54:王族と国

「ううううう……」

「ヴィラさん大丈夫ですか……?」

「無理してたくさんの宝石に触れるから……」


 フィーベルは心配そうに、アンネは呆れた様子で横になっているヴィラを見つめている。今日はヴィラが宝石に触れて研究データをまとめる日。昨日と同じく慎重に行ったのだが、ほぼ同じような結果だった。魔力が多い魔法使いならば結果は変わらないのだろうか、という話になる。


 ヴィラとしてはアクロアイトに触れてもそこまで身体的に辛くないようで「もう少し増やしてもいけるんじゃない?」と、自ら個数を増やして触れたのだ。


 その結果、瞬時に失神。


 目が覚めたと思えば頭痛や身体のだるさを訴え、先程から唸っている。治癒魔法をかけてもらって少しは楽になったようだが、一気に身体に負荷をかけてしまった状態。いつも元気なので、弱っている姿がなんだか珍しい。


「お身体はいかがですか?」


 ラウラが様子を見に、寝泊まりしている部屋まで来てくれた。急にぶっ倒れたヴィラにより今日は早めに終わり、部屋で休むようシュティに言われたのだ。


 吸血をしようかと提案されるかと思いきや「意中の方がいると思いますので、やめておきますね」といい笑顔で言ってくる。それを聞いたヴィラは咳き込んだ。本当にどこまで知っているのだろう。


 とはいえもしもの場合は遠慮せずに教えてほしいと伝えられた後、ラウラは部屋を出てしまう。フィーベルとアンネも一旦部屋から出ることにした。ずっと付き添ってもできることは限られている。


 部屋は隣なので何かあればすぐに対応できるだろう。ヴィラもそれでいいと手をひらひらさせて返事をしてくれた。扉を閉めた後、フィーベルは少し心配そうな顔になる。


「……ヴィラさん。しんどそうだったね」

「とりあえず回復を待つしかないですね」

「パーティーも休んだ方がいいんじゃ……」

「でもヴィラ様、出る気満々でしたからね」


 アンネは溜息をつく。


 体調のことを考えて今日のパーティーは欠席でもいいと、シュティ自ら言ってくれた。だがヴィラはパーティーには出ると強く主張した。今回のパーティーではアルトダストの魔法使いや貴族、他にも著名な人がやってくる予定だ。イントリックスの魔法使いが来ると聞いて楽しみにしてくれている人もいるらしい。


 こちらも、アルトダストのことや魔法について、今まで知らなかった情報を得ることができる。ヴィラは魔法兵団の隊長でもあるため、得たことを持ち帰り報告したいと考えていた。それにここで縁をつなげば、国同士の発展に貢献することもできる。


「責任感があることはいいことですが、倒れたら元も子もないです」

「うん……。せめて私にできること、頑張らなきゃ」


 同じ魔法が使える者として、集まるであろう客人と話をすることはできる。ヴィラだけが負担になるようなことはないようにしなければ。


 するとアンネは微笑む。


「シェラルド様も来ますしね」

「っ……!」


 名前が出されて自然に頬が緩みかける。だが自分のすべきことは果たさなくては、と唇を噛んで誤魔化した。アンネは分かっているのかにやにやしている。


「ドレス姿、褒めてくれるといいですね」

「……うん」


 ドレスのみならずメイクや髪型もアルトダスト側でやってもらえるらしい。なら、きっと綺麗にしてもらえるはずだ。会う時間がほんの少しでもあるのなら、伝えたい。あなたが好きですと、自分の言葉で。


 フィーベルはそっと自分の首元から下げている指輪に触れた。







「着いたね」


 クライヴはマントを羽織り直した。


 アルトダストに着いて真っ先に案内されたのは広い会場のような場所。どうやらここでパーティーが開かれるらしい。自国にも大きい会場はあるものの、規模が違う。さすが広大な土地を持つ国だ。


 現在入口にいるわけだが、入口というのも複数存在しているようだ。ここはVIP用の入口らしく、クライヴ達以外は見当たらない。人が動く音や声は薄っすら聞こえるので、会場に人は集まっているのだろう。


「思った以上に広いね」

「そうですね……」


 エダンが見慣れないのかきょろきょろしている。

 パーティーということもあり、式典用の制服を着ていた。


 せっかくならパーティー用の礼服がいいものだが、他国の者であるとすぐに分かるよう、制服にしたのだ。イズミとシェラルドも式服用の制服だ。クライヴは予め用意していた礼服なのだが、それでも色合いは紺。他国が主催のため、あまり目立ち過ぎないように配慮したらしい。


 クライヴはくすっと笑う。


「シェラルドが一番目立ってるね」

「……着替えたいのですが」


 本人は嫌そうな顔をしている。


 魔法兵団は落ち着いた緑色なのに対し、騎士であるシェラルドだけ真っ白。王子より目立ってどうする、という気持ちだ。他国に来てまで目立ちたくない。


「よく似合ってるし、その方がフィーがすぐに君と気付ける」


 フィーベルを出されたら弱くなる。

 シェラルドは渋々頷いた。


「――ようこそお越しくださいました」


 いつの間にか麗しい背の高い美女がやってくる。

 すっとドレスの裾を広げ、優雅に挨拶してくれた。


「案内役のラウラと申します。クライヴ殿下御一行様、長旅でしたが、お身体のお疲れは大丈夫でございますか?」


 国に着いたらパーティーを開くからそのつもりで、と先にユギニスから聞いていた。休憩はいるか? という文書でのやり取りでクライヴは否、と答えた。


 確かに長時間馬車に揺られたものの、そこまで身体はしんどくない。そして連れてきた者達もそこまで貧弱じゃない。だから了承した。ただし、先に行かせていたフィーベル達には休みを与えてほしいと伝えておいた。


「案内ご苦労。身体は問題ないよ」

「畏まりました。ユギニス殿下とシュティ殿下が間もなく参ります。しばしお待ちください」


 言いながらちらっと一瞥してくる。


 全員に目が動いたと思えば、何かを見つけた。その人物に向かって足を動かす。自分の元へきていると気付いたエダンは、少しだけ顔を引き締めた。


 相手はにこっと親しげな笑みを向けてくる。


「ヴィラ様には大変お世話になっております」


 エダンは衝撃が走った顔になる。

 慌てて聞いた。


「うちのヴィラが何か粗相をしてませんか?」

「粗相だなんて。むしろ助かっていることばかりでございます」

「それならいいのですが……まだ未熟なところがありますので」


 必死にフォローしている。先程までラウラを警戒していたというのに、今はヴィラのことが気になっているようだ。そんな様子を見ながら、クライヴはそっとシェラルドに耳打ちした。


「なんだか保護者みたいだね」

「前からそんなものです」

「それもそうだね」


 あっさり納得する。


 ラウラはヴィラの話を続けていた。滞在中に意気投合したのか、それともヴィラを気に入ったのか、やたらと褒めている。エダンは話しながらだんだん柔らかい表情になった。自分の大事な教え子であり後輩なので、褒められるのが素直に嬉しいのだろう。


 すると不意にラウラがエダンの頬に触れた。

 長くて白い手に、真っ赤な色が塗られている爪。


 エダンは驚いて固まる。


「とても素敵な方だとお伺いしておりました」

「……は」

「よければ後ほど、二人きりでお話する時間をいただけませんか?」

「…………それは、どういった話でしょうか」


 くすっと目を細められる。


「男女で二人きりといえば一つしかありません」


 割と直接的な言い方に、傍にいた三人はエダンに視線を向ける。


 エダンは男女関係なく好かれる性格だ。今までも女性から色めき立った好意を向けられていたと思うが、本人は全く気にしてない。全く気がないというのもあるが、人を無下にすることもない。そのどっちとも言えない様子に諦める人もいれば、逆に燃える人もいた。


 ラウラがエダンを初対面でありながら好ましく思う気持ちはなんとなく分かりつつも、かなり攻めた発言だ。彼女の格好や醸し出す雰囲気を見れば、包み隠さず思いを伝えるタイプなのだろう。


 するとエダンはラウラの手をそっと掴み、自分の頬から離す。あくまで優しく、放してほしいと伝えるように。真っ直ぐ相手の瞳を見つめた。


「申し訳ありませんが、俺には心に決めた人がいます」

「……恋人がいらっしゃるのですか?」

「いいえ。俺が一方的に好意を抱いているだけです」


 ラウラは少しだけきょとんとする。

 だがすぐふふっと笑う。


「本当に一途なのですね。ヴィラ様が羨ましいですわ」

「っ!? な、なぜ」


 急にヴィラの名前が出てきて焦る。

 なぜ初対面の相手にもバレているのか。


 ラウラはおかしいのか、しばらく笑っている。


「一途に一人の女性を想えるだなんて素敵ですわ。人によっては自分の欲だけを満たしたいと考える方もいますから。エダン様のことですから、ヴィラ様のことをとても大事にされているんですね」

「……あの、なぜ知っているんですか」


 誤魔化しても意味がないと悟り、少しだけ顔に熱を感じながら聞く。するとラウラはそっと自分の唇の前に人差し指を持ってくる。秘密らしい。だがその後、こうも続けた。


「エダン様のお気持ちは分かりました。私でよければ、応援しますわ。ヴィラ様とは仲良くさせていただいております。協力できることもあると思いますし」

「え。いや、そこまでは」

「私はこれでも元娼婦。男性の気持ちも、女性の気持ちも、両方分かります。少しはお役に立てるかと思うのですが」


 首を少しだけ傾げるような仕草を向けてくる。


 胸元が開いている洋服を着ているせいか、そうすることで首元がよりさらされて肌に目線を持っていかれる。妖艶な美しさをさらに際立たせていた。彼女の様子から、おそらくそこそこ男性を手玉に取ってきたのだろう。近付いてきた時も自然だった。経験ははるかに上だ。


 だがエダンは少し眉を寄せる。


「……あの、私に好意を持って近付いてきたのは」

「あら。そちらを気にされます? もちろんエダン様に興味があったからです。ですが、他に好きな方がいらっしゃるのなら身を引きます」

「はぁ……」


 エダンには分からない感覚だった。


 そもそも相手に好きな人がいたとして、そこは身を引くべきなのか。ヴィラに誰か好きな人がいるのかなどと考えたことがない。そんな話を聞いたことがないし、ヴィラもおそらく言ったことがない。だがもし自分が知らないだけで、ヴィラに心に決めた人がいたらどうする。そこで自分は身を引くのだろうか。それとも、今のまま好きでい続けるのだろうか。


 なぜかここで迷いが生じてしまう。

 先程よりも顔が険しくなった。


「何か余計なこと考えてますね」


 イズミがクライヴとシェラルドの間に入って小声で言う。そんなことを言うのは珍しいが、イズミも二人のことをなんとなく理解しているのだろう。クライヴとシェラルドは同時に頷いた。


 エダンは魔法兵の中でも優秀な人だ。得意な魔法が状態魔法なこともあり、そこまで攻撃や防御に特化しているわけではないが、それ以上に人に指導したり指揮を取るのが上手い。冷静な中でも躊躇なく動ける知的なところと判断力がある。……にも関わらず、ヴィラのことになるとたまにこう、残念なところがある。


 シェラルドは微妙な顔になった。


「あのエダン殿を狂わせているのが、ヴィラというのがなんだか」

「僕はなんとなく分かるけどね」

「え?」

「ヴィラって考えるより先に行動するでしょう? 予測できないからこそ目が離せないんじゃないかな」

「…………」


 クライヴはふっと笑う。


「目が離せないというと、フィーもだよね」

「っ! フィーベルの方が、ヴィラよりも落ち着いています」

「でも一人でなんでもやろうとするでしょう? 相手のことを思うあまり」

「……それは、確かに」


 今までも何度かある。

 その度にひやひやした気がする。


「今はシェラルドがいてくれるから、大丈夫かな」


 優しい表情だ。まるで任せてよかったと言ってくれているように。主人の言葉に、シェラルドは少しだけ照れくさくなった。


「クライヴ!」


 そうこうしている間に、向こう側からユギニスがやってきた。今回の主役でもあるので目立つ赤い礼服に身を包んでいる。細やかな装飾は全て金。だいぶ派手だ。これならシェラルドの礼服は目立たない。それにシェラルドはほっとした。


 前髪を上げ、綺麗に整っている髪型。顔立ちはまるで悪戯をしたがる子供のように無邪気に見える。クライヴに会えるのが嬉しいのか、会った瞬間に抱きしめていた。頭を軽くぽんぽんと叩く。


「よく来た。会えるのを待ちわびていたぞ」

「僕も会えて嬉しいですよ」

「ならよかった。紹介しよう。俺の妹だ」


 言いながらすっと傍にいた女性を前に出す。


 ユギニスと同じ金髪で長い髪。丸くて大きいブルーの瞳を持っている。微笑みながら優雅に挨拶をしてくれた。クライヴも笑顔で挨拶をする。三人は軽く会話を交わす。その間シェラルドは王族二人を観察した。


 ユギニスへの第一印象は「あまり王子らしくない」。王子というよりその従者にいそうなタイプで、気さくにクライヴと笑いながら話している。シュティもあまり王女らしくない。品はあるのだが、どちらかといえば親しみやすさの方が強いのだ。国を奪還するまでに色々とあったせいかもしれない。


 そんなことを思えば、ユギニスと目が合った。

 即座に胸に手を置き、頭を下げる。


「側近を連れてきたか。三人もいるんだな」


 楽しげな様子でこちらに向かってくる。


 頭を下げたままでいたが「顔を上げてくれ」と言われ、その通りにする。身長は彼の方が少し高かった。じっと顔を見られ、少しだけ緊張する。


 ユギニスは顎に手を添えて言った。


「顔がいいな」

「……は」

「精悍な顔つきだ。君、モテるだろう?」

「いや……」


 なんで急にそんな話になるんだ。


 どんな反応をすればいいか迷っていると、ユギニスは他の二人にも目を向ける。「よく見ればみんなかっこいいな」と言い出し、イズミには「君はかなりモテそうだ」と話しかけていた。それに対しイズミは「ええまぁ」と平然と返している。一国の王子に対してかなり度胸があるものだ。


「クライヴ。最初に謝罪したいことがある」

「なんでしょう」

「お前の偽物を送り、色々と調べさせていた件だ。街も少し破壊してしまったと報告を受けている。申し訳なかった。遅くなったが詫びをしたい。壊した分はこちらが返す」


 朗らかな雰囲気だったのが一変、張り詰めた空気になる。それを聞き、シェラルドとエダンは息を吞みながらクライヴに目を動かした。


 この件に対して自国では疑問を持つ者は多くいた。それでもクライヴは何も言わなかった。敬意を示してくれていた臣下の中には、やきもきしていた者は多かっただろう。だがアルトダストに来て、ユギニス本人から真っ先に謝罪があった。予想外だが、元々直接謝るつもりだったんだろうか。


 クライヴはふ、と相手を包む笑顔になる。


「構いません。お気になさらず」


 特に大袈裟に反応することもなく、そう答えた。

 するとユギニスは目を丸くし、苦笑する。


「……お前は本当に、懐が大きいな」

「ユギニス殿下にそう言っていただけて嬉しいですね」

「感謝する。だが返すぞ。それがこちらの礼儀であり行うべきことだ」

「そうおっしゃるのなら受け取りましょう」


 二人は固い握手を交わす。

 その後、より細かいことを話していた。


 どうやらこの件に関してはこれで解決するようだ。シェラルドとしても、ようやく解決かとほっと胸をなでおろす。横を見ればエダンも満足そうにしていた。彼も気になっていたのだろう。


 何を考えているか分からない国だと思っていたが、ユギニスの様子を見ていると、最低限の礼儀は持ち合わせているらしい。


 広大な土地を持ち自国だけでやっていけるほどの力を持つ国。それだけ圧があり気が抜けない環境なのではと思っていたが、いざ来てみると少し気が抜ける。思った以上に気さくなのだ。王族ではあるがあまり威厳を感じない。それにユギニスは、クライヴを弟のように可愛がっているように見える。本当に歓迎してくれているようだ。


 だがまだ懸念材料はある。

 以前会った赤髪の側近だ。


 分かりやすくこちらに敵意を示していたし、フィーベルのことをよく知っている様子だった。だがフィーベルはおそらく彼女のことを知らない。一体どんな秘密を抱えているのか。……そういえばユギニスの傍にその側近がいない。側近ならばおそらくどんな時も一緒なのではと思っていたのだが。


 辺りを見ていたせいか、たまたまラウラと目が合う。

 にっこりと微笑まれた。


「何かお探しですか?」

「……いえ」


 なんとなく小声になってしまう。

 少し苦手なタイプだからかもしれない。


「フィーベル様ならパーティーに参加しております。会えますよ」

「そ、そうですか」


 気になっていたのは側近だったが、フィーベルのことも探していたので、的を得た言葉に少しだけ動揺する。するとラウラはふふふふ、と意味ありげに笑った。……一体この女性は、何をどこまで知ってるのか。ラウラが、というのもあるが、女性というのはたまに恐ろしい生き物のように感じる。


 シェラルドは少しだけ息を吐く。

 違う意味で気が抜けないかもしれない。

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