20:頼まれる仕事
「よっ」
手を見せながら近付いてきたのは、騎士団の隊長の一人、ガラクだ。いつも大きい声で笑っているのだが、今もにこにこと笑っている。フィーベルは式典の準備の時に会ったことがあり、「夫婦」とは何かを教えてもらった。
「あれ、アンネ?」
よく見ればその後ろにアンネの姿があった。
ガラクは縦にも横にも大きいので隠れていたのだ。
アンネはぺこっと頭を下げる。普段なら気さくに声をかけてくれるのだが、みんなの前なのでメイドらしく、控えめな挨拶だった。
ガラクと一緒にいるのは珍しい。騎士団の隊長と第一王子のお世話係。遠くない関係ではあるものの、近い関係でもない。なぜ二人が一緒にいるのだろうと思っていると、アンネがヨヅカに近付いた。
「ヨヅカ様、エリノア殿下がお呼びです。男性の意見が欲しいとか」
「男性の意見?」
「カイン殿下に贈り物をしたいそうです。今日まで滞在の予定ですから。急がれた方がエリノア殿下も助かると思います」
式典の後、エリノアとカインは一緒に食事を行ったようだ。襲撃時にエリノアを助けたお礼に、国王がその場を用意したとか。今日まで一緒に過ごすらしく、帰る前に渡すのだろう。
いい友好関係が築かれているようで、フィーベルも嬉しくなる。
「そう、分かった」
ヨヅカは微笑んだ。お姫様の命令であれば優先度は一番だ。その場にいるメンバーに一礼した後、駆け出す。その途中、ヴィラに笑いながら手を振っていた。それに対しヴィラはむっとしていた。色々情報を開けっぴろげにされたことを、少し恨んでいるのかもしれない。
「じゃあ、話をしていいか?」
ヨヅカが去ったのを確認して、ガラクが口を開く。
どこか楽しんでいる表情だった。
ヴィラは訝しげに聞く。
「どこから聞いてたんですか」
提案したところで名案だ、といって来たのだ。
つまりは話を聞いていたのだろう。ガラクは大笑いをする。
「最初からに決まってるだろう。お前たち目立つところで話してたんだから」
「なっ!?」
ヴィラはぎょっとする。
つまり過去のこと、そしてエダンに対する気持ちもバレてしまったということか。これにはフィーベルも目を丸くする。そっとヴィラを見れば「ヨヅカめ……」とさらに火に油を注いだ状態になっていた。
ヨヅカが直接ガラクに何か有益なことをしたわけじゃないのだが、結果的にそうなってしまった。怒るのは無理もない。
「まぁまぁそんなに気にするな。お前たちのことなんてわりと筒抜けだぞ?」
「は!?」
「エダンもお前さんに対しては度が過ぎるからなぁ。全く、互いに」
ごほん、とアンネが大袈裟に咳を出す。
「「?」」
「あー……」
ガラクだけは分かったのか、少しだけ顔を引きつらせる。見ればアンネは半眼でガラクを睨んでいる。ガラクも少し咳払いをした。
「まぁそれはいい。さっきの話の続きだ。任せたい仕事があってな」
「任せたい仕事?」
「ああ。別の場所で話そう」
城内にある部屋の一つを借り、フィーベルとヴィラはガラクと向かい合うような形になる。改めてこのような形になると、少し緊張してしまう。
ヨヅカと一緒に襲撃の対応をしたことはあるものの(式典の時の話だ)、あれはいきなりだった。今回は事前に打ち合わせがある。今まで誰かと一緒に仕事をしたことがないため、新鮮だ。ここに来るまでヴィラとは色々話したのだが、どうやらはフィーベルが隊に配属することは知っていたらしい。以前からそのような話は出ていたとか。
会食で得た情報も色々と話したいと言ってくれた。言われるまで忘れていたが、フィーベルの魔法についても色々と調べてくれているようだ。クライヴが指示を出してくれたからだろう。何度感謝をしてもし足りない。
……のだが、それよりも気になることがあった。
フィーベルはちらっと左隣を見る。
そこには平然とした顔をして座るアンネの姿。
ヨヅカに用事があってガラクと一緒に来たのだと思っていたのだが、どうしてここにいるのだろう。しかも彼女は、大きなバスタオルを持っていた。今は空いた椅子の上に無造作に置かれている。これから洗濯をするつもりだったのだろうか。
アンネは自分の仕事を決して放棄しない。放棄するとお給料にも響くからだ。現実的で仕事ができるアンネが自らの意志でそのようなことをするとは思えなかった。だからこそ不思議に思っていると、ガラクが口を開く。
「今回の仕事だが、クライヴ殿下に関わることだ」
「!」
フィーベルは顔色を変えた。
クライヴは王子ということもあり、色んな人物から注目されている。彼がしているのはこの国をよくすることばかりだ。だが人にとって良くても、人によって良くない場合もある。城への襲撃者の対応をしていたこともあり、フィーベルはその点をよく分かっていた。
「殿下に関わる以上、よほどの者しか任せられない。その点、お前たちは適任だ」
ヴィラも表情を引き締めて聞いていた。
ガラクは隊長クラスで年齢も上だ。経験も多い。そんな彼が言ってくれたということは、期待してくれているのだろう。ヴィラは隊長としての実力と実績がある。その点フィーベルは何もないが、クライヴの元で働いていたこと、そしてヴィラの隊員になったこともあって、任せたいと思ってくれたらしい。
クライヴのためならなんだってやる。
フィーベルは常にその姿勢でいた。
「どんな仕事なんですか?」
「ああ、実は――――」
その内容に、二人とも目を見開く。
「クライヴ殿下に似た人物が、夜の街を徘徊しているらしい」
「…………は」
予想しない内容に、エダンは反応が遅れた。
「信じられないよな。私も信じられない」
あっさり言ったのは、長い青銀色の髪に新緑色の瞳を持つアンダルシア・シェパーツ。その風貌は凛々しくも美しいと言われている、魔法兵団の隊長の一人である。
彼はガラクと同年代なのだが、何年経っても容姿が変わらない、と言われているほど若い。仕事はできるのがどこかのんびりしているところがあり、そこがガラクと気が合うのだとか。騎士団と魔法兵団を上手くつないでる間柄だ。
魔法兵として隊長の座にいるが、それだけでなく重要な仕事も任されている。そんな人物から単独で呼ばれた。何かしらあるのだろうと思っていたら……まさかのクライヴ絡みのことである。
「クライヴ殿下ではないのは確実だ。王子が夜の街に行くわけがない。仮に行くとしても、もっと上手くやるだろう。本人にも聞いたしな」
さらっと重要なことを言ってくる。
聞いたのか。むしろよく聞けたなと思う。
「笑っていたよ。『僕の代わりに楽しんでいるのかな』って」
その発言は数人の前でしか許されない奴だ。
「……それで、私に何の要件でしょうか」
エダンは本来の目的を聞いた。
このまま世間話に付き合っているほど暇ではない。今フィーベルがヴィラを追ってくれているが、正直早く捕まえて話をしたいと思っていた。これはヴィラと自分との問題だ。
「簡単なことだ。殿下に似た者を捕まえくれ」
「私が、ですか?」
「正確にいえば、お前とイズミにやってほしい」
「それは
エダンはあえて強調した。
イズミは同じ隊で活動している隊員だ。寡黙だが行動力があり、まだ若いのにその落ち着きと度胸に上官たちは舌を巻いている。ヴィラの隊になったのも、周りが彼の成長に期待しているからだ。
アンダルシアは二人でやれと言ってきた。だがエダンは副隊長だ。隊長であるヴィラの意見も聞かなければならない。そう思って答えたのだが、相手は首を振る。
「お前とイズミにやってほしい」
先程と全く同じ言葉を伝えてくる。
エダンは険しい顔になった。
「……ヴィラに問題があるからですか」
「マサキ殿に聞いたんだな」
アンダルシアの顔色は変わらない。
こちらが向ける感情に気付いていない、とでもいうように。
だがここでマサキの名前が出るということは、他の隊長にも伝わっている話ということか。予想はしていたが、本当に上官たちから不満の声が出ていたのか。自分のことではないが、自分の隊のことだ。エダンは少し悔しくなる。
だが相手はのんびりとした口調になる。
「心配するな、今回は関係ない。場所が問題なだけだ」
「場所?」
「殿下に似ている人物は夜の街……酒場もだが主に娼婦館に出没する。そんなところに惚れた女を行かせるわけにはいかないだろう」
「それは、」
男性の欲望を叶える場所。簡単に言えばそういう場所だ。確かにあまりいい場所ではないし、女性が行くべきところでもない。エダン自身も一度も足を踏み入れたことはなく、むしろ行こうとも思わない場所だ。……と、エダンは相手の後半の言葉にはっとした。
「な、なにを言ってるんですか。私は別に、ヴィラのことを」
「はて、ヴィラの名前は出してないが」
「流れ的に彼女のことを指していたではないですかっ!」
とぼけるのはずるいやり方だ。
だがアンダルシアは余裕の笑みを浮かべる。
「仮に否定するとしても、顔を赤くしながら否定するものじゃないぞ。それは肯定しているのと一緒だ」
「まさかアンダルシア殿からそのようなことを言われるのは思わなかったので、動揺しただけです」
確かに取り乱した気がするので、冷静に答えた。
とはいえ少し早口になった。
アンダルシアは分別がある人だ。そういう点では安心していたのだが、急に来た。ガラクは魔法兵団でも人の恋路に茶々を入れてくる人であることは広まっている。いろんな場所に出没しては大きな声で話しているのでただ漏れだ。……どうやら同期があれでは、似てしまうこともあるようだ。友人は選んだ方がいいと、相手は上官だが忠告したくなった。
「だがヴィラのことを気にかけているのは本当だろう。お前は一途な男だな」
朗らかに微笑まれる。美しい容姿も相まってか、眩しい。
エダンは何と言えばいいか分からず、黙っていた。
確かに今までも恋人じゃないのか、付き合わないのか、と散々周りから言われてきた。エダンはそういうつもりはなかった。年の差だって結構あるので、そう見られているとは思っていなかった。
ヴィラもヴィラで、そういう質問が飛んでくればすぐに「それはない」と即答するまでになった。……さすがに、即答はしなくてもいいんじゃ、と思ったことは何度あったか。
頭の中からヴィラを追い出し、真面目な表情で相手を見る。
「そういうことであれば、謹んでお受けいたします」
「うむ。詳しい内容は後で伝える。イズミにも話しておいてくれ」
「はい」
アンダルシアは少し声をひそめる。
「この仕事はお前たちの仕事だ。ヴィラも含め、他の者には言わないように」
「上手くやります」
クライヴ関係であるし、重要度が高い仕事だ。
今までも経験はあるので、心得ていた。
経験があるのは、単独の仕事を今までも頼まれたことがあるからだ。マサキを始め、多くの上官からはもっと上の立場になることを望まれている。マサキのように直接言われたこともあれば、目で訴えられることもある。仕事は断ることもできたが、さすがに上官の命令なら従わざるを得ない。
単独で行った仕事は全て、淡々とこなしてきた。余計な感情は入れなかった。少しでも見せればすぐに引っ張られてしまう。それだけは避けたかった。評価をしてもらえるのはありがたいが、今のエダンが望むのはそれではなかった。
だが仕事をこなせばこなすほど、その分仕事を頼んでくる上司の階級が上がっている。仕事の重要度も上がっている。それは薄々感じている。
それでも――譲れない想いは心の中にあった。
「……あの、整理していいですか」
フィーベルが恐る恐る聞くと、ガラクは「いいぞ」と笑う。
「つまり、クライヴ殿下に似ている人物が娼婦館によく出入りするから、私とアンネが娼婦館に潜入する。ヴィラさんは指揮をとる。で、三人でその人物を捕まえると……?」
「ああそうだ」
「ああそうだ、じゃないですよ! なんで一介のメイドを使うんですかっ!」
声を荒げたのはヴィラだ。
フィーベルとヴィラはガラクから説明を受けた。
夜の街にクライヴに似た人物が徘徊していると。
その人物がクライヴに似ている、というのが問題だ。クライヴの名前が夜の街に、それも色んなところに出てしまうと、変な噂が流れてしまう。それこそ信頼に関わるし、王子としての格も下がるだろう。
しかも騎士団、魔法兵団の中にはよく夜の街に繰り出している者もいる。それは心底どうでもいいが、クライヴがいるんじゃないかと思うと気軽に遊びに行けない、という被害も出ているらしい。心底どうでもいいが。
クライヴの名前に傷がつくのはフィーベルとしても嫌だ。だからもちろん協力する。だがなぜここでアンネが出てくるのだろう。しかもアンネは相当な男嫌いのはず。娼婦館がどういうものかフィーベルはよく分からなかったが、彼女にとっては最も行きたくない場所じゃないだろうか。
そう思ってちらっと見ると、アンネは息を吐く。
案外平然とした顔のままだった。
「仕方ありません。その人物がよく行く娼婦館はかなりの高級店で、美人でないと入れないようですから。私ほど容姿を磨いている人もそういないでしょうし」
まるで見せつけるかのように髪をかきあげる。
それが様になっているのだからすごい。
アンネは自分で容姿がいいことを分かっている。それはちゃんと努力をしているからだ。元々整っている顔立ちだが、ちゃんと手入れもしているし、美を保っている。
なんでそんなに意識しているのかと聞けば「女性に生まれたんだから綺麗にしておしゃれしたくなるんですよ。もちろん自分のためにね」と返された。その後「決して男共のためじゃないですからね」と強めの口調と圧のある笑顔で言われた。
どうやら自分磨きをすることで「男性に好かれたいからだろう」と難癖をつけてくる人もいるらしい。それが心底嫌なのだとか。そのように言われたくないから自分から男性に近寄らないようにしたり、来たら来たで遠慮なく嫌な顔をしているようだ。その姿を見せることで、周りも男性嫌いだと信じてくれたらしい。
……それでも男性陣はにこにこしながら来たりするので、アンネの美貌は凄まじい威力がある。その威力をガラクが買って、今回仕事を依頼することにしたようだ。元々クライヴのお世話係であるし、フィーベルとも親しい。信頼の置ける人物だと判断したらしい。
「だからって、わざわざ彼女が損な役回りをする必要は」
「損? どこがですか?」
「え?」
途中で言葉を挟まれたのでヴィラが聞き返す。
アンネはしれっと答えた。
「だって潜入ですよ? お給料割増の増しじゃないですか」
手でお金のマークをつくる。
さすが、抜け目がない。
確かに何が起こるか分からないし、身の危険だってある。ガラクが「なかなか高い金額を要求されたが、まぁ命と比べれば安いもんだ」と大きな声で笑っていた。いつの間に。もう金額の話までしているのか。
フィーベルとヴィラは唖然とした顔でアンネを見る。彼女はにこっと、女性でも惚れ惚れするような笑みを浮かべた。
「それに、隙をついて痛めつけることだってできますし。相手もしてないのに虫けらのように集まってくる男たちを合法的に痛めつけることができるなんて、これほど美味しい仕事はないですよ」
ふふふふふ、と可愛らしく笑う。
フィーベルとヴィラは思わず互いの腕にすがりついた。
「え、この子こんな怖いの?」
ヴィラの顔は引きつっていた。
「……色々、思うことはあるみたいです」
ますますアンネの男性嫌いのきっかけが気になる。
が、それを聞ける勇気はなかった。
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