第11話 不安と相談
夕飯を終えた綾香は本日の授業についての考察をノートパソコンにまとめていた。
参観していた教職員からは「生徒の発想と読解力、自身の考えをまとめて発表する力を養える」という評価と「受験に際しての即戦的な技術に欠ける」という評価の、二極な意見が出ていた。
レポートをパチパチと打ち込んで、ちょっと伸びをした綾香はマグカップの紅茶をひとくちすすった。
「あ、結構冷めちゃってた。・・・う~ん、受験に際しての技術ねぇ~・・・そんなパズルみたいなコトずっとやってたら、勉強って何なんだろっって思ってた中学の頃とそう変わらないじゃん。まぁ、ボヤいてても、そういうのが『仕事』ってコトになるんだろうけどなぁ・・・」
ちょっとシニカルになって、ブルーライトカットのメガネをしたままフロアマット敷の床にごろんと転がる。
「高校の片山センセも職員室でこんなコト言われてたのかな。こういうスタイル貫けるって結構すごい事だったんだ。」
ぼんやりと天井を見ながら思い出に浸る。
「でも、こういうスタイルがその教科への興味を深めてくれたのは、私で実証済みよね。うん、やっぱり私はこうありたい。」
腹筋でぴょこんと上体を起こすと、再びモニターに向き合う。
「生徒たちが楽しく学べる環境を作るのも、教師の役割じゃないかな。」
パチパチとキーを叩きながら、大きな独り言を言って今日の授業を思い出す。
休み時間に話しかけてくれる生徒たちの顔とはまた別の楽しそうな顔が思い出された。
「真剣に討論してる章浩くん・・・」
ぼそりとつぶやいて、真顔で詰め寄って来た章浩の顔を思い出した。
「正直、ちょっと怖かったな。襲われちゃうんじゃないかと思ったよ。」
傍らのマグカップに口を付けて、冷たい液体に眉をひそめた。
「レンジで温めよ。」
キッチンに立って戻って来るとスマートフォンの画面に香里からのLINE着信が表示されていた。
『おつかれさま。どんな感じだった?』
綾香は画面をタップして行く。
『結構うまく行ったと思う。今、レポート作成中。』
『そう、良かったじゃん。私は今日から実習。兎野(との)小学校。』
『香里なら児童にまみれて大変じゃない?』
『小五だから、ちょっとおしゃまさんが多いかな。かわいいけど。そうそう、かわいいと言えば、章浩くんとはどう?』
送られて来た文章に眉をしかめた。
『強引なつなぎ方~。』
『いいじゃん。うまく行ってる? デートも良い感じだったそうだし。』
『クラスの子に遠景の写真撮られてて焦った。』
『わお、気を付けなきゃね。』
『でさ、やっぱりDK(だんしこうこうせい)って、女性の体に興味あるって思う?』
そう送ると、すぐに香里から通話着信が入った。
『聞き捨てならねぇな。』
「どこの江戸っ子よ。」
綾香は笑って、温め直した紅茶を含んだ。
『つまり綾香さんは、カレからカラダを求められた?』
「いや、まだそんなにガツガツとか言う感じじゃないんだけど、ちょっと雰囲気と言うか、表情と言うか。」
保健室での怖いくらいな真顔の章浩を思い出す。
『まぁ、綾香からカレの唇奪ったんだから、彼としては、その次は期待するんじゃない?』
「うう、だって気が付いたらキスしちゃってたんだもん。」
章浩の苦しそうな泣き顔を思い出して、胸が熱くなった。
『まあ、童貞くんが女性像をモヤモヤするのは発達心理学上でも健全なコトだよ。いきなりぱんつとか脱ぎださないように持って行くのは、おねえさんな綾香のコントロールよね。今までの経験でその辺は解るわよね?』
「ひっ、ヒトをヤリ〇ンみたいに言わないでよ。」
『そこまで痴女扱いしてないよ。内藤と会う以前にも、良いなぁと思って付き合ったヒトって居るでしょ?』
「う・・・中二の時、なんとなく付き合って、なんとなぁく別れちゃったヒトなら、居る。」
自分の黒歴史に声のトーンが下がる。
『え? それって、失礼ですけど、綾香さんはヴァー・・・』
「はいはいはいはい。そうですぅ。そういう経験無いですぅっ。」
半ばムキになってたたみかけた。
『あはは・・・なんかごめんね。え~と。それじゃあ、綾香もどうして良いか不安なんだ。』
「・・・そう。経験豊富な香里の意見を聞かせて。」
『豊富って言うな。・・・えっと、怖がって相手を遠ざけようとするとムキになって寄って来るから、今まで通りのペースがベストよね。』
「うんうん。」
『年下童貞クンは失態を見せまいとして綾香の顔色を伺いながら来ると思うの。だから、ダメな時は、はっきりダメって伝えるのよ。』
「そんなこと言って嫌われないかな?」
いじいじとマグカップの取っ手を触る。
『JK(じょしこうせい)か。』
「だって。」
『そんなんでズルズル行ってたら、カラダだけの関係で終わっちゃうよ? それでいいの?』
「それは・・・」
『なんかさ、カレは綾香にお熱みたいだからさ、そこはちゃんと話、聞いてくれるって。』
「・・・うん。アドバイスありがと。」
ちょっと気が楽になった綾香は紅茶をすすった。
『そうそう、章浩くん、クラスの女子から人気あるんでしょ?』
「お弁当の時、女の子たちが『ウチのクラスの男子、偏差値高いでしょ?』とか自慢してたぐらいだから、そうだと思う。」
『じゃあさぁ、綾香じゃなくても、相手はこの先出て来るわけだぁ。』
「ちょっとぉ、慰めた後にそれ?」
一瞬、六華の顔が頭をよぎった。
『高校生に混じって恋バナして、DKとリアル恋愛してぇ、綾香、青春真っ盛りじゃん?』
楽しそうに、けらけら笑う声が聞こえて来た。
「あの、香里・・・酔ってる?」
『うん? 教育実習先の先生がね、ご実家酒屋さんなんだって。ホワイトキュラソーとブランデーをミックスした「サイドカー」のベース酒を頂いちゃってぇ、レモン汁で割って「おうちカクテル」してるんだぁ。今度ご馳走してあげるぅ。』
陽気な声がスマートフォンから響いた。
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