見守っていた。すると、イズミは自然な流れでアンネの手を取り、自身の口元に寄せた。その手に口付けを落としたのだ。話を聞いていたヴィラは「ああ」と頷く。
「帰国してから、イズミが急にやるようになったんだよね。いきなりだったからみんなびっくりしてた。恋人同士になったなんて、誰も知らなかったし」
「手だけでなくて、頬にされていたこともありました」
「それ私も見た。信じられないよね、あのイズミがだよ?」
男嫌いで有名なアンネと、女性にモテるイズミ。イズミは何度か告白されたことがあるようだが、容赦なく断っていたようだ。そんな二人が結ばれたと知っては、周りは黙っていないはずだ。
実際フィーベルがその様子を見た時も、周りにいた人達は戸惑っている様子だった。きゃあきゃあ騒いでいた人もいたと思う。それにこれは一日だけの話ではない。かなりの確率で頻繁に起こっている。
二人とも美形なので、その姿はとても絵になる。かなり目立つ。絵になりすぎている。目立つことはおそらく二人共分かっているだろうに、まるで見せつけているようにも感じた。驚きを通り越して、一体どういうことなのだろうと疑問に思ってしまうほど。
ヴィラはにやっと笑う。
アンネの肩をつついていた。
「で? で? みんなの前でさえあんな感じなんだから、二人きりの時とかもっと甘いんじゃないの?」
(ヴィラさん、さっきの仕返ししてる……)
アンネに言い返せると思ったのだろう。当の本人はむすっとした顔になっていた。てっきりイズミのことを言われたからだろうと思ったが、小声になる。
「……そんな甘くないですよ」
「え?」
「アンネ?」
「…………」
すると勢いよくアンネが机に突っ伏してしまった。慌てて「どうしたの!?」「大丈夫!?」とヴィラとフィーベルは声をかける。アンネがこんな姿を見せるなんて初めてだ。いつも完璧できっちりしっかりしている。そんな彼女がこんな行動を取るなんて。
アンネはゆっくり、机に頬を置いたまま呟く。
「周りに対してああしようと言い出したのはイズミです。そうすればすぐに私達が恋人であることが広まると」
「確かに一瞬で広まってたね」
「あれは一発で分かりますね」
「……あとは互いに、虫よけです。特に私は声をかけられることが多いので、心配だからこうしたいって」
「だからイズミが積極的なのか」
「イズミさんがやると説得力ありますね」
「確かに。アンネ、嫌がってる様子ないもんね」
「意外性も出ますしね」
「……解説いいから人の話聞いてもらえます?」
アンネが少しだけ口を尖らせたので「はいはいもちろん」「なんでも言っていいよ」とフォローを入れる。するとゆっくり、アンネは顔を上げた。
「……人前ではあんなことしてますけど、二人きりの時は全然触れてこないんです」
「は?」
「どうして?」
「……接触が過剰になるからと」
「どういうこと?」
「過剰って?」
「そんなの、私が聞きたいですよ……!」
机をばんっ、と叩き出す。
慌てて二人で止めた。
とりあえず、恋人になったというのに恋人らしいことがあまりできていないようだ。人前の方が恋人らしいことをしているらしい。接触が過剰になる……ということは、アンネに遠慮しているということだろうか。
そう考えたが、アンネはさらに眉を寄せる。
「触れていいって、言ったのに」
「あ、言ったの? なのにイズミが言うこと聞かないって?」
アンネは小さく頷く。
ヴィラは「あー……」と納得の声を出す。
「イズミって真っ直ぐで意志が強いからね。一度決めたことは曲げなさそう」
「……知ってます」
「さすが。イズミがアンネに対してどう思ってるのかはあんまり分からないからなぁ。とりあえずおめでとうを伝えたら『ありがとうございます』は言ってくれたけど」
「私が聞いてみようか?」
フィーベルが手を挙げる。
「アンネとの付き合いは私が一番長いし、いつもお世話になってるし。アンネをいじめたら私が許しませんって、イズミさんに言うこともできるし」
「……フィーベルさんが本気出したら、あのイズミも大人しく言うこと聞きそうだね」
アンネはじっとフィーベルを見つめる。
以前イズミのことで悩んでいた時、フィーベルは力になると言ってくれた。彼女は色恋沙汰に対してあまり免疫はないが、仲間を助けたい気持ちをすぐに示してくれる。それがとても、嬉しい。アンネは少しだけ微笑んだ。
「……そうですね。お願いしたいです」
「任せて!」
フィーベルはにっこりと笑いながら、自分の胸をとん、と叩く。いつもお世話になっているアンネに、やっとできることがあることが嬉しいようだ。
「にしてもよかった」
「「?」」
ヴィラがくすっと笑ったのに対し、二人はきょとんとした顔になる。ヴィラはアンネにウインクをして見せた。
「前に気になる人がいるって言ってたでしょ? その人と結ばれたんだなーって改めて思って」
「!」
「え、いつの間にそんな話を?」
「裸の付き合いをしたんだよね~」
アルトダストでアンネはヴィラのフォローをした。その時に話した内容のことを持ち出され、アンネは少しだけ気恥ずかしくなる。人前で自分のことはあまり話さないようにしていたが、イズミのことを意識していた時期でもある。しかもヴィラは真摯に話を聞いてくれた。だからぽろっと言葉がこぼれたのだろう。
このことは二人だけの秘密のようになっていたはずだ。アンネは軽くヴィラを睨む。だがヴィラには効果がなかったのか、豪快に笑うだけだ。
「あの時も思ったけど、アンネちょっと痩せすぎじゃない? ちゃんと食べてる?」
「……普段鍛えているヴィラ様と一緒にしないでください。あの時のヴィラ様の肌は、赤い花でいっぱいでしたね」
「赤い花?」
「わ――――!!! それ言わなくてよくない!?」
「先に仕掛けたのはヴィラ様ですよ」
「アンネってほんっと意地悪っ!」
「どうとでも言ってください」
「あの、私にも教えてください~!」
思いのほか二人が仲良くなっていることを知り、フィーベルは少しだけ羨ましくなってしまう。するとヴィラとアンネは顔を合わせて笑い出した。
「まぁ今日はフィーベルさんの結婚祝いを兼ねてだからね」
「ですね」
「?」
「はい、結婚おめでとう〜!」
二人はあるものを渡してくる。
ヴィラからはピンクの包装紙に包まれた、白とピンクのガーベラの花束だ。「花束は結婚式で持つと思うから、小ぶりにしておいたよ」と言った通り、少し小さいサイズ。サイズ感も相まって可愛らしい。
「私からはこちらです」
アンネからは、小さい高級そうな箱を渡される。どうやらブランド品らしい。箱にはお店の名前のロゴが柄のように並んでいる。光沢のある赤いリボンをそっと外して開けてみれば、思わぬものに、フィーベルはぎょっとする。
「こ、これは……」
「もしもの時に使ってくださいね」
アンネはにこっと、いい笑顔をしてくる。それが例え面白がっていると分かっていても、可愛い容姿を持つ彼女にそうされてしまっては、見惚れてしまうものだ。ヴィラは中を見ておお〜と感心する。
「私は花、プレゼントはアンネ担当にしたんだけど、ランジェリーを選ぶとは。アンネはセンスあるからさすがだね。フィーベルさんにすごく似合いそう」
中に入っていたのは赤いランジェリーだった。そっと触れてみると、高級な生地が使われていると分かるほどに手触りがいい。全体が赤く、同じ色のレースや刺繍が施されている。
「でも、ちょっと派手じゃないですか……?」
「色は華やかだけど装飾の色味は一緒だから、これくらいが丁度いいよ。透け感もあってさりげないし、レースも可愛いね。メインはフィーベルさんなわけだし、シェラルドも喜ぶんじゃない?」
シェラルドの名前を出され、フィーベルはぼっと顔が赤くなってしまう。結婚は決まったものの、そんな話がここで出てくるとは思ってなかったのだ。
「あははっ。かーわいい〜!」
「ヴィラ様にも同じプレゼントお送りしますね。黒なんていかがです?」
「え。いや、私はいいって」
「女性らしくピンクの方がいいでしょうか。エダン様きっと喜びますよ」
「その顔やめなさい」
いつまでもにっこりの笑みを崩さないアンネに、ヴィラは真顔でツッコミを入れる。フィーベルはくすくす笑いながら、やっとこの国に帰ってきたのだなと、そんな気持ちになった。
「イズミさん、アンネとのこと聞きました。おめでとうございます」
早速稽古が終わった後、フィーベルはイズミに声をかける。彼は淡々と「ありがとう」と言った。いつもと変わらないクールな様子に、ちょっと拍子抜けしてしまう。人前で見せる甘い様子があまりない。
「アンネとは仲良くしていますか?」
「仲良く?」
小さく首を傾げられてしまう。
「え。仲良くないんですか?」
「仲良く、というのがどういうことなのか分からない」
「ええと……」
そこから説明が必要なようだ。
「その、恋人らしいことはしているのかなって」
「恋人らしいこと……。まぁ」
「え。例えば?」
話と違う、と思って聞いてしまう。
「ベルも見たことあると思ったが」
「というと?」
「アンネと手をつないだり、触れたり、キスをしたり。ベルも見たことあるだろう」
もしや人前でやっていることだろうか。
「えっと、確かに見たことはありますけど」
「そういうことはしてる」
「……その、二人きりの時の話をしているんですけど」
「二人きり……。特に何もしていない」
「特に何もしていない!?」
あまりにはっきり言われて復唱してしまった。
「普段から恋人らしいことをしてる。二人きりの時までしていたら過剰だろう」
「過剰ですか……?」
言われてみるとそうなのだろうか。
いや、でももっと世の恋人達は甘いのではないのだろうか。それとも恋人兼婚約者であるシェラルド、ヴィラの恋人兼婚約者であるエダンがちょっと過剰過ぎるのだろうか。いやでも、アンネは触れてこないと不満そうな様子だった。
「俺はアンネと一緒にいられるだけで満足している。人前で触れることもできて、自分の恋人であることを周りに伝えることができている。だから二人きりの時は何かしようと思わない」
フィーベルは少しだけイズミの言葉を頭の中で反復した。簡単に言うと、イズミは現状満足しているようだ。が、アンネはそうではないはず。
「でもアンネから、触れていいって言われたんですよね?」
「? 馬車の中での話か?」
「馬車の中?」
「俺が告白をした時に、触れていいと言われた」
「……それっていつの話ですか?」
「アルトダストから国に帰るときの話だ」
「え? ……あの、最近アンネに言われたんじゃ」
「? 最近は特に何も言われてないが」
(アンネ!?)
てっきり最近も触れていいと、イズミに言っているのかと思った。恋人らしいことをしたいと、伝えていたのかと思った。だがこの様子だと、おそらくイズミに伝わっていない。イズミが一方的に過剰だろうと思って触れていないだけ。つまり、アンネは本音がイズミに言えていないということになる。
「ええ……アンネ……」
「ヴィラさんっ」
いつの間にかフィーベルの背後にヴィラがいた。
どうやら気になっていたらしい。
「? アンネがどうかしたか」
「あ、いや……その……」
「ちょっとね。でも今の話で分かった。イズミ、これ渡しておく」
「……魔法具?」
以前仕事で使ったことがある、片耳サイズの機械。同じ機械を持つ者と連絡が取れる魔法具だ。あれからさらに改良を重ねたらしく、今は隊の隊長以上の役職が連絡用に持ち歩くようになっている。
「これは隊長の物では」
「特に急ぎの要件はないだろうし今日くらいは大丈夫。後でアンダルシア殿に予備借りるし」
「俺が持ってていいんですか」
「事は重大だよ。なんせアンネのことだからね」
「……ヴィラさん、職権乱用になってませんか」
フィーベルが小声で聞く。
だが相手はにやっと笑っていた。
分かった上で渡すらしい。
「ね。イズミもそう思うよね。アンネのことだったら重要でしょ?」
「職権濫用はどうかと思いますが、アンネのことなら重要です」
それはつまりどっちなんだろうか。フィーベルが考えている間にもヴィラは「そうだよね!」と大きく頷く。無理矢理話を進める気のようだ。
「私達はアンネに話があるから、とりあえずイズミは魔法具持ってて。何かあったら連絡する。むしろ連絡させる」
「はぁ。分かりました」
いまいちよく分かってない様子だったが、イズミはヴィラの言葉を素直に聞いていた。その場でイズミと別れた後、フィーベルは慌ててヴィラに詰め寄る。
「ヴィラさん、どうするつもりですか?」
「そんなの決まってるでしょ」
なぜかヴィラの目が輝いたように見えた。
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