第14話「夢・Fantasy」


「わたし」は無限の雑音ノイズの中にいる。

目には全ての色が目にもとまらぬ速さで無秩序に入り乱れるのが見える。

耳には全ての音が聞き取れないほどに速く、細かく流れるのが聞こえる。

それしか感じられない。完全な混沌カオスだ。

そんな一瞬とも永遠とも思える時間が過ぎるにつれて、ノイズは薄まっていく。

どこかで光明がひとつ。また別の場所で光明が一つ。一つ、一つ、一つ。

ノイズは晴れ、「わたし」の頭上には宇宙がある。


足元を見る。宇宙に浮かんでいる。思いきや、周りをよく見ると大きな光の線で描かれた円の中に立っていた。

円の中にまた光の線が描かれる。一つ一つ。細かい所まで、まるで植物が根を地に張っていくかのように。やがてそれはひとつの模様を生み出すだろう。

顔をあげて目の前を見ると円の縁の方に「お前」が立っている。

「わたし」には「お前」の姿をはっきり捉える事が出来ない。満天の星の下に関わらず、その姿は影をまとっていて輪郭もハッキリとしない。


「わたし」は「お前」の姿が見たくて、ゆっくりと近付いて行く。

歩こうと思った時には既に足が勝手に動いていた。一歩一歩近づき、これまた勝手に手が伸びる。「お前」に触れたくて。

すると再び、辺りがノイズに覆われ始めた。

何と言うタイミングだろう。「わたし」は口惜しくなり、せめて完全に世界が消えてしまうその前に「お前」に少しでも近づこうと歩を速めた。

だがその想いも虚しく、視覚と聴覚の殆どがノイズに支配されていく。名残惜しいが、もう時間のようだ。

だが、最後の一瞬。最後の一瞬だけ「わたし」は力を振り絞って「お前」を見た。

そしてようやく理解した。


「お前」は―――――――――――――――――――。






「んんんん~~~~~~~~…」

ヒワケは唸りながら、目の前に座るアウワを必死で凝視していた。その手元には二枚のカードがずいと突き出され、アウワがそれを吟味する形になっている。

「おーい、いい加減腹くくったらどうだ?元・常勝のヒワケさんよぉ」

隣でフキオが歪みに歪んだドヤ顔で茶々を入れている。いつもしかめっ面で荒っぽい彼がこんなに上機嫌なのは珍しい、否初めてのことだった。

「うっせぇ!こちとら己の面子を賭けた一世一代の大博打なんだよ!」

遊戯ゲームは夕刻から始まって、既に時間は宵を回っている。もう何週、何十週したのか、アウワは記憶もおぼろげになっている。

(何でこんな事になったんだっけなぁ…)


既に靄が入りかけている脳をフル回転させて、アウワは記憶をさかのぼった。

ああ、そうだ。思い出した。もとはと言えば数日前のアレが始まりだったんだ。



「なぁ、歓迎会とかやろうぜ」

最初にそう言い出したのはヒワケだった。その日の夕食後、皆が眠りに落ちるまで時間を持て余していた。広い畳の部屋で各々が好き勝手に過ごしている。アウワもその中の一員だった。

「どうしたんやヒワケ兄、藪から棒に」

カザモツワケがジロリと怪しいものをみる視線を向けた。

「いやだってよォ、せっかくアウワが住み始めて数日経ったってのに、交流を深める機会って全然なかっただろ?だからここらで一つどうかなって…」

それに最初に同意したのはイワツチビコだ。

「なるほど、それは確かに一理あるな」

フキオが横合いから割り込んだ。

「一番にして唯一の問題は、それを言いだしたのがてめぇだってことだな」

「ああ?俺様の素晴らしい画期的なアイデアに不満でもあるってのか」

「あんたがそんな台詞吐くと怪しさ満点だからよ」

「そうだ、貴様一体何を考えてやがる…」

今度はイワツチヒメとオオヤビコが疑惑の目を向けた。家宅六神の中で最も攻撃的で他者を煽るのが大好きな普段のヒワケからは想像もつかない言動だったからだ。特にオオヤビコは日頃からヒワケにカードで何度も辛酸を舐めさせられ、負け分を背負い込まされているため、その恨みも加味されているだろう。

「おいおいおいおいおい、ひと聞きの悪い事言うんじゃねーよ!俺は純粋にだなぁ…」

「その純粋にって言葉が信用ならないのよ、バカ」

「誰がバカだこの野郎!」

不毛極まりない煽り合いはどんどんヒートアップしていく。ヒワケは今にも拳闘を始めそうな構えをして、イワツチヒメとフキオとオオヤビコがパキポキと指を鳴らす。

そんな中だった。


「もう!みんなやめてくれよ!!」

その声に皆が振り返る。声を発したのはアウワだった。

「……あ、ごめん…つい…」

アウワ自身もこんなに声を荒げられるなんて、と不思議な気分を味わった。高天原にいた頃はこんな事なかったのに。

「…えっと、僕を歓迎してくれるのは嬉しいから、せめて喧嘩はよしてくれないかなって…」

アウワが尻すぼみ気味に言うと、それに繋げるようにオシオが待ってましたと言わんばかりに割り込んだ。

「そ、そうだぞ!もてなす側が主役を困らせてどうすんだよまったく!大体君らはいっつも一旦我を張ったら全然聞かないんだから!これを機に少しは自重ってものを覚えたら…」

と言い終えた所でオシオは大いにむせた。

「…っはぁ…どうなんだい…」

オシオがここまで堰を切ったように声を荒げたのもまた初めてだ。自分と同じように彼らに押され気味のアウワに仲間意識でも持ったのだろうか。或いは普段強気に出られない彼らへの意趣返しの好機とでも思ったのだろうか。否、きっと両方だろう。

「…まあ、兄さんの言う通りだろうな。お前ら、もうその辺にしておけ」

イワツチビコの一声は皆の拳を引っ込めさせるのに十分な威厳があった。

「分かったわよ…あたしも大人げなかったわ」

「あー、俺も…」

「俺もだな…今日は退散するとしよう」

ヒワケ以外の全員が謝罪を入れて部屋を出ていく。ヒワケはどこか釈然としないような表情で頭をかくと、立ち上がって彼らに続いて部屋を出ていこうとした。

そして去り際に振り返ってアウワの方を見るとニヤリと笑い「当日は期待しとけや。ぜってえに失望はさせねえからよ!」と親指を立てて、ふすまを閉めた。


部屋が静かになったところでオシオは大きなため息をついた。

「はぁ…いやはや…」

「あの…何か気まずくなっちゃってごめん…僕なんかのせいで…」

アウワがおろおろとしつつ謝り、オシオが慌ててそれにフォローを入れた。

「いやいや、そんな事ないって!今までと違う事象が起きて驚いてるだけだよ。僕だってあんなにあいつらに強く出られるなんて思ってもみなかったし。おかげでちょっと自信がついたかもしれないよ、うん」

「せやなぁ、俺もちょっとだけスカッとしたわ」

カザモツワケが顎に指を添えて満足気に笑い、アウワは「そういうもんかな…」と呟いた。

「ああ、きっとそうや。偶然が必然か…どんな形にせよ、お前っつー新しい存在が来たことによって時代というか、世界自体が変わってきてるんちゃうか?」

神妙な顔でそう言ったカザモツワケだったが、その瞬間フッと吹き出して笑った。

「なーんてな!俺の勝手な思いつきと口から出任せや、あんま気にせんといてな」

深いんだか深くないんだか…アウワがそう思って一息ついた時のことだった。


背後から、誰かの視線を感じる。

それはまるで獲物を捕らえようと狙いを定めている獣(イザナギとイザナミが外へ連れて行ってくれた時に現地で教えてくれた)に近かった。

アウワは恐る恐る、首を少しだけ傾けて、目だけを後ろに向けた。


「……!!」


いた。


背後にあった障子の隙間から確かに、一柱の少女が彼をじっと見つめていた。

その視線はとても冷たく、まるで鋭利な牙を突きつけられているようだった。

冷たい目のの持ち主は、ククリヒメだった。瞳の奥に何を隠しているのかはうかがい知ることができなかったが、好意的な物でない事には違いない。

アウワはその視線から気をそらすことができず、そのためオシオ達の談笑すら耳に入ってこなかった。


それからしばらくすると、ククリは音もたてずに障子を閉めると、ギッギッと冷たく無機質に床をきしませながら、そのまま立ち去ってしまった。


「…おい…おい。聞いとんのか、アウワ!」

カザモツワケに肩を揺すられながら呼ばれたことでアウワは我に返った。

「えっ?…あぁ、ごめん、ぼーっとしてた…」

「ほーん?ったく、しょーがないやつやなぁ」


アウワは笑って誤魔化したが、やはり先程のククリの自分を見る目が頭から離れなかった。




その日の夜空はいつもの美しく幻想的なものではなく、不穏と憂いの入り混じった、漆黒の宵闇であったという。













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