53:相手のために着飾って

 次の日。早速フィーベル達は研究者達と共にアクロアイトについて調べることにした。シュティが医者やラウラ、治癒に特化した魔法使いを呼んでくれ、準備が整ってから開始する。


 今日はフィーベルが担当する。魔力の量的にはヴィラとそこまで差がないみたいなのだが、元々協力を頼まれていたのがフィーベルだからだ。アクロアイトを一つ、手に取ってみる。


 触れると確かにひんやりしていた。


「体調は大丈夫ですか?」


 シュティがおそるおそる聞いてくる。


「はい、大丈夫です。なんだか……不思議な心地がします。身体が、というか、心が少し浮いてる気持ちになるというか……」


 説明が難しい。 

 だが体調は特に問題ない。


「では一度魔法を使っていただいてもいいですか?」


 研究者の女性に言われ、霧の魔法を使ってみる。魔法は難なく使えた。と思ったが、やはり心が浮いたような、変な心地だ。それに、少しだけ調子が悪い気もする。いつもより威力が出ない。


「少し魔力が減ってますね」


 機械で魔力量を見ていた研究者から言われる。フィーベルは少しだけ気分が悪くなり、頭をふらつかせた。シュティが慌ててアクロアイトを取り上げる。


「魔力、戻ってます」


 アクロアイトが離れると、魔力量が戻ったようだ。フィーベルも気分が悪いのが治まった。ということは、触れるだけで影響が出るということだ。


 見守っていたヴィラは真面目な顔になる。


「フィーベルさんがこれなら、他の魔法使いはけっこうきついかもしれないね」


 確かに魔力が強いフィーベルでさえこれなら、この国の魔法使いは触れることすら難しいかもしれない。と思うと、協力できたことにほっとする。みんなが倒れる前にそれが分かったのだ。


 一旦休憩し、再度アクロアイトに触れてみる。やはりすぐに魔力が減ってしまう。フィーベルの体調を考慮しながらも、研究を進める。一日が終わる頃には、フィーベルは少しぐったりしていた。


「フィーベル様、大丈夫ですか?」


 横になっているとアンネが心配そうな顔で覗き込んでくる。フィーベルは「なんとか」と言いながら苦笑した。今回はアクロアイトに触れたり触れなかったり、を交互に行ったこともあり、身体に疲れが出た。フィーベルが身体を張ったこともあり、色々分かったことがある。


 一つ。アクロアイトは触れるだけで効果を発揮する。魔力を減らし、魔法の威力も落ちる。だがすぐ触るのをやめると、魔力は元に戻る。ただし、触れる時間が長くなるとどんどん魔力がなくなり、魔法自体使えなくなる。触れるのをやめれば徐々に魔力は回復し、魔法が使えるようになった。


 二つ。アクロアイトの個数を増やして触れると、全く魔法が使えない。文字通り「魔法を封じ込められた」ように。だが触れるのをやめると、魔法は再度使えるようになる。


 個数が増えるとそれだけ効果を発揮するようだ。一個の時は魔法が使えたが、複数持ったままだと魔法が使えず、さすがにフィーベルは焦った。だがすぐに触れるのをやめれば大丈夫だった。それが分かり、一斉に安堵の溜息が出たものだ。


 どうやらアクロアイトは一個だけでもかなり力があることが分かる。魔法自体を完全に封じ込めるわけではないみたいだが、それでも触れている間は魔法が使えなくなる。魔法使いにとっては脅威かもしれない。


 シュティはこの研究結果に納得していた。


「だからかつての王族は宝石を守っていたのかもしれません。この宝石が悪用されないように。この国の魔法使いを守るために」


 彼女は眉を寄せて言葉を続ける。


「……おそらく裏切った臣下は、この宝石を使って魔法使いを支配していたように思います」


 シュティ達が国を取り戻した頃には、戦力になる魔法使いが減っていたようだ。この国の魔法使いは魔力は弱いが、それでも強い魔法使いも存在する。その魔法使いのおかげで国が守られていたようなものだ。だが、明らかに減っていた。それはこの宝石を使われていた可能性があることを指している。


 フィーベルも自身で体験して分かったが、あの宝石を所持し続けていたら身体がもたない。もたないだけではない。おそらく精神的にも焦るだろう。魔法が使えることが魔法使いの誇りであるのに、それができないと自分の無力さを感じるのだ。


 シュティがそっとフィーベルの側に来てくれる。

 少しだけ申し訳なさそうに見つめてきた。


「フィーベル様、私達のためにありがとうございます。お身体は大丈夫ですか?」


 安心させるように笑ってみせる。


「回復魔法をかけていただきましたし、大丈夫です。お役に立ててよかった」

「明日は私が担当するから。フィーベルさんは休んでてね」


 ヴィラが近付いてにっと笑う。


 身体を張る行為でもあるので見れば大変であることは分かっただろうが、ヴィラの魔法への探究心や好奇心は抑えられないらしい。ヴィラはどことなくわくわくしていた。アルトダストととしても、普通の魔法使いでもあるヴィラに協力してもらえるのをありがたく思っているようだ。比較ができるのでより正確なデータを集められるらしい。


 シュティはいずれ、他国にも宝石のことを公表したいそうだ。それはユギニスの願いでもあるという。


「宝石が気になる方は多いと思います。なるべく早く公表したいのです」

「でも、公表することで逆に危なくなるんじゃ……」


 ヴィラは少しだけ眉を寄せる。


 公表すれば、その力を上手く利用しようとする者も出てくるだろう。もしくは政治に利用しようとする者もいるかもしれない。戦争に発展してしまう可能性も危惧したのだが、シュティは優しく微笑む。


「全ての内容を公表するつもりはありません。あくまで魔法使いが触れると危険であることを伝えます。それに、私達はただ守りたいんです。かつての王族が守り続けたように。なぜこの宝石がこの国に存在しているのか……それは分かりませんが、守ることが、王族の責任であり義務ではないかと思います」


 シュティは凛々しい顔立ちになっていた。力強い言葉だ。シュティ達ならば、きっと何があっても守り続けていくのだろうと、そう思わせてくれる。


「フィーベル様、魔力の補給は大丈夫ですか?」


 ラウラが様子を見ながら聞いてくる。

 フィーベルは少し迷いながらも頷いた。


「大丈夫です。体力には自信がありますし」


 これは本当だ。身体はくたくたになったものの、回復魔法のおかげもあって、だいぶ楽になっている。それに昨夜、部屋に戻った時にヴィラとアンネに言われたのだ。


『フィーベルさんは、その……命の危機がない限りは、ラウラさんの吸血に頼らない方がいいと思う』

『私もそう思います』


 二人とも真面目な顔で迫ってきた。


 何故だろうと思いつつ、頼りすぎるとラウラにとっても負担が大きいからだろうか、と呑気に思った。するとフィーベルの反応が予想できたのか、ヴィラが眉を寄せながら念押ししてくる。


『大体吸血がどんな行為か分かってるの? 魔力をくれるといっても男性からそういうことをされるわけだし、シェラルドが許すはずないじゃん……!』

『そうですよ。間違いなく怒りますよ。操られた男性のことをるに決まってます』

『……ええと、吸血ってどんな行為なんですか……?』


 てっきり相手の手からこちらの手に魔力を与えてもらえるとか、魔法のように魔力だけ移動されるんじゃないかと思っていたのだが。


 すると二人は顔を見合わせる。なんだか不味いものでも食べたような表情になっていた。ヴィラが腕を組んで一度深い息を吐く。


『……フィーベルさんのために、あえて言わないでおくけど』

『えっ』


 言ってくれないのか。

 余計気になるではないか。


『とにかく、シェラルドが怒るからよっぽどでないと駄目。あんな大勢の前で堂々とキスしたんだよ。フィーベルさんのことものすごく想ってるってことなんだから』

『シェラルド様の想いを無下にしたらいけませんよ』


 フィーベルは目をぱちくりさせる。

 二人の言葉に今度はぼっと火が出たように顔が赤くなる。


 そういえばあの場には大勢の人がいた。クライヴはもちろん、マサキにも見られた。他の隊長達や、ルカもいた。何であの時はそのことに気付いていなかったのだろう。シェラルドのことしか見ていなかった。今更だがものすごく恥ずかしい。


 フィーベルは身体を縮こませる。


『……は、はい。気をつけます……』


 すると二人は意外そうな顔になる。

 ヴィラはアンネに耳打ちした。


『フィーベルさんがちゃんと分かってる。シェラルドのキスの効果すごいな』

『これぞ愛の力ってやつでしょうか』

『も、もう! 二人とも聞こえてますっ!』


 さすがに抗議をする。

 すると同時に笑われてしまった。


「それならいいのですが、どうか無理はなさらないで下さいね」


 ラウラが優しく言ってくれる。


「はい。ありがとうございます」

「失礼いたします」


 部屋にメイドの一人が入ってくる。シュティに近付き、短く何かを伝えた。するとシュティは頬を緩め、フィーベル達に顔を向ける。

 

「クライヴ殿下ご一行が、明日の夕方、こちらへ到着するそうです」

「!」


 ついに。そういえばフィーベル達が到着した数日後には来ると言っていた。明日には会えるということだが、もう懐かしく感じる。


 フィーベルは少しだけ胸が高鳴った。


(……シェラルド様に会える)


 会って気持ちを伝えられる。


 大丈夫だろうか。ちゃんと自分の気持ちを、伝えることができるだろうか。そもそも他国に客人として来ているのにそんなことをしている場合だろうか。でも、せめて気持ちだけは、伝えたい。まだ明日の夕方まで時間があるというのに、そわそわしてしまう。


「シュティ様」


 メイドが長めに耳打ちしていた。

 シュティは頷く。


「皆様。本日はここまでといたしましょう。休憩した後、私の部屋に来ませんか?」







「わぁ……!」


 フィーベルの体調も安定した頃、三人はシュティの部屋に来ていた。壁と床は桃色と白色が組み合わさっており、家具の色も全部合わせてある。たくさんのぬいぐるみ、ガラスの置物もあちこち飾ってあり、とても女の子らしい部屋だ。


 部屋の中にウォーキングクローゼットがあるようで、そこに案内された。余裕で三人入れる。だが広さよりも、たくさん並べられている綺麗なドレスに釘付けになった。


「こんなにたくさん……!」

「色んな種類のドレスがありますね」


 夢中で見ていると、シュティは微笑む。


 明日の夕方にクライヴ達が来るので、歓迎のパーティーを開くようだ。他国の王子を初めて迎えるからこそ、盛大に開かれるらしい。そしてフィーベル達もパーティーに参加するため、ドレスを選ぶように言われた。


 ヴィラとアンネは互いにこのドレスはどうとか、あのドレスはどうとか話していたが、フィーベルはドレスの種類がよく分からないのでちんぷんかんぷんだ。どれを選べばいいのだろうと迷ってしまう。


 すっと、あるドレスが胸元に当てられる。


「フィーベル様はAラインのドレスが良いですね。少し落ち着いたホワイトグレーはいかがでしょうか」


 いつの間にかラウラが来ていた。どうやらドレス選びのためにシュティが呼んでくれたらしい。


 渡されたドレスは、以前フィーベルが着たことがある形のドレスだった。落ち着いた色合いだが光沢があり、質の良さが伝わってくる。オフショルダーになっており、首元と肩を大胆に出しているものの、袖があるため少し大人びて見えた。


「パールと合わせるととても似合うと思います」

「ありがとうございます……!」


 よく見れば、ドレスの色がプラチナの髪と一緒だ。まるで自分自身のようだと、フィーベルは顔をほころばせてしまう。するとラウラはくすっと笑う。


「見せたい相手がいるのですか?」

「えっ」

「どなたかを想っていらっしゃる表情でしたから」


 図星なので口をきゅっと閉じてしまう。するとさらにラウラは笑みを濃くする。「可愛らしいですね」と言われてしまい、顔が熱くなった。


「ヴィラ様。こちらはいかがでしょう?」


 ラウラは目星をつけていたのか、さっとドレスを選んですぐにヴィラに渡す。極上の笑みを浮かべながら「ぜひ試着してほしいですわ」とどんどん迫っていた。その圧に押されてしまい、ヴィラはクローゼットの隣にあった試着部屋に入る。すると「なにこれ!?」と声を上げながらすぐ出てきた。


「あ、あの、これ」

「まぁ美しい! 私の見立ては合っていましたわ」


 ラウラはうっとりと見惚れるような表情になる。

 フィーベルとアンネも思わず「おお」と声が漏れた。


 ヴィラが着ていたのは淡いブルーのドレスだ。


 ホルダーネックになっており、胸元や首元は隠れているが袖がなく、腕がとても長く見える。スカートはフィッシュテール。後ろの裾が長いため後ろ姿では足が隠れているものの、前を見れば長くて細い足がよく見える。


 一番注目すべきは背中だろうか。ホルダーネックなので胸元から続いた生地をリボンのように首の後ろで結んである。背中全体は白い素肌がさらされており、見る者をどきっとさせるデザインだ。


 アンネは感心する。


「なるほど。さすが鍛えているだけあって綺麗です。ヴィラ様、足だけでなくて背中もいけるんですね」

「そんな感想いらないよっ!」


 ヴィラは思わずツッコんだ。


 どうやら背中に違和感があるようだ。確かにこんなに開いていたら気にしてしまうかもしれないが、フィーベルはとてもよく似合っていると思った。ヴィラの髪は肩を越すくらいの長さがある。ラウラがそっと横髪に触れ、鎖骨側に持っていく。そうすることで背中全体を綺麗に見せる。髪の動かし方一つで、より色っぽく見せてくれる。


 ラウラはヴィラの背中をすっと人差し指で撫でた。思わず「わっ」と声を出してしまったヴィラに、ラウラは舌舐めずりをする。


「いいお声。ぜひ気になる方にこのドレスを見せてほしいですわ」


 ヴィラはぎょっとするようにラウラを見る。相手はそれ以上何も言わずにくすっと笑った。そういえば初対面の時に幻覚を見せられたのだった。気になる相手がいることはバレている。


「だ、な、さすがにこれは」

「ヴィラ様」


 今度は顔が近付いた。至近距離のせいでラウラのいい香りでいっぱいになる。若干くらくらしかけたが、耳打ちされた。


「このドレス。首元を外すとすぐに……ね?」


 首の後ろにあるリボンがしゅっと外されそうになる。ヴィラは慌てて離れたが、ドレスが少し緩み、胸元で押さえる格好になった。ラウラは楽しそうに先程から笑っている。ヴィラは顔を引き攣らせながら、耳まで赤くなった。


「いいんじゃないですか?」

「アンネさん!?」

「ほら、最近全く相手にしてないじゃないですか。サービスしてあげましょう」

「サービスって! そんなことしたところで喜ぶわけないじゃんっ!」

「ヴィラ様。男性って意外と単純なんですよ」


 半顔になりながら冷静に伝えている。


「自分のために着飾ってくれたと知れば喜ばない男性はいません」

「だ、で、でも、私の趣味じゃないし」

「ここでぐぐっと大人の女性の魅力を伝えるんです。そしたらイチコロです」

「イチコロにならなくていいっ!」

「いいからその格好を見せてあげましょう。黙って見せるだけで後は相手がリードしてくれますよ」

「ええ、そうですわ」


 ラウラも同意している。なぜか嬉しそうだ。ヴィラはわなわなと肩を震わせた。耳を赤らめたまま、少し半泣きのような状態になっていた。


「ねぇ二人とも! それ何の話なの!? パーティーの話だよね!?」

「あらヴィラ様ったら。愚問ですわ」


 んふふふ、と笑われる。

 いちいち艶のある表情だ。


「大人なら分かるでしょう?」

「アンネさん私より年下だよね!?」


 一方フィーベルとシュティは二人で別の話になる。

 シュティは今回、クライヴと会うのが初めてのようだ。


「兄はいつもクライヴ殿下のことを褒めていらっしゃいました。とてもいい方だと」

「はい。私が言うのもなんですが、とても素敵な方です」

「お会いするのが楽しみですわ」


 和やかな雰囲気になる。


「安心してくださいヴィラ様。全力でサポートしますわ」

「いやいいです、いらないです……!」

「ラウラ様に手取り足取り教えてもらった方がいいんじゃないですか?」

「アンネさんどっちの味方なの!?」


 しばらくヴィラの悲痛な叫びが続いていた。

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