55:ダンスの相手

「魔法の稽古はどのように行っているんですか?」

「隊ごとに行うことが多いです。隊を混ぜて合同訓練をすることもあります」

「なるほど。アルトダストでは個人で稽古することが多いんです。よければ内容を教えていただいても?」

「もちろんです」


 ヴィラがにこっと笑う。


 フィーベル達はパーティーに参加していた。魔法使いが集まる部屋に赴き、互いに情報を交換する。ヴィラの説明が上手いせいか、魔法使い達は感心するように頷いている。部屋に入ってくる人はまずヴィラへと関心を向け、どんどん周りに人が集まっていた。


「……かっこいいね」

「かっこいいですね」


 フィーベルとアンネは少しだけ離れたところでそれを見ていた。ヴィラは淡いブルーのドレスを着ている。このドレスは嫌だと散々言っていたが、全く引いてくれないラウラとアンネに根負けしたのだ。


 背中が全部見えるのは落ち着かないからと、白いヴェールを肩からかけている。かけてはいるが生地が薄いので、本当にささやかに隠しているようなものだ。


 それでも、今のヴィラはかなり堂々としている。髪型とメイクもしてもらったことでいつもよりさらに美しく見えた。次から次へと聞かれる質問にも順番に丁寧に答えている。魔法兵の隊長としての務めを十分に果たしており、ものすごくかっこいい。


「あんなにうんうん唸っていた人とは思えないです」


 数時間前のヴィラのことを指しているのだろう。

 フィーベルは少し苦笑してしまう。


 ぶっ倒れていたヴィラだったが、パーティーの時間にはだいぶ身体が楽になったようだ。とはいえ、完全復活とまではいっていない。まだだるさは残っており、少しだけ頭もぼうっとしていた。その証拠に、ドレスを前後逆に着てしまいそうになったのだから。流石にその時はアンネも焦っていた。


 ヴィラは明るくて愛嬌があり、初対面の相手に物怖じしない。そのあっけらかんとしたところは人を惹きつける魅力の一つだ。今のヴィラはいつもより口角が上がっており、はきはきと話している。いつもより元気に見えるが、それは相手に明るい印象を見せるため。気遣いの表れだ。


 いつも一緒にいるフィーベル達は分かっていた。ヴィラは少し無理をしている。顔は笑っているが、若干疲れているようにも見える。このまま大勢の相手をするのは少し厳しいだろう。そのために一応この場にいるわけなのだが、みんながヴィラに夢中だ。なかなか近くにも行けない。


「フィーベル様」


 いつの間にか城のメイドの一人が近くに来ていた。


 アルトダストでは全身黒紺色のメイド服のようだ。その色合いは周りに上手く溶け込んでいる。彼女は部屋の案内をしてくれたメイドだった。焦げ茶の髪を一つにまとめている、切長の瞳に唇の横に黒子がある女性。きびきびと動くその動きは無駄がなく、常に背筋が伸びている。見ていて気持ちいいくらいだ。名前はビクトリアと言うらしい。


「ユギニス殿下より言付けを預かりました。そろそろ来てほしいそうです」

「わ、分かりました」


 パーティーが始まる前、ユギニスから「ダンスの相手をしてほしい」と頼まれた。自分に王子の相手は、と恐縮したのだが、パーティーはクライヴのためであり、フィーベルのためでもあるからと言われる。あまりきっちりしなくていいと、笑いながら背中を一度軽く叩かれた。一応ダンスは何度も練習したことがあり、アンネからもお墨付きをもらっている。まさかこういう場があるとは思わなかったが、練習しておいてよかったと思った。


「アンネ様も移動していただいてよろしいですか?」


 アンネはメイドとして、この国のメイド達に仕事に対する心構えや効率的なやり方を教えてほしいと頼まれていた。少し前にメイド達と話したことで、いい刺激を与えたようだ。アンネは仕事ができる。そういった意味でも評価されたのだろう。


「それは大丈夫なのですが、ヴィラ様を一人にするのは少し心配です」


 ヴィラの体調のこともあってだろう。

 フィーベルも大きく頷く。


 アルトダストの人達が優しいことは分かった。分かったのだが、それでもここで一人にしておくのは気が引ける。いつものヴィラだったら不安もないのだが、体調を崩してしまった分、誰か見ていた方がいいと思うのだ。


 すると事情を知っているからか、ビクトリアは動じずに言った。


「すでにクライヴ殿下御一行様が到着しております。お付きの方でこちらに来られる方がいるか、確認します。それまではこちらの使用人が見ておきます。何かありましたらすぐにご連絡するようにしますので、ご安心下さい」


 ビクトリアはメイドの中では副長を任されているそうだ。さすが細かいことまで把握しており、どう動けばいいのか分かっている。フィーベル達よりも年上だからか、冷静な様子にこちらも安心する。


「それでは参りましょう」


 フィーベルとアンネはちらっとヴィラを見る。


 するとヴィラは器用にウインクをしてくれた。なんとなく察してくれたらしい。一応二人共抜けることは知っている。こちらが心配しているのも分かってる。それでも気丈に振る舞ってくれるところにじーんときてしまう。やっぱりヴィラは隊長であり年上の立派な女性であると、フィーベルは改めて尊敬した。







「さてクライヴ。今夜はパーティーだ。無礼講だから楽しんでくれ」

「ありがとうございます」

「よければ側近の中から一人、うちの妹と踊ってほしいんだが、どうだ?」


 するとクライヴは迷わずこちらを見た。


「ではシェラルド。姫の相手を」

「っ、かしこまりました」


 シェラルドは思わず「え」と動揺を口にしてしまいそうになった。なんとか誤魔化せたのでほっとする。まさか自分が選ばれるとは。本来の側近であるエダンかと思っていたのだが。


 シュティはにこっと微笑んでくれる。他国との交流も兼ねて相手をしてくれるのだろう。ダンスはできるが、相手はアルトダストの王女だ。あまりの大役にシェラルドは気持ちが引き締まる。


 ダンスといえば、以前フィーベルと踊ったことを思い出す。あの時は全てが終わった時だった。もし時間があるなら、一緒に踊りたいと密かに考える。が。


「俺の相手はフィーベルに頼んでいる。こちらに来てくれるはずだ。本人はいいと言ってくれたんだが、構わないか?」


(は)


「構いません。ね」


 にこっとこちらの主人が笑いかけてくる。


(……なんでこっち見るんだ)


 顔が引きつりそうになりながらもシェラルドはなんとか笑って見せた。するとユギニスは胸をなでおろした。その後ははっ、と豪快に笑う。


「それならよかった。もし恋人がいたら俺は殺されるんじゃないかと思ったんだが」

「いませんよ。いたとしても、交流のためのパーティーです。アルトダストの第一王子にダンスをしていただけるなんて名誉あることです。これくらいで焼くなら心が狭いですね」

「クライヴ。お前意外とはっきり言うな」

「ははは」


 クライヴが陽気に笑っている。

 いつもより楽しそうだ。


「…………」


 シェラルドはじっと耐えるような表情になる。


 まさかこちら側の人間に心を抉られるようなことを言われるとは。クライヴの言葉は的を得ているし、そこまでシェラルドも心が狭いわけじゃない。ユギニスがフィーベルを相手に選んだのも、こちらの客人であるから立てたのだろう。分かってはいるが、ダンスをしたいと思っていた矢先にそんなことを言われて少しショックだったのだ。


「フィーベルはいかがですか?」


(は?)


「フィーベル? いい子だな」

「でしょう。ユギニス殿下にお似合いだと思うんですが」


(は!?)


 ユギニスは意外そうな顔になる。


「まさかクライヴにそう言われるとはな」

「いい子だからですよ。でなければ会わせません」

「そうか。……じゃあ後で二人きりで話しても?」

「もちろん」


(なっんでそんなことを……!)


 これは試されているのか。それとも本当にお似合いだと思っているのか。意図が全く分からずクライヴを見れば、小さく頷かれる。分からない。何をしたいのか分からない。だが、多分予想していることとは別のことなのだろう。……クライヴはフィーベルを使って何かしたいのだろうか。


「ユギニス殿下」


 すっとラウラが近付く。そういえばラウラはこちらにやってきた使用人の一人と何か話していた。少しだけ真面目な表情になっている。


「どうした」

「お付きの方を一人ご案内したいのですがよろしいですか?」

「ああ。何かあったか」

「ヴィラ様が今朝から体調があまり良くないようでして。今回招待した魔法使い達が集まった部屋に、交流も兼ねてお話をされております。フィーベル様はこちらに向かっておりますし、アンネ様も別の場所に移動しております。誰かご一緒の方がよろしいのではと」

「なら、私が行きます」


 真っ先にエダンが声を出した。

 ヴィラの身が心配だからだろう。顔が引き締まっている。


 クライヴは頷いた。


「ヴィラのことを頼んだよ、エダン」

「はい」


 連絡してくれた使用人が案内してくれるようだ。

 エダンはその場から行ってしまう。


 シェラルドはヴィラの同期でもあるので、体調を崩していると聞いて珍しいと思った。慣れない他国で身体が疲れたのだろうか。どちらにせよ、エダンがいるなら大丈夫だろう。ヴィラのことを一番分かっているし、医師でもある。身体の面でも心の面でもサポートできるはずだ。


「アンネは別の場所って言ってたけど、どこにいるのかな?」


 自然な流れでクライヴが聞く。

 ラウラは答えた。


「部屋を一つ借りておりまして、メイド達に心構えや仕事のやり方についてご指導してくださる予定です。互いの交流にもなるかと。お話をお伺いした際丁寧に教えて下さり、とても助かったと聞いております」

「アンネは仕事熱心だからね」


 と言いながらイズミに目を向けた。


「イズミ」

「はい」

「アンネの傍に行ってほしい」

「承知しました」

「ちなみにアンネはドレスを着ているのかな?」


 ラウラは首を振る。


「お客様ではあるのでご用意はしておりますが、自分はメイドだからと受け取ってくださらず……」


 クライヴはくすっと笑った。


「アンネらしいね。彼女も少しはパーティーを楽しめる時間はある?」

「もちろんです。そこまで長い時間拘束いたしません」

「そう、なら彼女を着飾ってほしい。任せてもいいいかな」

「お安い御用です。とても似合うドレスを用意しておりますので」


 急にラウラの表情が生き生きし出した。


 おそらくアンネのことだから強く断ったのだろう。ラウラはドレス選びの時も一緒にいたらしい。だからアンネに断られてちょっと物足りなかったのだ。クライヴから言われたと聞けばアンネも断れない。さすがクライヴはアンネの扱い方をよく分かっている。


「じゃあイズミ、そのままダンスでも踊っておいで。アンネにも楽しんでもらいたいからね」

「はい」


 イズミは軽く頭を下げた後、ラウラに場所を聞いていた。会場はかなり広いが、その分使用人やメイドも多くいるらしい。そのままイズミは行ってしまった。ここに来る前から思っていたが、彼は若いのにかなり落ち着いている。


 共にアルトダストに来るようクライヴに言われた時も、特に動じずに受け入れていた。それがイズミの良さだと思うが、それにしても肝が座っている。緊張とかしないのだろうか。シェラルドはたまに胃が痛くなることがあるので羨ましく思った。


 それにしてもアンネとイズミの組み合わせは珍しい。アンネは頑なに男性との接触を避ける。イズミも女性からの接触を避ける傾向にある。似たもの同士、案外上手くいくのかもしれない。


 エダンとイズミが行ってしまい、シェラルドはクライヴの傍にいる。一応側近ということで来ているものの、これでは本当に側近になったような気持ちだ。


「ああクライヴ。お前のダンスの相手はちゃんと用意してるぞ」


 ユギニスが何かに気付いたのか、にやっと笑いながらそう言う。目線から、シェラルド達も振り返る。向こう側から誰かがやってきていた。真っ赤でふんわり裾が広いプリンセスラインのドレスを着た女性だ。


 ドレスに装飾はあまりないものの、生地がいいからかきらきら光って見える。耳には雫の形をした赤いイヤリング。髪が長いのか一つにまとめており、髪の横に赤い薔薇の飾りをつけている。ドレスも身につけているものもとても華やかだが、彼女の赤い髪ほど華やかなものはないだろう。


 と、髪色に気付いて少しだけぎょっとする。

 そのドレスを着ていたのはユギニスの側近、ユナだったのだ。


 クライヴはいつも通り穏やかに笑った。


「ユナ殿」

「……ご無沙汰しております」


 相変わらず素っ気ない。だが見た目だけでいうと、どこかの令嬢かと見間違うほど美しい。制服を着ていた時は凛々しい獅子のようだったのに、きちんとした格好のせいで怖さも少し薄れている。


「どうだクライヴ。綺麗だろう」

「ええ。いつも綺麗ですが、今日は一段と綺麗ですね」


 さらっと褒めている。それはある意味クライヴだからなんだろうが、一見本心なのかお世辞なのか分からない。ユナなんて遠慮なく眉をひそめいた。おそらく信じていない。


「お前のために用意させた。うちのユナを気に入ってくれたみたいだからな」

「僕は嬉しいですが、ユナ殿が引き受けてくれたのは意外です」

「主の命令ならば全て聞きます。後は詫びも込めております」

「詫び? ……ああ僕の偽物か。気にしなくても。彼と話すのも楽しいよ」


 本人であるクライヴが良くても周りからすればよろしくない。と言いたいがここにはイントリックスの偉い人達はいない。一応知らないふりをしておいた。


 クライヴはゆっくりユナの姿を目に焼き付けている。その眼差しはどこか優しい。ユナも見られているのが分かったのか、少しだけ視線を逸らしていた。じっと見られるのはあまり好きではないようだ。


 それにしてもよくよく見ると彼女は顔が整っている。喧嘩を売られた時は敵対心のある瞳を向けられたので威圧感が強かったが、今は側近というよりただの綺麗な女性。これは周りも放ってはおかないだろう。とはいえ、彼女の相手ができるのは彼女より強い人でないと難しいのでは、とも思った。


「さすがユギニス殿下への忠誠心は一番だね。だけど残念だな」


 急にクライヴはすっとユナの顎に手を添える。

 そして自分に目を合わせた。


「いつか君から、僕と向き合いたいと思ってもらえたら嬉しいんだけど」


 口元に微笑はあるものの、瞳が真剣に見えた。

 ユナは少しだけ身体をびくつかせる。


 いつも笑みを浮かべるクライヴがこのような表情をしている時は、真剣な時だ。真面目な時でないとこのような目にはならない。ということは、ユナに対して本気なのだろうか。シェラルドはフィーベルのことがあるので、少しだけ微妙な心地になる。


「珍しい。ユナが怖気づいてる」


 感心するようにユギニスが言ったせいか、ユナははっとしたようにクライヴから距離を取る。そして思い切り睨んで言い放った。


「そんな日は来ません。永遠に」

「……ユナ、もう少し言葉を選べ」


 ユギニスが顔に手を当てて呆れていた。


「クライヴ殿下が本気でそうおっしゃっているのでしたら私も本心で伝えるまでです」

「ああ、僕の本心は伝わったんだね? それならよかった」


 急にぱあっと子供のような無邪気な笑顔になる。

 そう言われてユナは動揺しながら声を大きくした。


「ち、違います。そういう意味ではなくて」

「今まで僕の言葉さえ信じていなかったでしょ。一歩前進かな?」

「違います! あなたのことは最初から胡散臭いと思っています!」

「ユナっ! それは正直すぎるっ!」


 ユギニスが慌ててフォローに入っていた。


「ああ……主は今日も美しいですわ……」


 ラウラはうっとりとユナを見つめている。

 まるで昔から恋焦がれている相手のように。


(…………なんだこれ)


 シェラルドは半眼になっていた。


 思っていた方向とずれている。ユナへの印象も少しだけ変わる。いや、これはクライヴのせいか。


 シェラルドはフィーベルが早く来ないだろうかと思いにふける。


 早く会いたい。互いにダンスの相手が決まっているのならすぐに話すのは難しいだろう。後からユギニスと二人きりで話すかもしれないのでそれも不安だ。だが、会うだけでも心が穏やかになるはずだ。それにフィーベルはきっと、自分を想ってくれるはず。そうでなくても想いは変わらない。


 わちゃわちゃしている周りを放置しつつ、シェラルドはフィーベルのことだけ考えていた。

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