19:誰のために

 霧になったフィーベルはあちこち移動した。


 どこに行ったか分からない以上(特にどこによく行くのかも分からない相手な以上)、探すのに時間がかかるかもしれないと思っていた。だがヴィラは思ったより分かりやすい場所にいた。城内にある、一つの庭園だ。


 城の中ということもあり、よく聞く名前の花や植物もあれば、珍しいものもあった。色とりどりの花も咲いているが、庭ということもあり、大体辺りは緑色だ。そこに見覚えのある紫色の頭が見えた。ヴィラだと思い、フィーベルは近くで霧の姿から元の姿に戻る。ゆっくり近付こうとすると、声が聞こえてきた。


「ありがとうヨヅカ。協力してくれて」


 名前に驚きながらそっと茂みから顔を出す。ヴィラはベンチに座っていた。目の前にはヨヅカが立っている。いつも姿勢が綺麗なのだが、今は腕を組んで楽な姿勢になっていた。


「こんな回りくどいやり方にする必要あった?」


 少し呆れた物言いだった。

 だがヴィラは苦笑している。


「仕方ないよ。それに、結局色々と時間がかかる」

「そういうものだけど、ここまでしなくても」

「そうでもしないとエダンくんは諦めてくれないし」

「はっきり言った方がいいと思うよ。エダン殿が傍にいない方がやれるって」

「え、そうなんですか!?」


 思わず声が大きくなり、注目される。

 二人共目を丸くしていた。


「フィーベルさん、どうしてここに?」


 ヨヅカから当然の質問をされる。


「その、頼まれて……」


 誰に、とまでは言えなかった。


 ヴィラは苦い顔になっていた。すぐに分かったのだろう、あの場にいたみんなから頼まれたことを。どうしようと思っていると、軽く手招きされる。


 困った顔のままだが、思ったより彼女の表情は明るかった。




 フィーベルはヴィラの隣に座る。

 ヨヅカは先程と同じ位置で立っている。


 ヴィラは落ち着いていた。

 先程暴走していたのが嘘のようだ。


「さてどこから話そうかな」


 過去を思い出すかのように顎に手を添える。

 話すと決めたからか、全く迷いがない。


「俺から先に言おうか」


 ヨヅカが手を挙げて提案する。

 するとヴィラは頷いた。


 まずヨヅカは、軽く関係について教えてくれた。


 ヨヅカもヴィラの同期であることはシェラルドによって聞いていた。シェラルドも含めて三人共、入団した時から注目されていたらしい。シェラルドとヨヅカは筆記と実技、どちらもトップクラス。ヴィラは魔法の能力が一番高かったようだ。


 注目をされると行う仕事の内容も変わる。魔法兵団と騎士団、所属先は違えど、何かと一緒に仕事をすることが多かったとか。だから三人とも昔からの顔なじみなのだろう。その話を聞く時点で、いかに全員優秀なのかが伺える。フィーベルは感嘆した。本当に優秀だからこそ、今もその立場にいるのだ。


「ヴィラのことを特に期待していたのが当時の教育係のエダン殿。周りの上官たちに頼んで、隊長に推薦したんだ。その時のヴィラは、隊長になる気は全くなかったみたいだけどね」


 微笑みながらヨヅカが言う。

 彼女は何度も頷いた。


 ヴィラが魔法兵になったのは、魔法を使うことが好きだったからだ。だから魔法をより専門的に使う魔法兵に志願した。魔法が使えされすれば、なんでもよかったらしい。だがじっとする仕事は嫌いで、当時は今以上に周りを困らせていたようだ。


 それはシェラルドに対してもだったらしく、一緒に仕事をしても好き勝手に動くから何度も怒られた、とヴィラは豪快に笑った。その頃と今の関係性はどうやら変わってないらしい。なるほど、彼が世話を嫌がる理由がはっきり分かった。


 シェラルドの話をしている間、ヨヅカはヴィラと一緒に笑っていた。あまり苦労している様子がないところを見ると、シェラルドばかり怒っていたのだろう。


「エダンくんに何度も隊長にならないか、って言われたよ。私は断ったけどね。でも、フィーベルさんも分かったと思うけど、彼ってしつこいんだよね」


 少しげんなりしたような表情になる。

 エダンに追いかけられた時もヴィラは明らかに避けていた。


 入団した時から期待され、問題児だと言われてさらに名前が広がった。そのせいで他の人から匙を投げられることも多かったが、エダンだけは決して諦めずにずっと一緒にいてくれたようだ。


 そのしつこさが功を結んだのか、結局ヴィラは隊長になることを承諾した。入団して三年目に隊長になったらしい。三年間も言い続けたエダンの粘り強さに感服してしまう。


「私に隊長なんか務まるのか不安だったけど、エダンくんが副隊長になってサポートしてくれたおかげで、それなりに仕事を任されたり、こなせるようになったんだ」

「ヴィラは実力と行動力があるからね。助かったって人も多いよ」


 一番に動いて周りを勢いづかせるのがヴィラのやり方だったようだ。全体の動きの把握や細かい指示はエダンの仕事で、二人の連携はかなりバランスが良かったらしい。


 具体的な仕事の話は今回省かれたが、それだけ聞いてもヴィラの実力のすごさを感じる。やはりエダンから隊長を任せたい、と言われるだけある。


 だがヴィラは少しだけ眉を寄せた。


「けど、周りの評価は厳しかった。仕事を成功させても『エダン殿のおかげだ』とか『女だから甘い評価なんだ』とか、挙句の果てに『女の武器を使ったんじゃないか』って」

「ひどい……!」


 思わず声に出してしまう。


 仕事の評価に男も女も関係ない。

 むしろ性別でそんな風に言われるのは差別だ。


「当時は今より男社会だったからね」


 ヴィラはあまり気にしていない様子だった。

 もはや慣れたのだろう。


 どうしても男性の方が女性より実力がある。体格も力もある。そんな状況でヴィラが先頭を切っていたことが、なんだかありがたく感じる。今は魔法兵でも騎士団でも、女性が率先的に働ける環境になってきた。


「さすがに罵詈雑言がひどい時は、ヨヅカとシェラルドが怒ってくれたけど」

「その頃には側近を任せてもらってたしね。シェラがひと睨みすればまぁみんな黙った黙った」


 懐かしそうにヨヅカが笑う。


 シェラルドは自他共に厳しく、仕事ができることもあり、周りからの信頼も厚かったようだ。それはフィーベルから見てもそう思う。間違ったことはすぐに否定して怒るだろう。特に仲間のためなら尚更。


 だがフィーベルはヨヅカの方が気になった。普段温厚な彼が怒ったらどうなるのだろう。緩んだ表情しか見たことがないため、全く想像ができない。気になるが、なんとなく深くは聞けなかった。


「普段は『女じゃない』とか『男女』って言ってくる癖に、そう言う時だけ『女だから女だから』って言ってくるのがほんと腹立たしいよね。ま、私は女らしくないから無理もないけど」

「そんな、ヴィラさんは綺麗です」


 フィーベルの言葉にヴィラがきょとんとする。

 笑いながら顔の前で手を左右に動かす。


「いやいやそれはないよ」

「いいえ。だって綺麗な髪をお持ちだし、魔法を使う動きもとってもかっこよくて綺麗で、憧れます」


 俊敏に動きながら魔法を使っていた様子は、同じ魔法を使える者としても、目を奪われた。今まで他の人の魔法を見たことがない分、とても新鮮であるし、学ぶところはたくさんある。


 するとヴィラは少しだけ口元を緩める。

 そっとヨヅカに小声で伝えた。


「え、なにこの子。いい子過ぎない?」

「城の中では珍しいタイプだよね」

「シェラルドにはもったいなさすぎる。私が欲しい」

「怒られたくなかったらやめときな」


 するとヴィラは嫌そうな顔をした。


「あの……」


 話がずれていたので声をかければ、はっとされる。


「ごめんごめん。というわけで、最初から持たれていたイメージを覆すことはなかなか難しかった。仕事をこなしていくうちに私への批判は徐々に減ったけど、逆に別の話を聞くことが多くなったんだ」

「別の話……?」


 するとヨヅカが少し真面目な顔になる。


「『エダン殿がなぜ副隊長なのか』」

「……!」


 フィーベルは先程エダンとマサキが話していたことを思い出す。あのマサキもエダンのことは褒めていた。相当優秀な人物なのだろう。だからこそ今の位置にいるのがおかしい、と周りが声を上げたとか。


「エダンくんを慕っている人は多いし、一緒に仕事をしたいと思ってる人も多い」


 魔法兵団では(騎士団もだが)それぞれ隊に分かれている。隊行動で仕事をすることが基本で、滅多に隊員が変わることはないらしい。合同で仕事をすることはあっても、大体一緒に仕事をするのは隊員だ。


 エダンはヴィラの隊の副隊長だ。だからエダンと仕事をしたい場合、ヴィラの隊に入らないといけない。だがどうしても隊員になれる数に限度がある。せいぜい多くても二、三人のようだ。


「しかもエダンくんを慕っている人の多くは、私を嫌ってる」

「ど、どうしてですか?」


 ヴィラだって一生懸命仕事をしている。仕事の実績だって出している。その頃はどうやらエダンのフォローもあって、机仕事も頑張っていたのだろう。それなのになぜ。


 ヴィラは肩をすくめる。


「私を隊長に推薦してくれたのはエダンくん。私は特に何かして気にかけてもらったわけじゃない。だからおかしいって。ずるいって、そう考える人が多かったんだよ」

「でも、ヴィラさんは実力が認められて隊長になったのに」

「女性初の隊長って聞こえはいいけど、素行が悪かったのは事実だしね。そんな私の側にエダンくんがいるのが許せなかったんじゃない?」

「実際のところ、ヴィラがどうこうっていうより、エダン殿のファンが勝手に色々言ってたって感じかな。男性だけじゃなくて女性にも多くのファンがついていたしね」


 ヨヅカが苦笑しながら補足をする。

 つまりやっかみか。


 確かにエダンは爽やかで優しげな好青年のイメージがあった。優秀なら将来も有望なのだろう。笑顔も素敵だ。あんな風に微笑まれると確かに惹かれてしまうかもしれない。フィーベルは個人的に、シェラルドの笑顔の方が好きだなとは思ったが。


「一緒にいる時間が長いから恋人なのかって何度も聞かれたしね」


 やれやれ、とヴィラが溜息をつく。

 ヨヅカが声に出して笑う。


「でもヴィラはエダン殿のこと、大好きだよね」

「え」

「は、」


 フィーベルが素で声を出す。

 ヴィラは唖然とした。


「だから距離取るんでしょ。一緒にいたら迷惑をかけてしまうから」

「ちょ、ちょっと」

「マサキ殿に頼んだのも、迷惑かけてたのも、やっぱりエダン殿の傍にヴィラは相応しくないって周りに思わせるためなんでしょ」

「え、それって」

「わ――――!!!」


 大きい声が庭園に響き渡る。

 さすがにヨヅカもフィーベルも両耳を押さえた。


「ヴィラ、声大きいよ」


 ヨヅカが顔をしかめる。


「そういう状況にしたからだろう!? なに変なこと言ってんのっ!」

「だって事実だし」

「事実かどうかは置いといて、そんなことまでフィーベルさんに言う必要ないじゃんっ!」


 ヨヅカの胸倉を掴んで思い切り揺らしている。

 彼はあはは、と笑っていた。


 フィーベルは戸惑いつつも聞く。


「え、ヴィラさんがマサキ様に言ったんですか?」


 直接、エダンのことについて言ったということだろうか。

 するとヨヅカが首を振る。


「言ったのは俺からだよ。ヴィラに頼まれてね。エダン殿が自然に諦めてくれるようにしてくれませんか、って」

「え」


 つまりマサキにも協力を頼んだということか。

 なんだか意外だ。そういうことには関心がなさそうに見えるのに。


 ということは、マサキがエダンに伝えたことはもしかして嘘も含まれていたということだろうか。どこまでが嘘で、どこまでが本当なのだろう。


「そういえばあの時マサキ殿いたよね。何か言ってた?」


 ヴィラが少し探るように聞いてくる。

 言ってもいいのか迷いながら、伝えた。


「ヴィラさんが隊長に相応しくないって話になってました」

「それじゃエダンくん、躍起になりそうだな……」


 見込めないと思ったのか、ヴィラは微妙な顔をしている。

 慌てて追加で伝える。


「でもエダン様は迷っている感じでした」

「え、そうなの?」

「マサキ殿、口が達者だからなぁ」


 ヨヅカが楽しそうに笑う。

 そのままさらっと続けた。


「ヴィラのためにエダン殿が側にいてくれるのに、エダン殿のためにヴィラが離れようとするなんて、ほんと面白い話だよね」

「どこがっ!?」


 ヴィラが声を張り上げる。

 話を戻されたからだろう。また胸倉を掴んでいた。


 フィーベルはそれを見てきょとんとしてしまう。


 盛大に否定しているのはむしろ肯定しているようなものだ。ヴィラは顔を赤くして険しい顔になっている。きっとヨヅカの言う通りなのだろう。微笑ましくなり、小さく笑ってしまう。


 するとヴィラがこちらに顔を向けた。


「い、言っておくけど、そういうんじゃないから。あれだよ、憧れみたいな。歳だってけっこう離れてるし。私にとって兄みたいなものだから!」

「ヴィラー、言い訳っぽいよー」

「ヨヅカは黙ってて!」


 ヴィラがエダンに反抗的な態度を取っていたのは、そういうことだったのか。副隊長ではなく自分の位置にあった場所に行ってもらうため。何かと話題に出てしまう自分の側にいない方が、エダンのためだと思ったらしい。


「机仕事も前より苦手意識減ったもんね」

「まぁ何度もやれば慣れるよね……」


 机仕事自体は今も好きではないらしい。が、昔よりはマシのようだ。嫌がっていたのは演技だったようで、エダンが困るようなことをすれば、いい加減周りがエダンを自分から外すだろうと思ったようだ。


 ヴィラは口を尖らせながら言う。


「隊長になったばかりの頃は全然気にしてなかったんだけど、何年も一緒にいると、エダンくんの周囲のことが気になるようになったんだ。彼は昔から優秀優秀って言われてるし、ずっと私とセットで仕事をしてきたから、そろそろ自分のこと考えてほしいと思って」

「エダン殿モテるのに浮いた話一つもないし、ずっとヴィラにつきっきりだもんねぇ」


 ヨヅカが面白げに言う。

 ヴィラは自分の顔を手で覆った。


「だから嫌なんだよ……! 上官がわざわざ見合い相手探してくれたのに『今は仕事を優先させます』って……あの仕事人間がっ!」


 どこかで聞いたことがある話に、フィーベルは苦笑してしまう。

 ヴィラはさらにいらっとした様子で続ける。


「私に構ってる暇があったらさっさと結婚すればいいのに! お見合い相手可愛かったのに!!」


 会ったことがあるのか。


「むしろ私が嫁に欲しいくらいだったのに!」

「ヴィラ、それは関係ない」


 冷静にヨヅカがツッコむ。


 口では色々言っているが、エダンのことを大切に思っていることは伝わってきた。フィーベルは改めて聞いてみる。


「じゃあヴィラさんは、隊長をするのが嫌じゃないんですね?」

「まぁ、仕事自体は嫌いじゃないし……魔法が使えるから、楽しいといえば楽しいかな」

「全部エダン様のためだったんですね」

「……まぁ」


 小声で答える。


 恥ずかしそうな様子だった。

 そんなところが可愛らしい。


 フィーベルは少し気になり、聞いてみる。


「ちゃんとエダン様に伝えた方が、分かってくれるんじゃないですか?」

「それは俺も同感だね」


 ちゃっかりヨヅカも賛成してくれる。


 エダンからすれば、ヴィラが隊長を辞めたがっているように思うだろう。いくらエダンのためとはいえ、二人の関係が少しこじれているようにも見えた。互いにちゃんと話し合った方が、いいと思う。


 するとヴィラは微妙な顔になる。

 頬を膨らませてこう言った。


「そんな簡単な話じゃないんだよ。エダンくんは私をいつまでも入隊当時と変わってないって思ってるんだ。何度も話そうと思ったけど、真面目な話をすると逆にどうした、って心配ばかりしてくる。話にならないから、強制的に離れた方がいいかなって……」


 するとヨヅカはああ、と納得するような顔になる。


「ヴィラ、あんまり自分から仕事の話しないもんね。だから心配されるんだ?」

「うっ」


 ヴィラは顔を歪ませる。

 どうや図星のようだ。


「過去の自分を恨みたくなるよ……」


 がっくりと項垂れる。

 フィーベルは慌てて背中をさすった。


 するとヨヅカが苦笑する。


「ヴィラだけのせいじゃないからなぁ」

「え?」

「?」


 ヴィラとフィーベルは首を傾げる。

 だがヨヅカは微笑んで何も言わなかった。


 ひとまずこのままではヴィラにとっても、おそらくエダンにとってもよくはないだろう。何かいい考えはないだろうか。


 と、思ったところでフィーベルはひらめいた。


「エダン様抜きで仕事をしてみるのはどうですか?」

「え?」

「ヴィラさんだけの力でもちゃんと仕事ができるって見せるんです。そうしたら、もう自分がいなくても大丈夫だって、エダン様も信じてくれるかも」

「なるほど。それは名案だな」


 急に別の方向から声が聞こえ、三人は一斉に顔を向けた。

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