13:動く者と寝てる者

「悪いな、忙しいときに」

「いいえ。大丈夫です」


 今ベッドで眠り続けているフィーベルの傍にいるのはアンネだ。どこにいるのだろうと会場内を探したが、案外早く見つけることができた。


 事情を説明し、別室に案内してくれる。フィーベルは熟睡していたため、寝かせた方がいいだろうということになった。


 ベッドの横にある小さいスタンドの上には、水が入ったコップが置かれてある。アルコールが体内にあるため、少しでも薄まるよう、そして起きたらすぐに飲めるよう、アンネが用意してくれた。


「こちらこそ、助けて下さってありがとうございます」


 アンネが丁寧にお礼を述べてくる。

 シェラルドは少しだけ苦笑した。


 先程早く見つけることができたといったが、アンネの周りに数人の男が群がっていたのだ。彼女はしらんぷりをして黙々と皿を運んだり頼まれた仕事をしていたのだが、まるで女王蜂についていく働き蜂のような状態になっていた。


 そうなったのは先程フィーベルとおんぶにだっこのような姿でいたからだ。フィーベルだけでなく、アンネも注目されてしまった。加えてメイドの中でも極めて可愛らしい容姿だ。


 日頃から美容に気を遣って身なりを整えている、とフィーベルが感心するように言っていたことがあった。確かに間近で見ると肌がきめ細かい。女性は男性と違い気を遣うことが多そうで大変だ。


 ……にしてもフィーベルといいアンナといい、周りの男共はやはり黙っていないらしい。皮を被った飢えた狼だ。仕事で来ている人も多いだろうに、好みの女性も一緒に探しているんだろうか。そういえば双子のことを狙っていた人もいた。


 普通のパーティーと違い、今回はそれなりにきちっとした式典だ。だからこそもう少し穏やかで厳粛な雰囲気になると思っていたのだが。いつもはエリノアの傍で側近としての務めを果たしている。故に挨拶を許された人達としか話さない。だが今回は会場内で歩く側だ。つくづくこの場は苦手だと思い知らされた。


「俺はまだ挨拶があるから、その間フィーベルを頼む」

「え、傍にいないんですか?」


 目をぱちくりさせながら言われる。


「俺がいると休めないだろ。アンネ殿の傍の方が安心だ」

「フィーベル様に何かしたんですか?」


 一瞬だけ間が空く。


「いや、なにもしてないが」

「なんですか今の間は」

「いや……別に」


 したといえばしたような、でもなにもしてないと言えばなにもしてない。こればかりはフィーベルに判断してもらった方がよさそうだ。最も、色々されたのはこちらだったりもするわけだが。


 シェラルドは部屋から出ようとした。

 すると、背中に投げかけるように言われた。


「目覚めのキスはしてあげないんですか?」


 顔を見れば彼女は少しだけ口が笑っていた。


 アンネはかなり容赦ない。最初にフィーベルと一緒に会った時もそう感じた。相手がどういう立場であろうと、自分の言いたいことははっきりと伝えてくる。メイドにしては珍しいが、むしろそのはっきりしたところは嫌いじゃなかった。


 からかいも込めているのだろう。

 シェラルドは少しだけ鼻で笑う。


「一夜の夢はもう終わりだ。十分してくれた」


 花嫁役を。これ以上ないほどに。


 後半困った客人によって精神的にも疲れたと思う。

 もう休ませてあげたいのが本音だ。







「ああシェラルド殿」

「今日はめでたいですな。さぁさ、乾杯しましょう」


 会場に戻れば探していたのか、次々に声がかかる。いつもエリノアの傍で挨拶をする偉い方々ばかりだ。わざわざ側近にも挨拶をしてくれるところは律儀だが、遠慮なくグラスに酒が注がれる。


 シェラルドは少しだけ渇いた笑いが出そうだった。


 酒は飲めるがそこまで好きじゃない。

 付き合いで飲むくらいだ。


 エリノアの傍にいる時は仕事中だからといって断れるのだが、あいにく今日はそうもいかない。仕方ないので飲める範囲で喉を潤す。酔いはするものの意識が飛ぶほどではない。むしろ飛ぶほど飲みたいと思わないし、セーブはできる。


 だが先程のフィーベルを見て、あれだけ意識が飛んで眠れたら気持ちよさそうだ、と少し思ってしまった。まぁそんな機会はそうないだろうが。




「シェラルド」


 穏やかな声に振り返れば、父であるサクセスと母のルマンダに会う。二人はいつの間にか合流していたようだ。ルマンダはサクセスの腕に自分の腕を絡ませ、違う方向を向いていた。


 母親だが、相変わらず愛想がない。


 するとサクセスが小声でルマンダに何か言う。

 彼女は頷き、そっとその場から離れた。


「なんて?」

「ちょっと二人で話してもいいかな、って言ったんだよ」


 丸眼鏡の奥にある瞳は優し気だ。


 つくづく性格が真逆だと思った。

 どうしてあんな不愛想な母と結婚したのだろう。


「そういえば花嫁さんは?」


 サクセスがわくわくした様子で聞いてくる。

 どうやらそれが一番の目的らしい。


 そんなに楽しみにされると少し言いづらい。


「酒に酔って今休んでる」

「ああ、そうか……」


 案の定、悲し気な表情をされてしまった。

 なんだか申し訳ない。


 だがすぐにまた柔らかい笑みを浮かべる。


「ルマンダに聞いたよ。すごくいい子らしいね」

「ああ」


 即答すれば「おや」と小声で言われる。


「シェラルドが言うならよっぽどなんだろうね」


 少しだけ視線を逸らしてしまう。

 親の前だからか、少し照れが出てしまう。


 確かに周りは変な……変わった人が多い。家族は扱いづらい人種が多いし(父は別格だ)、城で働く仲間もからかってくる輩が多い。フィーベルはかなりまともだ。


「それで、本物の花嫁さんになってくれるの?」

「まさか。そんな話は聞いてない。父さんこそ、母さんから聞いてないのか?」


 サクセスから心配するように言われてフィーベルに問いただしたが、何も言われてないの一点張りだった。それにもし本当にそんな話が出ていたら、さすがのフィーベルも相談くらいしてくるはずだ。


 すると相手は首を振る。


「なにも言われてないね。ただ花嫁が素敵だったというくらいかな」


 どうやらルマンダから見てもフィーベルは合格だったようだ。それならいい。一番の目的はそこだ。今日で花嫁は終わる。フィーベルも解放される。


「シェラルド」


 どこか含みのある呼び方をされる。


「この人と結婚したいと思ったら、ちゃんと相手に伝えるんだよ」

「……急になんだ」

「僕の場合がそうだったからね。色々と家の事情はあったけど、僕はルマンダと結婚してよかったと思ってる」


 その視線は、飲み物を使用人からもらっているルマンダに向けられていた。相も変わらず顔に表情はなく、もらった飲み物をぐびぐび飲んでいる。


 ちなみに彼女は酒豪だ。


「……母さんのどこがよかったんだ」


 思わず聞いてしまう。

 すると声を出して笑われた。


「そうだねぇ。確かに愛想はないし分かりづらいし不器用な人だけど」


 ほぼそれ悪口じゃないだろうか。


「でも、僕をとっても愛してくれるんだ。そして、僕が愛してやまないものを、彼女も愛してくれている」

「…………?」


 サクセスの言葉の意味が、その時のシェラルドはあまりよく理解できなかった。ただ妻に向けるその深い愛情が見える瞳は、純粋に、とても綺麗だと感じた。







「ん……」


 ゆっくりと目が開く。


 天井が見えた。フィーベルは一瞬、今自分がどこにいるのか、理解が追い付かなかった。確かドレスに着替え直し、シェラルドに会い、そして横抱きにされ、色んな客人に会ったはずだ。


「あ、フィーベル様。気が付きました?」


 ひょこっとアンネが顔を出してくる。


「アンネ!?」

「お酒を飲んで倒れたんですよ」


 はい、と言いながら水を渡してくれる。

 受け取りつつ再度何があったかを思い出す。


 確かシェラルドと双子の美人姉妹が言い争っていた。特に紹介もなく話し始めていたので、とりあえずフィーベルは隣にいた。客人リストには目を通している。双子のお客さんはそう多くなく、おそらく仕立て屋だろうと予想はしていた。


 仕立て屋だからか、じろじろと見られたり、ドレスに触れられたり、熱心に観察された気がする。あちこちと触れられた時は思わず声を出してしまったが、サイズ等を確認するためなのだろう。職人としての腕を感じた。


 シェラルドとの関係は知らなかったのだが、彼宛にやってくる客人は多かった。エリノアの側近として名も通っているだろうし、ルマンダの息子ということもあって、彼女をよく知る人達にも話しかけられていた。


 双子とシェラルドが話している間は暇で、フィーベルは会場の様子を眺めていた。その間に使用人がよければいかがですか、と飲み物をくれたのだ。


 ぱちぱちと弾ける薄い桃色の飲み物で、飲むと甘さと果物の爽やかな風味を感じた。と同時に、あまり飲んだことがない不思議な味がした。だが美味しいことに変わりはなく、一気に飲み干した。


 ……そこからの記憶があまりない。


 頭にはてなマークを出しながら悩んでしまう。

 あの後どうやってここまで来たのだろう。


 アンネはふう、と息を吐く。


「それにしてもけっこう寝てましたね。もう式典終わりましたよ?」

「えっ!?」


 フィーベルは慌てて起き上がる。 


 部屋にある時計を見れば、小さい針は九の数字に向いていた。式典が始まるのは夕方頃。そして食事を行う時間に終わる。早めに終わる理由は、あまり長引かせないことと、その後は各自自由に食事を取るためだ。会場にある料理を食べてもよし、各自食事に出かけたり、そのまま自分の家に帰る人もいる。


 式典はあくまで式典。

 その後で交流を深めたり仕事の話をする者もいるのだ。


 フィーベルはさーっと血の気が引きそうだった。

 おそらくざっと計算しても二時間は寝ている。


「まさかずっと寝てたなんて……」

「フィーベル様、体内時計ずっとおかしかったですし、仕方ないですよ」


 さすがに哀れと思ったのか、背中を撫でてくれる。


 ずっと深夜に仕事をしていたため、フィーベルは昼夜逆転生活をしていた。ここ一週間くらいでその生活を戻したのだが、身体はなかなか慣れてくれず、眠れない日々を送っていた。


 その間にも勉強したりダンスの練習をしたりしていたのだが、それが祟ったのかもしれない。


「シェラルド様は先程来ました。このまま寝ていいって言われてましたよ」

「えっ、お、怒ってなかった? 呆れてなかった?」


 聞きたくないような、聞きたいようなそんな気持ちになり、フィーベルはそっと自分の耳を塞ごうとする。するとアンネは苦笑して首を振った。


「全然。疲れたんだろうって笑ってました。シェラルド様って優しいんですね」


 それを聞いてほっとする。


 確かにシェラルドは優しい。優しい……が、優しいが故に申し訳なさがやってくる。まさか酒に溺れて醜態を晒すだなんて、魔法兵としてもちょっとよくないんじゃないだろうか。恥ずかしい。


「片付けも大体終わってますし、フィーベル様も帰ります?」

「え、でも」

「多分会場にシェラルド様はいますよ。片づけの指揮を任されてましたから」


 本来シェラルドはエリノアの側近なので、式典後エリノアの傍について一緒に会食に向かう予定だったようだ。だがクライヴたちが気を遣って会場に残したという。一応花嫁であるフィーベルを優先するように言ってくれたらしい。


(……益々なんだか申し訳ない)


 王族から心配されるとは、クライヴに心配されるとはどういうことだろう。こちらが心配して先に動くのが筋であるというのに。フィーベルは完全に落ち込み、突っ伏した。


 するとアンネが再度背中を撫でてくれる。


「もう、大丈夫ですよ。普段フィーベル様が一生懸命なことはみんな分かってますから」

「だからって……だからって寝るなんて……」

「いつまでもうじうじするより、早くシェラルド様の傍に行ったらどうです?」

「そ、それもそうか」


 慌ててベッドから出て身支度を整える。

 すると「切り替え早っ」とアンネにツッコまれた。


 彼女も身支度を手伝ってくれる。自分の仕事もあったというのに、ずっと傍にいてくれた。アンネにも申し訳ない気持ちになる。謝罪と感謝を伝えれば、あっけらかんとされる。


「準備で最近忙しかったから、楽な仕事だなと思いましたよ」


 そしてふわっと花が咲いたような笑みを見せてくれる。


「ありがとうございます」

「アンネ……」


 そう言ってくれてやっと少し笑うことができた。

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