80:女子会
「にしてもびっくりなんだけど。まさか相手がイズミだなんて」
「全く気付かなかったです」
「だよね!? 一体いつの間に? って感じ」
「接点は仕事くらいですよね?」
「そういえばすずらん祭、二人で行ってたらしいよ」
「え。じゃあ用事があるって言ってたのは……」
フィーベルがアンネの方を見ようとしている間に、ヴィラは紅茶の入ったコップを飲み干す。
お店自慢のレースの模様が入った可愛らしいコップなのだが、ヴィラの飲みっぷりが良すぎてまるでお酒を飲んでいるように見えてしまう。ヴィラは空になったコップをアンネに向けた。
「それだけ吐かせた。後はこの子、全然教えてくれないの」
「……もういいでしょう」
アンネはゆっくり紅茶を口に含む。
ものすごく居心地の悪そうな顔だ。
「今日はゆっくり過ごすためにこのお店に来たのですから。フィーベル様の結婚祝いも兼ねてますし」
「あ、そうだ。まさかフィーベルさんとシェラルド、最初は偽の関係だったなんて。しかも知らなかったの私だけでしょ? ひどい」
「ヴィラ様だけじゃないですよ」
「でも言わなかったってことは私、信用なかったってことでしょ? ひどい」
「そうではなくて……。伝えるタイミングがなかっただけです。一から説明すると長くなりますし。エダン様はクライヴ殿下の側近になったことで知りましたし、イズミは知りませんでしたよ」
「あ、呼び捨てになってる。さすが恋人だねぇ」
イズミの名が出てヴィラはにやにやしている。
対してアンネは半眼になった。
「ヴィラ様だって私のことを呼び捨てにするようになりましたよね」
「私も思っていました。いつの間に?」
アルトダストにいる間はまださん付けだったように思う。それを伝えるとヴィラは頷く。帰国してから呼び捨てにしたようだ。
「アルトダストでアンネにはかなりお世話になったし、だいぶ仲良くなってきたと思ってるし、元々年下だし。……え、もしかして嫌?」
「嫌ではありません。嬉しいですよ」
アンネはふっと微笑む。
容姿が良すぎる彼女は女性からのやっかみを受けることが多かった。仲が良いメイド仲間はいるものの数人くらいだ。ヴィラのようなタイプはあまり出会ったことがない。素直なところはフィーベルと一緒で、アンネはそんなところが接しやすいと思っていた。
アンネはすっと真顔になる。
「ですがイズミのことで茶化されるのは嫌です。怒りますよ」
「え、やだやだ。アンネ怒ると怖いもん。ていうかもう怒ってるじゃん」
「大体ヴィラ様は声が大きいんですよ。もう少し声量落としてください」
「大丈夫だよ。なんのために個室予約したと思ってるの?」
今日は街でも有名なカフェに来ていた。
店内はピンクと白で統一されている。置かれている椅子や机は白くて丸く、レースの模様がついていて可愛らしい。お店の中は女性客ばかりで、皆がこぞってアフタヌーンティーを楽しんでいた。ここは外観やコンセプトが人気なだけでなく、お菓子と紅茶の評判がいい。なかなか予約が取れないのだが、奇跡的に個室の予約を取り付けることができた。
アルトダストで起こったことが無事に解決し、その労いも込めて三人は集まった。クライヴも「お休みを合わせて美味しいものでも食べておいで」と言ってくれた。
互いに知っている間柄ではあるものの、実は三人一緒に出掛けたことはない。皆、いつも仕事が忙しいからだ。いざ出かけるとなるとどこに行こうか迷ったのだが、アンネが同期のメイド達からこのカフェのことを教えてもらった。そしてヴィラが予約を取ってくれた。
「ほんと可愛いお店だよね~。でも一人で入る勇気はないかも」
「恋人と一緒に来る方も多いそうですよ。エダン様と一緒に来たらいいのでは?」
「はっ!? 今エダンくん関係ないじゃんっ!」
「そういえばヴィラさんとエダン様、お付き合いされてるんですよね?」
フィーベルは帰国してすぐヴィラとアンネに会い、色々と報告した。結婚の話をすると二人は祝福の言葉を述べてくれ、喜んでくれた。そして、自分達の身にあったことも話してくれた。アンネはイズミと結ばれたとはっきり口にしてくれたが、ヴィラは言葉を濁した。なので詳しいことまでは聞いていない。
するとヴィラは「えっ」とぎょっとした顔になる。一体どういう反応なのだろうと見つめていると、アンネがしれっと暴露する。
「婚約されたらしいですよ」
「え、そうなんですか!?」
「ちょっ、アンネ! 何で知ってるの!? まだ上にしか報告してないのにっ」
「メイドの情報網甘くみないで下さい」
「だからってちょっと知りすぎじゃない!?」
「わぁあ、おめでとうございます……!」
フィーベルは拍手をしながら満開の笑顔になる。ヴィラとエダンの関係は、フィーベルもよく知っている。だからとても喜ばしいことだった。アンネに抗議しかけたヴィラは、フィーベルの素直な様子に、少し動きが止まった。少しだけ気恥ずかしそうな反応になる。
「……まぁ、色々あってね」
「帰りの馬車の中で求婚されたんですか?」
「なんでそれも知ってるわけ!?」
「勘で言ってみたんですけど、当たりましたか」
「あああ藪蛇っ……!」
ヴィラは頭を抱えて机に突っ伏す。
それを見ていた二人はにやにやする。
「ぜひどんな感じだったのか知りたいですね」
「私もその場に居合わせたかったです」
「冗談じゃないんだけどっ。大体あんなのずるいよっ!」
「「ずるい?」」
ヴィラはむすっとした顔になる。
なんだか不機嫌そうだ。
何があったのか、話してくれた。
帰りの馬車の中、ヴィラとエダンはああだこうだと言い争っていた。アルトダストで起きたこと、過去のことまで持ち出して色々言っている。
ちなみに魔法具の耳栓をしていたクライヴはいつの間にか熟睡していた。しかも耳栓と一緒にもらったという、目元だけを隠すマスクもいつの間にかつけていた。「幻覚」の魔法使いであるラウラお手製の魔法具のようだ。これをつけるとゆっくり眠れるだけでなく、良い夢を見られるのだとか。
長く言い争っていた二人は、さすがに時間が経つと疲れてきた。そしてなぜこんな話になったのか、と冷静になってくる。二人とも大人なので、しばらく無言になって一旦休戦した。
と、エダンが意を決したようにこう言ってきた。
『ヴィラ。結婚してくれ』
『…………え?』
なぜこのタイミングなのだろうか。
さっきまで喧嘩をしていたはずなのだが。
エダンは真剣な表情でこちらを見てくる。
『色々言ったが、俺はこれからもずっとヴィラの隣にいたいし、俺の隣はヴィラじゃないと嫌だ』
ぎょっとする。
さっきの今でこんな話をすることも、そんな表情ができることにも驚いてしまう。とはいえ、エダンが元々誠実な人であることは分かっている。ちょっと過保護なだけで。ちょっと強引なだけで。……いや、やっぱりちょっとどころの騒ぎではない気もするが。
『前よりもっと綺麗になったし、ヴィラを欲しそうに見る奴らもけっこういるんだ。昔から気になってた。そういう奴らに限って、恋人なんて関係じゃ諦めない。だから俺と結婚して、俺だけのものになってほしい』
『……い、いやちょっと待って。色々とツッコみたいんだけど、とりあえず私を欲しがる人はいないと思うよ?』
エダンが言ったようなことは今まで一度もない。言われたこともない。そんな目で見られたこともない。女性らしくないからだろうし、それ自体気にしていなかったところがある。
するとあからさまに嫌そうな顔をされる。
『自分が女扱いされてないからって、普段から男がたくさんいる場所で働いてるんだぞ。容姿だけじゃなくて中身を見て惹かれている奴もいるんだ。大体みんなヴィラに気がないと思っているのか? そんなの表面上だけだ。ヴィラを欲しがる奴なんてたくさんいる。俺が傍にいるから近寄ってこないだけで』
『ちょ、ちょっと、ストップ!』
本当にそうなのかは正直よく分からない。
だが止めておかないとずっと話が続きそうだ。
『分かった。そういうことにしておく。だけどね、その、結婚って……早くない?』
『……俺と結婚したくないのか?』
ちょっとだけしょげたような表情になった。
なんだか可哀想に見えてくる。
『いやそういうことじゃなくてさ……。気持ちが同じって最近分かったのに、もう結婚だなんて』
『……側近になってしばらく経った頃、クライヴ殿下からも見合いの話を出された』
『え』
そんな話は聞いていない。
『話は出るし実際会わせようとするし。仕事を理由に逃げていたが、クライヴ殿下の言葉は本当だった。側近になって殿下の傍にいると、前よりも女性からの視線が刺さる』
『それはそれで見てみたいかも……』
『ヴィラ』
『ごめんなさい』
反射で謝る。
この場合見たいと思ったのは女性達のことだ。エダンからは呆れた声を出されたが、綺麗な女性や可愛い女性は見てみたい。クライヴから話が出たというのなら、きっとものすごく素敵な人達なのだろう。ヴィラは自身が女性らしくないこともあり、可愛い、綺麗な女性を見るのは好きだった。目の保養というやつだ。
仕事柄多くの男性と仕事をしていることもあり、男性の容姿はあまり興味がない。なんというか男くさいし泥くさい。女性特有の柔らかい肢体や所作などが自然と美しいと思うのだ。
だから見てみたかった。
と言ったらより怒られそうなので黙っておく。
『俺はヴィラが他の奴らに見られるのが嫌だ。俺自身はどう見られようが気にしないが……ヴィラのものでもあると実感したい』
さっきからさりげなくすごいこと言ってるなと思っていると、エダンがそっと手を伸ばしてくる。ヴィラの横髪に触れた。髪は以前より長い。彼の手で髪が揺れる。それが少しくすぐったい。
と思えば、今度は頬に触れてきた。
『…………ちょっと』
『どうした』
『近くない?』
先程まで向かい合って座っていたはず。
なのに今、互いの顔が近くなっている。
エダンは立ち上がり、片手をヴィラの頬。もう片方の手をヴィラの顔の横、壁につけているのだ。まるで覆いかぶさるような形になっている。
そんな至近距離の中、囁かれる。
『返事を聞かせてくれ』
『いや今言ったじゃん。早いって』
ツッコミするように言ってしまう。
『承諾してもらえないと俺は不安だ』
『何が不安なのっ。互いに好きならいいじゃんっ。それにお互いのことよく知ってるし、今更嫌いになることもないだろうしっ』
『互いがそうでも周りがどう言うか分からないだろう』
『私達恋人ですって言ったら済む話でしょう!?』
『分かった。結婚はすぐじゃなくていい。だけど婚約してくれ』
『はぁ!?』
わけが分からない。
全然人の話を聞いていない。
だがヴィラは身をもって知っていた。
これは多分長くなる。長期戦になる。
彼の粘り強さ、という名のしつこさを何度も受けてきた。自分が負ける未来しか見えない。……だけどなんだか負けたくない。負けっぱなしは悔しい。
ヴィラはあえて視線を逸らす。
絶対顔なんて見ないぞという姿勢でいる。
するとエダンは察したのか、顔を近付ける。
ヴィラは気付いて両手を動かした。
『ちょちょちょ、何してるの!』
『ヴィラが俺の言うことを聞いてくれないから』
『だからってこんなところでやめてっ! 大体殿下が隣にいるのにっ』
『寝ているし聞こえてないし問題ない』
『さっきまで一緒に馬車乗るの気まずそうだったのになんなのっ!?』
『案外開き直ったら羞恥はなくなるな』
『羞恥心を捨てるなっ! そういうところが嫌なんだって!』
隊長になるように説得されたことも。過保護なところも。今まで以上に強引なところも。全部含めて面倒くさいし逃げたくなる。そういった意味も込めて言うが、なぜかエダンは余裕そうに微笑んでいた。
『でもヴィラはいつだって俺を受け入れてくれる』
『…………それは』
最終的には受け入れざるを得ない状態にしてきたんだろう。と抗議したくなるが、他にも理由はある。それは彼が、そんなところなんて気にならなくなるほどに人のために動ける人であることを知っているからだ。いつだって自分のことを心配して考えて動いてくれる。優秀な人であり、確かな実力と人からの信頼を兼ね備えている。そんな立派な人だと知っているから、いつだって背中を追いかけたくなる。……と、それを本人に言えるほど素直ではない。
どう言い返そうかと悩んでいる間に顔が重なり、馬車の中でヴィラの呻き声が響き渡る。魔法具のおかげでクライヴは熟睡のままで、しばらくヴィラはエダンからの好意を受け続けた。そして結局、婚約を承諾した。
帰国後、最初にクライヴに報告すると「わぁやっと! おめでとう~!」と軽く祝福された。そのままエダンに引きずられるように、ガラクとアンダルシアにも報告することになった。「やっとかぁ。本当に長かったなぁ」「これからも二人の活躍を期待している。いい夫婦になるだろう」と、感激されたりしみじみ言われた。ヴィラは色んな意味で疲れ切っていたが、もうどうにもでもなれ、という気持ちでいた。
「「…………」」
話を聞いていたフィーベルとアンネは目をぱちくりさせる。もっと穏便な感じなのかと思えば、エダンの粘り勝ち。エダンのヴィラへの思いというか、行動力には舌を巻く。
「エダン様……すごいですね」
「まぁなんというか……ヴィラ様に関してだけタガが外れてますよね」
「……もうほんとやだあの人」
ヴィラは机に突っ伏していた。
エダンはヴィラと気持ちが一緒だったことで、持ち前の行動力がさらに加速したような気がする。思えば「押して駄目なら引いてみろ」を守っていたのがなんだか懐かしいというかあの時はよく止まったなというか。ヴィラのことになると、エダンはもう止められないのかもしれない。
「まぁ、もういいよ。いつかは一緒になりたいと思ってたし、今は婚約で済んでいるし」
ヴィラはお皿に乗っている小さいカップケーキをフォークでつつく。ちょっとだけ納得いっていない顔をしていたものの、婚約自体は嫌ではないのだろう。急にあれこれ決まってまだ心の整理がついていないだけだ。少しだけ照れているようにも見えた。
その様子に、フィーベルとアンネは微笑ましい気持ちになる。二人とも優秀な人物だ。アンダルシアが言ったように、最強の夫婦になるような気がする。
ヴィラは開き直ったように口を開く。
「はい。私は終わったから次はアンネの番」
「……え?」
「あ。そういえばこの前、アンネとイズミさんを見かけた時に驚いたことがあって」
「フィーベル様!?」
「フィーベルさん、その話詳しく」
ヴィラは食い気味に話に乗った。
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