21:支える側
ガラクによるとどうやら娼婦館に知り合いがいるらしく、その人からの協力を得て潜入するようだ。フィーベルとアンネが潜入し、ヴィラが指揮をとる。そう決まったのだが、ヴィラは少しだけ不服そうな顔をしていた。
「私は自ら行く方が向いています。指揮をとるのは向いていません」
「今までずっとエダンが指揮をとっていたもんな」
ヴィラは頷く。
フィーベルも話を聞いていたので知っていた。ヴィラとエダンの連携プレーはバランスがよく、いいコンビネーションだったようだ。ちょっと見てみたいと思っていたりする。行動派のヴィラに頭の回転が速いと言われるエダン。想像するだけでも二人の優秀さが分かる。
「だがこれからはエダン抜きで仕事をするんだろう? いい機会だ」
「!」
「そうでなくても元々お前たちに任せようと思っていたがな。場所が場所だ。男に任せるとうっかり相手の女性に惚れて、仕事どころじゃなくなるからな」
ガラクはおかしそうに笑っていた。が、フィーベルたちはちょっと笑えなかった。男女の感覚の差もあるのだろう。アンネがわざと大きな咳払いをする。するとガラクも苦笑した。話を戻す。
「自分が隊を引っ張りたいのなら、エダンのやっていた役割をしてみろ。それができれば大きい。上の者は部下を引っ張らないといけない。得意じゃないからできない、は通用しないぞ」
顔は穏やかだったが、声色は真面目だった。
ヴィラはフィーベルの右隣りにいる。
膝の上に置かれていた両拳が、固く握りしめられた。
「はい」
覚悟を決めた顔をしていた。
凛々しい様子が、女性ながらにかっこいい。
ガラクは目尻に皺を寄せる。
「若いもんが育つのは俺たちにとってもありがたいことだ。仕事を成功したらきっとエダンも認めてくれるだろ」
「どうでしょうね……エダンくんですから」
「自信がないのか?」
にやっと試す様に笑う。
すぐにヴィラはむっとした。
「まさか。無理やりにでも納得できるようにしてやります。……フィーベルさん、アンネさん」
急に名前を呼ばれ顔を向ける。
ヴィラは姿勢を正して真剣な表情で言った。
「二人が危険な目に遭わないよう、最善を尽くして指揮をとるから。よろしくね」
「はい」
「よろしくお願いします」
フィーベルとアンネは柔らかい声で伝える。
ヴィラは実力があるだけじゃない。普段は気さくなのだが、そうでなくても人を惹きつける魅力がある。思わずついていきたい、もしくは共に頑張りたい、と思わせる何かがあると思った。
上手く言葉では表現できないのだが、一緒なら頑張れる気がしたのだ。エダンだって、ヴィラを慕う者は大勢いると、マサキに言っていた。親しみがある分、ヴィラのことを好ましく思う人は多くいると思う。
フィーベルはアンネに声をかける。
「私が傍にいるから。守るからね」
容姿を考えてもアンネが一番狙われやすい。クライヴに似ているという人物に出会えるかまだ分からないが、娼婦館だ。他の男性がアンネに惚れてしまう可能性もある。フィーベルも潜入するが、こちとら魔法兵だ。自分の身は自分で守れる。
アンネは一般人だ。魔法が使えるわけでもない。
だから一番近くにいる自分が守ろうと思っていた。
するとアンネはふふっと、自然に笑う。
「それは頼もしいですね」
彼女の素の笑みは一番綺麗だ。
なんだかこちらの方が照れてしまう。
「ですが、」
「?」
「私もそれなりに対処しますから」
極上の笑みになったと思えばすぐにその笑みがいつもと違うことに気付く。すっといつの間にか取り出した小型ナイフや針が、きちんと磨かれているせいか光って見えた。どこに隠していたのだろう。
「さ、さすが……」
ヴィラがぼそっと呟く。
フィーベルも顔が引きつった。
だがふっとアンネは表情を戻す。
「フィーベル様のことはもちろん信じています。何かあった時はよろしくお願いします」
先程までのちょっと怖い様子はどこへやら。丁寧に頭を下げられ、フィーベルも慌てて同じことをする。すると傍で見ていたガラクが「美しい友情だな」と、大きい声で笑っていた。
「あ、そういえば一つ気になったのですが」
アンネがガラクに手を挙げて質問する。
「なんだ?」
「フィーベル様をそんな場所に行かせていいんですか。旦那様が怒りそうですが」
「だ、旦那様って……」
すぐにシェラルドのことだと分かったが、そういう言い方だと少し緊張してしまう。だがアンネはふっと楽しそうに笑っていた。……人で遊ばないでほしい。
「ああ、それは問題ない。フィーベルには別の姿で潜入してもらうからな」
「別の姿?」
「それは後で説明する。だがフィーベル、シェラルドにはバレないようにしてくれ」
「え」
「この件は一部の者しか知らない。殿下に関わることだからな、秘密にしておきたい。しかも娼婦館に潜入させるなんてシェラルドに知られたら、おそらく俺は怒られるだろう。頼む」
頼む、と言いながら笑顔で頭を掻いている。あんまり心配していない様子だった。仕事なのだから言っても問題ないような気もしたのだが、フィーベルは頷く。
するとアンネが補足する。
「大事な花嫁がそんな場所で他の男と一緒にいるって知ったら、シェラルド様怒りますよ」
「そ、そうかな? 仕事って分かったら何も言わなさそうだけど」
仕事人間のシェラルドなら、むしろ分かってくれそうな気がするが。そして、しっかりやれ、と応援してくれると思った。
するとヴィラが苦笑する。
「シェラルド、嫉妬深い感じするもん。絶対怒るね」
「ですよね」
「ええ……?」
「式典の時だって、ドレス姿見せたくないって言ってたじゃないですか。潜入となると着飾らないといけませんよ。そんな姿を他の男に見せたら発狂しそう」
「逆にそんなシェラルドも見てみたいけど」
「あ、私も見たいです」
いつの間にか仲良くなっていた。
思わぬ話題でわいわいと話しだした二人に、フィーベルは何度も瞬きをしてしまう。シェラルドにそう言われたのは覚えているものの、それは一応花嫁としての立場があったからだと思う。
しかもあのドレスはかなり胸元が開いていた。フィーベルのためにも言ってくれたのだろう。それに、そう言われても、どう反応していいのか分からない。本物の花嫁ではないし、こういう時は喜んだ方がいいのだろうか。だが実際シェラルドにそれ以外のことを言われたわけでもない。やはり反応が難しい。
「フィーベル様正直だから、シェラルド様に仕事のこと言いそう」
「大丈夫、私から言っておくよ。しばらく身柄を預かるって」
勝手に話が進んでいた。
だが確かに、シェラルドの前だと顔が緩んでいる気がする。勢いのままに言ってしまいそうだ。フィーベルは自分の頬を何度も揉む。うっかりしゃべらないよう、シェラルドの前では静かにしておいた方がいいのかもしれない。
それを見ていたガラクは、何やら面白そうに口を緩ませた。
ガラクは一人、先程の部屋にいた。
そして胸元からあるものを取り出す。
手のひらサイズに納まる灰色の機械で、たくさんボタンがついている。ガラクはメモを取り出し、それを見ながらボタンを押す。機械からいくつかの電子音が聞こえ、静かになったと思えば声が聞こえてきた。
『はい』
「アンダルシアか。俺だ」
『ガラク。ようやく魔法具を使う気になったか』
「思ったより便利だな」
『当たり前だろう。支給されてから使ってなかったのは君くらいだ』
「はっはっは!」
これは騎士団、魔法兵団に支給されたもので、互いに連絡を取るために使える魔法具である。つい最近開発され、今は上官のみ使用が許可されている。実用化に向けてはまだまだ研究が必要なようだ。
機械が動くのは魔力で動くように作られているからであり、生まれながら魔力を持つ魔法兵たちは、自分の魔力を原動力として使用していたりする。魔法を使えない騎士たちは魔力がなくなれば補給しなければいけない仕組みだ。
「すまんすまん、必要ないと思ってな。話したければ自分の足で会いに行けばいいだろう?」
『脳筋だな』
冷静にツッコミを入れてくる同期は容赦ない。
だがガラクは、そんなところも気に入っていた。
「あの件のことだ。ちゃんと動いてくれるぞ」
『そうか、こちらもだ。すんなり聞き入れてくれた』
「本当か? ヴィラのこと聞かれたんじゃないのか?」
『警戒していたが、納得してくれたよ。君特製の冷やかしもつけておけば案の定、動揺していた』
冷やかしを入れるように伝えたのはガラクだ。
真面目なエダンのことだ、仕事だけの話だとヴィラのことでまた熱くなるだろうと思っていた。だからこそ別の話を入れた方がその熱も冷めるだろうと思っていた。案の定だ。
「あの二人の関係は全く進まないな」
『付き合いが長いからだろう。数えたら……七年か。やはり長いな』
「さっさとくっついてくれたら楽なんだが」
『両方がこれからの未来を引っ張る若者だ。長い目で見てあげようじゃないか』
ガラクはいつもなかなかくっつかない若者たちに手を焼いていた。だから何かしら手を出したくなるのだ。だが同期はのんびり屋なこともあり、ずっと見守り続けるタイプだ。たまにのんびりし過ぎていると思うこともある。
「予定通り、そっちのことを隠してある」
『こちらもだ』
「そんな中で互いにどれだけ動けるのか、見ものだな」
『ああ。私も傍でサポートする。そちらは頼んだぞ』
「任せろ。他の参加者は?」
『まだ検討中だ。候補は上がっている。殿下に関わる仕事だ。サポートが上手い者に任せたい』
「お前の見立てなら問題ないだろう。決まったら教えてくれ」
『ああ』
「じゃあな」
魔法具を切り、話を終わらせる。
今回の仕事は前々からどうするか上官たちで話し合っていた。そんな中、エダンとヴィラの問題も上がっていた。だからあえて混ぜてみた。案外いい組み合わせになるかもしれない。
ガラクはふっと笑う。
どう転がろうがこちらが支える。
それが上の仕事である。
数日後。
シェラルドはヨヅカと共に歩いていた。
これからエリノアの元へ向かうのだ。
仕事の内容は日によって変わる。隊でやる仕事もあれば、エリノアの願いを叶えるために一日費やすこともある。どこかに外出の際はもちろんついて行く。側近の仕事と隊長の仕事。いうなれば他の騎士より仕事は倍だ。
今日は昼食後、エリノアの護衛をすることになっていた。夜には重要な仕事もある。今日一日だけで少しくたびれそうだ。とはいえ仕事には慣れている。
問題は……それ以外のことだ。
シェラルドは少しそわそわしていた。エリノアの部屋は城の最上階の一番端。まだまだ廊下は長い。思わず「ヨヅカ」と名前を呼んだ。
「? どうしたの?」
「…………いや、」
呼んでからやはり後悔する。
やっぱりなんでもない、と言おうとした。
相手は苦笑する。
「何かあったんでしょ。なんでもいいから話して」
彼のこういうところによく救われる。自分から察して受け入れる。いつも色々といじってくるときはこの野郎と思うこともあるが、なんだかんだでいい同期だ。
「フィーベルさんのこと?」
口を開く前に言われ、ぎょっとする。
「なんで分かって」
「分かるよ。だって最近全然会ってないでしょ?」
「…………」
ヨヅカの言う通り、最近フィーベルには会っていなかった。式典の次の日以降、会ったり話したりしなくなったのだ。原因(?)は分かっている。フィーベルがヴィラの隊に入ったからだ。
『しばらくフィーベルさん借りるから』
フィーベルと共にいきなりやってきたヴィラはそう宣言した。そして宣言通り、その後は一切会ってない。話してもない。というか見かけてもない。
エダンと色々あったというのに、その時のヴィラは清々しい顔をしていた。エダンとはどうなった、と聞きたかったのだが、それを言う前にフィーベルを連れて行ってしまった。当の本人は、少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。一言も発しなかった。しばらく声も聞いていない。
ヨヅカがのんびり聞いてくる。
「会えないから寂しいの?」
「誰がっ」
反射的にそう返してしまう。が、あながち間違っていない。式典までの一週間はずっと一緒だった。それがたったの数日会ってないだけで、どこか空気が冷たいと感じていた。
「さすがに俺も、ハグの習慣だけはすると思ったんだけどねぇ」
ヨヅカが不思議そうな顔をしつつ言う。
シェラルドも全く同じことを思っていた。
魔法兵団がどんな仕事をしているのかはあまり知らない。訓練や仕事、他にも騎士団とは違ったことをしていると聞く。ヴィラの隊になったこともあり、忙しいのかもしれない。
だがまさか一切会えないとは思っていなかった。あんなにも意気込んでハグをしようと言ってきたフィーベルだ。無理やりでも時間を作って会いに来てくれると思っていたのに。
……はっとする。
「おい。なんでハグのこと知ってんだ」
「知ってるよそんなの。誰にも見られてないとか思ってたの?」
にこっと笑われる。
一応周りに目がないことを確認してからしていたのだが。
ヨヅカの前では無意味なのか、と少しだけ半眼になる。いや、仮に見ていなかったとしても、他の者が口を滑らせたのかもしれない。ヨヅカは口が上手いこともあり、相手から情報を聞き出すのも得意としている。そういった意味では味方で心強いが、こういう時だけ敵に見えてしまう。
こうなれば開き直りである。
シェラルドは腕を組んだ。
「別に会わなくていい。ただ元気かどうか気になるだけで」
「元気でしょ。何かあったらさすがにシェラに連絡来るよ」
「慣れない魔法兵団で、しんどい思いをしていないか」
「してないでしょ。確かに最初は慣れないかもしれないけど、フィーベルさん適用能力高いと思う」
「俺の花嫁でもあるから、会わない時間気にしてるんじゃ」
「一応式典も終わったし、それはないんじゃない? 案外シェラと離れて楽しくしてるのかもしれないね」
「……ヨヅカお前、わざと言ってんのか」
「なんのことかな?」
笑顔のまま首を傾げる。
絶対わざとだ。わざと煽っている。
そしてまんまと苛立ってしまう自分にも腹が立つ。
だがヨヅカは楽しそうだ。あははは、と笑いながらこう言ってくる。
「魔法兵団でもモテてるだろうね、だってあんなに可愛くて素敵な女の子なかなかいないもん」
思わずぶちっと何か切れそうな音が鳴った。
シェラルドは進んでいた足を真反対に向けて歩き出す。
「あ、ちょっとシェラ。どこ行くの?」
ヨヅカも早足でついてくる。
「あいつに会ってくる」
「なんだやっぱり寂しいんじゃん」
「違うっ! あいつがどこで何をしてるのか、俺には知る権利がある」
「仮でも旦那だから? それ職権濫用じゃない?」
「阿呆かっ! むしろ逆だっ!」
クライヴから頼むと言われているのだ。知らない間に何かあったらどうする。大体、クライヴから言われたフィーベルの秘密は、おそらくヨヅカも知らない。詳しいことを言える場合でもなかった。
「なんでそんなに怒ってるの。心配しなくてもフィーベルさんだよ。モテてもシェラ一筋だって」
「そんな心配してないっ!」
むしろそういう話じゃない。
すると目を丸くされる。
「え、つまりシェラは、フィーベルさんに好かれる自信があると」
「誰もそんなこと言ってないだろうがっ!」
怒りに任せて顔が熱くなるのを感じているのだが、この問いに関しては別の意味で熱くなりそうだ。フィーベルが好いてくれるなんて、そんなこと思ったこともない。顔が怖い。厳しい。大体評価はこの二つだ。口が悪くなることもある。そんな男をわざわざ好いてくれるものか。
と、シェラルドは自分で言いながら少しだけ胸が痛くなるのを感じる。フィーベルの方が気の毒かもしれない。守るためとはいえ、こんな男の花嫁になってしまったなんて。何も得がないんじゃないだろうか。
「シェラルド様ー!」
いつも名前を呼んで来てくれるが、それもこれも、クライヴの命令だから、仕方なくだ。フィーベルの意志ではない。分かっている。仕事ならやる気も出ると言っていた。その程度だ。
「シェラルド様っ」
しばらく離れているせいか、幻聴でも聞こえてきただろうか。凛とした少し高めの声が懐かしい。そう、この声だ。よく通った澄んだ声をしている。
「あの、シェラルド様……?」
先程よりも声がよく聞こえてきた。いやに現実味を帯びているなと思って顔を向ければ、はっとする。そこにはフィーベルがいたのだ。
しかもいつもの制服ではない。ドレス姿だ。以前シェラルドが用意していた清楚なドレスと同じタイプで、色は黒色。スカートの長さは前より若干短く、長くて華奢な足が見えている。
髪型も結っていて、耳には白いパールのイヤリング。これも以前と一緒だ。化粧は以前より濃いのか、唇の赤色がやけに目についた。
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