31:まだ、秘密

「ごめんね。まだ引継ぎ期間なのに」

「いえ、もう終わりましたので」

「そうなの? エダンもイズミも優秀だね」


 そんなことを言いながらにこやかに前を歩いているのはクライヴだ。エダンは一歩後ろにいながら、共に長い廊下を歩いていた。


 急に呼び出されたと思えばクライヴ一人。いつもいるマサキもおらず、従者もつけていない。城の中ではあるので問題はないのだろうが、二人きりは初めてなので妙に緊張した。


 それに、見慣れない廊下を歩いている。見渡しても誰もいない。城の中にこのような場所があったとは。あまりに静かで、互いの足音しか聞こえない。


「ヴィラとは仲直りできたの?」

「……まだ、です」

「僕が余計なことを言っちゃったかな」


 クライヴが少しだけ眉を下げた。

 慌てて首を横に振る。


「そんなことは。これは俺の問題です」

「でもそのうち鬱陶しいくらい見合い話が来るよ」

「……来るんですか」


 あの言葉は嘘じゃないのか。

 王子の発言に嘘はないか、と思い直しつつ頭が痛くなる。


「うん。早いうちから家庭に入った方がいいってよく言われるしね。現に僕も言われるし」


 第一王子であるクライヴは今二十五。年齢的にそろそろ、もしくはもう少し早い段階で結婚の話をされる気がする。言われる、ということは国王や王妃からだろうか。だが、クライヴにその手の話が来るのをあまり聞いたことがない。妹であるエリノアにはよく結婚の話が出ると、シェラルドとヨヅカが言っていた。まだ幼いのですぐの話ではないだろうが、それでもいつかは嫁に行くだろう。


 思えばクライヴはシェラルドや周りにばかり結婚の話を持ち掛ける。そして自身の話題は大抵かわしている。エダンは思わず主君をじっと見つめてしまう。


 すると青い瞳と目が合う。

 微笑まれた。


「どうかした?」

「いえ……殿下もいつかは、ご結婚されるのかなと」

「そうだね、いつかは」

「候補とかいらっしゃるのですか?」

「そうだねぇ。周りは色々言ってくるかな」


 言いながらクライヴは前を見た。横顔しか見えなくなったが、その瞳はどこか遠くを見つめている。もしかして興味のない話題を出してしまっただろうか。思わずエダンは静かになる。


 すると相手は気付いたのか、くすっと笑う。


「僕ね、気になる人がいるんだ」

「え」

「あ、着いた。ここだよ」


 話の途中で遮られたが、とある部屋の前に着く。


 長い廊下の先にはいくつも部屋が並んでいる場所があったようだ。その部屋はその中の一つだった。


 ドアの前には一人の魔法兵がおり、こちらに敬礼してくる。おそらく警備だろう。クライヴと目が合うと、その魔法兵がドアをノックする。どうぞ、の声が聞こえ、二人は中に入った。


 エダンは中にいた人物を見て目を丸くしてしまう。


 亜麻色のさらさらした髪質に、蒼色の瞳。

 クライヴと顔の造りがよく似ていた。


 とはいえ、瞳の色と髪色は若干違う。クライヴは綺麗な金色の髪だし、瞳だってもっと明るい海のような青だ。……確かこの青年は。


 すると相手が先に眉を寄せて嫌な顔をしてきた。


「あの時の催眠の魔法使い」

「……娼婦館にいた」

「そう。ルミエールだよ」

「ちげぇよ俺の名前はリオだって言ってんだろっ!」


 さらっと紹介したクライヴに、リオと名乗った青年が怒鳴る。だがクライヴは気にせずにあはは、と笑っていた。


「個人的にその名前気に入ってるんだけどね」

「ふざけんな。俺っぽくない。絶対やだね」

「でも名前もらった時はすんなり受け取ってたよね?」

「あの場はあえて名乗らなかっただけだし!」


 王子の前だというのに、遠慮なく文句を言っている。敬語も使っていないが、クライヴは気にしていない様子だった。


 この青年は娼婦館にいたクライヴの偽物だ。


 確か捕まえた後アンダルシアが運び、クライヴが直々に話をした。その後のことは全てクライヴが引き受けると聞いていて、彼がどうなったかエダンも知らなかった。にしてもなぜこんなところにいるのだろう。しかも着替えたのか、今は軽装になっていた。おそらく城側で用意されたものだ。


 彼はイズミやヴィラ、フィーベルの魔法を受けてそれなりに負傷していた。しっかり休んだのか、今やすっかり元気になっている。クライヴは微笑みながら、リオは険しい顔のまま、会話を続けていた。


 エダンは混乱しつつも、クライヴに聞いた。


「これは一体、どういう」

「ああ。彼をこちらで雇おうと思って」

「はい?」

「彼は傭兵なんだよ。元々雇われて僕のふりをしてたみたい。だから今度はこっちが雇おうかなって」

「……いや待って下さい。最初から説明していただけますか?」


 話が飛躍し過ぎている。

 余計に頭が回らなくなった。


 するとはは、と笑いながら頷かれた。


 リオはとある国から依頼を受け、この国にやってきたようだ。その依頼というのが「クライヴ王子がどういう人物なのか探れ」というもの。


「……その国というのは」

「革命の国『アルトダスト』」

「!」


 ここより北西にある国、アルトダスト。広大な土地を持ち、自然豊か国の一つだ。近代的な発展はそこまで進んでいないものの、ありのままの自然と共に生きている。


 アルトダストという国は長年、王族が国を治めていた。だが仕えていた者達からの突然の裏切りにより、王族が皆殺しにされるという歴史を持つ。だが実際は王の血を引く者は生きており、長年の準備を得て国を奪還したのだ。それは大きな革命となり、この国のみならず近隣諸国からも注目を集めている。


 王族の中には魔法が使える者もおり、アルトダストには魔法使いが多く住んでいる。そして実は「魔法を封じ込める宝石」というものが存在しており、文献によればその宝石を利用され国を奪われたらしい。だが王の血を引く者は魔法を使わずして王位を取り戻し、そして今やその宝石も管理している。


 どうやって王の血を引く者が国を奪還したのか、そこまで詳しい情報は文献には載っていない。革命自体がここ数年の出来事で、アルトダストは長年内部戦争が行われていた。他国も迂闊に近付くことができなかったのだ。まだまだ謎が多い国でもある。


 注目を集めているのは革命が起こっただけではない。「魔法を封じ込める宝石」の存在だ。魔法が使える者にとって、その宝石の力がどれほどのものなのか、気になる者は大勢いる。エダンもその一人だ。本当にその宝石は魔法の力を全て封じてしまう程の力があるのか。それとも一時的なものなのか。


 アルトダストは宝石の詳しい情報を公開していない。だからこそ皆が気になる。そして脅威でもある。その宝石を巡って戦争が起こるのではないか、とまことしやかにささやかれているのだ。


 だが確かアルトダストとは友好関係にあったはずだ。クライヴが交流を図り、互いに助け合う条例まで結んでいる。……はずなのだが、なぜリオにそのような依頼をしたのだろうか。


 クライヴが穏やかに微笑む。


「今までも内部の再建に手を貸したり、医療班を送ったりしてる。それに感謝してくれて条約を結んでくれたんだけど、まだあちらは警戒していてね。内部で色々あったから他国までに気を許す余裕がないっていうのもあるけど、元々は他国の手を借りなくても成り立っていた国だから。宝石の件もあるしね」


 内部戦争が長かったこともあり、どうやらぴりぴりしているらしい。だからクライヴのように善意で近付いてくる者でさえ、何か裏があるんじゃないか、と考えているようだ。だがそれは致し方ないのかもしれない。裏があって近付く者もおそらくいるだろう。


「僕自身のことも気になったんだろうね。城の者に聞いてもどうせいい噂しか聞かない。ならば国民に聞けばいいと考えた。だから夜の街に来たんだ。夜の街ならお酒や女性を楽しむために来た者が多い。口も軽くなる。容姿が似ているからという理由でみんなが僕の話をしてくれる。その情報を持ち帰ろうとした」


 すると話を聞いていたリオは鼻を鳴らす。


「情報を持って帰るまでもない。結局どこに行っても同じだよ。みんな王子のいいところしか言わない」

「それは嬉しいね」


 クライヴはにこっと笑った。

 それをリオが訝しげな表情で見る。


 リオは別にアルトダストの住人ではないらしい。傭兵なので雇われたらなんでも仕事をするようだ。リオは「瞬間移動」の魔法が使える。それなりに高度な魔法を使うことができ、クライヴと顔が似ているという理由で依頼されたらしい。


「今回の仕事はもう終わってる。前払い制で金ももらってるし、もし有益な情報が得られなかったら帰ってこなくていいと言われてるんだ」

「……それでいいのか? あと、そこまで話すのはどうかと」


 雇われたのなら雇い主の情報は秘密にするんじゃないだろうか。だがリオはきっぱり言った。


「むしろアルトダスト側から言われたんだよ。王子に会ったら洗いざらい話したんでいいって」

「……それは」

「潔いよね。さすが白黒はっきりしてる国だよ。その後の僕の行動で色々判断するんじゃないかな」


 クライヴは楽しそうに笑う。

 だがエダンは眉を寄せてしまう。


 リオ曰く、アルトダストは行ったことを隠すつもりはさらさらないらしい。潔いといえば潔いが、明らかにこちらに喧嘩を売っているようにも感じる。街も少し荒らされた。だが大事にはなっていないので、クライヴも世間に言うつもりはないのだろう。


「それにアルトダストの魔法使いは常に傍にいた。ほら、俺が街で暴走しただろ? あれ俺がやったんじゃないから」


 そういえば蝶の形をした青緑色の光のことは報告を受けていた。それによってリオは街の方に誘導されたようだ。


「情報は得られなかったしそのまま帰ろうとしたけど、魔法使われたんだよ。ちなみにそいつの魔法は『幻覚』。幻覚を見せたり、意識を朦朧とさせて巧みに操る、アルトダストの王族に仕えてる魔法使いだ。少しでも邪魔しておこうって魂胆じゃないかとは思う」

「なんでそんなことを」

「さっきも王子が言ってただろ。おそらくこの国を試す為」

「…………」


 エダンは少し顔が険しくなった。

 思わず両拳を強く握ってしまう。


 あまりにも野蛮過ぎる。そのような行為はこちらに対する軽蔑を意味する。互いに助け合いたいという意味でクライヴは条約を交わしたはずだ。その意志を尊重したいが、こちらだって国民を守る義務がある。相手の軽率な行為は逆に信頼関係を失わせるだけだ。


 するとクライヴは安心させるような声色を出した。


「だから今度はこっちが彼を雇うんだよ。彼はアルトダストをよく知っている。こちらの意図を伝えることもできる。伝令として働いてもらうつもりだ」

「……殿下が、そうおっしゃるのなら」


 主君の命令は絶対だ。例え色々と思うことはあっても、クライヴの決めたことに忠誠を誓う。側近として働かないかと問われた時、ヴィラが傍にいた。だからより意識は固まったが、それだけじゃない。自分の意志で決めた。側近として傍にいることを。


 エダンは真っ直ぐクライヴを見つめる。

 それは意志の強さを表していた。


 するとクライヴも見つめ返す。

 綺麗な青色の瞳は穏やかに光を放っていた。


「わー。あいつが好きそう」

「は?」


 急にリオから言われ、エダンは素の声を出す。

 するとふっと笑われた。


「さっきの幻覚の魔法使いだよ。そいつ性格は難ありな女だけど、正義感が強い人が好きらしい。多分あんた惚れられるな」

「……なんでそんな話になるんだ?」

「今後アルトダストから使者が来たり、こっちが行ったりするからね。エダンが対応することもあると思う」

「え」


 クライヴが目を細める。


「他国の魔法使いとも交流を図りたいからね。ほんとにそんなことになったら、エダンのお嫁さん候補にする?」

「な、俺にはヴィラが」

「え、なに。あんた恋人いるの?」


 リオから聞かれ、少し動揺した。


「いや恋人じゃないが……」

「じゃあ片思い? 一途なんだな。余計好かれそう」

「は!?」

「あいつそういうの気にしないから。気を付けた方がいいよ」


 なぜかにやっと笑われた。


 それを聞いてエダンは若干引いた。一体どんな目に遭わされるのだろう。その魔法使いにまだ出会ったことがないというのに、自分の身を心配した方が良さそうに思えてきた。


 クライヴはくすくす笑う。


「大丈夫だよ。どちらにせよ僕に同行してもらう形になると思うから。君を一人にはしない」

「そ、それは心強いです」


 側近の立場なので守るのはこちらなのでは、と思いつつ、クライヴの言葉に甘えてしまう。クライヴは頷き、ちらっとリオを見る。そして再度エダンに目を戻した。


「少し彼と話したい。席を外してもらってもいいかな」

「分かりました」


 エダンはその場で敬礼をし、部屋を出た。







 部屋が静かになってから、クライヴはリオを見た。

 穏やかな笑みを浮かべている。


 リオは真顔になって口を開いた。


「あいつには話さないんだ」

「何のこと?」

「霧の魔法使いだよ。確か……フィーベルか」

「ああ、うん」


 あっさり頷く。


「アルトダストがあんたに敵対心を向けているのは、フィーベルが主な理由だろ」

「よく知ってるね」


 初めて対面した時もリオは真っ先にフィーベルの話をしてきた。そしてこうも言ってきた。「早くアルトダストに渡した方がいい」と。


「大体の事情は聞いてる。それに俺は魔力の波動で相手が何の魔法を使えるかなんとなく分かる」

「それはまた便利だね。だからさっきエダンの魔法を当てたのか」

「そ。フィーベルのこともすぐ分かった。あの場で会えるとは思ってなかったけど。幻覚の魔法使いも気付いたと思うぞ」

「そうだね」


 クライヴは穏やかに返す。全く焦っていないことに、リオは少し疑問に思った。


 実は会うつもりはなかった。あの場で「王子に会いたい」と言ったのは、クライヴに意識してほしいというアルトダスト側の思惑があったのだ。それだけ警戒していると。


 もちろん捕まる可能性もあったため、その時は話したのでいいと言われた。リオはただの傭兵。依頼があれば仕事をするが、特になければその時だけの関係だ。だがアルトダストからはそこそこ情報を提供された。同じ魔法使いであり、その時だけの関係だからこそ、口が軽くなったのかもしれないが。


 アルトダストが欲しいと思っていた人物を、クライヴが今握っている。握ってはいるが、だからといって優位な立場にいるわけではない。


「……あんたがアルトダストをどのくらい知ってるかあれだけど、あの国は本当にやばいぞ。やると言ったことはやる。革命を起こした国だ。戦争だって簡単にできる」

「それは僕自身とても感じているよ。現に王族の一人にはとても嫌われているしね。でも、王子は協力的だ」


 するとリオは思い出すかのように目線を上にする。

 そして苦々しい顔になった。


「……あの王子は楽観的だからな。嫌われてるって、妹からか?」

「うん。もう一人のね」

「! ……それ、本人に言ったの?」

「言ってないよ。言ったら首をはねられるだろうね」


 物騒な単語を出したものの、クライヴは変わらず柔らかい表情だ。逆にリオの方が冷や冷やした。アルトダストの中でもそれは非公開になっているはずの情報だ。


 なぜクライヴが知っているのか。リオはたまたまその話を聞いてしまったので知っていた。だがもちろん誰かに漏らしたことなどない。


 あえて別の言い回しにした。


「……側近には、本当に気を付けた方がいいぞ」

「僕は仲良くなりたいんだけどな」

「やめとけ。ほぼあいつ一人で革命を起こしたと聞いた。王子が頭を働かせ、側近が実行した。側近の手は常に血に染まっていると聞く。俺も会ったことあるけど、笑った顔を一度も見たことがない」

「そうなんだ。じゃあいつか僕が笑顔にしたいね」

「……話聞いてる?」


 あまりの話のずれに、リオは心配になって聞く。


 だがクライヴは微笑んだままだ。そんな様子に思わず呆れて溜息をつく。リオは理解した。この王子は肝心なことを何も言わない。そしてこちらの心配を心配と思っていない。


 だから一つだけ問うた。


「フィーベルのこと、どうするんだよ」


 クライヴはにこっと笑った。


「まだ、秘密だよ」

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