25:三者三様の動き

「さて、どこからでも来ていいよ」


 互いに距離を取り、向き合うような形になる。


 ルミエールは余裕の笑みを浮かべていた。この現状を楽しんでいるようにも見える。先程彼は「見つけて欲しかった」と言っていた。その後はどうしたいのだろうか。フィーベルはしばし考えながらも、今自分がすべきことに集中する。今自分にできることは、目の前の人物を捕まえることだ。


 フィーベルはすぐに足を動かし、ルミエールに近付こうとした。広い部屋な分、周りを邪魔するものはない。むしろ動きやすい。もしかしたら、こうなることを分かって彼はこの部屋を選んだのかもしれない。


 距離が近くなるフィーベルに対し、ルミエールは動かない。ただ立ったまま、笑っていた。それが少し不気味だった。それでもフィーベルは臆することなく距離を詰める。


 後少しで手が届く、と思えば、彼は移動・・した。


(!?)


 彼は移動した。一瞬で。

 すぐに顔を動かしたが彼の姿が消える。


 消えて、また現れる。


(まさか)


 フィーベルはすぐに理解した。


「それがあなたの魔法ですか」


 すると相手の足が止まる。

 ご丁寧に手のひらを見せてくる。


「そうだよ。僕の魔法は瞬間移動。そりゃあ捕まらないよね」

「…………」


 もしかして今まで捕まるようなことをしてきたのか。


 ガラクの情報では、彼は犯罪に手を染めていない。だが、それにしても彼の情報は少なすぎる。これは彼自身がその情報をもみ消した可能性もある。なぜなら魔法を使えるなんて、リナルディも聞いていない。


 だが彼は今、足を止めてわざわざ話しかけてきた。

 今なら聞けるだろうか。


「あなたの目的は何ですか」

「だから言ったじゃん。見つけて欲しかったんだって」


 急に口調がくだけてきた。


「見つけてもらってどうするんですか」

「会いたいんだよ。……本物の『殿下』にね」


 にやっと笑われる。


「――なら会わせようか」


 背中側から声が聞こえ、フィーベルは振り返る。

 ルミエールもそちらに顔を向けた。


 すると涼やかな声と共に呪文が響く。


四方の雨乞いレイン・ビガーズ・オールサイド


 青白い光が部屋全体を包み込む。


 一斉に包まれたと思えば、急に天井から雨が降り始めた。部屋全体が雨で水浸しになるのでは、と思い足元を見れば、濡れていない。部屋全体が薄いヴェールのようなもので包まれている。天井自体から雨が降っているのではなく、ヴェールから雨が流れ出ていた。なるほど、空間を生み出し、その中だけ雨が降る仕組みになっているのか。


 魔法を使った人物を見れば、フィーベルは目を丸くした。


 先程アンネを連れ去った青年……いや、ただの青年ではない。仮面を外し、美しいラピスラズリ色の瞳が見える。そこにいたのはイズミだった。正式にヴィラ隊に配属が決まったとき、ヴィラから軽く紹介は受けている。挨拶くらいしかしていないが、印象的な容姿は覚えていた。


 なぜここに、と問う前に、イズミの傍にアンネがいることに気付く。


 目を丸くしながら見つめると、アンネは安心させるように頷いてくれる。見たところ怪我はない。それが分かってやっと安心した。少し遅れてリナルディも部屋に入ってきた。逃がすつもりで外に出てもらっていたのだが、どうやら二人を呼んでくれたようだ。


「……なんだ、やっぱり他にもいたんだね」


 ルミエールは少しだけつまらなそうな顔をする。


 イズミの魔法でずぶ濡れになっていた。同じ空間にいるフィーベルも同じく大量の雨を受け、頬に髪が張り付く。


 ちなみにイズミたちがいる場所は雨が降っていない。今フィーベルはルミエールと近い距離にいる。彼が動く範囲を狙って魔法を放ったのなら、イズミの判断は正しい。だがなぜ雨なのだろう。少しでも動きを鈍くさせるつもりなのだろうか。


「大人しく掴まってくれれば案内できる」


 イズミが静かに伝える。

 だが相手は鼻で笑う。


「そう簡単に捕まるのはつまらないんだよね」


 言いながらまた魔法を使い、移動を始めた。雨が当たる前に高速で移動を開始する。目を動かすよりも先に動き、その速さに少し目が回りそうだ。


 だがイズミは冷静に呪文を唱えた。


氷矢アイス・アロー


 降っていた雨が細い氷柱に変化し、勢いよく下に落ちてくる。


「な、」


 ルミエールは手で顔を庇った。

 が、容赦なくその氷柱は彼を襲う。


 先が矢のように尖っており、身体に当てては傷をつけていた。雨のときと変わらない速さで氷の矢は彼を中心に狙う。瞬間移動する暇もなく、ルミエールはただ自分を庇うことしかできない。よく見れば血が滲んでいる箇所もあった。瞬間移動を試みても、結局この空間にいれば、当たることに変わりはない。


「わっ!」


 フィーベルも氷の勢いに思わず声を出してしまう。慌てて霧の姿になり、イズミのいる場所まで移動した。自分にも刺さるんじゃないかと冷や冷やしたが、イズミが微妙に加減してくれていたようだ。何度か当たったものの、傷にはなっていない。痛みも一瞬だけだった。


 アンネが心配そうな顔で近づいて来た。


「フィーベル様、大丈夫ですか?」

「大丈夫。でもまさか、イズミ様と一緒だったなんて」

「――フィーベル」

「は、はい」


 背中を向けたまま呼ばれ、びくつきながら返事をする。


 イズミは自分より年上だ。しかも魔法兵としての実績もある。あまり関わってないこともあるのだが、顔色があまり変わらないからか少しだけ威圧感がある。そんな彼に急に名前を呼ばれたら誰だって緊張してしまう。


 イズミはちらっとこちらを見た。


「様付けじゃなくていい。敬語もいらない」

「……え?」


 思わずぽかんとしてしまう。

 何の話だ。


 アンネがこそっと補足説明してくれる。


「イズミ様は口数が少ないこともあって、敬語を使われるのがあまり好きじゃないんです」

「え、そうなの?」


 そんなことは初耳だ。ヴィラもイズミの簡単な紹介しかしてくれなかった。いや、時間がない中での紹介だったのだから、ここまで細かいことを伝える暇もないか。


 というかなんでアンネは知っているのだろう。問えば「目立つ方なのでより情報が集まりやすいんです」とどこか遠い目になりながら教えてくれた。どうやら彼の情報もよく飛び交っているらしい。


「じゃあアンネもそうなの?」

「彼女は別だ」


 即座に言われる。


「え、なんでですか?」

「その話は後だ」


 いや自分から言ったんだろう、と思わずツッコミしたくなる。だがアンネは再度小さく溜息をついて視線を逸らしていた。あまり見たことない表情だ。フィーベルは二人を交互に見てしまう。一体二人きりのときに何を話したのだろう。


 ルミエールに目線を戻すと、だいぶ苦戦しているように見えた。彼の個性魔法が「瞬間移動」なので、攻撃と防御の魔法ではない。どう見ても不利だ。


 それに、イズミの魔法はかなり幅広い。個性魔法は「水」と聞いていたが、雨に、そして氷にまで変化させることができるとは。普通水の魔法が使える人は、「水」の形でしか魔法を使えない。だが別のものに変化させ、攻撃魔法にするなんて、相当魔法の能力が高くないとできない。期待されている魔法兵であることは聞いていたものの、予想以上だ。


 今更だが、どうやらイズミもルミエールを追っていたらしい。ならば彼の単独ではないだろう。予想だが、おそらくエダンもいると思う。ヴィラが気合いを入れて準備をしていただけに、少し心配になる。


 それはアンネも同じなのか、小声で状況を伝えてくれた。どうやらアンネも連絡がつかないらしい。一応随時連絡しているものの、返答はないとのこと。もしや何かあったんだろうか。それともエダンに会ってしまったんだろうか。


 すると、ルミエールの傍に青緑色の光りがふわっと飛んできた。


(……?)


 急に現れたそれにフィーベルは釘付けになる。よく見ればそれは蝶の形をしていた。光がふわふわと、ミズノの魔法を通り抜けてルミエールに近付く。そして彼に触れたと思えば、真っ白な光りが全体に広がった。


「!?」

「きゃっ!」


 その場にいた全員が、思わず顔を背ける。しばらくして光りが止んだと思えば、そこにいたルミエールがいつの間にか消えていた。


「フィーベル様、窓が!」

「!」


 見ればこの部屋にある一つの窓ガラスが割れている。

 所々血痕があり、おそらくルミエールのものだろう。


 この部屋は広いこともあって三階に完備されていた。娼婦館というのはどうやら縦にも横にも大きい造りになっているようだ、と来た当初は感心したものだ。だがまさか窓から飛び降りるとは。


ミスト!」


 すぐに霧の姿になって後を追う。

 ここで逃げられるわけにはいかない。







「……で。お前なんでここにいるんだ」


 シェラルドから半眼で見られる。

 ヴィラは首も視線も下にした。


 それを見たヨヅカは呑気に笑う。


「早く白状した方がいいよ。ヴィラが好き好んでここにいるわけじゃないことも、好き好んでその格好してるわけじゃないことも、みんな分かってるし」

「え、」


 そう言ったのはエダンだ。

 一斉にみんなから注目を受ける。


 すると慌てて口を手で塞いでいた。

 そして一つ咳払いをする。


「そういうことだ。早く説明しろ」

「いやエダンくん絶対分かってなかったでしょ」


 思わずヴィラはツッコミしてしまう。

 すると慌てた様子で返された。


「仕方ないだろう、そんな格好今まで見たことないんだから」

「あはは、見惚れてました?」

「ちょ、ヨヅカっ!」


 余計なことを言うな、とヴィラは止めようとする。だが、エダンはまんざらでもない顔になっていた。それを見て羞恥で顔が熱くなる。今までそんな素振りを出したことないくせに。


「はっはっは、案外早く見つかったな」

「ガラク殿!?」


 颯爽とした足取りで登場した人物に、シェラルドだけが反応する。ヨヅカとエダンは特に動じていなかった。ガラクはうんうん、と頷く。


「まぁいつか落ち合うとは思っていたがな」

「どういうことですか。なんであなたまで」

「いやな、これには深い理由があって」

「そんな理由くそくらえなので状況説明を求めます」

「相変わらずお前は辛口だなぁ」

「そんな悠長なことを言ってる場合では、」


 するとヴィラの耳元の魔法具が鳴った。

 連絡だ。ヴィラはすぐに応答する。


「こちらヴィラ」

『ヴィラ様!』

「反応が遅くなってごめん。逐一の報告ありがとう。ちゃんと聞いてる。そっちの状況は?」

『窓から逃げたようです。今フィーベル様が追っています』

「了解。私も援護する」

『お願いします』


 ヴィラはすぐに通信を切った。


 エダンの登場にかなり動揺したものの、アンネとフィーベルの報告が聞こえてなかったわけじゃない。だがとにかく目の前の相手をなんとかしないと指示も出せないと思っていた。それに、アンネからイズミに会ったことも報告を受けている。エダン、そしてシェラルドとヨヅカに会った瞬間、把握した。彼らも自分たちと同じ人物を追っていると。


 ヴィラは思わずガラクの顔を見てしまう。

 すると眉を下げながらもちょっと笑っていた。


 それに対しむっとしてしまう。


 誰にも言わないようにと釘を刺してきたというのに、それは互いに秘密にするためだったのか。やっとエダン抜きで仕事を行えると決意を固めていただけに、少しだけ複雑な心境だ。


 だがヴィラは気持ちを切り替えようとする。


 今フィーベルが追ってくれている。

 ここからが自分の腕の見せ所だ。


「了解。すぐに向かう」


 エダンが誰かに応答していた。おそらくイズミだろう。

 彼が今回の指揮だとすぐに分かった。


 ヴィラはすぐに箒を呼ぶ。今や魔法具の進歩により、箒も小型化して携帯することができる。便利になったものだ。


 ここでエダンたちに後れを取るようなことはしたくない。箒に乗ろうと足を動かす。するとそれを見たエダンがぎょっとした。


「まてお前。そんな短い格好で」

「大丈夫だよ横に乗るから」


 いつもなら跨るのだが、さすがにこの格好だとそれはできない。横に乗って移動もできるので、それで対処する。だがエダンは声を張り上げた。


「そういう問題じゃないっ! 見えないからいいんじゃなくてだな」


 ヴィラは顔をしかめた。


 エダンは昔から色々と細かいことを言ってくる。こちらは気にしていないのに、それはやめろとか、はしたないとか、口うるさい。それにここにいること自体、腹が立っている。


 ここにいるのは彼のせいじゃない。おそらく頼まれたのだろう。だが、そんなことはこの際どうでもいい。いい加減に過保護はうんざりだ。


「うるさいなぁ。エダンくんは私のお父さんなの!?」

「俺は心配して」

「その心配が鬱陶しいのっ! さっさと独り身卒業してっ!」


 言い合う時間がもったいない。

 ヴィラはすぐに箒に乗ってその場を移動した。


「な……なんで今その話なんだっ!」


 一瞬間を空けつつ、エダンも後を追った。




 残された三人は移動手段がないため、小走りでついていく。シェラルドとヨヅカは今回の任務でサポートを頼まれた。指揮はエダンだ。エダンならば上手く指示をくれるはずだろう。


 しかも相手は魔法が使えるときた。元々そんな情報はなかったが、イズミからの連絡により知る。これも見越して魔法兵に仕事を頼んだ上官たちはさすがだと思う。得体の知れない人物なら、相手が魔法を使えることを考慮して魔法兵を置いた方が動きやすい。


 もちろん騎士は騎士でできることがある。

 こちらは出来る限りサポートするだけだ。


 シェラルドは走りながらガラクに声をかける。


「エダン殿とヴィラのためですか」


 薄々そうじゃないかとは思っていた。

 ヨヅカもあはは、と楽しそうに笑う。


「上官たちも二人のことを心配してたんですね」

「さっさとくっついてほしいだろ」


 ガラクはあっけらかんと答える。


 シェラルドは頭が痛くなった。気持ちは分かるが、私情が入りまくっている。それはどうなのか。仮にもこの国の王子が絡んでいる仕事であるのに。


「それは二人の問題では」

「その二人が動かないから周りが動くんだろうが」

「だからといってやり方が少し強引過ぎます」

「お前は頭が固いなぁ。だから花嫁からのハグも素直になれないのか」


 ぎょっとしてしまう。


「俺のことは今関係ないでしょうっ!」

「なにを言う。いつも三十秒しかしてないと聞くぞ? もっと長いことすればいいものを」


 誰から聞いたんだ。


 思わずヨヅカを見てしまう。だが彼はただにこっと笑っただけだった。いつものように朗らかな笑み。……この笑いはどっちの意味なのか読めない。


 シェラルドは若干いらいらしてしまう。


「彼女に余計なことを言わないで下さい。あいつは素直過ぎるんですから」


 ガラクに言われてハグをし始めたのは分かっている。


 ガラクも分かった上でフィーベルに言ったに違いない。相手の言葉を素直に聞き入れるのはフィーベルの美点だが、だからってなんでもかんでも受け入れなくていいと思う。だがガラクは隊長だ。しかも愛妻家だ。結婚生活も長い。だからアドバイスと言われたら聞き入ってしまうのだろう。お節介でしかないが。


 シェラルドを含め他の者はガラクの人となりを理解している。だからどれが必要な情報なのか、どういう言葉を本気で捉える必要があるのか、判断ができる。だがフィーベルはまだできない。だから困るのだ。


 だがガラクは口元を緩めにやにやする。


「なんだかんだ嬉しいだろ」

「誰がっ!」

「え、そうなの?」


 これにはヨヅカが食いついてきた。

 思わずうっ、と声が漏れる。


「数日会えないだけで寂しそうにしてたのに?」

「ヨヅカっ!」


 わざわざ言う奴があるか。

 するとガラクは意外そうな顔になる。


「なんだ案外進んでるのか?」

「今日はけっこう長いことハグしてたらしいですよ」

「おまっ、なんで」


 あの後のことは見てないはずだ。

 だが彼は変わらずあはは、と笑うだけだ。


 このままでは埒が明かない。

 シェラルドは話題を変えた。


「今回ヴィラと共に仕事をしてるのは誰ですか」

「うん?」


 とぼけるような声を出される。

 そんな手には乗るか。


「イズミから聞きました。仲間がいると」


 通信を通して報告を受けていた。娼婦館に潜入している他の仲間が二名いると。なぜか名前までは出さなかったが、イズミも知らない人物だったんだろうか。誰なのか予想がつかない。


 なぜならヴィラ隊は特殊だ。女性初の隊長ということもあり、ヴィラの補助のためにエダン、そして将来を期待されてるイズミの三人でしか構成されていない。あえて他の者を入れないのは、色んな意味がある。


 例えばヴィラは魔法を自在に操れるがけっこう面倒くさい。簡単に言えば世話が大変なのだ。エダンは実力と人柄が備わり過ぎて人からかなり注目を受けている。イズミは能力があるものの無駄な会話を避けるためコミュニケーションを取るのが少し難しい。個々を見れば優秀であるのに、集まれば集まったで制御が難しい隊だったりする。


 シェラルドとヨヅカはそれを知っており、知っているからこそこのようにサポート役を任されることも多い。むしろ他の者だと上手くサポートができないのだ。互いに協力するというよりは個々で好きに動いてしまう。主にヴィラなのだが、時にイズミも暴走する。それをエダンだけがまとめるのも毎回一苦労だ。軽い仕事ならまだしも、今回のような大きい仕事になるとさらに制御が難しくなる。


 だから今回の仕事の内容を聞いて驚いた。ヴィラがいないことに。そして、ヴィラが別で動いているということも。ヴィラが単独で動いているわけではないだろう。能力は高くても一人だけが頑張ればいい話でもない。特に相手を捕まえないといけない場合は、周りに配慮した上で進めないといけない。残念ながらヴィラは目の前のことしか見えないので、周りに配慮した動きはできない。


 だから聞いたのだ。誰がいるのかと。


 ……いや、ほんとは気付いている。気付いているのだが認めたくない。……いや大丈夫だろう。彼女はいないはずだ。このような場所が似合わない彼女が、ここにいるわけ。


「フィーベルもいるぞ」

「…………は」


 思わず素の声が出る。


「本当は言わないつもりだったんだがなぁ」

「……ガラク殿、どういうことですか」

「あ、やばいな」


 シェラルドの声色で悟ったのだろう。ガラクはそっぽを向く。だがシェラルドは遠慮なく上官に近付き、胸倉を掴んだ。互いに足が止まる。


「フィーベルは今どこにいるんですか」

「あーヨヅカ。これは本気で怒ってるな?」

「静かに怒ってるときは本気で怒ってますねぇ」


 ガラクが焦ったようで顔を引きつらせているが、ヨヅカがのんびりした様子でそれを見ていた。シェラルドは上官に対して何をしてるんだと頭の片隅にあるものの、感情が高ぶるのが抑えられなかった。


 ガラクの言ったことが本当なら、イズミがいる場所にフィーベルもいたことになる。何の姿で、なんて愚問だ。だがそれを口に出したくはなかった。むしろ人の花嫁をそんな格好にさせるとかどういうことだ。


 ……そういえばアンネが今日わざわざ連れて来たのもおかしかった。しかもあんな妖艶な姿だ。もしやあの格好なのか。あの格好のまま誰かに見せたのか。……いや、他の人には見せてないと言っていた。なら一体どんな姿で。


「ちょっとシェラ。絞めてる絞めてる」


 はっとして見れば手に力が入っていたらしい。

 ガラクの首を絞めている状態になっている。


 青白い顔になりつつある相手に、慌てて手を離す。


「申し訳ありません」

「……いや」


 言いながら咳き込んでいる。

 さすがのガラクも少ししんどかったようだ。


「安心しろシェラルド。フィーベルは男装してる」

「男装?」

「護衛としてな。さすがに娼婦にはできんだろう。お前の花嫁だからな」


 珍しく真面目な顔でふっと笑う。


 シェラルドは目を丸くする。この顔のときのガラクは、本気だ。配慮してくれたのが分かった。このように、彼は時と場合によっては上官らしい表情をすることもある。


 が。


「……その前にそんなところに連れて行かないで下さい」

「あっはっは! お前も過保護だなぁ」

「せめて先に俺に知らせて下さい。俺の花嫁だからというのなら、俺にも許可を取るべきです」

「いやだってお前絶対ダメって言うだろう」

「言いますが」

「ほらぁ」


 ヨヅカがくすくす笑う。


「ヴィラのためでもあったんだよ。シェラ、許してあげて」

「……お前までそんなこと言うのか」


 思わず口を尖らせてしまう。


「へぇ。シェラは独占欲が強い方だったの?」

「は!?」

「だってこれは仕事だよ? フィーベルさんの意志じゃない。命令。それにフィーベルさんは腕っぷしも強い。そんなに心配するほどのことじゃ」

「馬鹿言え、俺の花嫁だぞ。男がうようよいる場所になんか行ってほしくないだろうが。大体フィーベルはいやでも注目される」


 式典の時もそうであったし、なんならこの場所は欲を求めている男たちの楽園だ。そんなおぞましいところにフィーベルがいるなんて考えただけでイラついてくる。しかもただの花嫁じゃない。フィーベルに何かあれば、おそらくクライヴだって黙ってないだろう。


「わ、すごい惚気」

「は?」

「すごいなぁシェラルドがこんなこと言うなんて」


 なぜか二人共に感心される。

 シェラルドは訳が分からず二人を交互に見る。


 何か変なことを言っただろうか。


「きゃあああ!」

「「「!」」」


 急に聞こえてきた声に、三人はすぐに反応した。

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