04_祖父の日記

 

 小町こまちの家族を見つける――小町との取引条件は、果たして一ヶ月経っても達成できていなかった。

 小町を「相続」して以降滞在している祖父の屋敷は、冬の冷気が薄く立ち込めている。ここにはもうかつての活気はなく、使用人以外の息遣いは聞こえない。彼らによって、屋敷のカレンダーはいつの間にか12月に変わっていた。


(こんなに手間取るなんて)


 半月もしない内に、小町との縁を切ることができるだろう。そのれいの予想に反して、小町の家族の足取りは杳として知れなかった。


 まず、探偵や興信所の類が一切使えない。下手を打って、故円城寺グループ代表

の愛人の存在を漏らされないとも限らないからだ。実際、過去その経路から役員のスキャンダルが漏れている。

 

 さらには、家族を探すための小町に関しての情報が無い。小町がこの屋敷にやってきてから(正確には離れに囲われていたらしい)の記録がなく、当時を覚えている可能性のある使用人は総入れ替えされている。


 何より、小町自身の家族の記憶が、ひどく薄いのだ。


 覚えているのは、雪の降る日、あかぎれのある女の左手に引かれて歩いたこと。その手に背中を押されて、身なりのよい男――円城寺重信の前に立ったこと。それだけだという。


「お祖父ちゃん」


 呟く息は、室内でもひどく白い。


 祖父がなぜ小町の家族から彼女を引き取ったのか、なぜ自分の愛人にしたのか、そしてなぜ礼に小町を相続させようとしたのか、礼にとってはわからないことだらけだった。


 コッコッコッコッと、疑問の霧を裂くように、ノックの音が響いた。


「失礼いたします」

 

 「どうぞ」と礼が答えれば、財津ざいつが室内へ滑り込んできた。財津が直接礼を訪れるのは、これが初めてだった。思わず、その平時と代わり映えのしない立ち姿をまじまじと見てしまう。


「ご挨拶に伺いました。……お暇を頂くことになったので」


 そして、その想定外の言葉に息をのむ。


「父さんの秘書につくんじゃないの?」

「いえ、幸信ゆきのぶさまにはすでに秘書の方がいらっしゃるので」

「そんな……。何年も勤めてくれたのに……」


 冷静に考えれば、分かったことなのかもしれない。父――円城寺えんじょうじ幸信が円城寺グループの事業を引き継ぐにあたって、祖父の代の使用人をそのまま使う必要はない。むしろ、円城寺グループの初代である祖父を知る使用人は、父には目の上のたんこぶだろう。

 

 財津が解雇されるということは、この邸宅を管理する人間も早々に解雇されるだろう。そうなれば、小町の家族へ繋がる糸は切れてしまう。


 知らず知らず下を向いてしまった礼の耳に、擦れるような金属音が届いた。

 

 視線を上げれば、財津が跪き、一本の鍵を差し出している。

 「本来ならば使用人としてすべきことではないですが」と彼は言い、その鍵を礼の手のひらにのせる。


「それは重信様の日記の鍵です。――あの女の親族について調べるのに何かお役に立てるかと」 

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