第14話 文化祭 準備
教育実習の授業カリキュラムは順調に流れて行く。
実習生お互いの授業に参観してレポートをまとめ、『研修室』で教諭数名を交えてディスカッションを行う。
「何かさ、この学校にもかなり慣れてきたよね。」
ディスカッションを終えた休憩時間、実習生三名が丸椅子を引っ張り出してきて膝を突き合わせる。
「うん。ガッコ提出のレポートとかも順調だし、生徒たちもかわいいし。」
茉椛が休憩用に買って来たオレンジジュースのストローをくわえた。
「今日見せてもらった谷川さんの英語。発音ネイティブだね。びっくりしちゃった。」
買い物袋からアップルジュースを取り出した綾香が、茉椛を覗き込んだ。
「ありがと。みんなには言ってなかったんだけど、カリフォルニアにカレが居るんだ。だから金曜日の五時限目の授業でね、PC室使って、クラスみんなでカレとビデオチャットで話をしてみようって流れになったの。」
「それはみんなノリノリだね。」
「それって時差とか大丈夫なの?」
穂莉が手にしたトロピカルジュースを掲げる。
「17時間差だから、向こうは前日の21時ぐらいだから大丈夫。ちゃんとカレとも話通してあるから問題ないよ。」
楽しそうに茉椛が微笑む。
「どこで知り合ったの?」
「高校の時。私の聖心女子高、交換留学の制度があってね。その時のホストファミリーのお兄さんなんだ。私より3つ年上。」
(年上かぁ。私と章浩くんは・・・5歳差か・・・私が高一の時に小六かぁ、そう考えると結構年の差あるわよね。そんなんで良いのかな・・・)
話を聞きながらぼんやりと章浩の事を考えていた。
「村崎さんは?」
「ん? 私のところは年下だから・・・はっ!」
穂莉のフリに、思わず漏らした言葉に慌てて口を覆う。
「おおっ、聞き捨てならないわね。」
「う・・聞き捨てて。」
綾香は赤くなってうつむいた。
「どういうこと? この前まではあのキレイな男子・・・一色くんだっけ? 気になってたのは。村崎さんってアレ? ショタってやつ?」
「きっ聞こえが悪い。たまたまその人が年下だっただけで、年下狙いじゃありませんっ。」
「あ、じゃあカレは居るんだね?」
落ち着いて茉椛が綾香を見つめる。
「あ、あの・・・ちょっとさ、ここだけの話ってコトにしてくれる?」
目を泳がせながら綾香が声をひそめる。
「おおっ、女子校っぽい。続けて?」
「あの・・・告白・・・されたのね。」
きゃぁ、と二人から歓声が上がる。
「・・・でもね、こっちからの返事は、保留にしてもらってるの。」
「なんで?」
「なんでって、言われても・・・」
「それ、立場逆だったら不安じゃない? 他に気になってるヒトが居るんじゃないかとか、断るのに傷つかない言い回しを考えてるんじゃないかとか?」
真っ直ぐ見る穂莉の目に射すくめられる。
「そ、そう思うかな? ・・・やっぱりすぐに答えるべき?」
「ちょっとでも付き合う気があるんなら、『保留』はしないわよ、普通。・・・なんで? 遊び?」
「そっ、そんなこと無いっ。」
目を剥いて穂莉に言い返す。
「・・・ふっ。あはははは、村崎さん、現国の先生なのに心理戦に弱いんだ。」
楽しそうに穂莉が笑い、綾香がバツ悪そうに視線を外す。
「ごめんごめん。でもさ、こういう告白ってさ、結構一大決心って意気込みじゃん? それを肩透かしされちゃったら何かさ、付き合う熱量も下がらないかな?」
「え?・・・」
さっと綾香の顔色が変わった。
「まぁ、そのヒトが良いって言ってるなら、こっちがどうこう言うのも何だけど。で、誰?」
「え、と・・・その・・・一色くん・・・」
「うわお。」
「それは・・・まぁ、保留にしちゃう、ねぇ・・・?」
穂莉と茉椛が顔を見合わせた。
「あの、他に漏れると大問題に発展しちゃうから、ナイショ、お願い。」
「・・・解った。で、いつ返事するつもり?」
「あの・・・学祭の終わる日。その日に実習も最後だから、その日まで保留って、伝えてあるの・・・」
恥ずかしさに段々と声が小さくなる。
「そっか、私達の実習も来週で最後か。めんどくさいって言ってたあの頃からは想像もしてないぐらい充実してるわね。村崎さんも青春しちゃってるし?」
「うぅ・・・返す言葉もありません・・・」
「じゃあさ、良い思い出になるように影ながら応援するから、がんばってね。」
「出来る事があれば言ってね? 協力するから。」
二人の温かい言葉に少し頬が緩む。
(付き合う熱量が下がる・・・か・・・それは嫌だな・・・)
心の奥にトゲのようにその言葉が引っ掛かっていた。
放課後、生徒会室で生徒会メンバーと実習生で文化祭用の看板の修繕と、着荷したバラの造花の仕分け作業を行っていた。
元々は会議室であった部屋なので教室ぐらいの広さがあり、部屋半分はパーテーションで仕切って用具置き場になっている。
『美雄高等学校 文化祭』と筆文字で書かれたアクリル板に大きめの造花がグルーガンで接着されて行く。
「谷川さん、男子用の白バラ5つ、そっちの箱に余ってる?」
「こっちも無いから新しい箱、開けるね。」
その傍らで実習生たちがA4サイズの大きさのダンボール箱に、直径5センチぐらいの赤いバラと白いバラを各クラスの人数分、男女色分けで詰めて行く。
ひとしきり作業を終えて、みんなが休憩に入った。
「先生たちもおつかれさまです。これ、どうぞ。」
生徒会の女の子が綾香たちに缶ジュースを差し出した。
「ありがとう。遠慮無くいただくね。」
環になって雑談会が始まった。
「手伝ってもらってありがとうございます。毎年ながらこのバラの仕分けは手間なんですよ。」
「廃止の方向も検討された事があるんですけどね、根強い反発があって。」
男子生徒が苦笑いを浮かべた。
「それ、ウチのクラスの娘から話聞いたわ。学祭の時にバラを交換するとカップル成立っって伝統があるって。」
綾香は、六華が言っていた事を思い出した。
「ええ。もう十数年続いてるって。だから文化祭の最中でも、胸に白バラの女子や赤いバラの男子がちらほら居るんです。カップルの行事や告白イベントになってるんですよ。」
女生徒たちから楽しそうな声が上がる。
「ま、モテない僕らからしたらストレスバリバリなんですけどね。」
「またまた。これを期に告られるかもよ?」
穂莉がその男子生徒に茶々を入れた。
「今年こそは期待したいんですけどねぇ。コレばっかりは、自分の努力だけじゃどうにもならなくって。」
環から笑い声が上がる。
(章浩くんの白バラか・・・)
綾香は生徒会室に積んである「二年三組」のバラ入りダンボール箱をチラリと見た。
「うらやましいなぁ。私の高校ではそんなイベント無かったから。えっと、つかぬ事を聞くけど、教職員もバラを胸に付けたりするの?」
綾香は正面の女生徒に視線を投げた。
「他校の生徒も来るから、その区別で付けるようになったって聞いてます。ほら、昔は学校の制服って詰襟、セーラーで、どこも似たり寄ったりだったから。」
「だから、センセたちは区別する必要が無いって。」
「そうなんだ。」
内心がっかりした綾香は顔に出さないように缶ジュースを口にした。
「先生も付けたい?」
「ぐふっ。いっいや、そそそんな。ちょっと、その、気になってね。」
慌てる綾香の両隣りで、穂莉と茉椛がいやらしい笑みを浮かべた。
下校時刻。
職員会議、と言っても特に議題になるモノは無く、定例報告会の会合の様に申し送りが淡々と進み、全く滞りなく会議が終了する。
教職員たちが軽く挨拶を交わす中、二年三組の大岩教諭が綾香に話しかけて来た。
「村崎先生。済みませんがウチのクラスで残って作業してる連中に帰れって言ってくれませんか? 僕はこれから教務主任交えてのPTA用の準備に掛からなくちゃならないんで。」
「はい。分かりました。先生も大変ですね。」
「はは。これも給料の内ってやつですよ。それじゃ、お願いします。お疲れさまです。」
大岩教諭は笑顔で片手を挙げると、ファイルを小脇に抱えて職員室を後にした。
「クラスでまだやってる子か・・・服飾室じゃないから男子の大工チームかな。」
二年三組の教室の後ろの扉をからからと開けて綾香は教室を覗いた。
「はい。ごくろうさま~。もう下校時刻で・・・」
そう言って覗いた視界に、上半身裸の章浩と義信がライトブラウンのシャツを手に立っていた。
「・・・いやん♡」
「しっ、ししししっしつれいしました~っ!」
ふざけた様に胸に手をやってシナを作った章浩に、綾香は慌てて教室から飛び出して扉を閉めた。
「先生どうしたの? のぞき?」
扉の横の窓がからからと開いて、章浩が顔を覗かせた。
「ちっ、ちが・・・」
弁解しようと声の方を向く。
そこにはまだ上半身裸の章浩が、にこにこして体を乗り出してこちらを見つめていた。
弓道部で鍛え上げられた体は、細身の割に大胸筋から上腕二頭筋にかけて盛り上がり、腹筋がキレイに割れている。
日焼けていない体に彫刻のような肉体美は、エロティックだ。
真っ赤になった綾香は、慌てて顔を背けた。
「なっ、何を、してんのっ?」
「ふふ~ん。では先生に質問です。教室の物影で男子二人が裸でしてるコトとは何でしょう? ①愛の語らい。 ②くらべっこ。 ③文化祭の衣装合わせ。」
「え? 衣装合わせ?」
振り向いた綾香の視界に章浩の裸が映る。
「とっ、とにかくっ。何か着てくださいっ。」
再び背を向けて、赤い顔のまま綾香は叫んだ。
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