第8話 スタージの下で
ギターの軽快なリズムが4小節流れて、その後にドラムとベースが加わる。
ドラムの音と共に緞帳(どんちょう)が吊り金具から落ち、ステージにスポットライトが集中した。
真っ赤なアレシスのkeytar(ショルダー・キーボード)をギターのように掛けた、丸っこいボブヘアの女の子がスタンドマイクに左手を添えて歌う。
モノトーンのゴスロリ衣装に、ミニハットにデコった羽根飾りがぴこぴこ揺れる。
その隣で、蛍光グリーンのベースを演奏しながら、そのボーカルの女の子とそっくりの子がにこりと笑う。
ボーカルの、向かって右隣りには、同様のゴシックテイストの衣装に、ホットパンツ、ふとももの半ばまであるロングブーツでキメた女の子がサイドテールの髪を揺らしながらギターを奏でている。
三人の後ろで、サイバーなサングラスをかけた青年が「ZENN」とプリントされた青いドラムセットを操り、小気味の良いリズムを刻む。
ボーカルのハイキーの歌声が響くと、最前列の集団から歓声が上がり、光(フォトン)の棒(スティック)が一斉に動きを揃えて舞い始めた。
「ボーカルの佑美(ゆみ)ちゃんにベースの佑理(ゆり)ちゃん。ギターの楓(かえで)ちゃんにドラムの和樹(かずき)さん。みんな家族みたいな人なんだ。」
アンプから流れて来る大音量に、章浩は綾香の耳元に唇を寄せて話した。
「そ、そうなんだ。」
(うわ、近い近い近い。)
目のやり場に困って、章浩とステージを行ったり来たりさせる。
「え?・・・みたいって?」
先ほどの言葉の違和感に気付いた綾香が、章浩の方に振り向いた。
ちゅっ♪
顔がこちらを向いた瞬間を逃さず、章浩が綾香に唇を重ねた。
不意を打たれて、大きな目をさらに見開いて綾香が固まる。
「さっきのお預(あず)けの分。」
章浩が嬉しそうに笑うと、綾香の左手をきゅっと握ってステージに手を振った。
「こっ、この子は・・・もう・・・」
楽しそうにステージを観る横顔に綾香は見入っていた。
(あ~あ、かなわないなぁ、ホントに。)
約20分。5曲を披露して『ろりぽっぷ』のステージが暗転した。
バンドメンバーが退出してライブハウス内の照明が明るくなった。
最前列で燃え尽きている法被(はっぴ)の一団におののきながら、綾香は手を引かれてカウンター近くのテーブル席に座った。
章浩がホールスタッフを呼び止めてオーダーを伝え、顔見知りの彼はにこやかにカウンターへ戻って行く。
「結構良いでしょ? 『ろりぽっぷ』。僕にも音楽の才能があったら参加したかったな。」
隣でにこにこ笑っている章浩に綾香が顔を向けた。
「あの、さっきのなんだけど。」
「うん? もう一回?」
「いや、そうじゃなくってっ、『家族みたいなもの』って言葉が引っ掛かったんだけど、聞いて良い?」
ぐいっと迫って来た章浩を押しとどめて、綾香が慌てながら聞いた。
「住所知ってたから、てっきりウチのことも知ってると思ってたよ? 僕の住んでる所、保護施設なんだ。」
さらりと章浩が答えた。
「え? それって・・・」
「つまり、『生みの親』から離れた子供たちが生活しているトコ。まあ、『学生寮』な感じかな?」
「え、いや、だいぶ響きが重いよ。えっと・・・いつからって聞いて良い?」
「うん。左目のことで入院して、その後。あいつから物理的にも縁を切る必要が出て来たから、母さんとも離れて名字も変えたんだ。」
普通ならすごく重いコトを事も無げに話す。
綾香は真剣な顔で固まった。
「あ、先に言っておくけど、『可哀想な子』扱いは止めてね。一般がどうであれ、これが僕の生きてる歴史なんだから。憐(あわ)れな子を見る目で接するんなら嫌いになるから。」
章浩は右目を真っ直ぐに綾香の方に向けた。
少しふざけた事の多い、普段のやんちゃな表情は微塵も無かった。
「そんなこと無いよ。ちょっと・・・驚いただけ・・・。」
いつもと違う雰囲気に綾香は息を飲んで視線を落とした。
その視界の左手に、章浩の温かい右手が重なった。
「はい、せっかくのデート。はじまったばかりだから、重い話はここまで。ね? 綾香さん。」
「う、うん。・・・え、やっぱりこれデートだったの?」
「え~、ひどいなぁ。何だと思ってたの? 保護者会?」
章浩は不満そうに口を尖らせる。
「あ、いや、ごめんね。そんなつもりで言ったわけじゃ無いのよ。その、ね・・・私が女性として誘われたのか、イマイチ自信が持てなくて。」
フリーになっている右手を、膝の上でもじもじさせながら綾香が小さく答えた。
「なんでそんな風に思うの? やっぱり僕は男として頼りない?」
「そうじゃなくて。ほら、私、ぜんぜん女っぽくないから・・・」
「どの辺が?」
「ほら、髪だって短いし、おしとやかな趣味なんて持ってないし、その、む、胸だって大きくないし・・・」
視線を下に向けたまま、手をもじもじさせて自虐する。
不意に、ちゅっと左頬に柔らかな感触が触れた。
「え?」
「女を感じないひとにキスなんか出来ませんよ。」
真正面にいつものやんちゃな笑顔をした章浩の顔が笑っていた。
「綾香さん。」
「は、はい?」
「綾香さんは、かわいい。」
「うぅっ。」
目の中を射られて、胸の中が熱く震えた。
(こ、この小悪魔っ。)
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