第2話「…IN HEAVEN…」

天の中心にてアメノミナカヌシが生まれ、混沌の雲海を彷徨い出してから程無くした頃。その二柱ふたりもまた天の中心の近くで突如成り上がるように生まれた。


少し違うのは、ミナカヌシがぼうっと浮かぶように成り上がったのに対して、二柱ふたりは空を切るような勢いで成り上がった事。

赤と緑の二つの光球は虚空へと勢いよく舞い上がり、そのとてつもなく力強い生命いのちのエネルギーを内側から脈打つように滾らせていた。


時間と共にその脈動はどんどん膨れ上がり…ある時、雛鳥が卵の殻を突き破るように二つの光球を内側からパァン!と破裂させてしまった。


光球は消え、その中からは人の形を取った者が現れ、目を閉じて佇んでいた。

両者はゆっくりと目を開くと互いの姿を確認する。

丈高く、力強く隆々とした、美しく鋭い眼差しを持った紅衣の「男神」。

艶めかしく、豊かな胸を持ち、優しくも妖しい眼光を孕んだ緑衣の「女神」。

静寂の中しばらく見つめ合った二人は同時に口を開いた。


「お前は、誰だ?」

「あなたは、誰だい?」

二柱ふたりは呟くと互いにハッとしたような表情になり、今度は互いにゆっくりと歩み寄ってみた。

両者は共に同じ数だけ歩を進め、同じ数だけ距離を詰めた。

そして遂に互いが触れ合うことのできる距離まで近付くと、男神は右腕を、女神は左腕を静かに伸ばし…触れた。

同時に指先が触れ合った瞬間、彼らは迸るような生命の温もりを感じ、まるで水に石を投げ込んだ時の波紋のように全身へと広がるような感触を覚えた。

二柱ふたりはそのまま触れ合った手を交差させ、指をそっと絡ませる。

互いの生命を確かめ、その温もりをもっと感じたいと言わんばかりに掌をすり合わせ、手の甲を撫で、縋り合うように、舐め合うように10本の指を執拗なまでに絡ませ合った。


二柱ふたりの手が完全に繋がった時、また両者は唇を開いた。

「俺は、高御産巣日神タカミムスビ

「私は、神産巣日神カムムスビ


自己紹介を終えた二柱は、また暫く黙り込んでしまった。

「ところで」先に喋ったのはタカミムスビだった。

「ここは一体どこなんだろうな。お前、分かるか?」

するとカムムスビは「私が知っているとでも思ってるのかい?お互いまだ生まれたばっかりじゃないか」と鼻で笑った。

「ああまったくだ、俺達はこの世界については何も知らない。いや、何も知らないが全てを知っている…と言った具合か」

タカミムスビは辺りを見渡した。

「何しろここには何もないようで全てがごちゃ混ぜだ。どうした物か…」

「途方もない先の事を考えたって仕方ないだろう?今、目の前で一番やるべきことから順番にやっていくのが賢明さね」

そう言ったカムムスビにタカミムスビは不思議そうな顔で「ほう、それは一体なんだ?」と尋ねる。

「うん、そうだな。まずそのゴツい手を離せ」

二柱の手はずっと指を絡め合ったままの状態であった。それに気付いたタカミムスビは慌てて手を離して後ろに下がった。

「え、もしかして照れているのかい?そのツラで意外とウブなんだねえ」

吹き出しそうになる口を押さえつつカムムスビにタカミムスビは「ツラは関係ないだろツラは!」と頬を紅潮させて抗議した。


「悪かった悪かった。まあそれよりもだ、私達の成すべき事をしようじゃないか」

「成すべき、事だって?」


カムムスビは先ほどまでタカミムスビに触れていた左手を見つめた。

「さっき触れたあなたの手はそれはそれは暖かかったさ。それ自体にはまったく不満はない。ただ、ただね?何かがちょこっと足りないなーと思ったんだ」

カムムスビは右手でそのままタカミムスビを指さし「あなたもそうは思わなかったか?タカミムスビよ」と指摘した。

「…ああ、その通りだ。こうしていても不満はないはずなのに何かが欠けている、何かが足りない。あと一つ欠けているものがある」

タカミムスビは右手を天にかざし、空を掴む動作をとった。

「ずっと、そんな気がしていた。そいつは確かにここにいた。そして今もここにその名残がある。知らないはずなのに、懐かしいような匂いだ」

「…そっか」

カムムスビは微笑むと、タカミムスビに背を向けて歩き出した。


「どこへ行く?」


「決まってるだろう?私達で迎えに行くんだよ、今頃寂しがってるそいつをさ」



―――――――――――――――――


「…そんで、辺りを探し回ってたら我々は君を見つけたってわけだ」

「それからはあっという間だ。俺達は考える間もなく自然とお前に向かって手を伸ばしていた。だから今ここでこうしている」


グズグズの脂の足場にてタカミムスビとカムムスビが憔悴しきったミナカヌシに事のいきさつを説明していたがミナカヌシ自身は殆ど飲み込めていない様子だ。


「あ~、これはちゃんと伝わってないのかな?まいったまいった…」

「仕方がない…」


タカミムスビはミナカヌシの側に屈むと彼の者の右腕の自身の肩に回させ、左腕で脇を抱えてゆっくりと立ち上がらせた。


「ほら、立てるか?動きにくいかもしれんが少し我慢してもらうぞ」


タカミムスビに辛うじて支えられてはいるものの首はだらんと垂れ下がり、ミナカヌシの足取りは棒きれのようにおぼつかなかった。

その目も地上の海のようにはっきりとせず、焦点が合っていない。


「うーん、参ったな…こいつは重症だぞ」


カムムスビはミナカヌシに近付き、その顔を覗き込んだ。するとその顎を手で突如グイッと掴み、もう片方の手で頬をぺチぺチと叩いた。


「やあ、君。私の言葉が分かるかい?私の顔が分かるかい?」

「おい!こんなに衰弱している相手に乱暴だぞ」


タカミムスビの言葉を無視してカムムスビは話しかけ続ける。


「私と、こいつ。あなたを、探していた。あなたと、話をしたい。理解できる?」

カムムスビは少し大きな、けれどあくまでも優しい声と細かなジェスチャー付きでミナカヌシに語り掛ける。


「私の、言ってる事、分かるなら、私の、目を見て、首を、縦に振る。いいね?」


ミナカヌシの意識にかかっていたモヤは段々と晴れてきて、カムムスビの目をしばらく見つめてからゆっくりと頷いた。

「よしよし、いい子だよあんたは」


カムムスビはミナカヌシの頭を撫でて微笑んだ。

「それで、お前の名前は?」

横からタカミムスビが口を挟む。

するとミナカヌシはようやく自力で立っていられるようになったらしく足をしっかり足場に踏みしめてタカミムスビに預けていた腕をその肩からそっと離した。

その姿は先ほどまでの病人のようなそれとは似ても似つかない程にはっきりと、しっかりと自己の存在を保っていた。

やがてミナカヌシは息をゆっくり吸い込むとその口から、はっきりと言葉を発した。


「私は天之御中主神アメノミナカヌシ天之御中主神アメノミナカヌシだ。天の中心に生まれ、座する………神だ」


その瞬間、その背中からは真っ白な美しい翼が生え、天の世界いっぱいに届かせんばかりの勢いで広がった。

辺りには羽根が無数に散らばって舞い落ち、混沌の雲海の光が反射して天の世界そのものが輝いているようだ。


「ヒューッ!こいつは驚いたね。まさかここまで美しい景色を見られるだなんて思ってもいなかったよ」

カムムスビは軽口を叩きつつも動揺を隠せないでいた。

タカミムスビはもはや言葉にすることも出来なかった。

するとミナカヌシは2柱にゆっくりと歩み寄り、語り始めた。


「まずは君達にお礼を言わせて欲しい。生まれたばかりで何もかもがおぼつかなかった私をここまで導いてくれた…ありがとう」

ミナカヌシは深々と頭を下げた。


「礼には及ばん。俺達も何も知らないまま、ただ体と頭の奥底の何かが命じるままに動いてただけだからな」

タカミムスビはこんな時でさえ仏頂面でぶっきらぼうだ。

「カーッ、愛想がないんだねェ、この堅物神は」

カムムスビが横で小突きつつヤジを入れようと、彼は見向きもしなかった。

「おい、何とか言ったらどうなんだい、このムッツリ」

すると即座にタカミムスビは彼女に向き直って睨み付けた。

「ちょっと待て誰がムッツリだ。名誉毀損もいいとこだぞ」

「私の手をずーっとネチョネチョした手つきで弄り倒してた奴のどこがムッツリじゃないと言うのかなぁ?この変態」

「そうかそうか、喧嘩を売ってるのなら言い値で買ってやる」

「いんやあ?私は事実を正確に述べているだけだよ。あ、それとも図星?」

二柱が滑稽かつ低次元なやり取りをしている中、ミナカヌシはそれを半ば楽しむようにじっと眺めていた。


「貴様いい加減にしないと本気で…ん?ああ済まんな、ミナカヌシ…だったか?」

「ん、何だい?」

「お前、どうしてそんな風に笑っているんだ?」

「え?…おや、本当だ」

ミナカヌシは自分の顔をペタペタ触っていると表情が無意識の内に笑顔になっているのに気付いた。

「何だか、こうも騒がしいのっていいものだなって思ったんだ。気が遠くなる程、長い長い間一人で彷徨っていたから。自分の外側にいる存在を求め、触れ合って繋がり合う事がこんなにも安心するものだったなんて。だから…」

次の瞬間、ミナカヌシは二柱の手を掴んで一気に自身の方へ引き寄せた。


「君達がいてくれて本当に、嬉しいんだよ!」

ミナカヌシの両手が二柱の背中に回され、強く抱きしめた。


「ありがとう。私はもう寂しくない…ありがとう」

ミナカヌシにまとめて抱きしめられた二人は一瞬驚いたような表情だった。だがカムムスビは直ぐに破顔し、ミナカヌシの黒く長い髪をクシャクシャと撫でた。

「まったく、最初の神がこんなきれいな顔で甘えん坊の寂しがり屋とはねぇ」

タカミムスビは終始仏頂面で「仕方ないな」と言いたげにため息をつく。


体を離した3柱は足場に座り込む。

「それでだ。我々はこれからどうするべきかを話し合わねば、だが…」

「何だい、何かアイデアでも?」

「いや…無い。何度も言うが、ここは何もないようでもあり、何もかもがあり過ぎる。それ故に俺達の進むべき道が分からない。だからこうして話し合おうとしているんじゃないか」

するとミナカヌシは突然立ち上がり「創世」とだけ呟いた。

「創世…だと?」

タカミムスビが聞き返す。

「今ハッキリと理解した。誰かに命じられたわけでもないが、生まれた時からこの心に、本能にハッキリと刻まれている」

ミナカヌシは虚空に向かって手を差し伸ばした。

「この何もない虚空から天を様々な色で彩り、地を豊かに耕し、様々な命を増やし、世界を満たす」

少し間を置いてから、ミナカヌシは大きく息を吸い込み、世界に刻み付けるように言の葉を放った。


「私達は…世界を創造する」

その声は生まれてから今までで一番透き通っており、強い意志をはっきりと感じ取れるほどだった。

「なるほどね…天に光あれ、産めよ増えよ地に満ちよ…と言う奴か」

カムムスビも立ち上がると「いいねいいね、何だか分からないけど最高じゃないか!やろう!」とミナカヌシを賞賛した。

つられてタカミムスビも立ち上がる。


「その意見には俺も賛成だが…一体どうするつもりだ?」

ミナカヌシは続ける。

「それなんだけど…実を言えば世界を創るには私達だけでは力が足りないんだ。今ここにあるのはドロドロの天地と、私達三柱だけ」

「そういう事か。それならば…」

タカミムスビはしばし目をつむって考えてから答えた。

「ふむ、まったく策がないという事もない…かもしれない」

「…本当?」

「もったいぶらずにさっさと教えてくれよムッツリ!」

二柱が食い下がる。最後に余計な一言が聞こえたような気がしたが反応してたら疲れるだけなので無視することにしたタカミムスビは話し始めた。


「そう急くな。理屈としては非常に単純だ。俺達が互いの存在を求め会った末にこうして出会ったように、俺達に手を貸してくれる存在を強く求めれば自ずとそんな奴らが集まってくるのではないか?という事だ。仮説だがな」

「なるほどね。まあ間違ってはいないか」


するとミナカヌシは目を輝かせた。

「じゃあさじゃあさ!さっそく新しい誰かがくるように私達で何かを始めようじゃないか!」

「何かって…どうするか分かってるのか?」

「ううん、全然!!」

ミナカヌシの即答にタカミムスビとカムムスビは思わず脱力してズッコケた。

「は、ははは…即答だねぇ?ま、そういうところ嫌いじゃないよ、可愛いし」

「言ってる場合か…これじゃ話が前に進まんぞ」

タカミムスビは片手で顔を覆った。

すると次の瞬間、ミナカヌシは突然二柱の手を掴んでニンマリと笑った。まるでいい事思い付いちゃった、と言わんばかりに。

「とりあえずさ、こうして三柱で寄り添って『誰か来い~~!』って強く願ってみよう。物は試しだ!」

カムムスビはミナカヌシの手を握り返し、タカミムスビの手も強引に握った。

「よし、乗った。いやあ、実に楽しそうじゃないか!」

タカミムスビは心の中で軽く絶望していた。思えば生まれた時から、カムムスビには煽られるわ、ミナカヌシのどこかつかめないペースに振り回されて自分が主導権をン握れた試しが一度もない。この一連の議論にだって自分は二柱の意見に便乗するような発言が多かった気もする。

そして、そうと分かっていても強く出られないのが自分の悪いところかもしれない、とも自嘲気味に思った。



来たれ。来たれ。空を満たす助けを成す者達よ。

集え。集え。世界に実りと御魂と律を生まんとする者達よ。


来たれ…来たれ…集え…集え…。

輪になって手を取り合った三柱はひたすら心で唱え続けた。

その「祈り」はやがて言の葉となって唇より紡がれて辺りを満たし、外気を震わせて波紋のように広がっていった。

どれ程の間、祈りの言の葉を唱え続けただろうか。

唱え続け、祈り続け、待ち続け、待ち疲れ始めた頃だった。





バシャリッ!!

三柱が立っていた足場の隅で大きな音がした。

驚いて音のした方向を見ると、何者かが混沌の雲海から這い上がろうと足場の淵に掴まっていた。

「さっそくおいでなすったようだ」

ミナカヌシは期待の眼差しでその者を見つめる。



その者はザバリと這い上がるとゆっくりと立ち上がった。

その姿形は三柱とよく似ているが、彼らと比べるとどこか無機質ではある。

もっと噛み砕いて言えば、身体のベースは均整の取れた美しい男性の肉体をしていたが、そのいで立ちは他の3柱のような鮮やかな装束ではなく、鎧を思わせるようなもので所々に植物の蔓のような紋様が刻まれていた。

特筆すべきはこれまた他の3柱とはかけ離れた頭部である。頭髪はなく、そこにもやはり蔓のような幾何学模様が走っている。二つの目玉も光沢のある石をそのままはめ込んだかのような冷たさを持っている。


しかし体の節々から発している生命の鼓動を感じさせるエネルギーは確かに三柱のそれと同じものであった。

「ココカ、俺様ヲヨンデイタ連中ガイルッテ場所ハ」

その者の話し方はあまり抑揚を感じさせず、冷たい印象があったがそのくだけた言葉遣いとのギャップが逆に親しみやすさを感じさせる。

ミナカヌシはその者に臆することなく近付くと笑顔でその手を差しだした。

「こんにちは、私はアメノミナカヌシ。会えて嬉しいよ」


「ア?急二何ダオメー…。マアイイカ、オレノ名前ハ、宇摩志阿斯訶備比古遅神ウマシアシカビヒコジ。ココヨリズーット下ノ場所カラ来タゼ」

平坦で少し遅いスピードの話し方とは裏腹に、その身体はやたらクネクネと動く彼にタカミムスビとカムムスビは少し眉をひそめた。

「おい、あいつ本当に大丈夫なのか…?」とつぶやくタカミムスビ。

「私に聞かないでくれよ…。さっきまであんなにノリまくっといてなんだけどさ」

カムムスビの声からは少し自信が失われつつあった。

「どうしたんだい二柱とも?こっちへ来て話に加わるといい」

ミナカヌシは離れた所にいる二柱を招き寄せた。タカミムスビとカムムスビはこの原初神の分け隔てなさに少し心配になっていた。

いつかこれで痛い目を見なきゃいいけど、とも…。

すると、二柱をじろじろ見ていたウマシアシカビは彼らの元にツカツカと歩み寄ると、やはりじろじろと舐め回すように見つめる。

「アンタラ…俺トハ随分見タ目ガ違ウヨナァ?」

「そりゃあ、お互い様と言うものだな」

「フム…タカミムスビに、カムムスビ、カ…」

ウマシアシカビは二柱を交互に指さした。

「ヨウヤクオモイダシタヨ…。俺ハアンタら三柱ヲ知ッテイルンダ」

「何だと?そいつはどういう意味だ」

「俺ガコノ世界ニ生マレタ時ノ事ダ。最初、俺ハコノ下…アノドロドロトシタ海ノ中デ目覚メタノサ。ンデ、水面ニ顔ヲ出シテミタラダ、周リニハポツポツトダガコイツミタイナノガイクツモ生エテタ」

ウマシアシカビは右手を差し出すとそこから光を放ち、みるみると小さな葦のようなものが生えてきた。

するとそれを口に放り込んでムシャムシャと食べてしまった。

「…チット味ガ薄イカ?…ソンデ、ナンモネーカラボヘーットシテタラ上ノ方カラ声ガ聞コエテ来タノサ。「助けて」ッテナ。ソレガミナカヌシ、アンタダ。俺ハ無意識ノ内ニ体ガ動イテイテ、宙ニ舞イ上ガッタ…ミナカヌシノ姿ガ見エタンデ、手ヲ伸バソウトシタラオ先ニソッチノお二方ニ先ヲ越サレタ…デ、今ヨウヤク追イツイタッテ寸法ダ」

話し終えたウマシアシカビは首をコキコキと鳴らす。

「そうか…君も私を助けてくれようとしてくれたのか…」

ミナカヌシは笑顔をこぼしながらウマシアシカビの手をそっと握ると「ありがとう」とほほ笑んだ。

ウマシアシカビは表情一つ変えぬまま鼻をポリポリとかいていた。するとカムムスビが横から割り込んできた。

「お取込み中の所悪いけどさ、神員じんいんはこれでいいのかい?それともまだ足りない?」

「そうだね、私的にはあと一柱くらいは…」


「俺を呼んだか?」

離れた所からまた別の誰かの声が聞こえて来た。

ミナカヌシらが一斉に声の方に振り向くとその神が立っていた。

白っぽい衣の下に赤と黄色と青を織り交ぜた衣服を身に纏い、茶色で波を打ちつつも整った髪型、そして爽やかかつ強い意志を感じさせる瞳の青年のようだった。

「君は?」

ミナカヌシの問いかけにその神は待ってましたと言わんばかりに答える。

「よく聞いてくれた…俺の名は…天之常立神アメノトコタチ。生まれながらにこの天を統べ、永遠の繁栄を司る者…と思ってくれ!!」

アメノトコタチは仰々しい謎のジェスチャー付きの自己紹介を終えると、これ以上ないほどのドヤ顔を決め込んでいた。

「天を統べ、永遠を繁栄を司る者、か…頼もしいね!」

ミナカヌシはこれまた無批判にこの変わった神を受け入れていたが、タカミムスビは少し頭を抱えていた。

ただでさえミナカヌシとカムムスビのお目付と言う役どころを半ば自然に押し付けられている状態なのに、これ以上キャラの濃すぎる神が増えては自分の負担が増える一方ではないのか、と。

だが彼はとりあえずそんな懸念を一旦おいて置き「もう大丈夫なのか?五柱もいれば十分だと思うが」と言った。

ミナカヌシはウマシアシカビとアメノトコタチに向き直ると彼らを交互に見る。

「ウマシアシカビ…アメノトコタチ…私やタカミムスビ、カムムスビとも違う神か…君達がいれば、世界はきっと想像もつかないような色になるに違いない」

ミナカヌシは二柱の手を握ると「さあ、世界を創ろう、私達五柱で、そしてこれから生まれてくるまだ見ぬ命達で!!」と力強い声で告げた。


「さて、始めようか」

五柱は円になり、それぞれの手をつなぎ合わせていた。

世界を創るプランはこうだった。

まずはこの混沌の雲海がいっぱいに広がる天の形を整え、たくさんの神々が住むことのできる国を作る。

そのためにはまずミナカヌシが天の中心に立ち、「あらゆる生命に宿り、迸る神聖なエネルギー」を司っているタカミムスビとカムムスビが隣に立つ。

そうする事で世界そのものが生まれ出ようとする力を漲らせるのだ。その力に共鳴したウマシアシカビが世界に命の鼓動を与える。

そして今、そのプロセスは終わり、残るはアメノトコタチだけだ。


「そして最後にこの俺がその力を元手に天を創造するって寸法だな」

アメノトコタチは自信たっぷりだ。

「じゃ、景気よく行ってみようぜ!」

「ナンデオマエが仕切ッテルンダヨ」

ウマシアシカビのボヤキを無視しつつアメノトコタチはまたしても謎の舞のようなジェスチャーをして「変……身!!!」と叫んだ。

一瞬まばゆい光が辺りを包み、気が付くとアメノトコタチの姿は消えていた。

「おい、あいつどこへ行った!?」

「まさかバックレたなんてことは…ないよな??」

既に全身からエネルギーを迸らせて後にも退けなくなっていたタカミムスビとカムムスビは必死で辺りを見回した。

「大丈夫、彼なら近くにいるよ」

ミナカヌシは涼しい顔で全神経を集中させていた。


「その通り、俺はここだぜ!!」

どこからともなくアメノトコタチの声が聞こえる。一同は辺りを見回したが一向に姿は見えない。

「おい…そう言うんだったらさっさと姿を見せろ!」とタカミムスビが叫ぶ。

「わかったわかった、ちょっと待ってろって」

すると辺りにはしばらく静寂が広がる。さらに程なくしてアメノトコタチの小さな声が聞こえる。

「ここをこうして…ああして…あ、なんか先っぽから溢れて…うわっ滑るなこれ…そうかここをひねって…よしっ!」

次の瞬間、辺りから地響きが起こり、神々は思わず体勢を崩してよろけてしまう。

少し離れた所から膨大な力の脈動が起こり、凄まじい光を放っているのが見える。

更にその力は大きな風を吹かせ、天の隅々まで響き渡るようだ。力の脈動の中心部は渦を作り、中心部は下へ下へと沈みぽっかりとした穴を開ける。

しばし間を置いた後、穴の底から何かがゆっくりと上がってくる。

それは、ミナカヌシたちの何倍、いや何十倍も大きな姿の巨人だった。

「君は…アメノトコタチなのかい?」

「その通り、これが本気を出した俺の晴れ姿って奴さ」

元の姿とは似ても似つかない無機質だが威厳溢れる巨人と化したアメノトコタチは、変わらぬさっぱりとした爽やかな声色だった。


「それじゃクライマックスと行こうじゃないか…いまここに、天の国は誕生する!」

アメノトコタチは両手を交差させ、力を目いっぱい貯める。

「はああああああああっ……!!!!!!」

アメノトコタチが両腕を広げると、これまでにないほどの輝きと、振動と、轟音と、嵐が吹き荒れた。

だが、神々は決してひるむことはなかった。

むしろ、この光景を見逃すまいとしっかりと目に焼き付けているようだった。


ミナカヌシは考える。

長かった。限りなく永遠に近い闇から生まれ、ついにここまで行き着いたのだと。

だが、これさえも始まりに過ぎない。

これからこの世界にどんな命が生まれ、育っていくのか。

いくら自分達が世界を生み出す事が出来てもそれがどうなっていくのかは全くの未知数だった。きっと素晴らしいものがたくさん生まれてくるだろう。いや、そうでないものもきっと…

考え得ることは尽きないが、黙して見守り続けよう。

いや、寧ろ見守り続けることしか出来ない。自分は始まりの神ではあるけれども、ただそれだけ。

新しい道を作るのは、新しく生まれてきた者達なのだから。


ミナカヌシは夢の続きを想うように、静かに目を閉じて光に包まれた。





―――――――そして、夢は終わる。






















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