第7話 運命のいたずら
翌日の土曜日のお昼を過ぎてしばらく。
綾香はクローゼットから服を引っ張り出した服をベッドの上に並べて腕組をしていた。
「う~ん。ライブハウス仕様ってどんな感じなんだろ?」
試しにスマートフォンで画像検索してみると、ピンスポットの当たったステージの写真がずらりと出て来た。
(ちっ、こういう時には使えないわねっ。)
一人で毒づいて、部屋の鏡を覗く。
右、左、正面と映してにっと笑ってみる。
「う~ん、何だかんだ言って、これ、デートよね。結構強引に誘われちゃったけど、カレ真剣だったし、それに・・・」
バーカウンター越しのキスを思い出し、ニヤついた顔が目の前に映し出された。
小刻みに頭を振って真顔に戻した綾香は、ちょっと引いて部屋着の姿を鏡に映した。
「・・・デートか・・・よくよく考えれば、あいつと二人っきりで遊んだこと無かったな・・・。今から思えば、何で自信たっぷりに告っちゃったんだろ。」
はぁと深い溜息をついて、ベッドの服たちに目を戻す。
「えっと、あの時の雰囲気からしたら、バリバリのメタルロックなバンドは最近少ないのかな? だったら、ちょっと落ち着いたオトナな演出を・・・」
トップとボトムをいろいろと組み替えて、また腕組をして悩むこと数回。
タイトめの、オフホワイトのハイネックにガンクラブチェックのラップスカートを合わせ、黒のスパッツに5センチのヒールの付いた黒ミュール、真鍮飾りの付いた黒のバックに、スカートと同じガンクラブチェックのキャスケットをチョイスしてデート着が落ち着いた。
「えーと。ピアスは小さめのヤツが良いわよね。」
輝度の高いクリアのジルコンを取り出して装着した綾香は、左右を映して笑みを漏らした。
着替えようと部屋着を脱いで、下着姿を鏡に映す。
しばらく鏡の前でポーズを取って、ブラの下をくいっと持ち上げてみた。
「・・・パットを入れるべきか。でも学校の時と胸の高さが違ったら憐(あわ)れに思われるわよね・・・なら、せめてカッコイイやつを・・・」
サテン地のパールピンクに白いレースをあしらった勝負下着を手に取ってしばらく眺める。
「え、いや。別に見せるとかそういう話じゃなくてオマジナイよ。章浩くんちょっと強引なトコがあるから、もしそんな風になっちゃったときに後悔しないためにも・・・そうじゃなくて、やっぱり気合入れるのは下着からよね。うんうん。」
自分にいろいろ言い訳しながら着替えを進めた。
午後4時半。PEPPRE=LANDのネオンサインの前で綾香は大きく深呼吸した。
観音開きの大きなドアの横には、1畳ぐらいの大きなコルクボードに『本日の出演アーティスト』と刻印された真鍮板が留めつけてあり、そこに張られているポスターは先日掲げられていたものとはかなり雰囲気が違っていた。
「そうか、土曜日だから学生バンドが多いんだ。もっとポップな格好のほうが良かったかな・・・えっと。章浩くんのお家の人のバンドは確か・・・あ、これか『ろりぽっぷ』。」
女の子3人と、サイバーな感じのメタルサングラスをかけた青年の四人が団扇(うちわ)ぐらいの大きさの「ペロペロキャンディー」を掲げて何かの劇の一場面のようなポーズを取っている。背景にペールトーンの風船をたくさん浮かべて「きゃりーぱみゅぱみゅ」的な世界観を表現していた。
「楽しそうなバンドね。この二人は双子ちゃんかな。」
他のバンドを見て行くと、イロモノなポスターに目が停まった。
『今夜も飛ばすぜ 男汁。 美貌の筋肉 MEN`S Flash! 暮帝美留(ぼでいびる) 只今 見参!』
ムキムキの強面(こわもて)な四人がブーメランパンツ一丁で、すばらしい笑顔と共にそれぞれにポージングをキメている。
ポスターの下には小さく「※ライブハウスのドレスコードの為、出演中はカーゴパンツ着用をお許しください」と表記してあった。
「・・・い、いろんなヒトがいるのね。」
ライブハウス内には多くの人が来ていた。
先日見た時よりテーブルの位置がだいぶ後方に配置されて、ステージ前に多くの人が集えるようになっている。
待ち合わせ時間にはまだ早いが、席を取られては嫌なので、そくさとカウンター席に就いた。
サービスドリンクでもらったジンジャーエールを眺める。
まだ明るい店内で、グラスから湧き上がる小さな気泡にピンスポットの光がキラキラと反射して美しい。
待っている時間が現実感をひしひしと増強させる。
(私、章浩くんとデート・・・するのよね。)
「お待たせ。」
不意に後ろから声がしてビクっとした綾香は、高い丸椅子の上でくるりと反転して、オトナな笑みを作った。
「私もさっき来たトコだから大丈夫、全然待ってなんか・・・」
「ううん、ぜんぜん。わたしもさっき来たところ~。」
綾香の隣の、ベレー帽にGジャンの女の子が高丸椅子からぴょんと飛び降りて、自分よりもかなり背の高い男の子にえいっと飛び付いた。
笑顔の行く先を失った綾香は表情を引きつらせて、そそっと元の位置に戻った。
何でもなかったように装おうとしたが、斜め向かいのバーテンダーの男の子がトレーで口元を隠して小刻みに震えていた。
(・・・恥ずかしい・・・死んでしまいたい・・・)
意識をジンジャーエールの表面の泡に集中させる。
「あれ、こんなところに居たんだ?」
妙に聞き覚えのある声がして、綾香はその声の方を振り向いた。
「やあ。久しぶり。元気してた?」
「な、内藤くん・・・」
すらりとした青年で、少しがっちりとした肩幅にリネンの生成りのジャケットを羽織り、ブラックデニムのGパンにグレーのVネックのニットシャツを合わせている。
不意を突かれて綾香の心臓が跳ね上がる。
「村崎さん、オシャレしてデート?」
「う、う・・・あの、内藤くんは・・・」
綾香が言いかけた時、彼の後ろからぴょこりと髪の長い女の子が顔を覗かせた。
「トシくん、だぁれ?」
「ああ、同じ大学の村崎さん。」
彼がちょっと腰を屈めて笑顔で答える。
「どうも、こんにちは。三葉(さんよう)短期大学の山崎です。」
小柄な彼女は丸椅子の綾香を見上げ、ぺこりとおじぎをした。
グレーのワッチ帽をくしゃりと被り、ウエーブのかかった栗色のロングヘアに細長めのイヤリングが揺れる。白い半袖ニットの上にベージュのマキシ丈のキャミソールドレスをカジュアルに重ね着した格好は普通に可愛らしい。
「あ、こんに・・・ちは。村崎です・・・。」
乾いた唇を懸命に動かして言葉を作った。
「ライブハウスに行ってみたいって言うから今日のデートコースの一環に来てみたんだ。」
綾香に向かって目の前の彼が笑いかける。
「そ、そうなんだ。か、かわいい子じゃない。・・・どこでダマしたの?」
「あ、言(い)い方(かた)。バイト先で知り合ってね。結構すぐに意気投合しちゃって。」
(・・・そんな話、知らない・・・)
「村崎さんは誰かと待ち合わせ?」
「う、うん・・・」
そう言った時に、綾香の口が後ろから伸びて来た手に覆われた。
「だーれだ。」
「ふぐっ! いっふふふんっ?・・・て、こらっ。」
綾香は口を塞いでいた手を掴んで振り向いた。
高丸椅子の間に体を滑り込ませた章浩が、いたずらっぽい笑顔で見つめていた。
ダークブラウンの中折れ帽を被って、カーキのムラ染めのドレープTシャツにグレーのショート丈のジャケット、ダークブラウンのスキニーパンツの出で立ちの章浩が、その格好のまま耳元で話す。
「綾香さん、お待たせ。この人たちはお知り合い?」
「う、うん・・・大学の同級生と、その・・・カノジョさん。」
『カノジョさん』のくだりで胸がズキリと痛んだ。
「はじめまして。綾香さんとお付き合いさせてもらってます、一色章浩です。よろしくです。」
章浩は、引き下げられた両腕をそのまま綾香の肩にしだれかけさせて、軽く抱きしめるような格好を執った。
「おう、いつの間にカレなんか作って。なかなか隅に置けないな。」
「あ、あはは。まあね。」
「それじゃ、お邪魔しちゃ悪いから。教育実習中だったな、がんばれよ。」
そういうと彼は傍らの女の子の手を引いて人混みの中に溶けて行った。
しばらくその方向を目で追う。
「・・・綾香さん。」
耳元で響く章浩の声にビクッとして我に返った綾香が、今の自分たちの姿に気付いて慌てた。
「ちょっと、あき・・・一色くん、近い近いっ。」
「綾香さん、あの男の人と何かあったの?」
さらにむきゅっと抱きしめた章浩がささやく。
「・・・」
うつむいたまま声が出てこない。
「そっか・・・」
寂しそうにつぶやくと、章浩の体がすっと離れた。
背中から消えた体温に、綾香が慌てて振り向く。
章浩は隣の丸椅子に座ってアイスミルクティーを注文していた。
「あの・・・一色くん。」
「ん? 僕も今来たところ。」
「いや、定番の挨拶じゃなくってね、その・・・」
章浩の前にアイスミルクティーのグラスが置かれる。
バーテンダーの男の子は邪魔しちゃ悪いとその場から離れた。
「綾香さん、僕を名字で呼ぶんなら、僕も『村崎さん』って言いますよ?」
章浩はひょいとグラスを掲げて、綾香の前に置いてあるジンジャーエールのグラスにカチンとぶつけた。
「う、うん。わかった・・・章浩くん、あのね・・・」
「今日の綾香さんもかわいいですね。キャスケットも似合ってますよ。」
「あ、ありがとう。このスタイルにたどり着くまで結構かかっちゃったんだ。・・・って、あのね。」
なかなか話が進まない章浩に体を向けた。
「好きなひと?」
いきなり核心を突く一言。
真顔で目の中を射られた綾香の視線が泳ぐ。
「かっこいい男のひとですね。背も高いし、爽やかな好青年って感じ。」
「・・・」
「親しそうだったから、知り合って長いんですか? 気ごころが知れた仲って良いですよね。」
「・・・」
「やっぱりオトナな雰囲気の男性が・・・」
「もうやめてっ!」
綾香は顔を覆ってカウンターに両肘を突いた。
「・・・ごめんなさい。」
丸椅子から降りて綾香の隣に立った章浩はそっと肩に手を置いた。
「綾香さん、僕が見た時、何だか泣き出しそうな感じだったから。」
「・・・そんな風に見えた?」
「辛そうに見えたよ。認めたくないコトがあるんだなって。」
「章浩くん、カウンセラーになれるね。」
顔を覆ったまま綾香がつぶやく。
「それで、ちょっと、いや、かなり嫉妬しちゃった。」
「え?」
綾香が顔を上げて、涙を溜めた目で章浩を見つめた。
「だから、さっき意地悪なコト言ってごめんなさい。綾香さんが嫌がるコトもう言わないから。許して?」
申し訳なさそうに微笑む可愛らしい顔に、綾香も微笑み返した。
「・・・許してくれるって事で、いいかな?」
「うふふ。」
綾香は肩に置かれた手に、そっと自分の手を重ねた。
「こちらこそごめんなさい。もう既に、がっつりフラれたひとなのに引きずってたの。章浩くんにまで嫌な思いさせちゃったわね。」
重ねた手がすっと握られた。
「綾香さん・・・僕、そのひとに勝てるかな?」
章浩の顔が右斜め後ろから近づく。
(え? あ、スイッチ入れちゃった・・・)
内心焦りながらも、期待に瞼(まぶた)が下りる。
薄目でどんどんと近づく章浩にどきどきしながら、顎を上げて軽く唇を開いた。
「バイト仲間が、がっつり見てるから、後で、ね?」
耳元で章浩の声がして薄目をカウンターの方に向ける。
バーテンダーの制服を着た男の子と女の子が、カウンター壁面の鏡の反射を食い入るように見つめていた。
頬にちゅっと唇が触れ、カウンターの中の二人が『そこにするんかいっ』とツッコミを入れている様子を横目に、内心モヤモヤしながら顔を離した。
「ウチの『ろりぽっぷ』が夕方の部の一番なんだよ。もうそろそろ始まるから前の方に行こうか。」
緞帳(どんちょう)がセットされたステージ前の最前列には、お揃(そろ)いの法被(はっぴ)を着込んだ男の子たちが手に手に光の棒(フォトン・スティック)を携えてたむろっている。
「あ、あの集団は?」
「『ろりぽっぷ』のファンの皆さん。水芸ならぬ光芸も見もの。」
「それってTVで見た事あるかも。『ヲタ芸』ってやつ?」
「うん。あそこまで極めると芸術だよね。」
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