第6話 クラス会議

 金曜日の5時限目。

 副担任の綾香が進行役となって文化祭の「メイド喫茶」の進行状況を話し合うことになった。

 サポートとして、委員長の『大場(おおば)義信(よしのぶ)』と越路六華が推され、黒板の前に並ぶ。

 六華はちょっとバツの悪そうな顔をして、綾香の隣に並んだ。

「え~、では始めたいと思います。先ず、途中参加の私に解るように、各チームの分担と進行状況の発表をお願いします。」

 綾香が黒板に「衣装」「内装」「メニュー企画」「人事」と項目分けして書き付ける。

 まずは衣装デザインのチームリーダーの女の子、光岡(みつおか)希美(のぞみ)がスマートフォン片手に立ち上がった。

「衣装班です。ウチのガッコのサーバーの『2年3組』フォルダーにアクセスしてください。『文化祭・衣装投票』の項目を開いてもらうと、そこに先日までの投票で上位3つが表示されています。」

 クラスのみんながスマートフォン画面をタップ&スクロールして行く。

 自分の頃には無かった手法に驚きつつ、綾香もスマートフォンを起動させた。


 画面にデザイン画が表示された。


 一つ目は、メイドブリムにフリルの付いた白いエプロンスタイル。白い襟の付いた濃紺のレッグオブマトンスリーブのブラウス、パニエで膨らませた濃紺ミニスカートの裾から白いチュールが顔を覗かせている。スカートにはタッセルレースが縦に叩き付けられ、レトロな雰囲気がある。絶対領域を挟んでの紺ニーハイソックスに濃紺の靴。


 2つ目は、シルエットは似ているが、レッドブラウンの半袖ブラウスに白いカフ。覗いているチュールはピンクで衿元にも同系色のリボンがある。白ニーハイに白い靴。


 3つ目は、メイドブリムでは無く猫耳カチューシャで、白い半袖ブラウスにレースのトリミング。合皮のレースアップの黒いコルセット、ウエストから下のみの白エプロンにパニエで広げた黒いフレア・ミニスカート、スカートの裾にはレースが叩き付けられてあり、ウエストベルトの後ろからはネコしっぽが生えている。ゴシックテイストなデザイン。


「みなさんの意見を聞かせてください。」

 希美がクラスを見回す。

「俺は③が良いと思います。デザインもですけど、喫茶店舗全体が個性的になって面白いと思います。」

 クラスの男子から挙手があり、意見が述べられる。

「そのデザインに決定すると、メイドさんはどんな給仕になりますか?」

「そうですね。『いらっしゃいませにゃぁ~☆』とか?」

 綾香の質問の答えにクラスが笑う。

「私は②が良いです。理由は純粋に着てみたいから。」

「私は①です。大正ロマン的な雰囲気があって、鹿鳴館みたいなレトロな感じでのメイド喫茶も風情があると思います。それに『萌え萌えきゅ~ん♡』とかやらなくて良さそうだし。」

 この意見にも笑いが起こった。

 綾香は黒板にチョークでカンカンと書き付けて行く。

「それぞれに趣向があって面白いですね。ここで詰めても良いかもしれませんが、他の部署からの立場で『やり易い・やりにくい』点を挙げてもらうと選考の助けになると思います。」

 綾香がクラスを見回す。

 章浩が手を挙げ、目が合った綾香が指名する。

「はい、あ・・・う、うん・・・一色くん。」

もう少しで名前の方を呼びそうになった綾香は軽く咳払いしてごまかした。

「はい。インテリア班からです。選考掛ける前の服のイメージから5種類ぐらいの案はあるんですが、しっかりとしたコンセプトを打ち出せそうなのは①と③です。①なら、さっき水野さんが言ったようなレトロ感を出すのにアンティーク調に内装を持って行きます。③なら『魔女のお茶会』のイメージで、LED燭台とか綿のクモの巣とか棺桶モニュメントとか配置してゴシック仕様に飾り付ける案が出ています。」

 綾香が黒板に書き付けている時に挙手があり、委員長の義信が指名する。

「メニュー担当です。学校内と言う事もあって、火は使えません。IH調理器具とかホットプレートを使っての調理になります。ケーキとかは事前に調理室で作成できます。コスチュームのイメージに合わせてメニュー考察できますが、基本、洗い物は出来ませんので食器類は使い捨ての物になると思ってください。それで雰囲気が壊れないコンセプトだと嬉しいです。」

「白紙皿じゃぁ、何出しても寂しくね?」

「プロフーズとかの業務用品取扱店に行けば少しはオシャレなモノがあるかも。無ければ通販で。」

 活発な意見が次々と上がり、半ば書記と化した綾香が大急ぎでカンカンカンと書き付けて行った。


 5時限目まるまる使って、時間ギリギリに方向性がまとまった。

「では選考の結果、①案のレトロ・メイド喫茶店に決まりました。この路線で内装班とメニュー班は考察してください。さっき決まったメイド役の人は、衣装さんの採寸に協力してあげてください。それでは今回はここまで。」

 綾香がシメてすぐにチャイムが鳴った。

 本日の日直さんが礼をかけて終了し、教室内がざわつき始めた。

「先生、良い司会だったよ。」

 章浩が教壇の所に歩み出て声を掛けた。

「ありがと。最近の子って、しっかりとした発言が出来るのね。感心しちゃった。」

「大場も、りっちゃんもおつかれ。」

「ああ。インテリア班代表の発言良かったよ。俺ら二人ともだから、前で発言できなくてな。な? りっちゃん。」

「う、うん・・・」

 義信が隣の六華に笑顔を向け、六華は目をぱちぱちとさせてはにかんだ。

「あれ? 大場くんも越路さんのこと愛称で呼ぶの?」

 ノートを畳んだ綾香が義信の方を向いた。

「はい。りっちゃんとは中学の時からの知り合いですから。」

「始まりは、僕のこと『いっしきくん』て言いそびれて『いっくん』て言ったから『なあに、りっちゃん』て返したのが広まったんですよ。」

 章浩が笑顔で六華と綾香を見る。

「そうなんだ。合同授業の時と言えば体育の時間かな?」

「え? 先生なんで白澤(しらさわ)中のコト知ってんの?」

「わーっ、センセっ。それより放課後、インテリア班で集まろうと思うんだ。センセも一緒どうっ?」

 章浩の質問を遮るように、顔を赤くした六華が間に割って入った。

 ちょっと非難がましい目を向けた六華に、綾香が表情で謝った。

「・・・うん。良いよ。ちゃんと『副担任』として生徒に当たるようにって通達出たばかりだし。」


 掃除の後、綾香を含めた6名が机をくっつけて島を作る。

 義信が真ん中に座ってキャンパスノートを広げ、章浩は彼の正面に座った。

 少し着席を躊躇(ちゅうちょ)した六華が、赤い顔をして義信の隣に座る。

(あれ? 越路さん、一色くんの隣に座らないの?)

 不思議そうな顔をする綾香の視線に気づいた六華は、章浩と綾香に目を泳がせて、少しうつむいた。

(ああ、意識し過ぎちゃってるのね、わかるわぁ。)

 感心している間に席が埋まり、空いた席、章浩の右隣に綾香が座る事になった。

(・・・これはこれで私が緊張する・・・)


 島の中央に大きなスケッチブックが置かれて、たたき台となっている内装デザイン画が描いてある。

「ゴシックハウスになるんじゃないかと予想してたんだけどハズれたから、この大正レトロな感じで詰めて行きたいと思うんだ。とりあえず、予算のほうは度外視してどんなアイテムがあると良いとか意見をください。」

 義信が司会をして、その隣で六華がキャンパスノートにシャーペンを構えた。

「教室の窓の前に障子を配置とか。」

「白とライトオーカーの内装色に合わせて、ライトオーカーの布で飾りカーテンを付けてみたら?」

「客室スペースを個別に分けて、欄間を付ける事って出来るかな?」

「白壁だからテーブルクロス、和布を使ってアクセントにしてみない?」

 いろいろと活発な意見が飛び交い、六華はせっせと記録して行く。

 自分の高校の頃は、こういう席は静かだったなぁとギャップに感心しながらデザイン画を覗き込んだ。

「確か、倉庫に壊れた柱時計が置いてなかったっけ? 使えるんならモニュメントとして配置すると雰囲気出ない?」

 章浩が左手でデザイン画の壁際辺りをくるくると指さした。

 六華も手を止めてその指先を見る。

「ああ。あの、人がひとり入れそうなヤツな。許可下りるかな?」

「先生。『副担任』として話し通してもらっても良いですか?」

 章浩は隣の綾香に顔を向ける。

「う、うん。良いわよ。OKが出るかは保証できないけど。」

 思っていたより近くの章浩の顔にどぎまぎしながら、綾香は笑顔で答えた。

「そんじゃ、一色は村崎センセと組んで交渉してみてくれ。OKが出たなら月曜日のクラス会で良い発表材料になるし。」

「了解。先生、よろしく。」

 教室の蛍光灯を昼光色に変更できるかとか、テーブルにレトロなランプシェードを配置したいとか 意見が飛ぶ。

 綾香は楽しそうな生徒の顔を眺めて嬉しくなった。


 章浩の左隣の男子が、鉛筆を手にデザイン画にちょっと描き込みを始めた。

「窓を障子でするんなら、カーテンは当時の英国かぶれな雰囲気が出る様に、ほら、こんなビクトリア風のまとめ方って良くない?」

 画像を表示させたスマートフォンを机に置いて、シャカシャカと描き付けて行く。

「おお、さすが美術部。」

 全員がそのスケッチに見入って乗り出した。

「すごい、上手いのね。」

 綾香が感心した時、膝の上の左手に温かいものを感じた。

(え?)

 章浩はスケッチブックを覗き込んだままの格好で、綾香の左手を優しく包み込み、きゅっと手を握った。

(こっ、この子はっ。)

 動揺をみんなに気取られないように、いっそう熱心に美術部の手元に集中する。

 そんな綾香を知ってか、章浩は右手の親指で優しく手の甲を撫でた。

「先生、こんなのどうです?」

「はっ、はい。すごくよいんじゃないでしょうかっ。」

 スケッチを終えた男の子に聞かれて、綾香はちょっと上ずった声で答えた。

「センセ、顔が赤いよ? どうしたの?」

 正面の六華が、きょとんとした顔で綾香を見つめた。

「え、いや、あの、ちょっと陽射しが。」

「あ、すみません。気が付かなくて。」

 六華がいそいそと席を立ち、西日の射している窓のカーテンを引いた。

(もっ、もうっ!)

 くっと章浩を睨みつけると、手を離した章浩はへへっと笑顔を返した。

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