39:二人の祭り
「わぁ……!」
フィーベルは思わず感嘆の声を出す。
年に一度城下で開かれる「すずらん祭」。普段も大勢の人が行き来しているが、今日は人を埋め尽くすほどに賑やかだ。
屋台はいつもより数が多く、鈴蘭をモチーフにした物を多く販売している。本物の鈴蘭の花も店ごとに飾られており、人が歩く度に風が生まれるのか、鈴のように花が揺れていた。歩いている人達の中には鈴蘭の花を持っている人、鈴蘭をモチーフにしたものを身に着けている人など、様々だ。花がたくさんあるからか、いい香りが漂ってくる。
「すごいでしょ」
隣にいたヴィラが微笑んだ。
シェラルドは仕事で来れなくなったので、フィーベルはヴィラと一緒に祭りに来ていた。ヴィラは今まで隊員達と一緒に行っていたらしい。今年はエダンは仕事、イズミは別行動のようで、ヴィラも一緒に行く人がいなかった。いい意味でタイミングがよかったのだ。エダンの話が出た時フィーベルは触れようとしたが、思いのほかヴィラが寂し気な様子だったので、その話題は避けた。
「一緒に来て下さってありがとうございます」
「こちらこそ。女の子と来たことなかったから嬉しいよ。フィーベルさんからしたら、シェラルドと一緒の方がよかったかもしれないけど……」
苦笑交じりに言われ、笑顔で首を振る。
「そんなことないです。ヴィラさんと一緒に来れて嬉しいです」
「フィーベルさん……好き!」
思い切り抱きしめられてしまった。
「そういえばアンネさんは? メイドも多分休み取れるんでしょ?」
「誘ったんですけど用事があるらしくて」
「そうなんだ。口は達者だけど顔可愛いからなぁ。祭りに参加してたら男に声かけられまくるだろうね」
ヴィラは一緒に仕事をしたことで、アンネともよく話すようになった。メイドの中でもアンネは可愛いと言われている。仕事で会う前から一応存在は知っていたようだが、口を開けば年上にも割と容赦ないことを言ってくるのでそのギャップに驚いたらしい。
大きい瞳にいつもしっかりカールがかかっている長い睫毛、きめ細かな白い肌に桃色の唇。一見するとただの美少女。口を開けばただの少女。男嫌いなのはヴィラもよく分かっているからこそ、たまに心配になるらしい。
「元々があの美貌だからね。いつも目立つのって多分しんどいと思う」
「そういうものなんですね……」
アンネとは初めてフィーベルが城に来てからの付き合いだ。フィーベルが一番話している相手でもある。年下ではあるがしっかりしているし、些細なことでも話を聞いてくれる、頼もしい存在。だが彼女はあまり自分の状況について語らない。男性に対して敏感に拒絶している姿はよく目にしつつ、何かあれば力になるよと伝えてはいるものの何も話してくれなかったりする。
(アンネ……大丈夫かなぁ)
祭りに誘った時に用事があると言われたのだが、その時の顔が微妙そうだった。その用事が嫌なのか、困惑しているのか、よく分からない。嫌だったら逃げるんだよと伝えたものの、用事とは仕事のことなのか、はたまた本当に個人的な用事なんだろうか。
フィーベルはなんとなく、そっと祈った。
「…………」
「アン殿、早く」
「……はい」
頭まで隠れる全身紺色のローブ姿のイズミに声をかけられる。同じ格好のアンネは渋々ついて行った。
祭りに付き合ってほしいと言われた時は断ったが、全く引かないイズミに根負けし、結局アンネは休みを取った。すると他のメイドたちが目を輝かせて「え、祭りに行くの!?」「誰と? 誰と!?」と根掘り葉掘り聞いてきた。
祭りに行くとさえも言っていないので「別に何もないよ」と無難にかわそうとするも、みんな噂や話が大好きだ。なかなか逃げられなかった。すると同期のメイドと懐いてくれている後輩メイドが「邪魔したらだめ」と助けてくれた。妙に視線が生暖かい気がしつつ、助けてくれたことには感謝する。
フィーベルにも祭りに誘われたが、シェラルドと行くだろうと思っていたのと急に祭りの話をされたので思わず断ってしまった。ヴィラと行くらしいし、イズミの誘いを断って二人と一緒に行った方がよかったのでは、と後になって後悔していたりする。
そして当日。祭りが始まる一時間前、人気があまりない場所に呼びだされた。そしてイズミにローブを渡される。全身紺色ではあるものの所々に金色の糸で刺繍されており、小さい鈴蘭の花もあった。祭り仕様であるのは一目瞭然だ。
「これは?」
「祭りでよく出回っているローブだ。これなら違和感がない」
「……でもさすがに全身隠すのは」
逆に目立つのではないかと訝しげに思ったのだが、あっさり言われる。
「知らないと思うが、仮装して参加する者も多い。ローブを着ている者も多いし、目立たない。問題ない」
「……そうですか」
イズミはすでにローブを着ていた。フードもついているのか、頭まですっぽり隠れている、今ここで見る分にはちょっと怪しい。が、人に見つかるよりはましなので、アンネもローブを羽織る。思ったより軽く、肌触りもいい。目立たない格好をするのが新鮮だ。少し楽しいと思ってしまった。
本当はこの日のために新しい洋服を着てきた。一人で外出すると必ずといっていいほど声をかけられる。そのせいであまり外出しなくなった。着たい服はあっても袖を通す回数が少ない。今回不本意だがイズミと一緒に祭りに行くことになった。やっと新しい洋服を着れるチャンスだと思い、着てきたのだ。
上は白いブラウス。波打際のように少しひらひらしている襟で、胸元には小さいリボンがある。シンプルでありつつ可愛らしさも兼ね備えている代物だ。下は膝を超す少し長めの薄いブルーのスカート。爽やかでありつつあまり目立たない色合いを選んだ。足元は薄い綺麗めの新緑色のバレエシューズ。これにも小さいリボンがついている。ブラウスと足元は鈴蘭のイメージで選んだ。
髪も少しだけ念入りに巻いてきた。普段は軽くしかしていない。どんなに目立つといっても、自分を着飾ることをやめたくはない。おしゃれはとても楽しいことで、自分のためにしているのだ。自分がもっと輝くためにすること。アンネはそれをいつも意識していた。
が、ローブですっぽり隠れてしまう。
かろうじて見えるのは足元のみ。
少しだけ残念に思いつつも、今回ばかりは仕方ない。むしろ着て歩けるだけでもよしとしなければ。そんなことを思っていると、じっとイズミに見られていることにようやく気付く。
「……なんですか」
「よく似合う」
「この姿を褒められても嬉しくありませんけど」
「いや、服だ。髪ともよく合ってる」
「……は?」
イズミは少しだけ口元を横にする。
「隠れるのはもったいないが、一瞬でも見ることができてよかった」
「…………」
アンネはなんとも言えない顔になる。
相手は特に気にせず「もう一つ渡すものがある」と言いながらローブにあるポケットに手を入れた。すっと取り出したのはどうやらペンダントのようだ。丸い形のそれは青色の宝石のように光り輝いている。光の加減で色合いを変え、色んな種類の青色に見えた。
「綺麗……」
「俺の魔力で作った。祭りは人が多い。万が一はぐれてもこれが守ってくれる」
「イズミ様の魔力で作ったんですか?」
目をぱちくりさせて聞けば頷かれる。
どうやら器さえあれば魔力を閉じ込めることができるらしい。そして条件が揃えば魔法が発動するようだ。イズミの個性魔法は水。アンネが危ない目に遭えば、水の魔法が発動する。
まさかそんなこともできるとは知らなかったので驚きだ。見た目は綺麗な宝石に見えるのに。しばらくそのペンダントを眺めていると、ひょいっとイズミに取られ、首からかけられる。
「落としたら意味がない」
「……別に落としたりなんかしません」
「そうだと思うが念の為だ。そろそろ始まる。行こう」
イズミはさっさと歩き出してしまう。
アンネは慌ててついて行った。
そして無事に城下に着いたのだが、辺り一面、人、人、人。あまりの人の多さに目眩がしてくる。こんな人混みの中を歩いて行かないといけないのか。
「アン殿、大丈夫か」
イズミが真顔で顔を覗き込んでくる。
「アン」と呼ぶのは、名前で周りにバレないようにするためだ。偽名の方がいいのではと思いつつ、それだと互いに呼び慣れてないので、反応できない場合もある。ちなみにイズミのことは「イズ」と呼ぶように言われていた。
アンネは小さく頷いた。
「少し待ってろ」
イズミはすぐに近くのお店に入り、何か買ってきてくれる。見れば飲み物のようだった。
「はちみつジンジャーだ」
「ありがとうございます……。あの、お金」
「いい。今日はわざわざ付き合ってもらっている。詫び代だ」
(……詫びる気持ちはあるのね)
そう思いつつアンネははちみつジンジャーを口に含んだ。はちみつの甘さとジンジャーの少しぴりっとくる辛さがいい感じに溶け込んでいる。少しだけ気持ちが楽になった。
飲みながら辺りを見渡すと、確かに仮装している人が多い。魔女のようなとんがり帽子を被っている者、貴族なのかフリルのドレスで歩いている者もいる。ローブ姿の人も多く、アンネ達は目立っていない。今も誰かに声を掛けられることがない。注目されないことがとても新鮮で、と同時に、これが一般の人の景色なのか、と少しだけ客観視してしまう自分がいた。
「あれ。君、すごく美人だね」
「え?」
見れば祭りに来ていた男性の一人に声をかけられる。色々見渡していたせいで逆に目に留まったようだ。焦ってローブで顔を隠す。だが逆に相手の好奇心を刺激した。
「そんなに隠さなくても。顔を見るくらいいいでしょ? 一人で来たの? よかったら俺と」
「――悪いが」
すぐ隣にいたイズミが声を発する。
ようやく男性はその存在に気付いたようだ。
イズミはすっとアンネを隠すように前に出る。
「彼女は俺の連れだ。何か用でも」
「……い、いえ。お兄さんもなかなかかっこいいね。美男美女で祭り? はは、羨ましいな……」
男性はそそくさとその場からいなくなる。
イズミの真顔と言い方に恐れを抱いたようだ。
いなくなってやっとアンネはほっとする。顔をあまり出さないよう、より深くフードを被った。
「悪い」
イズミが謝ってきたので顔を上げる。
「なんで謝るんですか」
「俺がいたのに、意味がない。悪かった」
「……別にいいですよ、助けていただいたし。それに」
慣れているし、と言いそうになって口をつぐむ。
友人と一緒にいる時でさえアンネばかり声がかかる。友人と気まずくなるのが嫌で、一緒に出掛けることも減った。イズミがいるからといって声をかけられないわけじゃない。一般の人と紛れることができて少しだけ嬉しく思っていたが、自分のことは自分でなんとかしなくては。先程だって顔が見えるようにしていた自分が悪い。
するとイズミは何か見つけたのか、また別の店に走る。置いてきぼりにしないでほしいとちらっと思ったが、一瞬で戻ってきた。いつもより真剣みのある顔であるものを渡される。
「これをつけてくれないか」
見れば鈴蘭のブローチだった。
金属製のようだが、思ったより軽い。しっかり白い花と緑色の葉っぱが表現されている。どうやら手作り雑貨で売られていたらしい。イズミも持っていたが、少しだけ違う。渡されたブローチには鈴蘭と共に桃色のリボンの形がついている。イズミは青色のリボンの形がついていた。
「これは……?」
「恋人同士であることを示すブローチだ」
「こっ!?」
「安心しろ、あくまで周りにそう見せるためのものだ。これをつけていれば一人だとは思われない」
鈴蘭のお揃いのもの、互いに色違いのものを身に着ければ、恋人がいるという証になるようだ。アンネは一度も祭りに参加したことがないので、そんなことも知らなかった。
唖然としていると勝手にローブにつけられる。まだこちらは何も言ってないというのに。イズミも自分につけようとしていた。が、自分でつけるのは少し難しいのか、しばらく格闘していた。
「…………」
アンネはそっとイズミのブローチを手に取り、ローブにつけてあげる。すると意外そうな顔をされた。きゅっと唇を噛みながら、視線を逸らして言い訳する。
「どうせ私が声をかけられないよう、配慮してくださったんでしょう」
勘違いしているわけじゃないことくらい分かっている。先程からイズミはこちらの心配ばかりしてくれる。本当に恋人と思われたいなら、こんな切羽詰まった言い方はしてこない。
「ありがとう」
イズミは少しだけ表情を緩めた。
「いいえ別に」
アンネは素っ気ない態度を取った。
(……なんなのこの前から笑うようになって)
祭りに誘われた時からイズミが微笑むようになった気がする。それまで、娼婦館で会った時でさえ真顔のままだったというのに。イズミは笑わないことでも有名だ。自分の意見を曲げないとよく聞く。実際アンネも振り回されているように感じるのだが、それよりも不意に見せるその表情に少しだけ心動かされそうで怖い。
こうして祭りを誘ってくれたのも、どうしてなのか全く分からない。しつこく聞いても同じような返答しかなく、だが上手くかわしているというよりも、本当にただそう思っているだけのような気もする。やっぱり分からない。
「アン殿」
はっとして見れば、イズミはまたいつもの表情に戻っていた。
「そろそろ大丈夫か」
「あ、はい」
「見て回ろう。あそこにハニーシロップが売ってる」
鈴蘭のハニーシロップが売っているお店を指差していた。このお店はこの祭りでしか販売しない。一年もの間、丁寧にシロップを作っているのだ。故に有名で、欲しいと思う人も多い。アンネも気になっていて、もし祭りに行けたら自分で買おうと思っていた。
が、少しだけ目をぱちくりさせる。
「買いたいんですか?」
「買いたくないのか?」
「いや買いたいですけど……」
「ならいいだろう」
「……ええと、イズ様も欲しいのかなって」
「いや別に。俺は物欲がない」
「え、じゃあなんで祭りに」
「俺は何度も参加してる。アン殿は初めてだ。知っているから案内できる」
「……それって」
「?」
(私はよくてもイズミ様はそれで楽しいの?)
ただの案内人に徹するために貴重な休日を共にしているのか。とんだ自己犠牲だ。そんなに互いのことを知らない、仲良くもない間柄なのに。お目当てのものを買えるのは嬉しいが、てっきりイズミも祭りに来たくて来たのかと思えば。
(……本当に、私のためだけに)
ありがたいが同時に申し訳なくなる。遠慮してしまう。そんなに尽くされてもこちらは返せるものがない。元々持っているものもそんなにないのに、あると言えばこの見た目くらいなのに、どうしたら彼にお返しできるんだろうか。最初は渋々祭りに参加していたが、イズミを見て、本当に自分のために連れてきてくれたのだと知り、少しだけ心がしぼむ。
すると急に元気がなくなったアンネを見て、イズミは少しだけ考える素振りを見せた。そして急にこんなことを言ってくる。
「俺はあまり感情が見えないと言われる」
「…………」
「実際そうだし感情で左右されることはない」
「…………」
「だが、感情が全くないわけでもない」
ちらっとアンネがイズミに顔を向けた。
彼は真っ直ぐアンネを見つめる。
「本当は少し浮かれてる」
「…………は?」
「会う前もそわそわしてた」
「……ふっ。なんですかそれ」
真顔でそんな言い方をしてくるなんて。想像するとちょっとおかしかった。そんな素振り、全く見えなかったのに。アンネは一度笑うとさらにふふふ、と笑みをこぼしてしまう。ただの善意だけだと思えば、イズミも楽しみにしていたのか。
しばらくアンネは笑っていた。祭りの熱気でそこまでの音量にはならない。歩く人達の話し声でかき消される。いつもは笑うことさえ遠慮していたというのに、そんな必要もなかった。
ひとしきり笑った後、イズミは少しだけそっぽを向いていた。本人は大真面目に言ったのだろう。だが笑われたのだ。少しだけ気まずそうにしている。
アンネは苦笑する。
「すみません、私」
「いい。少しでも笑顔になったら」
「怒ってます?」
「怒ってはいない」
「ほんとに?」
「嘘はつけない」
「確かに」
嘘はつけるタイプじゃないのはなんとなく分かっていたので頷く。すると頭の上に手がぽん、と一回乗る。痛くはないが物申したいような雰囲気を感じ取った。
「ほら、買いに行くんだろう」
「はい」
二人は店に向かう。
アンネは不安に感じていたものが一気に消し飛んでいた。イズミも楽しみにしていたのなら、自分も楽しんだもの勝ちだろう。自然とそう思えた。
「アン殿」
「はい?」
「笑顔の方がよく似合う」
「…………」
「仏頂面は可愛くない」
「な、イズ様だっていつも仏頂面じゃないですか……!」
するとしれっと言われる。
「俺はいい。男だから」
「男も女も関係ありません!」
すると無視をされる。アンネはむっとしてさらに言葉を付け足した。すると呆れるように言い返される。いつの間にか打ち解けていたのか、二人の雰囲気が最初よりも変化する。アンネは普段仲の良いメイドたちと話すような口調になり、イズミはいつもより表情が豊かだった。
そのことに、二人共気付いていなかった。
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