03:魔法の種類

「誕生祭まであと一週間。その間、お前に覚えてもらうことは山ほどある」


 シェラルドが机の上に置いたのは、大量の書類と本だった。山のように積まれたので、フィーベルは呆気に取られる。一番上にあるものを取って見れば、当日参加する人のリストのようだ。


「代表して挨拶をされる方もいる。最初はその方達の名前を覚えろ。基礎的な教養も身に着けてもらう。あとダンスもある」


 ぱらぱらとめくっていた手を止める。


「え、ダンスあるんですか……?」

「催し物の一つとしてある」

「踊ったことないです」


 シェラルドの目が横に移動した。

 

「教えられる者がいるか聞いておく」

「すみません……」


 習っていないばかりに、シェラルドに負担をかけてしまう。それが歯がゆいと同時に申し訳なかった。だがシェラルドはあまり気にしないような声色で言う。


「いい。むしろ一週間で叩きこんでおけ」

「はい……!」

「あと、本の知識も一旦頭に入れてほしい。五日くらいで覚えられそうか」


 他の積まれている本のことを差していた。

 フィーベルは一冊、また一冊を開いてはぱらぱらめくる。


 そして頷いた。


「大丈夫です。三日あれば覚えられます」

「三日?」

「本はわりと読んだものも多いんです。暗記も得意なので、できます」

「すごいな」


 素直に言われ、少し照れてしまう。


「ここに来た時から殿下の役に立ちたいと思っていたんです。だから勉強もしていました」

「そうか。努力家なんだな」


 特に顔色は変わらないが、感心してくれているのは分かった。

 それがなんだか嬉しいようで恥ずかしい。


 その後もシェラルドは色々なことを教えてくれる。当日の段取りであったり、その間にフィーベルが何をするべきかなども教えてくれた。細かく説明を受けながら、隊長と呼ばれる人はやはり人の上に立っているんだなと感じる。こちらに気遣いつつ、きちんと正しいことを教えてくれる。


 魔法兵団に所属しているものの、上司と呼べる人に出会ったことがない。なんだかシェラルドが上司になったみたいだ。不思議だ。クライヴとマサキが上司みたいなものだが、二人に対して何か感じたことはなかった。クライヴは優しい、マサキは厳しい、くらいだ。


「そういえば、お前……って、失礼だな。フィーベルはどんな魔法が使えるんだ?」

「え」


 魔法のことを聞かれたのも驚いたが、それよりも名前を呼ばれたことに驚く。そういえば会った時からずっと「お前」と呼ばれていた。全く気にしていなかったが、シェラルドは気にしてくれていたらしい。


「え、あ、ま、魔法、ですか」

「ああ」


 名前で呼ばれた衝撃の方が強く少し固まったが、頭の中を整理する。


「えっと、タチェード様は」

「いい加減シェラルドと呼べ」


 うんざりしたような顔をされる。

 言葉に詰まりそうになるが、そういえば何度も言われた。


 恥ずかしさの方が勝っていたのだが、自分の名前も呼んでくれた。

 これは応えないわけにはいかない。


「シェラルド、様」

「上出来だ」


 褒めてくれた。少しだけ口元が笑っているようにも見えた。その瞬間、心臓を掴まれたような心地になる。そのいい顔でそんな風に言われたら、世の女性たちはいちころなんじゃないだろうか。むしろなんで今まで誰とも結婚しなかったのか不思議なくらいだ。


 そういえば生涯を仕事に捧げたいと言っていたような。その意見には同意だ。フィーベルも生涯をクライヴに捧ぐつもりで、自分が結婚することなど全く考えていなかった。今回は花嫁のフリではあるが。


「それで、話の続きだが」

「あ、はい。シェラルド様は、魔法のことはどれくらい分かりますか?」

「俺は使えないから簡単な知識しかないが、基本魔法と個性魔法があるんだよな?」

「そうです」


 魔法は生まれながらにある魔力の量で変わる。

 大体の人は魔力がないのだが、魔力が一定以上ある人が魔法を使えるのだ。


 魔法の種類は二つ。「基本魔法」と「個性魔法」。


 「基本魔法」は生活に関係のある魔法を差していう。例えば「火を出す」「水を出す」「物を動かす」「空を飛べる」などが該当する。魔力のある人はこの基本魔法が使える。


 もう一つの「個性魔法」はその人にしか使えない魔法のことをいう。例えば人によるが、「幻覚を見せる」「姿を消す」「相手の思考が読める」などだ。人によってこの個性魔法は変わる。同じような魔法を使える人もいるが、それはその人達の個性魔法が一緒だった、という話だ。


 また、基本魔法の応用が利く魔法を使える人は「個性魔法」に該当するようになる。例えば「火を出す」基本魔法は、通常ランプのような小さい火しか出せない。だが大きい炎や自在に火を操れる人はそれがその人の「個性魔法」になる。この判断基準は魔法協会が定めているらしいが、一般の人からしたら分かりにくかったりもする。


 魔力の量によっては、基本魔法しか使えない人もいれば、両方使える人もいる。両方使える人は魔力の量が多く、それなりに優秀な人が多い。魔法兵団に入っている人も、大体二つとも使える人が多いらしい。これはマサキが教えてくれたのだが、シェラルドも知っていたのか頷いた。


「……私は、『個性魔法』しか使えないんです」

「は、」


 シェラルドは目をぱちくりさせる。

 フィーベルも「そういう反応になりますよね」と答えた。


「普通は基本魔法だけ使えるんですが、なぜか私は個性魔法だけ。しかもその魔法も特殊なんです」

「特殊……?」

「個性魔法が使える人はその魔法を自由自在に操ることができます。例えば水の魔法が使える人は、雨を降らせることも、大量の水を相手に浴びせることもできます。その際、呪文は異なります。呪文によって魔法の度合いも変わってきますから」

「ああ……」


 フィーベルは苦笑する。


「私の呪文は一つだけ。それだけで自在に魔法を操ることが出来るんです」

「一つ……って、もしかして、昨日の」

「そうです。私が使えるのは霧の魔法。『ミスト』と唱えるだけで、霧を自在に操ることができます」


 フィーベルの場合、自分がイメージしたものが勝手に変化される。だからわざわざ呪文を変える必要がないのだ。


 最も、全てイメージしているわけでもない。昨日のようにシェラルドに対して咄嗟に魔法を使った際は、特に考えずに呪文を発した。するとその時は霧が繭のような形になった。どういう原理でその魔法になったのか、フィーベル自身も分からない時があるのだ。


「それは、他の人は」

「他の人にはできません。殿下にも確認してもらったんですが、魔法兵団で私と同じようにできる人はいないそうです」


 もしかしたら自分以外にもいるのでは、と淡い期待を寄せたこともあったが、いなかった。その時にマサキに言われたのは、その力は他の人にとっては妬みの対象にもなるかもしれないということだ。


『あなたの魔力はおそらく強すぎる。だからそのように応用が利くのでしょう。ですが、それはあまり口外しない方がいいでしょうね。羨ましいと思う人もいれば、その魔法を利用したいと考える人もいるでしょうから』


 そのことを伝えれば、シェラルドは腕を組んだ。


「そう……だな。確かに、人によってはなにを言われるか」

「なので、あまり人には言わないようにしています」

 

 少しだけ笑ってそう答える。


 自分の魔法が分からないというのは、少し怖い。いつか魔法が制御できなくなったらどうしようと、フィーベルは心配していた。今のところあまり大きい魔法は使わないようにしている。武術も習得しているため、そちらで対応することもある。


 するとシェラルドは静かに言った。


「無理に笑わなくていい」

「……あ、すみません」


 あまりいい話でないからこそ、無意識に笑ってしまった。暗い話にならないように、と。だが逆に気を遣わせてしまったようだ。


 頭の上に手がそっと乗る。


「……?」

「言いづらいことを言ってくれて、ありがとう」


 そのまま何度も手が動き、撫でられる。

 なんだかむずがゆい。


「だ、大丈夫です。シェラルド様には、言いたいと思ってましたから」

「そうか」


 すっと手が離れる。


「あ、」

「ん?」

「いえ」


 もう少し撫でて欲しかった、なんて、言えない。


「俺が魔法のことを聞いたのは、誕生祭では何が起こるか分からないからだ。リストに載っている人以外は入れないようになっているが、命を狙う者が紛れ込む可能性だってある。俺は側近だからエリノア殿下を真っ先に守る。だから」

「あ、それはもちろん。エリノア様を最優先にして下さい。自分のことは、自分で守れますし」


 自分の胸を叩いて力強く伝える。


 いくら花嫁役だからといって、仕事の邪魔をするつもりはない。何よりこの国の大事なお姫様だ。守るべきはもちろんエリノアだろう。むしろ守ってもらおうというつもりは見当もなかった。


「……それは、頼もしいな」


 なぜか微妙な顔をされた。




 コンコン。


 部屋に入ってきたのは亜麻色のふわふわした髪を持つ騎士だった。同じ色の瞳は垂れており、優しい顔立ちをしている。どことなくクライヴと雰囲気が似ていた。


「あ、シェラ。ここにいたんだ」

「どうした」

「そろそろ会議だよ」

「そうか。行く」

「……その子が、もしかしてフィーベルさん?」

「え」


 どうして自分のことを知っているのだろう。

 するとその騎士はふにゃっと笑う。


「魔法兵団のフィーベルさんでしょ。噂はかねがね。可愛い子だね」

「いえいえそんな滅相もない」


 本気でそれはないと思っているのでぶんぶんと顔の前で手を振る。

 するときょとんとされた。シェラルドに顔を向ける。


「え、この子こういう子なの」

「察しろ」


 シェラルドはフォローはすまいと半眼になっている。

 するとおかしそうに笑いだした。


「そっかぁ。もっとごつい人かと思ってたから意外だった。俺はヨヅカ・シティ。シェラルドの隊の副隊長をしているんだ。よろしくね」

「フィーベル・ファクナーです。よろしくお願いします」


 少し緊張したが、ちゃんと笑顔で挨拶ができた。

 騎士団の人と接するのはシェラルドの次に二人目だ。


「…………」

「あれ。シェラ、なに面白い顔してるの?」


 さっきまでの顔はどこへやら、初対面の時のように眉を寄せて厳しい顔になっていた。怖くて思わず近くにいたヨヅカの後ろに隠れる。それを見てシェラルドはさらに睨んでくる。


「他に何かあったらまた伝える」

「は、はい」

「行くぞ、ヨヅカ」

「え、うん。じゃあフィーベルさん、またね」


 フィーベルはヨヅカに会釈する。


 シェラルドはさっさと行ってしまい、一人ぽつんと部屋に残る。なぜ怒ったのだろう。何かしてしまったんだろうか。だがフィーベルはすぐに目の前の本と書類に目を向ける。今自分がすべきことは、これらだ。よし、と気合を入れ、すぐに取り掛かった。







「妬いたの? あの怖い隊長と呼ばれるシェラにも可愛い所あるんだねぇ」

「そういうんじゃないっ。なんだあいつ。ヨヅカには普通に接しやがって……」

「え、なにかあったの?」


 簡単にではあるがざっとフィーベルの話をする。

 男性に慣れていないこともだ。するとヨヅカは苦笑する。


「ああ、そうなんだ。でも握手をした時も、背中にいた時も、緊張してるみたいだったよ。わざと気丈に振舞ったんじゃないかな」

「でも俺の前では」

「まぁシェラは顔が怖いし……」

「おい」


 声を少し大きくすれば手で謝罪される。

 それでも顔は笑っているのだからなんだか釈然としない。


「花嫁の話はさっきクライヴ殿下から聞いた。エリノア殿下の報告をしたついでにね」


 ヨヅカもエリノアの側近の一人だ。


 シェラルドもヨヅカも一つの隊の隊長と副隊長なため、いつも二人で抜けるのはまずい。そのため、側近は二人にしている。片方が抜けても対処できるように、だ。


「クライヴ殿下言ったのか……」

「同じ隊の副隊長なんだから伝えてた方が動きやすいでしょ」

「お前だけには知られたくなかったんだが」

「無理だよ。同期だし、誰がシェラをいじれると思ってるの?」

「いやいじるなよ」

「ははははは」


 遠慮なく笑われた。


 ヨヅカは容赦なくおかしい時は笑う、笑い上戸だ。例え相手が怒っていても関係ない。昔からいじられたりこのように笑われるのはしょっちゅうだ。


「確かフィーベルさん、シェラのために花嫁役をやるって言ったんだよね。さっき俺に対して普通だったのも、シェラのためにやってくれたんじゃない?」


 そういえば仕事と思えばやる気が出る、と言っていた。それをすぐに実践に移したということか。口だけではないことが分かったが、緊張が相手には伝わってどうする。もう少し鍛えないといけない。……などと、どこか上司のような思考になってしまう。自分の部下でもないというのに。


 それに、先程エリノアを真っ先に守ると伝えれば、目を輝かせて自分の身は守る、と言われた。安心させてくれたんだろうが、そういう問題じゃないと言いたくなった。自身だって女だというのに。


 よく分からない感情になり、シェラルドは自分の顔に手を当てる。


 フィーベルは花嫁ではあるが、ただフリをするだけだ。よって本物の花嫁じゃない。それは分かっている。分かってはいるが、そんな大役を任せていいのか。思えばこちらがもらうばかりだ。何か返せるものがあればいいが。


「そういえばフィーベルさん、着やせするタイプなんだね」


 言いたいことがすぐに分かり、なんとか声を振り絞った。


「……それ、本人には絶対言うなよ」

「分かってるよ。俺デリカシーはある方だから」

「っ、」


 まんまと自分は口走りそうになったのを反省する。


 自分は子供だ、と苦笑していたが、フィーベルは大人っぽい顔立ちだと思う。瞳は大きいし睫毛も長く、真っ白い肌に厚い桃色の唇を持っている。それだけで魅力的な女性だと思う。長いプラチナの髪はとても綺麗で、赤い瞳も吸い込まれそうでずっと見つめたくなる。そして……俊敏に動けるのが信じられないほどに細い身体に豊満な胸……。これ以上言ったら殺されそうだ。


 とりあえず誕生祭のドレスは、ゆったりしたものを着て欲しい。絶対だ。針子にも伝えようと思う。でないと一体何人の輩に彼女の魅力が伝わるか……そっちまで自分の気が回るか心配だ。ただでさえあのお姫様の誕生祭だというのに。


「やぁ、考えることが増えて楽しいねぇ」

「大変の間違いだろ……」


 シェラルドは二重の意味で頭が痛くなった。

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