37:守る気持ち
ヴィラは真剣な様子でベンチに座っており、腕を組んでいた。昼食に買ったサンドイッチにはまだ手をつけていない。共に昼食を食べる約束をしていたヨヅカは、自分のサンドイッチをもぐもぐ食べつつ声をかける。
「どうしたのヴィラ。エダン殿に会えなくて寂しいとか」
「フィーベルさんに断られた」
「え?」
エダンの話題をあっさりかわされる。
見事だが、それよりも内容の方が気になった。
「どういうこと?」
「今年は一緒に『すずらん祭』に行こうと思ったんだけど」
「ああ」
すずらん祭とは毎年行われる城下のお祭り。国民はもちろんこと、王城で働く者たちも割と行く人が多い。その祭りでしか売っていない商品もあり、なにより恋人がいる者、恋人を作りたい者にとっても大きな意味を成すお祭りだ。とはいえ友達で、仲間で、家族連れで行く人も多い。
ヴィラはがっくりと項垂れる。
「……すでにシェラルドと行く約束してたみたいで、断られた」
「あの二人夫婦だしね」
ヨヅカは特に驚きもせず頷く。
フィーベルとシェラルドは表向き夫婦ということになっている。それはシェラルドの両親から花嫁を連れてこいという無理難題を押し付けられたからだ。無事に対面は成功したようだが、今も引き続き夫婦の関係を続けている。表向き夫婦である、と知っている者はかなり少ない。みんな本当の夫婦だと思っている。
今までシェラルドは本当の夫婦のように振舞うことをしていなかった。が、最近は変わった。姉であるルカのおかげか、本当の夫婦のように、いや、付き合いたての恋人のように花を飛ばし合っている。見ている側としてはかなり微笑ましい。
ちなみにヨヅカはシェラルドと仕事中常に一緒だ。にやにやした顔で見れば嫌そうに「そんな目で見るな」と釘を刺してくる。そう言われても微笑ましいものは微笑ましい。
夫婦になりたてならば一緒に祭りも行くだろう。ヴィラも分かっていると思っていたのだが。すると相手は悔しそうにむっとする。
「最近のシェラルドなんなの!? フィーベルさんにべたべたし過ぎじゃない!? ていうかなにあの緩んだ顔! 気持ち悪いんだけど!」
「ぶっ」
思わずヨヅカは噴き出してしまう。
ごほごほと咳き込みながらも飲み物を口にし、やっと落ち着いた。ヴィラは年下ではあるが同期だ。だからこのように遠慮のない言い方をする。それに付き合いも長いので、シェラルドがどういう人なのかよく分かっている。だからこそ豹変ぶりに驚きを隠せないのだろう。気持ちは分かるが。
ヨヅカはフォローを入れる。
「べたべたは言い過ぎだよ。そこまで引っ付いてるわけじゃないし」
「頻繁にこっち来過ぎでしょ! なんで毎日わざわざ魔法兵団の方に来るわけ!? 父親か!」
「いや旦那ね」
騎士団と魔法兵団は別の場所で活動している。一応隣同士ではあるものの、わざわざ相手側の敷地に入るのは何か用事がなければない。
シェラルドもほとんど魔法兵団に行くことはなかったが、最近はフィーベルを送ったり、迎えに行ったりしているので、頻繁に目撃されているようだ。ヴィラはフィーベルと同じ隊なのもあり、毎日シェラルドの顔を見てうんざりしているようである。
「はぁあ……。今年は女の子と一緒にすずらん祭に行けると思ったのに……」
「そういえばヴィラはいつも隊で行ってたね」
ヴィラは毎年、同じ隊であるエダンとイズミと一緒にすずらん祭に参加していた。エダンが親睦を深めるために隊で行こうと言ったのだ。……というのは実は建前であることをヨヅカは知っている。
エダンは過去に同期と一緒に行ったことあるらしいのだが、ナンパ目的で連れて行かれたりむしろ女性から声をかけられたり散々だったらしい。ヴィラに対しても同じようなことが起きるのでは心配し、あえてそう言って納得させたようだ。あの時はおそらく過保護なだけだったろうが、それでもヴィラのことを想っているのは今と変わらない。ヴィラは祭りに行けるだけで嬉しがっていたので、律儀にエダンの言葉に従っていた。
が、さすがに何年も同じ隊のメンバーで行くとなると味気もなくなる。しかもヴィラ隊で女性はヴィラのみ。今年はフィーベルが加わったのでやっと女の子同士で楽しめると思ったのだろう。
「しかもイズミくん、今年は別行動するらしいし……」
「そうなの? 珍しいね」
イズミは涼し気な顔立ちのせいもあるが、能力も高いのでかなり人から注目されている。故に大勢の人が集まる祭りなどには参加しない方だ。女性に声をかけられること自体面倒なんだとか。エダンから隊で行こうと言われた時はすんなり言うことを聞いていたようだが、それはヴィラとエダンに守られるのもあるのだろう。祭りも、思ったより楽しんでいたらしい。ヴィラが意外そうな顔で教えてくれたことがある。
そんな彼が今年は別行動。おそらく相手がいるんじゃないかとヨヅカは予想した。が、ここでは口にしないでおく。今はヴィラのことだ。
「じゃあ今年はエダン殿と二人で行けるね」
「えー!? 毎年一緒なのにもういいよ」
「まぁまぁ。三人と二人ってまた違うよ」
「それにあれから話してないもん」
ぷいっと顔を横にする。
それを聞いてヨヅカは少し苦笑した。
ヴィラがエダンを無視し続けているのは知っている。それに対しエダンも少し距離を置いていることも。エダンが距離を置いているのはヴィラの意志を尊重しているからだ。本来ならおそらくもっと粘る。長年隊長になるように説得し続けたのだ、エダンはこれくらいで折れる人ではない。が、ヴィラもかなり頑固なのでずっと平行線が続いている。
「話すくらいしたらいいと思うけど。一体何に対して怒ってるの?」
「怒ってるっていうか……」
ヴィラは顔を歪める。
それに対しヨヅカは待った。
しばらくしてからぼそっと言われる。
「……私なんかより、もっといい人いっぱいいるのに」
ヨヅカは少し苦笑する。
本来ならここで色々と言ってあげたいのだが、これは二人の問題であり、互いの気持ちを第三者が言うのは野暮というもの。それにヴィラだっておそらく分かっているのだ。ヨヅカは口を開き、あることを伝えた。
「失礼します」
「ああシェラルド。忙しいのにごめんね」
「いえ」
シェラルドはクライヴに呼ばれていた。
部屋に入ればクライヴの傍にはマサキ、そしてエダンもいる。二人共得意分野は異なるが、第一王子の側近。エダンは最近側近になったばかりだがもう貫禄があるかのように堂々と傍にいる。さすが、色んな場で指揮を任されていただけある。彼はこちらを見て微笑んでくれた。緊張をほぐしてくれているのが伝わる。
「いかがいたしましたか」
「うん。フィーのことなんだけど」
少しだけ背筋が伸びる。
大体クライヴがこちらを呼ぶのは決まってフィーベルの話題だ。シェラルドはエリノアの側近ではあるが、用事がなければクライヴと会うことはない。エリノアの様子を聞かれることもあるが、今やエリノアも十四歳。第一王女として勉学に励み、誕生祭で会った氷の王子と今も文通を交わしている。
カインと出会ったことは、エリノアにとって大きな刺激になったようだ。国のためにできることを増やしたい、兄のクライヴのように国の仕事をしたいと言っている。これに対し国王のハーネストはとても嬉しそうにしていた。こちらが心配するようなことなく、己のために、国の為にせっせと努力している。それは側近としてもとても喜ばしいことだと思っている。
今シェラルドが一番気にしているのはフィーベルのことだ。フィーベルを頼むとクライヴに言われ、最近は以前よりも密接な関係になってきていると思う。互いに遠慮することがなくなったからか、本当の夫婦のような、むしろ恋人になりたてのように見える、とヨヅカから言われた。こちらからすれば、別段普通のことしかしていない。よく話すようになったり出かけるようになったり、仲間としていることとそう変わりはない。
クライヴはくすっと笑う。
「最近仲良しみたいだね」
「……普通です」
「あれ、顔赤いよ?」
ばっと自分の頬に触れる。だが別に熱くはない。ならなぜ、とクライヴを見ればくすくす笑われる。すぐにはめられたのが分かり、思わず顔をしかめた。
「殿下」
「いや、ごめんごめん。まさかこんなベタな手に引っかかるとは。前だったらそんなことないです、って即答だっただろうに」
「ご用件は」
少し強い口調で聞いた。
するとクライヴは穏やかな笑みだった顔色をすっと変える。一瞬でその場の空気を自分のものにした。シェラルドはすぐに気付く。今日呼ばれたのは、かなり重要な件なのだろう。
「そろそろフィーのことを伝えようと思ってね」
「……以前、話したことですか」
彼女は国同士の大事な架け橋であると。それ以上のことはその時が来れば分かると言われた。クライヴはゆっくりと頷く。
「アルトダストは知ってる?」
「革命を起こした国ですね。この国と友好関係も結んでいる」
「そう。その国の王族が、フィーを欲しがってる」
思わず目を見張った。
「どういうことですか」
「そのままだよ。欲しいんだって、フィーを」
「なぜ」
「理由は色々あるよ」
するとクライヴはすっと手を挙げた。
傍にいたマサキが代わりに説明してくれる。
「提示された理由は三つ。どれもフィーベル様の魔法が関係しています。一つ目はフィーベル様の魔法が大変珍しいものであること。アルトダストには魔法使いが多く暮らしていますが、霧の魔法使いはかなり珍しいそうで、魔法について色々と話したいそうです」
「…………」
これに関してはまだ理解できた。
「二つ目ですが、アルトダストの近くには特定の魔法だけ使える民族が暮らしています。その方々と接触し、交流を図ってほしいとのことです。長年アルトダストで暮らさないかと提案しているそうですが、なかなか頷いてくれないそうです。フィーベル様は個性魔法しか使えません。特定の魔法しか使えないという意味ではその民族と同じです。アルトダストはより魔法使いが暮らしやすい国づくりを目指しています。そのため、同じ気持ちが分かるフィーベル様に協力してほしいとのことです」
「…………?」
シェラルドは少し眉を寄せる。
「三つ目は『魔法を封じ込める宝石』のことです。どうやらこの宝石については謎が多いようで、アルトダストも色々と研究しているそうです。調査によると、特定の魔法だけ使える魔法使いは、普通の魔法使いよりも魔力が高いらしく、フィーベル様にその研究を手伝ってほしいと」
「つまりフィーベルを利用したいということですか」
言葉を遮るように、シェラルドが口を挟む。
その部屋にいる者は一斉にシェラルドを見た。シェラルドは自分でも分かるほど険しい顔つきになっている。エダンは思わず息を呑み、マサキは口を閉じたままだ。クライヴは落ち着いて答えた。
「簡単に言えばそういうことだね」
「納得できません」
「同感だね」
あっさりとクライヴが言ったことで、シェラルドは虚を突かれる。そのおかげか、少しだけ空気が和らいだ。エダンとマサキもやっと小さく息を吐く。
クライヴは机の上に両肘を置き、手を組んだ。
「でも、悪い話じゃない」
「「!?」」
シェラルドとエダンは驚愕する。
マサキはちらっと主の顔を見ただけで、いつもと変わらない様子だった。日々クライヴの言動に慣れているのだろうか。動揺を隠しきれないシェラルドに対し、エダンが冷静に聞く。
「どうするおつもりですか」
「承諾するつもりだよ。フィーにはアルトダストに数日間行ってもらう」
「危険です。それに、無事に行けたところで、簡単に帰国させてくれるとは限りません」
「もちろん一人では行かせないよ。共をつける」
「なら俺が行きます」
食い気味にシェラルドが二人の会話に入る。
クライヴはシェラルドの顔を見た。先程よりは落ち着いている。いや、胸の中では感情が複雑に絡み合っているのだろう。そう見えないほどに真っ直ぐな瞳だった。
「そのために俺を選んで下さったんですよね」
「……シェラルド」
クライヴはゆっくりと名前を呼んだ。
優し気な声色のまま、少しだけ微笑む。
「駄目」
「…………なぜ」
予想に反する答えに声が低くなる。
だがクライヴは容赦なく言い放った。
「共につけるのはヴィラとアンネだ」
「それなら、まだ」
エダンはほっとするような声を出した。
一人で行かせるのかと少し不安だったが、二人ならフィーベルも気心が知れている。それに、アルトダストは魔法使いが多い。ヴィラがいれば何か起こっても対処しやすいだろう。
そういった意味でほっとしていたのだが、ちらっと見たシェラルドの顔は納得していなかった。抑えてはいるが、クライヴに対して感情をにじみ出している。
「なぜ。なぜ俺では駄目なんですか」
「君には後日僕と共にアルトダストに行ってもらう。最初に女性だけで行かせるのは油断を誘うためだ。王子はまだ未婚。フィーを気に入る可能性もある」
「っ! フィーベルは俺の花嫁です!」
感情のままにシェラルドは叫ぶ。
するとクライヴは真顔のままこちらを見つめる。シェラルドなんとか睨まないように耐えた。しばらく無言の時間が続いていたが、クライヴはふ、と笑い出す。空気が一変、彼はふははは、とさらに笑みを深くした。
急に変わった空気に、シェラルドは固まる。
クライヴはいつもの優しい笑みになっていた。
「うん、そうだよ。フィーは君の花嫁だ」
「…………」
あっさりと言い放った主人に、シェラルドは羞恥で思わず下を向いた。
自分でも感情任せに行動してしまったのが分かる。クライヴはきちんと説明してくれた。油断を誘うためだと。最初から共に行くことはできなくても、後から合流すると。だがそんな言葉よりも、アルトダストの王族がフィーベルを気にいるかもしれない、と言われたことに腹が立った。
女性だけでアルトダストに行かせるのはあまり気乗りしないが、ヴィラが一緒なら頼もしい。それに、王子に好かれた方が後々交渉がしやすいのだろう。だからあのような言い方をしたのだ。冷静であればそれくらい考えることができたのに、どうにもフィーベルのことになるとそうできない。それを感じながらも、今は動じるなと、何度も自分で念を送った。
何度か呼吸を繰り返し、やっとシェラルドは落ち着く。そっと顔を上げれば、クライヴは嬉しそうな顔になっていた。エダンも微笑ましくこっちを見てくる。マサキも少しだけにやっと笑っていた。……居たたまれない。
クライヴはにこっと笑う。
「アルトダストといい交流関係も築きたいんだ。だから協力してほしい。そしてフィーを守ってほしい。いいかな?」
「……もちろんです。先程は、申し訳ありませんでした」
頭を深々と下げる。いくら腹が立ったとしても、主人に怒鳴るのは部下として失格だ。罪に問われたら何も言い訳ができない。
するとクライヴは笑いながら手をひらひらと振る。
「いいよ気にしないで。君がフィーを大切にしていることを知れてよかった」
それを聞いてふと、シェラルドの脳裏にフィーベルの笑顔が浮かぶ。
最近一緒に過ごしているが、前よりも笑ってくれるようになった。こちらを怖がっていたというのに、怯えることよりも思ったことを素直に言ってくれるようになった。
思えば出会った頃からフィーベルはそうだった。あまりに素直過ぎてどう対処したらいいのか迷うことが多々あった。だが、遠慮することをやめればあっさりと「私も遠慮しません」と言ってきた。そして今、以前よりも一緒に過ごし、一緒に過ごすことで、より相手への思いが強くなる。
「……はい。大切です」
はっきりと口にしていた。ルカに言われた時ですら黙っていたというのに、自然と口に出していた。
すると三人とも一瞬目を丸くする。
今のシェラルドに迷いはなかった。そしておそらく、フィーベルに対する気持ちにも、迷いがなくなった。何がなんでも守る。今はその気持ちが強かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます