36:嘘はついていない

 アンネは洗ったばかりのシーツをロープに引っ掛けていた。周りを見れば他のメイドたちが、同じように洗濯物を干している。王城に暮らす者や客人用のシーツは毎日取り替えるのが基本で、その枚数はかなりのものになる。だから毎日干しているのだ。


 干す分が終わったら今度は渇いたタオルを取り込む。まとめて洗うのが基本で、タオルはシーツよりもさらに量が多い。アンネは取り込んだばかりのタオルにそっと触れた。日光をたっぷり浴び、ふかふかだ。今度はこれを決められた場所に運ぶ。アンネは慣れた手つきでタオルがたくさん入ったかごを持ち、歩き出した。


 ここ最近何かあったかと聞かれれば、フィーベルとシェラルドの雰囲気が変わったと言わざるを得ない。


 前は二人でいることがほぼなかったというのに、今では一日の中で必ずといっていいほど二人でいる時間がある。例えば朝。軽く手を振り合いながら互いの職場に向かう。例えば昼。一緒に食堂で食べたりしている。例えば夜。一緒にしばらく話をしたり、食事に行ったりしている。またあるときは休日。非番が合えば出かけるようになったようだ。何度も見かけたとの情報を得る。


 ……とにかく、あまりの変化に周りの方が最初ついていけなかった。噂話の好きな王城で働く者たちでさえどういうこと? と唖然としていたし、当の本人たちは周りの反応に全く気にしていないようで、楽しそうに自分たちの世界に浸っている。仕事人間で厳しいと言われるシェラルドも、フィーベルと共にいると和らいだ表情を見せる。それがまた周りには新鮮に映っているらしい。


 あのシェラルドが笑顔を? と騎士たちはまるで幻を見るかのように言っているし、フィーベルの指輪のことを知ってる魔法兵の女性たちはそういうことね、とにやにやした顔をしていたり。


 極め付けは、毎日朝と夜に互いにしばらく抱き合っているのを周りにも見せるようになったことだろうか。見せるというよりは周りの目を気にしなくなった、ということだが。それを見た者が口を開けばすぐに話は広まる。おかげで二人は夫婦であることが知れ渡り、令嬢たちが悔しそうな声をあげていることをアンネは耳にした。


 一体どういう心境の変化なのかと思えば、どうやらシェラルドの姉であるルカが二人に助言をしたらしい。そこまではアンネも知っているのだが、最近フィーベルと話せていない。メイドの仕事が前にも増して増えてしまったのだ。


 まだまだメイドの中では若造の部類に入るが、仕事ができすぎると逆に頼られることがある。試行錯誤しながら効率の良い仕事ぶりを見せてしまったせいか逆に他の仕事も回されてしまった。もう少し手を抜けばよかったと後で後悔しつつ、仕事自体は嫌いではない。それに、クライヴのお世話係という立場ではあるが、第一王子のお世話係は他にもいる。なのであまり問題はないのだ。


 そもそもお世話係になったのは仕事を認めてもらっただけでなく、フィーベルの話し相手になってほしいと頼まれたのもある。同世代の方が話しやすいだろうというクライヴの配慮だ。だが今ではフィーベルは魔法兵団の仲間入り。アンナがいなくてもやっていけている。頼りになるヴィラもいる。……少しだけ、寂しいと感じているところもあったりするが。


 気持ちを切り替え、仕事に集中する。また時間ができた時にでもフィーベルに洗いざらい吐いてもらおうと考える。アンネが早足で廊下を歩いていると、前から女性の騎士が近付いてきた。


「ああ、アンネさん。今大丈夫かな?」

「はい。どうかされましたか?」


 すると彼女は後ろを振り向いた。そこには少しだけ距離を取ってこちらを見る男性の騎士。アンネが見ると彼はぱっと視線を逸らす。……なんとなく状況を察した。女性の騎士は少し苦笑する。


「すまない。うちの弟がアンネさんと少し話したいみたいでね。私も隣にいるから、少しだけ時間をもらってもいいかな?」


 アンネが男嫌いなのは知られている。だから距離を取ってくれた上で傍にいてくれるのであろう。二人きりであったらはなから拒否しているところだ。


「……ええ、大丈夫です」


 あまり声色が暗くならないように気をつけながらそう答える。すると男性の騎士は声が聞こえる程度に距離を詰めてきた。隣には姉である女性の騎士がいてくれる。


 詳しく話を聞けば、アンネが思っていた通りの内容だった。もうすぐ城下でお祭りがあるから、一緒に行かないか、という話だ。アンネはにこっと微笑みながら丁重にお断りする。残念な顔をされたが納得してくれたようで、二人はその場から歩き出した。


「……はぁ」


 こういうことは初めてではない。メイドになってから何度もある。メイドの職場は女性ばかりだが、そもそも騎士団と魔法兵団は男性ばかりだ。日頃から声をかけられるのだが、アンネは自分のこの体質を恨んでいる。なぜ自分を、と何度も思いつつ、一応話を聞いてから丁重に断る。


 大体の人は分かってくれる。王城で働く人はみんな優秀だ。理解もある。それだけがまだ救いだ。……たまにいざこざに巻き込まれてしまうこともあるが。


 気を取り直してかごを持ち直し歩き出そうとすると、突風が吹く。かごの一番上にあったタオルが飛んでしまい、すぐ隣の庭園まで吹き飛んでしまった。茂みのそばにタオルが落ちてしまい拾い上げると、少しだけ汚れてしまったのに気付く。もう一度洗濯し直さなければならない。少しだけ面倒だなと思いつつ帰ろうとすると、声が聞こえてきた。


「好きです」


 立ち上がろうとしてさっと座り直す。周りが茂みだらけなのが助かった。声がする方に向かって少しだけ顔を出すと、そこには男女が向かい合っていた。


 どうやら二人とも魔法兵のようだ。顔までは分からないが、制服の色で分かった。少しだけ距離があったのはよかったが、こっそりここから抜け出せる勇気はない。おそらくバレてしまう。だが二人もここに来たばかりのようで、アンネの存在には気付いていなかった。


「あの、よかったら私と付き合ってください」


 いかにもよくある告白の場面で、アンネは少し顔を歪める。この場面に自分が出くわしてしまったことを詫びるように。


 にしても、いつも告白される側なので、なんだか新鮮だ。女性から告白することもあるのは分かるが、とても勇気のいることだと思う。逆に感心してしまう。相手の男性は一体どんな返答をするのだろうと、アンネもどきどきしながら待ってしまう。


 すると冷ややかな声が聞こえてきた。


「よかったら、ってなんだ」

「……え」


(え?)


 アンネも同じ言葉を心の中で呟く。


「相手を敬う言葉じゃない」

「え……と」

「勝手なことを言わないでほしい」


(……なにそれ)


 女性は困惑するような声を出していたが、アンネは自分のことではないのに少し腹を立てた。勇気を出して告白をした女性に対して勝手な物言いはどちらなのか。ここから飛び出してその男はやめておけと言いたくなる。


「もういいか。俺は暇じゃない」

「あ……あの、返事は」

「返事? もう分かっているだろう」

「っ、」


 すると女性は少しだけ黙った後、その場を駆け出してしまう。顔に手を当て、少し泣いているようにも見えた。


(……さすがにあの言い方はないわ)


 自分も散々告白を断る側だが、もう少し言葉を選ぶ。一体相手は誰なのだろう、と思いつつアンネはそーっと顔を出そうとした。


「アンネ殿?」


 先に名前を呼ばれ、驚いた勢いのまま立ち上がってしまう。すると見覚えのある顔にぎょっとした。イズミだ。女性にモテることは知っていたが、まさかこういう場面に遭遇してしまうとは。


 覗き見のようになってしまったので慌てて言い訳をしようと思えば、イズミはさして気にせずこう言ってきた。


「飛んだのか」


 何を、と聞こうとしたが、彼の視線はアンネの手元だった。土にまみれたタオルを見たのだろう。アンネはゆっくりと頷く。するとイズミが近付いてくる。事情はどうやら分かってくれたようだが、何か言われるんだろうか。内心少しびくびくしていると、イズミはそっとそのタオルに触れた。


舞え水龍ダンス・ウォータードラゴン


 すると渦のような水が生まれ、タオルを包み込んでしまう。そのままぐるぐると勢いよく回り、しばらくすると一瞬にして水が消え、渇いたタオルだけになっていた。見れば汚れていた箇所が綺麗になっている。唖然としていると、彼は横を通り過ぎた。特に何か言うこともなく去ろうとしたイズミに、アンネははっとする。


「待って下さい」

「なんだ」


 イズミが止まって振り返る。


 そう聞かれてアンネは目をぱちくりさせる。

 確かにここで呼び止める理由はなかった。


 だが止めてしまったのは自分なので、言葉を探す。なんだか彼とはこんな会話ばかりだ。タオルのお礼を言いたかったが、それよりも先程の女性のことが気になった。


「あの、あの言い方はどうかと思います」


 すると何のことか分かったのだろう。

 イズミは一度瞬きをして答える。


「俺は本当のことを言っただけだ」

「それでも、もう少し言い方とか」

「遠回しに言えと? それで相手に伝わらなかったらどうする」

「……それくらいは、分かると思います」

「淡い期待を持たせるような言い方をして、相手が諦めなかったらどうする」

「……それは」

「アンネ殿だっていつも断っているだろう。それと同じだ」


 思わず頭に血が上る。


「同じじゃありません!」


 つい怒鳴った言い方になってしまう。

 イズミの瞳がわずかだが大きくなった。


 アンネは険しい表情のまま、まくし立てる。


「冗談じゃないです。私は面倒事は起こしたくない。だから言葉を選ぶんです。誰も傷つけないように。後から文句を言われないように。大体、そういった些細な言葉で人は傷つくし、恨みに変わったりするんです。それで結局しんどくなるのは自分なんです。だからそうならないように言葉を選ぶんです。だから穏便に済まそうとするんです。だけどイズミ様は、思っていることをただその通りに伝えてるだけじゃないですか。あなたと私は一緒? 冗談じゃない。私はいつも考えているんです。考えて考えて相手に言葉を伝えているんです。あなたのような言い方なんてしてないっ!」


 誰にも言えなかったことを。誰にも分かってもらえないことを。今まで誰にも言ったことがないことを、アンネは口にしていた。頭の中では、こんなことをイズミに言ったところで何もならないと分かっているのに、それでも止まらなかった。


 一気に言ったからか、口の中がからからに乾く。少し息が荒くなっていたが、アンネはイズミから目を逸らさなかった。ここで逸らすのは負けたようで嫌だった。


「いつも、そうしているのか」

「……?」


 思わず眉を寄せる。

 イズミはいつもと表情が違っていた。


「いつも自分ばかりが傷つくことをしてるのか」


 何も言えなかった。

 いや、何も言わなかった。


 言葉を選ぶことも、相手のために穏やかな表情を見せるのも、それは、相手から恨まれないようにするため。そうするために本当の顔を隠し、相手が好む表情を見せる。そうして自分を守る。守ってはいるが、それはとても疲れることでもある。イズミのようにはっきりとした態度を示せば、相手は傷つくかもしれないが、それでも、自分の思ったままに言える方が楽だ。相手のために、相手に恨まれないように行動することは、結局自分を押し殺し、傷つけている行為になることもある。


 だが、それを人に同情されたくはなかった。今更、自分の境遇を理解されるわけがないと思っていた。だからアンネは黙っていた。その言葉に何か言うつもりはなかった。


 するとイズミは去ろうとした足をこちらに戻し、ゆっくり近付いてくる。今アンネは自分がどんな顔になっているのか分からなかった。相手を軽蔑にしているのか、睨んでいるのか、それとも笑顔なのか、無表情なのか、分からないままに目を合わせている。


「悪かった」


 イズミが頭を下げてくる。


 アンネは唖然とした。こんなにも素直に謝罪されるとは、逆に力が抜けてしまう。あんなにも爆発した自分の方が恥ずかしくなる。だが、怒りが一気に放出したせいか、今はただぼんやりしていた。あんな失態を見せた自分にイズミは寛大だ。さすがにアンネも頭を下げる。


「……いいえ。こちらこそすみません」

「アンネ殿が謝ることはない。全て俺が悪い」

「……いや別に、そこまで謝らなくていいです」

「傷つけた」

「傷ついてないです」


 少し口調を強くする。

 そういう言い方は好きじゃない。


「俺はアンネ殿が傷つく姿は見たくない」

「……傷つけておいてよくそんなこと言えますね」

「傷ついたんじゃないか」

「あ」


 言ってから気付く。

 少しだけアンネは苦笑した。


 今のでだいぶ頭が冷えた。冷静でなかったのはこちらの方だ。いつもならイズミの言葉もスルーできるというのに。今日の自分はどこか感情的になっていた。改めて、イズミに頭を下げる。


「本当に、もう大丈夫なので。失礼をしたのは私です。申し訳ありませんでした」

「俺が悪い」

「もういいですから……」


 せっかく許そうと思ったのに意外と頑固だ。

 するとイズミは少しだけ考える素振りを見せる。


「アンネ殿」

「はい?」

「今回の件で詫びをしたい」

「詫び……何もいらないですけど」

「じゃあ願い事を聞いてほしい」

「え、なんで私が聞かないといけないんですか」

「今何もいらないと言っただろ」

「言いましたけど、だからって願いを聞き入れる理由が分かりません」

「もうすぐ『すずらん祭』があるが」


 なぜかイズミは話し出す。

 待てこちらは止めたのだが。


 だが渋々アンネは黙った。

 どうやらイズミは人の話を聞かないようだ。


「一緒に付き合ってくれないか」

「…………は?」


 素で声を出す。

 アンネは思いっきり嫌な顔をした。


「なぜ私と? イズミ様、『すずらん祭』のこと知ってます?」

「年に一度ある城下の祭りだろう。それくらい知ってる」

「そういうことじゃないです。あの祭りに男女で行くことについて聞いてるんです」


 すずらん祭というのは鈴蘭の花をモチーフにした商品や花が並ぶ城下のお祭りの一つだ。鈴蘭の花には「幸福」の花言葉がある。そのため、よりこの国が発展し、国民の幸せを願うために開催されている。それはいいのだが、その祭りは男女で行けば必ず恋人扱いになる。恋人割引というものもあるため、本当の恋人でなくても、男女で行けば欲しいものを安く手に入れることもできる。


 想い人と行けば本当に恋人となれる、なんてジンクスもあるらしい。ちなみに独り身で行く人も多く、その場合は同じく独り身の人に声をかけ、晴れて恋人になる場合も多い。男女の仲を応援するという意味も込められているのだ。


 そんな祭りであることを誰もが知っているというのに誘われるだなんて冗談ではない。イズミは目立つ。アンネも目立つ。どう考えてもそういう目で見られるだろう。勘弁願いたい。


 先程怒りを見せたせいで遠慮がなくなったのか、アンネは腕を組みながら相手を睨む。それでもイズミは動じない。どれほど精神力が強いのか。


「周りに勘違いされるのは嫌です。お断りします」

「フードを被ればいい。それならアンネ殿だとバレない」

「あの場に行くのが嫌なんです。他の人を当たってください」

「行くのが嫌というのは嘘だろう」


 信じられないものを見るようにイズミを見てしまう。だがイズミは大真面目な顔そのものだった。アンネが何も言わないからか、イズミは言葉を続ける。


「本当は行きたいんだろう。どうしても色々な噂が飛び交うから行きにくい。一緒に行く人はいない。女性だけで行くとナンパされる可能性がある。一人で行くのも危険。親しい男性はおらず、いたとしてもその者と噂になるのは困る。どうだ?」

「な……」


 急に饒舌になったことにも驚くが、それよりも内容だ。なんでそんなことを知っている。それはメイドの仲間にしか言っていない。いつもアンネは祭りに行っていないので、どうして行かないの? と聞かれて答えたのだ。理由を聞けば納得され、肩をぽんぽんと労いのように叩いてくれた。


「なんで」

「メイドたちから聞いた」

「な、何を聞いてるんですか!」


 仲間のメイドたちもひどい。これは彼女たちだから話せたのに。するとイズミは「怒らないでやってくれ。俺から聞いた」としれっと言ってくる。


「祭りに行かないことが気になっていたんだ」

「いやだからなんで聞いてるんですかっ!」

「どうせ我慢してるんだろうと思ったからだ」

「……我慢?」

「自分は行かない方がいいと、そう思っているんだろうと」


 思わず何か言いかけるが、ぐっと堪えた。

 ……だからなぜ、この人は。


「やめてください」

「……」

「なんなんですか。なんで私を気にかけるんですか。同情ならいりません」

「同情じゃない。ただ、アンネ殿に楽しんでほしいだけだ」

「……なんで?」


 すると彼は少しだけ口元を横に広げる。

 珍しい表情だ。アンネは逆に眉を寄せる。


 何を考えているか分からない。

 分からないのに、彼は嘘をついていない。


 それだけは分かった。

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