38:一緒に
クライヴはふっと笑った。
「シェラルドのフィーに対する愛情深さが分かったところで」
「……え、いや、あの」
改めて言われてしまい少し動揺する。
クライヴは気にせず話を進めた。
「実際に行ってもらうのはもう少し先の話だよ。それよりも先にアルトダストから使者が来る」
「使者が来るという話は本当だったんですか?」
エダンが少し驚いた声を出した。
クライヴはアルトダストの王族と会ったことがある。それは個人的にではなく、交流会でだ。様々な国が一ヶ所に集まり、挨拶をしたり、互いの国で行っている政策について語ったり、その名の通り互いの国を理解するために開かれたのだ。この交流会はすでに何度か行われている。とはいえ多くの国が参加していたこともあり、各自で話した時間は短いだろう。
国同士の交流では対面でやり取りすることも多いが、アルトダストの場合は少し特殊だ。アルトダストとやり取りする場合は基本、文書で行われている。今回フィーベルを求める内容も文書で届いた。どうするかの返事は先程決まったわけだが、それよりも先に使者が来るとのこと。エダンは前にクライヴから今後使者が来ることもある、という話を聞いていた。が、まさかこんなに早く来るとは思っていなかった。傭兵を雇ってクライヴのことを探ろうとした件だって、アルトダストからは何も連絡がない。だがなにより、アルトダストが先に来ることに驚いている。
アルトダストは革命を起こした国であることを近隣諸国はよく知っている。知っているからこそ皆、慎重だ。対面だと一体何を言われ、何を求められるのか。文書でのやり取りならばこちらも考える余裕がある。なにより「魔法を封じ込める宝石」を所持しているため、手中に収めたいと考える国も多いだろう。アルトダストもおそらくそれを分かっている。だから一国のみを贔屓することはない。……はずなのだが、今回来訪するとのこと。訪問するのはこの国が初めてではないだろうか。
「今回わざわざ来てくれるのは直接フィーのことについて話したいからだって。あちら側からしたらなんとしてでも承諾させたいんだろうね。といっても承諾するつもりではあるけど」
「……なぜそこまでして、フィーベルを」
シェラルドは素直に感じた疑問を口にする。
フィーベルの魔法を利用したいのは先程の理由でなんとなく分かったものの、そこまで執着するだけの理由なのかどうかは判断できなかった。アルトダストはアルトダストで立場がある。フィーベルのことを話したいがためにわざわざ来訪するとは。
するとクライヴは少しだけ真面目な顔になる。
「アルトダストの本当の目的は、別にあると思う」
「別?」
「フィーベルが目的ではないということですか?」
シェラルドとエダンが質問する。
クライヴはまたにっこり笑った。
「さぁ、それは分からないよ。別じゃないかなって思うだけで。どうせ来てくれることは決定してるし、その時にでも聞いてみればいいよ」
クライヴがジェラルドを見たからだろう、エダンは「もしかして」と呟き、クライヴは頷いた。
「シェラルドにも同席してもらうよ」
「俺も、ですか」
エダンやマサキが同席するのは分かるが、そこに側近でもないただの騎士である自分がいていいのだろうか、と少し迷った。するとクライヴは「フィーに関係する話だし、夫なんだから当たり前でしょう?」とさらりと言われた。
「今度の『すずらん祭』がある日に来てくれるみたいだから、二人ともその日は空けておいてね」
「……え」
「……すずらん祭の日ですか」
男二人は少しだけ沈んだ声になる。
見ていたマサキは少しだけ気の毒そうな顔になり、クライヴは分かっているのかにこにこしたままだった。アルトダストから使者が来るならば絶対に外せない。二人共内心複雑に思いつつもちろん了承した。
「来てくれるのは王子の側近だよ。楽しみだね」
それを聞いてシェラルドは目を丸くする。側近が来ることは珍しい。使者と聞けば大半は伝令役が別に用意されている。王族に近い役割の者は王族と常に共にいるものだと思うが、それだけ今回の来訪を重要視しているのだろう。
するとエダンは眉を寄せた。
「まさか、革命を起こした例の側近ですか」
「え」
噂によれば革命を起こしたのは王族だが、直接手を下した者がいるらしい。シェラルドはその側近が革命を起こした者であることは知らなかった。クライヴはなぜか顔が明るくなり「そうそう!」と声を高くした。なんだか嬉しそうだ。
だがエダンは真逆の反応だった。
「そんな危険な。相手がどんな人物なのか分からない以上、会うのはもう少し慎重になるべきです」
「会ったことあるし大丈夫だよ。嫌われてるけど」
「……嫌われてるんですか」
クライヴの返答にエダンは益々苦渋の顔になる。
するとマサキが助け船を出す。
「交流会で私も拝見したことがあります。嫌われているというよりは……クライヴ殿下の対応があまり誠実ではなかったので、気分を害されただけかと」
「どんな対応をされたんですかっ! それが原因ではないですかっ!」
事が事なのもあってか、エダンは遠慮なくクライヴに抗議した。シェラルドは少しはらはらしつつそれを眺めていたが、クライヴは「ははははっ」と楽しそうに笑っているだけだ。
「大丈夫だって。エダン、僕が粗相をしないか見張っててよ。もし粗相をしたら今みたいに叱ってほしい。いいね?」
「な……殿下がそうお望みならそうしますが……」
エダンは少し迷いつつも頷いた。あっさりと懐柔されてしまっていることに気付いているんだろうか。クライヴのいいところは王子なのにえらそうではなく、このように素直な面もあるだろう。けど決して主導権は渡さない。さすがだ、とシェラルドは内心舌を巻いていた。
それにしても、クライヴはアルトダストの側近に随分興味を持っている。会うのを心から楽しみにしているように見えた。一体どのような人物なのだろう。革命を起こしたということはおそらくそれだけ頭脳明晰で腕は確かだ。本来の目的も聞けるかもしれない。
シェラルドが気を引き締めていると、クライヴに名前を呼ばれる。返事をして顔を見れば、穏やかではありつつどこか遠い目線になっていた。
「フィーにはまだ内密にね。頃合いを見て僕から言うから」
「畏まりました」
アルトダストの側近が来た後に話すのだろう。まだ先の話とはいえ、数日間フィーベルと離れることになる。たった数日とはいえ、実際どうなるか分からない。クライヴと一緒に行くことは決定したので後に会えるわけだが、果たしてそれまで耐えられるだろうか。シェラルドは小さく息を吐いた。
アルトダストの側近が来た時の対応については後日話し合うことになり、一旦解散する。お昼を過ぎていた時間だったが、シェラルドはエダンと共に食堂に向かった。
「このように話すのは久しぶりな気がします」
「側近になったばかりで忙しかったからな」
エダンが苦笑した。
クライヴの側近になったことで、エダンは他の騎士や魔法兵とめっきり会うことが減った。公務もあるため、クライヴと共に外出することも多い。今まで指導する側だったり隊の副隊長として皆を引っ張っていただけに、ただ傍で仕えるのも大変だと身に染みているらしい。
「フィーベルと仲が良い様子はこちらまで届いている。最初は少し距離があるように見えたが、慣れたのか?」
少しだけぎくっとする。
シェラルドはおそるおそる聞いた。
「……そう見えましたか?」
「少しだけだ。クライヴ殿下から事情は聞いている」
エダンの最初の言い方からして、フィーベルと本当の夫婦ではないことを知っているのではと思えば、予想通りだった。クライヴの側近になったということは、クライヴの言動を一番見ることにある。そしてフィーベルの秘密についても、おそらく知っているのだろう。
エダンに言われてますますルカの言い分は当たっていたと悟る。フィーベルのことばかり考え過ぎて、自分の状況をあまり理解できていなかった。今は親密に見られているみたいなのでほっとする。
エダンはくすくすと笑う。
「だが最初からフィーベルを大切にしているのは感じていたよ」
「そう、ですか?」
大切、までは分からないが、意識はしていたかもしれない。
少しだけ首を傾げていると、エダンは微笑む。
「仲が良いのはいいことだ。せっかくの『すずらん祭』に参加できないのは少し残念だが……」
「そうですね……」
フィーベルと一緒に行くつもりだった。祭りのことを伝えれば、目を輝かせて「楽しみです!」と言ってくれた。シェラルド自身も楽しみにしていた。エダンはエダンで、ヴィラを誘おうとしていたらしい。あれから全然話していないようで、祭りなら和やかに話せるのではと思ったようだ。エダンがまだヴィラと話せていないことに、シェラルドは少しだけ同情する。
だがエダンはあまり落ち込んでいなかった。
「頃合いを見て食事でも誘うつもりだ」
シェラルドは頷く。
少しでも上手くいくことを祈った。
「そういえば、側近って休みあるんでしょうか」
思わず気になってぽろっと出た言葉に、エダンは「う」と眉を寄せる。シェラルドはヨヅカがいるため互いに休暇を取ることができる。だが魔法兵で側近なのはエダンだけだ。しかもクライヴは第一王子でおそらく城の中で一番忙しい人物。そんな暇があるのかと思えばエダンも同じことを思ったのか、眉を下にする。
「……ヴィラともあれ以来会ってないしな」
会ってないことでより落ち込んでしまった。
墓穴を掘ったとシェラルドは慌てる。
「クライヴ殿下のことですから、きっとありますよ。今は美味しいものでも食べましょう」
「ああ……」
二人が去った後、柱の影に隠れていたヴィラは少しだけ口を尖らせていた。
(……なーんだ。せっかくすずらん祭、誘おうと思ったのに)
エダンに会おうと探し回り、二人を見つけて声をかけようと思えば当日は忙しい様子。誘う口実をなくし、ヴィラはただその場に隠れるしかなかった。つい先ほどまでヨヅカを話しており、その時に言われたのだ。
『ヴィラがどう思おうが、エダン殿はヴィラと一緒にいることが嬉しいんだよ』
(…………)
少し距離を置いたことで、ヴィラはエダンのことをゆっくり考えることができた。初めて出会ってから七年ほど経っている。ずっと一緒にいることで見えるものもあれば見えないものもあった。ヴィラの場合は、おそらく自身の気持ちだ。
いつも近くにいて、思ってくれて、必ず来てくれる。それはありがたいが、それは彼にとって本当にいいことなのか、と悩んだ。今や同じ隊員ではない。エダンは行くべき場所に行き、ヴィラはヴィラで任された場所がある。任された隊は、ヴィラが守らなければならない。
(……今度は私から、声かけようかな)
向き合えなかったのはどうしたらいいか分からなかったからだ。長い付き合いの中、おそらくエダンに対する思いはある。あるが、だからといって今まで互いに仕事のことばかりで、そんな感じになったこともない。いきなりそんな態度を出されても、ヴィラは元々男勝りなこともあり、どう反応していいか分からないところがあった。
とはいえ、少しは前に進もうと思う。相手が今も会うことを望んでくれているのなら、一緒にいることを望んでくれるなら。それに少しでも応えた方が、おそらく、笑ってくれるだろうから。
「ほんとに、悪い」
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい」
フィーベルは少しだけ困った顔をする。
先程からシェラルドがずっと謝ってくるのだ。
仕事が終わってシェラルドといつものように会ったのだが、仕事の関係ですずらん祭に行けなくなったとすぐに謝ってくれた。フィーベルにとって初めての祭りだからこそ一緒に行きたかったとまで言ってくれた。フィーベルも同じ気持ちだが、仕事なら仕方ない。それに、クライヴから言い渡された仕事ならばきっと大事な内容だろう。そちらを優先してほしいと思った。
ルカと会った後日、こうしてシェラルドと行き帰りを共にすることが多くなった。最近は毎日のように迎えに来てくれたり一緒に帰ってくれる。仕事によっては一緒になれないこともあるのだが、最近は仕事が落ち着いていることもあり、一緒の時間が多い。フィーベルはそれを嬉しく思っていた。
休日に一緒に出掛けることもあり、シェラルドの新たな一面を知ったりする。辛いものはあまり得意ではないこと、甘いものは好きだけど甘すぎるのは苦手なこと。仕事熱心過ぎて、夢の中でも仕事をしていたこともあるらしい。それを聞いたときは思わず笑ってしまった。
フィーベルは最近読んだ本の話をしたり、魔法兵団であったことを話したりしている。ここに来たばかりの頃はほとんど仕事と部屋の行き来しかしていなかったので、最近の話しかできないのだ。だがシェラルドは熱心に話を聞いてくれるし、好きなものを増やしたらいいと教えてくれた。外出の度に景色や芸術、食事や人、色んなものを通して色んなことを教えてくれる。フィーベルにはその全てが新鮮だった。
今日はそのまま互いに部屋に戻る予定だ。
フィーベルの部屋に近付いてきたので、シェラルドは足を止めた。
「明日は早いんだろ」
「はい」
「じゃあ早く休まないとだな」
「シェラルド様も。あまり無理しないで下さいね」
ふっと笑われる。
「最近は無茶してない。仕事のし過ぎだと言われてから、休みも取るようにしてる」
「あ、もしかして私、シェラルド様のお休みを邪魔してませんか?」
休みの日は互いに会っている。いつも休みが合うわけじゃないのだが、割と合うことの方が多いのだ。もしかして合わせてくれているんじゃないかと慌てる。会えるのは嬉しいが、身体を休めるのも大切な休日の過ごし方だ。
するとシェラルドは呆れた様子で額を小突いてくる。
「一緒に出かけたいから休みを取ってるだけだ。それに、一緒じゃない日もあるだろ」
「でも、ほとんど私に合わせてくれているような……」
「それを言ったら俺の方がフィーベルの時間を奪ってるようなもんだな」
ぎょっとする。確かにこの言い方ではそう捉えられてしまう。
慌ててフィーベルは首を左右に振った。
「そんなことないです。私、嬉しいです。ずっと一人で過ごしてましたから、一人でいるより、シェラルド様と一緒がいいです」
ここに来る前も、来てからも、一人の時間が多かった。城の警護の仕事をしている時も休みは十分にもらっていた。もらっていたが、やることがなさすぎて、どうしたらいいか分からなった。それに、少し寂しいと感じていた部分もあると思う。
「だから、そんなことないです」
「分かった。落ち着け」
苦笑されつつ頭を撫でられる。
シェラルドと初めて会った時も、こうして頭を撫でられたことを覚えている。それが妙に嬉しかったことも。今も変わらず、撫でられると嬉しくて顔が緩んでしまう。もっと撫でて欲しいと思うこともある。
するとシェラルドは、そっと抱きしめてきた。
最近は互いに何も言わずにそっと抱き寄せることが多くなった。シェラルドからすることもあれば、フィーベルからすることもある。互いに慣れたのか、ハグに抵抗はない。むしろ以前よりもこの時間が長くなってきたように感じる。三十秒と時間制限を設けていた頃が少し懐かしい。
最初は軽くだったがシェラルドは少しだけ手に力を入れた。フィーベルもシェラルドの背中に手を回し、同じように少し力を込める。互いにそこにいることを確かに感じるように。自分よりも大きいその背中の逞しさを感じながら、すっぽりと隠れている自分にフィーベルはいつも不思議な心地になる。あったかくて心地よいことに変わりはないのに、最近は妙に鼓動が高鳴るのだ。もう慣れたはずなのに。
決まって触れる度に心臓が鳴り過ぎて痛いと感じることがある。病気なのかとアンネに相談したときはなぜかにやっと笑われた。一応診てもらったが病気ではないようだ。
なによりその鼓動を自分で聞きながらも、決して離れたくないと望んでいる自分がいる。触れなければ鳴らないのに、だからって触れないのは少し嫌だと感じる自分がいる。以前はここまで思うこともなかったのに、一体どうしてしまったのだろう。と思いつつ、今日もフィーベルはこの時間に満たされていた。
しばらくしてシェラルドはそっと腕を緩めた。
顔は微笑んでいる。
「じゃあ、おやすみ」
「……おやすみなさい」
互いに部屋に帰ってしまえば後は互いの時間になる。こうして触れ合えたというのに妙に寂しい気持ちになるのはどうしてなのだろう。本当の夫婦であれば、おそらく帰る方向も一緒で、ずっと一緒で。二人とも寮暮らしをしており、部屋は男女で別なので致し方ないことは分かっている。分かっているが、最近ここで別れるのが本当に寂しいと思っていたりする。
シェラルドはそのまま自分の部屋がある方向へ歩き出す。フィーベルもそのまま自分の部屋に帰ろうとした。帰ろうとするが、居ても立っても居られなくなり、シェラルドを追いかけて両手で相手の腕を掴む。
「! フィーベル?」
「……あの」
「どうした」
下を向くフィーベルにシェラルドが覗き込むように見てくる。今おそらく羞恥で顔が赤い。見られたくなくて顔を逸らしつつも、フィーベルは思ったことを伝えた。
「もう少し、一緒にいたいです」
「…………」
「わ、我儘言ってすみません」
無言が逆に怖く感じ、ぱっと手を離す。
だがそれをシェラルドが掴んだ。
「俺も」
「え?」
「俺もだ」
目を丸くすればシェラルドは若干視線を逸らしている。先程までのフィーベルと同じような顔になっていた。思わずふふ、と笑い声を漏らせば「笑うな」と小さく言われてしまう。
フィーベルとシェラルドはしばらく星空が見える場所で他愛ない話を行う。思ったより遅い時間になってしまったが、二人は気にしていなかった。
それを一部の者が見ていたらしい。深夜まで話していたというのに次の日の仕事に支障なくきびきび動く二人の様子を見てさらに驚いたようだ。「似た者夫婦」という新しい名前が生まれつつ、城内部では二人のことを微笑ましく見守る目が増えたという。
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